拾ったのが本当に猫かは疑わしい

それからの生活

いつかの桜 44

　私と優一さんとモドキとマロンと、それと理歩。
　
　皆でお花見をする。
　
　優一さんの話によれば、まだ理歩はほとんど視力がない状態。桜の花が綺麗なのは見えないらしい。
　なんだったら、私達の顔もそれほど判別がついていない。
　残念だ。理歩にもこの桜を堪能してほしかったのだが、それは来年のことになりそうだ。

「だが、匂いや感覚で、桜は感じているようじゃぞ」

　モドキが、理歩の様子を見て教えてくれる。

「そうなの？」
「ああ。頬に触れる風、土や草の匂いに、ほんのりと香るのは、この薄紅色の桜。……それに、日光が温かくが肌に当たれば、心地よいそうだぞ」

　なるほど。
　モドキは以前言っていた。
　動物は、言葉だけでなく匂いやシッポや態度、様々な物を使って会話しているのだと。
　まだ言葉の話せない理歩は、動物に近い方法で自分の感情を表現しているのかもしれない。

「モドキ……理歩、どうして夜泣きするか分かる？」
「それは時と場合によるだろう。この間は、突然世界が暗くなった！　なにこれ怖い！　だったかな？　薫があやしたらすぐに落ち着いたようだから、特に解説もしなかったが」

　いや、それは教えてよ。
　教えてくれないと、ミルクが必要なのか、オムツが濡れているのか、それともなにか病気なのかと、散々心配になるじゃない。

「その内に理歩も言葉を覚えるじゃろうし、薫だって分かるようになる」

　ふふんと笑ってモドキがおもむろに取り出してきたのは、あのコクのあるお高いビール。

「モ、モドキ！！　それは……」

　ずっと禁酒をしている私には、とても眩しいそのお姿。
　ビールの缶が、これほど輝いて見えるとは！！

「柏木よ。もう完全にミルクに移行して母乳をあげていないのであれば、飲んでよいのであろう？」
「えっと、そうですね。薫さんの体質が変化している可能性がありますので、少しずつ試す形にはなりますが」

　な、なんと！　
　モドキは、私のためにこの素敵なビール様を用意してくれていたというの？

「薫よ。禁酒しての出産、ご苦労であったな。理歩のためによく耐えた。これは、ささやかではあるが、祝杯じゃ」

　嬉しすぎる。
　モドキが、そんな風に労ってくれるなんて思ってもみなかった。

「さ、乾杯じゃ！！」

　スッとモドキが出してくるのは、自分用のお猪口。
　おっと、この機に自分も飲もうとしているな。結局それが狙いか！　モドキよ。
　私の禁酒に付き合って、モドキも禁酒を続けていたものね。
　飲みたくてうずうずしていたのだろう。
　
　……でも、それでもやっぱり、労ってもらえるのは嬉しい。

　出産は、理歩が主役。だから、何かお祝いをもらっても、それは理歩の物ばかり。
　それに不満はないが、こんな風に私にも労いを向けてもらえるのは嬉しいのだ。

「「はあ～！！」」

　モドキと私の口から久しぶりのビールに歓喜の声が漏れる。

「ワン」

　マロンの「オヤジ臭い！」という主張。それは、とっても分かるが、今日は見逃してほしい。

「ふふっ、思い出しました」

　理歩を抱っこしてくれていた優一さんが、そう言って笑う。


「この公園へ、薫さんとお付き合いを初めてすぐの時に来ましたよね。あの時、『薫さん』と呼び始めたんです」
「そうそう。なんかちょっと気恥ずかしくてさ」

　あの時の桜は、ほとんど覚えていない。
　恥ずかしくて俯いて顔を上げられなかったから。

「なんだか不思議ですね。あの時の桜の未来は、こんなに幸せです」

　にこやかな優一さん。
　幸せと感じてくれているのなら嬉しい。

　あの時、優一さんとモドキとマロンと一緒に観た桜を、理歩も一緒に観られる未来が存在するなんて、思いもよらなかった。

　来年も、その先も、皆で観られる未来がありますように。