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凌久くんの風邪
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しおりを挟む昔好きだった、アニメのキャラクターのフィギュア。このキャラクターを演じてくれた声優さんを好きになって、昔から今日まで。私はずっと、その声優さんを追っている。
だけど、なんで?
「なんで凌久くんが、このキャラクターのフィギュアを、」
持ってるの――?
と言おうとした時。私の目が、ある一点を見て……止まった。
それは、フィギュアの横に置かれた、ボロボロの台本。表紙の右端に「おれの!!」と。ぶっきらぼうに書かれている。
「これって、凌久くんの台本……?」
勝手に見てはいけないと思いつつ。震える手を伸ばし、その台本を手に取った。そして、ゆっくりと中を開く。
そこに書いてあったものを見て、私は、
「……っ、うぅっ」
涙が溢れて、止まらなくなった。
台本には、演じたキャラクターの名前にピンクのマーカーが引いてある。マーカーが引かれてあったのは……
私の好きな声優さんが演じた役と、一緒のキャラクター。
「そっか、そうだったんだ……っ」
長年、胸につっかえていた物が取れる。
この台本が、全てを教えてくれた。
「私が好きなキャラクターの声を担当していたのは、凌久くん」
つまり……
ずっと私が追いかけていた声優さんは、
私が好きな人と言っていた声優さんは、
声宮凌久くん。
声変わりした事をきっかけに、一度声優を辞めた人。
どうりで、突然に姿を消したわけだ。その後、見つからなかったわけだ。
辞めていたんだから、どれだけ探しても見つかるはずないもの。
凌久くんはブランク時代を乗り越え、名前を変え、再び声優業界に舞い戻ってくれた。
その事に、今……やっと気づくことが出来た。
「こんなに近くにいたなんて……っ」
涙を流しながら「ふふ」と笑ってしまう私。だって、まさか――だよね。
好きな声優さんが、本当に夢咲学園に入学していたなんて。そして、本当に会えちゃうなんて。
「私の夢、叶ったよ……っ」
私の「夢」と名付けた花が、咲いた。この夢咲学園で、綺麗に咲いた。
その花は体の内側から私を包み込みように、ぽかぽかと温かい。まるで陽だまりの中にいるみたい――
「好きな人に再会出来るって、こんなに幸せな事なんだね……っ。
ねぇ凌久くん。話したい事が、いっぱいいっぱいあるよ」
だから早く、風邪を治してね。そして、体も声も。どっちも元気な凌久くんに、早く会いたいな。
涙は止まらないのに、なぜだか笑みも止まらなくって。涙を拭いながら、寝ている凌久くんをもう一度見た。
この人が、私がずっと探していた人。私の好きな人。運命の人って、私が勝手に思ってる相手。
――お前、中学生になってまで”運命の人”とか信じてんの?!マジで!?
――運命の人!ハハ!さすが花畑、頭がお花畑だな!
「まさか……運命をバカにしてきた凌久くんが、運命の人だったなんてね」
人って、一度言われた言葉を、なかなか忘れる事は出来ないみたい……。
過去の凌久くんを思い出して、不思議なくらい涙がスッと引っ込んだ。
「まぁ、確かに……」
言葉って不思議な物で、良くも悪くもずっと覚えてる。私だって忘れられない言葉が――
「……あ、ダメダメ」
その時、頭の隅から「黒いもやのかかった記憶」がジワジワと這い出てくるのが分かった。ハッとした私は、急いで黒い記憶に蓋をする。
「思い出さない、忘れる。忘れる……」
念仏のように唱えていた、その時。
どこから現れたか分からない赤い糸が、私の前にふわりと姿を見せる。踊るように何週も私の前で回り、そして最後に――
ハートの形を作って見せた。
「まるで”運命の人が見つかって良かったね”、て。そう言ってるみたい」
ふ、と笑って言うと、赤い糸は嬉しそうにヒラヒラ揺れる。
あれだけ優柔不断だったくせに、なにが「運命の人」よ。都合いいんだから、もう――
なんて思いながら、ハートの形をした赤い糸を見る。徐々に移動していく糸が向かった先。それは、
「凌久くんの左手の薬指……」
キュウッと固く、そして強く結ばれた赤い糸。その糸が、
もう離れないよ
どこにも行かないよ
だから信じて
運命の人は、この人で間違いないからね
って。私に、そう語り掛けている気がした。
「本当に私と凌久くんが……」
赤い糸で繋がっている、私と凌久くん。
再び糸はほどけるのか、それとも、もう二度とほどけないのか――
それぞれの指に赤い糸がガッチリ結ばれているのを最後に見て。部屋の扉を、静かに閉めた。
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