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凌久くんの風邪

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「あんまりにも辛いなら、病院に行った方が……待ってて!寮母さんを呼んでくるから!」


そう言って立ち上がった私の腕を、凌久くんは掴もうとして……掴めなかった。その代わり「ここにいろ……」と。命令する割に弱々しい口調で、私にそう言った。


「……わ、分かった」


とんでもなく弱っている凌久くんを、放っておけなくて。凌久くんの言う通り、しばらく部屋に居る事にした私。

そんな私に聞かせるためか。はたまた、熱にうなされて独り言を言っているだけか。凌久くんが、ゆっくりと喋り始めた。


「なんで……風邪なんか……」

「凌久くん……」


風邪を引いた自分を攻め続けている凌久くん。私は手をギュッと握って「大丈夫だよ」と声をかける。


「風邪は治る。絶対治るから。だから、その……元気出して。ね?」

「……っ」


バッ


凌久くんは、私の手を振り払った。その腕には、熱がある人らしからぬ力強さがあって……。いきなり振りほどかれた私は、呆然としてしまう。

すると凌久くんが、「昔」と天井を見ながら――静かに、口を開いた。


「昔、まだ小さい頃……。声優として注目されていた時期に、風邪を引いた。そして喉が潰れて、声が枯れた」

「え……」

「そこから声変わりの時期に入って、ずっと出していた声が出なくなった。ファンからの期待に応えられなくて、俺は一度……声優を辞めたんだ」

「!」


そうだったんだ。全然、知らなかった……。だって、凌久くんは今の声優業界で有名で、学校でも声優の凌久くんを知らない人がいないほど有名なのに――


「そこから、声にデリケートになった。仕事以外で、少しでも喉を使うことはしない。負担になりそうな事は避ける――それを徹底していた、はずなのに……っ」


凌久くんは両手を握り締めたまま、目を覆った。まるで泣いてるんじゃないかって、そう思えて……私の胸もジクジク痛む。

今の凌久くんの話。それは、彼の悲痛な叫びに聞こえた。


「風邪のせいで、また声が出なくなったら……どうすんだよ。また声がでなくなって、また声が変わって――、」



――残念だが、この仕事も辞退するしかない
――風邪は治った!声も出る、やらせてください!

――向こうは子供らしい声を希望している、今のお前は、もう違うだろ
――!

――諦めろ。お前が悪いんじゃない。自分を責めるなよ
――じゃあ、誰が悪いんだよ……っ!



「また、あの時みたいになったら……俺は、どうすればいいんだよ……っ」



その時、凌久くんが自らの手で隠した瞳から、ポロッと涙が落ちるのが見えた。

あの凌久くんが泣いてる――それは、信じられない光景だった。


「凌久くん……」

「うるせぇ、見んな……。お前なんて、あっち行け……っ」


ベッドを占領する凌久くん。シングルベッドが埋まっている。それくらい、凌久くんは大きい。

はずなのに……。

今の凌久くんは、すごく小さく見える。小さくなって震えていて……、まるで弱々しい生き物のような。

それくらい不安に飲み込まれているんだと思うと……どんな拙い言葉であっても、声を掛けてあげたいって。そう思った。
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