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凌久くんの風邪
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しおりを挟む「救急セットの中身が、どれも未開封だったのは……風邪を引かないように気を付けていた、凌久くんの努力の賜物なんだね。凌久くんは……すごく心が強い人だよ」
私の言葉に、凌久くんは目を開いた。だけど苦々しく笑った後、またゆっくりと瞼を伏せる。
「強くなんかねぇ……俺はしょせん、一度はその道を諦めた”意気地なし”だ。
だけど……結局、諦めきれなかった。やっぱり声優の仕事が好きで、もう一度頑張ろうって、そう思った」
「そっか。だから人気声優の、今の凌久くんがあるんだね。凌久くんはスゴイね」
「……うるせぇ。知ったような口をききやがって。俺が、どれだけ大変だったかもしらねーで……っ」
そう言って、またポロっと涙を流す凌久くん。その感情に、思わずつられそうになるのを我慢して。涙が流れないよう、自分の目に力を入れる。
「凌久くん」
「……なんだよ」
「もう一度、声優になってくれて……ありがとう」
「は?」
「ごめんね、よく分からないよね。だけど、お礼が言いたかったの」
「なんだよ、それ……」
すると凌久くんは薬が効いてきたのか。だんだんと呼吸が落ち着いてきた。そして、いつの間にか規則正しい寝息が聞こえてくる。どうやら、眠る事が出来たみたい。
「(凌久くん……)」
目を隠していた彼の手をどける。すると、目の窪みに、流れきれなかった涙が溜まっていた。
私は近くにあったテイッシュで、ゆっくりと涙を拭きとる。そして、もう一度「ありがとう」と口にした。
「(私はね、どうしてもお礼が言いたいんだよ。凌久くん)」
さっき、私が凌久くんにお礼を言った理由。
それは私が、声優ファンの一人だから。
私の好きな声優さんは、私が小さい頃に急に姿を見せなくなった。いま現在、声優として活動しているのかも不明。声で私を魅了した後に、その人は忽然と姿を消してしまった。
私が成長するにつれ、分かってきた事。
それは、声優の道を外れる事は、声優業界では多々あるっていう事。
その時は売れていても、その後に売れなくて声優を辞めざるを得ない人もいると、ネットで調べていくうちに知った。
きっと、私の好きな声優さんも、そうなのだと――そう思って、私はいつからか、諦めかけていた。
だけど、諦めきれない僅かな気持ちが……私を、この夢咲学園に向かわせた。
「数多く声優が通っている」と噂の、この学園に来れば……もしかすれば好きな声優さんに会えるのではないかと、そう思って。
だけど、やっぱり会えなくて。
入学して、もう二年目になる。
きっと私の夢は、諦めた方がいいんだって……さすがに思って来た。
好きな声優さん=運命の人って勝手に思って、夢を見続ける私。そんな私から卒業しないといけないって、ふとした時に考えてしまう。
だけど、そんな私に、
凌久くんが力をくれた。
――辞めた。だけど諦めきれなかった。声優の仕事がやっぱり好きで、もう一度頑張ろうって、そう思った
「(私の好きな声優さんも凌久くんと同じように、今もどこかで声優として頑張ってるかもって。
そんな素敵な希望を、凌久くんが持たせてくれた)」
だから「ありがとう」って言ったの。どうしても、お礼が言いたかった。
私はね、凌久くん。好きな声優さんに会えたら本当に幸せだって……そう思うんだよ。
「だからもう少しだけ……。私の運命の人(好きな声優さん)を探してもいいよね?凌久くん」
さっきの凌久くんと同じように、目に涙をためる私。ふと我に返って「って、なに病人の前で熱くなってるの」と、指で涙を弾き飛ばした。
「早く男子寮を出ないと、いつ寮母さんが帰ってくるか分からないし」
凌久くんがスヤスヤ寝ているのを確認して、ドアへ急ぐ。そう言えば前、凌久くんの部屋から出る時に……
――お、お邪魔しました
――ん……もう来るなよ
――も、もう来ないもん
なんてやりとりしたけど……。案外、すぐに来ちゃったなぁ。
くすっと笑いながらドアへ向かう、その時。凌久くんの部屋の中で、ある物を見てしまった。
そして、息を呑む。
「え、あれって……」
私の目に写る物、それは――
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