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せっかくだからレース糸で魔方陣を編んでみる事にした。
その10
しおりを挟む商人さんが帰り、ちょっぴり一息ついてから「さあ、今度こそは」と持って来たドイリーをテーブルの上に広げる。
「もう魔力は通してみたの?」
お姉さんの言葉にクロモは「いや」と答えた。
「お姉さんも楽しみにされていましたから、一緒に見た方が良いだろうって思って我慢して待ってたんです。だから今からクロモに魔力通してもらいますね。クロモ、お願い」
頷いてクロモはレースの上に手をかざした。
ドキドキする。上手くいくかな。いくといいな。
クロモの手が光る。魔方陣を編む時みたいに糸が出て来るんじゃなくて、ふわって全体的に手の平から光を放つ感じ。
そしてその光はそのままわたしの編んだドイリーに移って、ドイリー全体が淡い光を放った。
「……」
「……」
「……」
少しの間、ドイリーは魔方陣の様に光ったけれど……。
「何も、起きないわね」
お姉さんががっかりしたように言う。
光が消えたドイリーは、なんだか淋しそうに見える。
「形と魔力以外に、何か条件があるのか……?」
クロモはそう呟いて考え込む。
わたしはというと……。
「し、仕方ないよ。やっぱ魔力で編んだのとただの糸で編んだのとじゃ違ってくるよね。わたしも初心者であんまり上手に編めてる自信ないし……。残念だけど、仕方ないよ。けどさ、これはこれでキレイだし、部屋に飾っとけばいいと思うんだ。花瓶の下とかに置いても素敵だし。あ、今度はこっちの魔方陣編んでみようかな。ね、クロモ、これは何の魔方陣なの?」
早口で捲し立てると、借りてた魔法書を開いてクロモに見せる。
水滴の魔法のすぐ近くのページにあったその魔方陣は、やっぱり初心者用みたいでそんなに段数は多くないけど、ちょっと前のとは雰囲気が違う。
「ああ、灯火の魔法だな」
ちらりと目をやりクロモが答えてくれる。
「灯火……って事は、前にパッと見せてくれた小さな火が出る魔法? あの時は気が付かなかったけど、そういえば模様がちょっと火っぽいかも? まあ単に思い込みでそう見えるだけかもしれないけどさ」
場を和ませようと思ったんだけど、クロモとお姉さんはドイリーを前にじっと考え込んだままだ。
「お、お姉さんは何か欲しいのとかありますか? ちょっと時間はかかっちゃいますけど、作りますよ。魔法にはならなくても、お部屋に飾ったら素敵だと思うんですけど、どうでしょうか?」
パッと魔法書を広げてお姉さんへと差し出すと、お姉さんは顔を上げ、にこりと笑った。
「まあ。優しいのね。ありがとう。そうね……」
お姉さんはパラパラと魔法書を捲り出す。
「あ、あんまり難しいのはまだ無理です。なので初心者向けのやつにしていただけると嬉しいです」
「そう?」
そんな会話をお姉さんとしてたら、クロモが考えるように手を顎にあてながら言ってきた。
「姉さんのが終わってからで良いんだが、この魔法書にある魔方陣、一通り編んでみないか? もちろん期限はない。ゆっくりでいい」
いきなりの提案にびっくりしてクロモを見る。別に嫌なわけじゃないけど、理由が分からない。
「編むのはいいけど……時間かかるよ? ていうか、何に使うの? まあわたしはレース飾るの嫌じゃないけど。クロモにはちょっと女性的過ぎて似合わな……。あ、この世界では魔方陣だから、かえって魔法使いの住処っぽくていいのかな?」
ペラペラ喋るわたしの口が止まるのを待って、クロモがゆっくり頷いた。
「もう一つ、このレースの利用法で考えついた事がある。手書きの魔法書は、複写するにも途中で間違えれば一からまた魔方陣を描きなおさねばならない。だが、そのレースは間違えた所まで解けば、また続きを編めるのだろう?」
「ああ。つまりクロモちゃんは魔法書の代わりにそれを手本として普及できないかと思ったのね」
なるほど。まあ、本よりはかさばってしまうけれど、複雑な魔方陣だと手書きの模写よりレース編みの方が効率はいいのかもしれない。なんたってわたしの世界みたいに修正ペンがあるわけじゃないから、書き損じたらそれまでだもん。
「そっか。レース編みをお手本にして魔法の練習をするのね。うん、いいよ。あ、けどこの本の魔方陣全部レースにする程レース糸あるかな……」
秋の文化祭用にと多めに買っていたレース糸だけど、それでも無限にあるわけじゃない。本当の事を言えば、今持ってるレース糸の半分以上がわたしの物じゃない。自分の糸を買いに行くついでに先輩に頼まれて買った手芸部用の糸だ。
まあ、いつ帰れるか分かんないからいーかって使わさせてもらおうと思ってるんだけど。
「糸……。普通の糸とは違うのか?」
クロモが手に取り、レースを見る。
「えーと。わたしの世界ではレース専用の糸ってのが売ってるんだけど……。普通の糸とどう違うのかって言われたら、初心者のわたしには分かんない……。レース編みの先生とかしてる人だったらどう違うのか分かるんだろうけど」
この世界にはレース編み自体がないから、もちろんレース糸もないだろう。けど、もしかしたら代用出来る糸はあるのかも。
「そのレース糸って言うの、見せてもらっても良いかしら」
お姉さんに言われて「はい」とレース糸を差し出した。
お姉さんはじっと糸を見た後、にこりと笑って言った。
「この糸、少し分けてもらえるかしら? 上手くいけば伝手を頼って似たような糸を紡いでもらえるかもしれないから」
「本当ですか? すごい。よろしくお願いします、あ、その糸玉、そのまま差し上げます」
はいとお姉さんにレース糸の玉を差し出す。
「あら。こんなにたくさんはいいわよ」
そう言うとお姉さんは三十センチくらいに糸を切ってにっこり笑った。
「このくらいあれば大丈夫だと思うわ。もし先方がこれだけじゃ足りないって言うようだったらまたお願いね」
「もちろんです」
そうしてお姉さんは糸を持って帰っていった。
魔法が上手くいかなかったのは残念だった。自分の編んだレースが魔法になったらどんなに素敵だったろう。
だけど、お手本になるレースを編む事でクロモの役に立てる。わたしでもクロモのために出来る事がある。
その事がとても嬉しかった。
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