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たぶん最終章、レースの魔法の女神様の再来と呼ばれるのは また別のおはなし。
その1
しおりを挟むこの世界にやって来た時は夏だったけれど、今はもうすっかり森の木々は色づいてしまっている。
夏はクーラー無しでもなんだかヒンヤリしてるなぁと思ってた森も、秋が深まるにつれ段々と肌寒くなってくる。
「本日は防寒に使えるショールやひざ掛けなどをお持ちいたしました。今年はこういったお色が若い女性には人気になっています」
三日と開けず来るようになった商人のシオハさんは、今日は衣類やなんかを持って来ていた。
「わあ。キレイな色」
オレンジと赤のグラデーションになったそのショールは肌触りも良くてとても温かそうだった。
わたしがいいなぁと思ったのに気づいたシオハさんは、透かさずわたしの肩にそのショールを掛けて来る。
「とてもお似合いでございます」
本当なのかお世辞なのかは置いといて、そんな風に言われるとやっぱ嬉しい。
「ありがとう。でも、買うかどうかはちょっと待って下さい」
クロモはちょっとわたしに甘いところがある。だからわたしが欲しいって言えば大抵買ってくれるし、欲しいって言わなくても「いいなぁ」とか「キレイね」って言っただけで買ってくれる事もある。
けどそれって半分は、わたしをこの世界に召喚しちゃったお詫びというか、罪悪感からそうしてんのかな……と思うのよね。
でも、いつも良くしてもらってるし、帰る方法も探してもらってるし、いつまでも甘えてちゃいけないとも思うの。
だからお姫様の持ち物にショールがあるようなら新しいのは買わないでもいいかなって。
肩にかけてもらったショールを返し確認しに行こうと思ったら、クロモが部屋に入ってきた。
「どれか気に入ったのがあったか?」
言いながらちらりと商品を見て、その中からモフモフの帽子を取り上げわたしの頭に乗せる。
「うん、似合ってる」
ヤバイ。この様子だとクロモ、この帽子を始めにあれこれ防寒具を買っちゃいそうだ。
慌ててわたしは帽子を脱いだ。
「クロモ、色んなものを買ってくれるのは本当に嬉しいんだけど、さすがに最近ちょっと買い過ぎだと思うの。そりゃあクロモがお金に困ってない事は分かってるよ? 全部は受けてないにしても、ひっきりなしに依頼の手紙が来てるし。けど、無駄遣いはやっぱり良くないと思うの」
わたしの言い分にクロモは眉をしかめる。
「無駄遣いではない。これから寒くなるのだから、必要だろう?」
「うん、だから確認して来るからちょっと待ってて。まだ冬物の衣装箱開けてないからどんな物が入ってるのか分かんないの。確認して、必要だと思う物はお願いするからちょっと待ってて」
パタパタと部屋に戻るわたしの後ろで、「倹約家の奥様ですね」なんてシオハさんが言ってるのが聞こえてきた。
さすがお姫様の衣装箱……という言い方も変かもしれないけど、秋冬用の衣装の中にはちゃんと防寒具一式がきっちりと入っていた。
だから今回は悪いけど断ろうと思ってたのに、やっぱりクロモはモフモフの帽子とショールを買ってしまった。
シオハさんが帰ったのを確認して、言う。
「ほんと、ある物は買わなくていいよ。帰り方が分かってわたしが帰ったら使う人いなくなっちゃうでしょ?」
ほんとの事を言えば、帽子やショールなんかはサイズがあんまり関係ないのでお姉さんにも使ってもらえるかなと思うんだけど。
わたしの言葉にクロモは瞳を暗くした。
「……すまない。調べてはいるがまだ全く手掛かりが掴めていない」
俯くクロモ。
もしかして、ちゃんと帰り方調べてるのかって言ってるように聞こえた? だとしたら悪い事を言っちゃったなと思う。
「違うの。クロモがちゃんと帰り方がんばって探してくれてるのは知ってるし、見つからないからって責めるつもりじゃなかったの。だから謝らないで。ただ単にわたしが、クロモにお金を使わせすぎちゃうのが申し訳ないなーと思っちゃうだけで」
焦って言ってると、クロモがわたしの両手を握りしめじっと見つめてきた。
「な、なに?」
ボッと自分の顔が熱くなったのが分かる。ドキドキしながらわたしはクロモの優しい声を聞いた。
「ここにいる間、キミに不自由な思いをさせたくない」
きっとわたしをここへ呼んだ、そして帰し方が分からないお詫びのつもりなんだろう。
そう思うとちょっと淋しくなった。
「と、とりあえず、買っちゃった分はまあしょうがないんじゃない? 今更返品も出来ないし、ありがたく使わせてもらうよ。けど、お詫びとかはもういいから」
クロモはわたしの手を握りしめたままぐっと顔を近づけ優しく囁く。
「お詫びとかじゃない。……君に喜んでほしくてつい買ってしまうんだ。だから出来れば笑って受け取ってほしい」
耳のすぐ近くで囁かれ、ドキドキしながらわたしはつい「うん」と頷いてしまった。
「良かった」
安心したように王子様スマイルを浮かべるクロモは、ずるいと思う。
ドキドキして顔が真っ赤なままのわたしをクロモは楽しそうに見ていた。
ここ最近、お姉さんがあんまり来なくなったなぁと思ってたら、久しぶりに楽しげな気配と一緒にお姉さんがやって来た。
「妹ちゃんっ。見てちょうだい。どうかしら、これ」
そう言ってお姉さんが差し出してきたのは。
「レース糸?」
わたしの世界から持ってきたのとほぼ変わらない、糸がそこにあった。
「どうしたんですか、これ。うわぁ、こんなにたくさん」
お姉さんの下げたカゴいっぱいに、レース糸が入っている。
「やだ。忘れたの? 伝手を使って糸を紡いでもらうよう頼むって言ってたじゃない」
そういえばそんな事、言ってたっけ?
「それだけじゃないのよ。ホラ、これ」
そう言ってお姉さんが取り出したのは。
「レース針?」
金属ではなく木で出来たものだったけど、レース針っぽい物をお姉さんは持っていた。
「うわ。すごい。よく作れましたね、コレ。毛糸用のかぎ針ならなんとかなりそうだけど、レース針ってかなり細いからこのカギの部分なんてそうとう手先の器用な人じゃないと作れないと思うんだけど」
それでもわたしの持ってたのは、太めの糸とそれ用の針なんだけど、細い糸用の針はほんとめっちゃ小さなカギだから簡単には真似できないんじゃないかな。
「あら、手先の器用な職人はこの国にもいますのよ。その内ちゃんと金属で作ってもらうつもりですわ」
ニコニコと楽しそうにお姉さんが言う。
「そっかぁ。あーでもそなのかも? わたしの世界でもレースって結構歴史ありそうだもんなぁ。機械なんてない時代にもレース有ったような気がする。て事はレース針も手作りで作ってたって事だよね。うん。腕の良い職人さんなら作れるか」
ひとり納得しているとお姉さんがふふふと笑う。
「ですから、糸の編み方、教えて下さらない?」
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