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せっかくだからレース糸で魔方陣を編んでみる事にした。
その9
しおりを挟む次の日。いつもの様に陽気な足音を立てながらお姉さんはやって来た。
「クロモちゃん、妹ちゃん。おっはよーう」
いつもに増してご機嫌な様子のお姉さんは、にこにこ笑いながらヒョイとわたしの耳に口を近づける。
「それでどう? 着てみたかしら?」
一瞬何のことか分からなくてキョトンとしてしまったけど、例の寝間着の事だと気づいてカッと顔が熱くなる。
「いや。だから着ないですってばっ」
つい大きな声で反論してしまった。おかげでクロモにも何を言われたのか分かってしまった。
「……姉さん。その事はそっとしといてくれって言ったろう……」
低い声でクロモが唸る。だけどお姉さんはちっとも気にしてないみたい。
「あら、クロモだってこの子があれを着てくれたら、嬉しいでしょう?」
からかわれてクロモが言葉を失う。
「ふふふ。わたくしだって焦るつもりはないのよ? けれどやっぱり愛しいクロモには幸せになってもらいたいじゃない」
たぶんお姉さんに悪気がないのは分かってる。けどやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。たぶんクロモも同じなんだと思う。
「まあ、その事は置いといて。どう? 魔方陣の方は編み直せたかしら?」
お姉さんから話題を変えてくれて助かった。
「はい。昨日の夜に出来ました。ちゃんとクロモにも間違ってないか確認してもらったんで、今度こそ大丈夫です。ちょっと待ってて下さいね」
急いでわたしはレースを取りに自分の部屋へと向かった。
部屋からレース編みを持ってくる途中で、玄関に誰かお客様が来ている事に気が付いた。
クロモを呼びに行こうかとも思ったんだけど、わたしが出た方が早いよね。
「どちら様ですか?」
扉を開けると、この間の商人さんだった。商人さんはわたしを見るなり嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「ご機嫌麗しゅう。花の顔は一段と美しく、天上の音楽のようなそのお声を聞かせていただき光栄至極にございます。……本日は生活雑貨等をお持ちしたのですが、いかがでしょうか」
なんだかめちゃくちゃ褒められて、恥ずかしくて赤くなる。商人さんからすればきっと、商売上言いなれた褒め文句。どこでも誰にでも言ってるんだろうけど、言われ慣れてないわたしはまるで口説かれたみたいと思わずにはいられない。
「えーと、ちょっと待って下さいね。その……しゅ、主人を連れてきますから」
奥さんらしくと思うものの、なかなか上手く出来ない。そうこうしている内にお客様に気づいたクロモが出てきてくれた。
前回の訪問からそう日にちが経っていないから、そうそう買うものは無いとクロモは商人さんを追い返そうとしたけど、さすがは商人さんの方が上手だ。
「本日は毎日の生活に必要になる雑貨等をお持ちしました。見るだけでもどうぞ、見て下さい」
持っていたカバンをばくんと開け、テキパキと中の商品を玄関に並べ始める。
前回は何かしら石のついたアクセサリー類ばっかだったけど、今回はそういう類いの物は無く、わたしには何に使うのか分からない雑貨やキレイなビンに入った液体とかが並べられた。
「色んな商品扱ってるんですね」
つい、商品に見とれてしまう。
「はい。様々な商品を売り歩いております。ここににない商品でもご希望があれば仕入れるよう努力しております」
街に行けばそれなりに欲しい物は揃う。けど、辺鄙な場所に住んでる人は町まで行くのは大変だ。きっとこの商人さんはそういう所に住んでる人をターゲットにして何でも屋みたいに品物を変えながら商売してるんだろう。
「どうしましたの?」
戻ってこないわたしとクロモが気になったのか、奥からお姉さんまで出て来た。
「行商人だ。すぐに帰ってもらうから」
そう、クロモは言ったんだけど。
「あら? ねぇ妹ちゃん。これって……」
ヒョイとお姉さんは屈みこみ、商人さんの並べた商品の中からキレイなガラスビンを手に取った。
「え……。あ」
この世界に来てから日用品はお姫様のものを使わせてもらっている。最初は使い方が分からなかったけど、その辺りはお姉さんにきっちり教えてもらった。
そのひとつに化粧水があったんだけど、毎日使えばなくなってくる。だから先日お姉さんに付いて来てもらって街で同じものを探したんだけど、どこのお店にも置いてなかった。仕方がないので別の化粧水を買って帰ったんだけど……。
「お目が高い。そちらの商品は限られた者にしか商品を卸さない製造元でして……」
「それで探しても見つからなかったのね」
納得したようにお姉さんは頷いている。
ようは限定品みたいなものか。さすがはお姫様だ。
「以前どこかでご購入を……?」
商人さんがお姉さんに尋ねる。
「わたくしじゃなくって、この子がね」
その言葉に商人さんはわたしに視線を移した。
「以前はどちらで……?」
じっと見つめられて、困った。お姫様がどこで買い物をしてたかなんて知るはずがない。
オロオロしていると、クロモがポンとわたしの肩に手を置いた。
「すまないが、彼女は事故で昔の記憶を失っている」
わたしをかばってくれたクロモの行動に、わたしはすごく安心した。
「記憶喪失……」
商人さんは記憶喪失に何か辛い思い出でもあるのか、それともぶっきらぼうな言い方のクロモが怒ってしまったと勘違いしたのか、青い顔をしてそう呟いている。
「……たぶん、お気に入りの化粧水だったと思うの。見つからなくって別のものを使ってみたんだけどしっくりこなくって。だから見つかって嬉しいわ」
出来るだけお姫様らしく上品に笑ってみせる。すると商人さんはハッと我に返り営業スマイルを取り戻した。
「そうでございましたか……。ではまたこちら、無くなりそうな頃に仕入れてこちらに伺いましょう」
まだはっきりと買うとは言ってなかったんだけど、さすがは商人さん、定期購入コースへと進めていく。
「……そうだな。幾らだ?」
特別なものと言うだけあって街で買った物より高かったけど、クロモは何も言わずに買ってくれた。
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