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追憶:泣沢女
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娘は雨の中屋敷に戻ると玄関で礼花が待っていた。
「花雨ちゃんおかえり………って、また濡れて帰ってきてるし!!最近だんだんナギに似てきてるよ!?」
「ごめんなさい、急いでて……」
「はぁ…………風邪ひかないようにね、それで、どこに行ってたの?」
娘は礼花から手ぬぐいを受け取ると髪を拭きながら答えた。
「少し登ったところにある井戸まで行ってきたの…泣き声が聞こえて、誘われるように」
「それって…………泣沢女のことかな、青緑の綺麗な瞳の女の水神」
「その子!!」
青緑の瞳に涙をうかばせこちらを伺う様子が頭に浮かんだ。泣沢女というらしい水神は何故泣いていたのか、礼花ならわかるかもしれない。生贄の娘が屋敷に来たことも礼花から聞いていたし、2人はよく会って話をしているのかもと思った。
娘は礼花に尋ねる。
「礼花は、あの水神が何故泣いているのか知っているの……?」
礼花は聞かれるだろうと思っていたらしい。
「長い話になりそうだからまずは着替えてきなよ」と言われ、娘は自室に戻り箪笥から小袖を取り出した。前の奥方様のお古だけれど、この前、国が一緒に新しい小袖を買いに行こうと誘ってくれた。
娘は赤紅色の襦袢に杏色の小袖を着ると礼花がいる居間へと向かう。
ナギと国と天がいない分とても屋敷内が静かで、娘の足音と雨の音だけが響いている。
居間に入ると礼花が座って待っていた。
「お昼食べてないよね?軽くだけどこれ握り飯作ったから食べてね」
「ありがとう…」
握り飯だけでも十分価値のある食べ物なのに水神の間では軽い食べ物らしい。やはり次元が違う。
握り飯を受け取り娘は礼花の隣に座るとそれを食べ始める。
塩加減がちょうど良くて炊き立ての米は甘味があって美味しい。
ぺろりと食べ終わると娘は礼花に言う。
「美味しかったです…ありがとうございます!」
礼花は娘の様子に微笑むと手を伸ばし口元についている米粒をとってくれた。
間抜けな面を見せてしまったことに少し恥ずかしさを覚えながら娘は気を取り直す。
「よかった、それじゃあ彼女がなんで泣いているのか話そうかな」
娘は礼花の話に耳を傾けた。雨の音と礼花の声が居間に響く。
泣沢女という水神について。
人間の間では神と人間との間をつなぐ巫女が涙を流して死者を弔う儀式があった。その巫女のことを、泣き女という。
涙は死者へ贈り物と言われたり馳走とも言われていた。
その巫女は儀式の後とある井戸へと向かった。
死者のためにたくさんの涙を流さなくてはいけないため、巫女は身体中にある水分を全部持っていかれている。井戸から水を汲み上げるとそれを死に物狂いで飲み干す。
正直に言って巫女には泣き女という役柄が身体に合っていなかった。いつもこのように井戸に向かっては、水を大量に飲んでいる。
死者を弔う際、弔えない時だってある。
いるのだ、目の前に人間が。
虚ろな瞳が巫女を見つめている。
死んだ人間はそのままの姿で現れる。
例えば生前、足を怪我して無くしてしまったのなら下半身がすっぽりなかったり、腕を無くしてしまったら腕がなかったり、色々だ。
霊は生前の姿で現れるがどこか次元が違う。人間の温もりがなく、無機質で、言葉では言い表せない存在。
巫女はそれが見えるのが常日頃であったが怖かった。
酷い時は血塗れで立っている時だってあるし、話しかけられる。
怯えてもいけなし情けをかけてもいけない。いつも気が張っていて巫女は疲れていた。
水を飲み終わると巫女は顔を上げた。
すると目の前には人間がいた。
驚いて後退り、気を張る。巫女には見えるが普通の人間には見えない。
人間ではない。
藍色の長い長い髪が靡いている。青藤色の小袖に淡藤色の打掛がとても美しかった。巫女はその美しさに少しだけ気を抜いた。
その人間ではない何かは口を開いて巫女にこう言う。
「毎日泣いていては大変でしょう、貴方が心配だわ」
甘い言葉のように聞こえるがどこか神々しさがあった。救いを求めてしまうような存在が巫女にはみえているような気がする。
「私は貴方がよく見ている弔えなかった霊とは違う、泣沢女という」
泣沢女ときいて巫女は目を見開いた。
水神だ。巫女は神をみているのだろうか。霊なんてとんでもない。
「人間は無駄な事をしたがる、何故なの。無意味な儀式をひたすらにやって人間が人間を傷つけている。貴方みたいに」
そう、そうなのだ。
巫女は自分で自分を殺している。
どうしたらこの役目から逃れられるのかここのところずっと考えている気さえする。巫女は、勇気を振り絞り目の前にいる泣沢女に尋ねてみた。
私はどうしたらこの役目から逃れられますか
泣沢女は涼しげな目元を優しげに緩ませると青緑の瞳が巫女を見る。
「逃れる事もまた善い事。私に身を委ねてくださればその役目はきっと楽になる」
そして条件があると言った。
その条件というのが……
「私と友人になって欲しい」
これは泣沢女と巫女の物語。
神と人間の物語。
「花雨ちゃんおかえり………って、また濡れて帰ってきてるし!!最近だんだんナギに似てきてるよ!?」
「ごめんなさい、急いでて……」
「はぁ…………風邪ひかないようにね、それで、どこに行ってたの?」
娘は礼花から手ぬぐいを受け取ると髪を拭きながら答えた。
「少し登ったところにある井戸まで行ってきたの…泣き声が聞こえて、誘われるように」
「それって…………泣沢女のことかな、青緑の綺麗な瞳の女の水神」
「その子!!」
青緑の瞳に涙をうかばせこちらを伺う様子が頭に浮かんだ。泣沢女というらしい水神は何故泣いていたのか、礼花ならわかるかもしれない。生贄の娘が屋敷に来たことも礼花から聞いていたし、2人はよく会って話をしているのかもと思った。
娘は礼花に尋ねる。
「礼花は、あの水神が何故泣いているのか知っているの……?」
礼花は聞かれるだろうと思っていたらしい。
「長い話になりそうだからまずは着替えてきなよ」と言われ、娘は自室に戻り箪笥から小袖を取り出した。前の奥方様のお古だけれど、この前、国が一緒に新しい小袖を買いに行こうと誘ってくれた。
娘は赤紅色の襦袢に杏色の小袖を着ると礼花がいる居間へと向かう。
ナギと国と天がいない分とても屋敷内が静かで、娘の足音と雨の音だけが響いている。
居間に入ると礼花が座って待っていた。
「お昼食べてないよね?軽くだけどこれ握り飯作ったから食べてね」
「ありがとう…」
握り飯だけでも十分価値のある食べ物なのに水神の間では軽い食べ物らしい。やはり次元が違う。
握り飯を受け取り娘は礼花の隣に座るとそれを食べ始める。
塩加減がちょうど良くて炊き立ての米は甘味があって美味しい。
ぺろりと食べ終わると娘は礼花に言う。
「美味しかったです…ありがとうございます!」
礼花は娘の様子に微笑むと手を伸ばし口元についている米粒をとってくれた。
間抜けな面を見せてしまったことに少し恥ずかしさを覚えながら娘は気を取り直す。
「よかった、それじゃあ彼女がなんで泣いているのか話そうかな」
娘は礼花の話に耳を傾けた。雨の音と礼花の声が居間に響く。
泣沢女という水神について。
人間の間では神と人間との間をつなぐ巫女が涙を流して死者を弔う儀式があった。その巫女のことを、泣き女という。
涙は死者へ贈り物と言われたり馳走とも言われていた。
その巫女は儀式の後とある井戸へと向かった。
死者のためにたくさんの涙を流さなくてはいけないため、巫女は身体中にある水分を全部持っていかれている。井戸から水を汲み上げるとそれを死に物狂いで飲み干す。
正直に言って巫女には泣き女という役柄が身体に合っていなかった。いつもこのように井戸に向かっては、水を大量に飲んでいる。
死者を弔う際、弔えない時だってある。
いるのだ、目の前に人間が。
虚ろな瞳が巫女を見つめている。
死んだ人間はそのままの姿で現れる。
例えば生前、足を怪我して無くしてしまったのなら下半身がすっぽりなかったり、腕を無くしてしまったら腕がなかったり、色々だ。
霊は生前の姿で現れるがどこか次元が違う。人間の温もりがなく、無機質で、言葉では言い表せない存在。
巫女はそれが見えるのが常日頃であったが怖かった。
酷い時は血塗れで立っている時だってあるし、話しかけられる。
怯えてもいけなし情けをかけてもいけない。いつも気が張っていて巫女は疲れていた。
水を飲み終わると巫女は顔を上げた。
すると目の前には人間がいた。
驚いて後退り、気を張る。巫女には見えるが普通の人間には見えない。
人間ではない。
藍色の長い長い髪が靡いている。青藤色の小袖に淡藤色の打掛がとても美しかった。巫女はその美しさに少しだけ気を抜いた。
その人間ではない何かは口を開いて巫女にこう言う。
「毎日泣いていては大変でしょう、貴方が心配だわ」
甘い言葉のように聞こえるがどこか神々しさがあった。救いを求めてしまうような存在が巫女にはみえているような気がする。
「私は貴方がよく見ている弔えなかった霊とは違う、泣沢女という」
泣沢女ときいて巫女は目を見開いた。
水神だ。巫女は神をみているのだろうか。霊なんてとんでもない。
「人間は無駄な事をしたがる、何故なの。無意味な儀式をひたすらにやって人間が人間を傷つけている。貴方みたいに」
そう、そうなのだ。
巫女は自分で自分を殺している。
どうしたらこの役目から逃れられるのかここのところずっと考えている気さえする。巫女は、勇気を振り絞り目の前にいる泣沢女に尋ねてみた。
私はどうしたらこの役目から逃れられますか
泣沢女は涼しげな目元を優しげに緩ませると青緑の瞳が巫女を見る。
「逃れる事もまた善い事。私に身を委ねてくださればその役目はきっと楽になる」
そして条件があると言った。
その条件というのが……
「私と友人になって欲しい」
これは泣沢女と巫女の物語。
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