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第一章〜神々と巨人たち〜

創世

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 大陸『エッタ』は豊かな地だ。
 春、夏、秋、冬、四つの季節が自然の流れを
巡り回し、多くの命を育む。
 エッタは『北欧』と呼ばれ、世界的に最も影響力を持つ『アスガルド大国』が統括し、そこから傘下の中小国が点在。細部的な統治をしている。
 そんな大陸の西部。よくある田舎の村では、とある家族が夜咄に耽っていた。

「ねぇママ! 『北欧神話』のお話してよ!」

「おれも! 特に『万雷神』が活躍するところが聞きたい!!」

「あたしは『豊穣神フレイア様』のお話がいい
!」

 3人の子供、長兄の赤髪の少年。二房に束ねた黄金色の髪をツインテールに束ねた長女の少女。
 そして、次男の黒髪の少年。
 齢10歳代の子供というのは良くも悪くも多感な時期だ。何かに大きく憧れて、特に理由もないのに何故か自信満々に何でも出来ると思い込んでしまう。
 好きなモノの事になると夢中になってしまい
、それ以外に注意が向かなくなる場合だってある。
 今この瞬間に『北欧神話』という、あの有名な物語に夢中になっている光景が良い証拠だ。
 そんな子供たちを前に3人の母は、溜息を一つ、深々と零して言う。

「あのね。もう夜遅いから、お話の時間はまた今度!」

「「「えええぇぇ~~~~~!!!!」」」

 まさに遠慮なし。隠す事もせず、不満を思う存分吐き出せるのは子供ならでは特権かもだが
、それの相手を毎日している母親からすれば、
たまったものじゃない。

「お願い~~!! 今して!!」

「「お願いお願い~~!!!!」」

 しかしそんな理屈は子供達には関係ない。
 子供に『後で』や『今度』など通用しない。

「なんだなんだお前たち! そんなに北欧神話の話をして欲しいのか!!」

 バタンッ!

 大きく豪快に音を立ててドアを開けて来たのは、子供達の父親。
 軽快に。嬉しそうな顔と声音で一気に捲し立てる。

「北欧神話! このエッダの大地が太古に名付けられた『北欧』という異名。そこから取って名付けられたこの大国固有の神々の物語」

「あら、お帰りなさい貴方」

「「「お帰りなさーーい」」」

 夫の熱い語りに特に何も言うことはなく、淡々と挨拶を交わし、3人もそれに習うように
普通に挨拶する。
 
「うーーん、出オチ感が何とも……なんかもっと……ないかなぁ?」

 やや下にズレた眼鏡をクイっと元の位置に戻しながら、父親は子供と妻の座るテーブルへと自分も座ると不満げにそんな事を言い始める。
 それを予想してたのか、
 
「なんかも何もありません。いつものことでしょ」

 対する妻は夫の不満の言葉を一言で一蹴して
しまった。

「ねぇーパパ! パパなら聞かせてくれるでしょ? 北欧神話!!」

「万雷神が戦うところ聞きたい!!」

「フレイア様のお話!」

「はいはい、ストーップ!! 北欧神話由来の『魔法』や『魔術』を研究している僕が話すのなら、まず創世期から話せてもらおうか!!」

 要望の圧しが強い子供達に待ったをかけた父親は、語り始める。

「じゃ、話そう。まずは始まり…"古エッダ"の詩を一つ…」

 遥か遠い、古から続く物語を。
 





















 古き昔。

 ユミルが住みし頃には土砂はなく、

 故に大地もなく、海も波も、天空さえも
ありはしない。

 草木すら生えず、あるのは炎と氷。
そして混沌だけだった。

           『古エッダ』





※ ※ ※





 世界の始まりは、至ってシンプルでつまらないものでした。
 大きな氷が屹立し冷気が漂う北の領域『ニブルヘイム』。灼熱の炎が絶えず燃え盛り、熱気が噴き出す南の領域『ムスペルヘイム』。
 そして黒く、霞のような。
 塵ともつかない謎の物質『混沌』が溢れんばかりに埋め尽くす。
 氷と火、混沌の三つしかない何とも味気ない光景が原初の世界だったのです。
 そんな世界でしたが、ある日最初の生命が産声を上げました。
 北と南を隔てる大きく深い裂け目。その下へと南の熱気と北の冷気がぶつかり合い水となり
、更に冷気が下へと落ちていくとその水は長い年月を経て巨大な氷に。そこから更に熱気が当たると氷は蒸発していき、蒸気となる。
 それ自体はよくある事でした。
 変わらない現象。混沌の世界でもある自然的なサイクルの一つ。ですが、そのただ消え行く筈の蒸気からある日、二つの生命が生まれたのです。
 
 一つは、原初の雌牛『アウズンブラ』。

 もう一つは、原初の巨人『ユミル』。

 赤ん坊ではあったものの、凶悪な異形の頭には大きく牙の生えた口と三つの瞳のある目。
 おまけに怪力と来たものでしたから、その凶暴性は凄まじいものでした。 
 しかしそんなユミルもまだ赤ん坊。アウズンブラの乳首から絶えず流れる乳液を舐めることで命を繋ぎ、アウズンブラに害を与える真似は
しませんでした。
 アウズンブラも生来の温厚さと慈母の性から
ユミルと争うことはなく、優しく丁寧にユミルを舐めてその愛情を示していました。
 栄養のあるアウズンブラの乳で育ったユミルの成長は凄まじく、裂け目から這い上がれるくらいに大きくなった彼は初めて混沌溢れる世界を目の当たりにしました。
 混沌を踏み締め、混沌を手で掬ってまじまじと見つめる。それはユミルにとって形容し難い感覚で、とても心地よいものでした。
 
 ああ。なんて、なんて素晴らしいんだ外は。

 これが世界。この世界こそが俺のいるべき住処。

 そう確信した瞬間、ユミルは産声を上げた時よりも大きく、混沌の世界を揺らすほどの咆哮を上げました。
 そして、駆ける。
 混沌を力強く踏み締め、駆け抜ける。
 すると踏みつけた混沌から彼の眷族たちが数人生まれ、その眷族たちが結ばれて多くの眷族が増えていきました。
 そう。原初の巨人から生まれたのは当然の如く『巨人』でした。
 この原初の世界で最初の種族である巨人。
 彼等にしてみれば、まさに繁栄の時代だったのです。
 好きなだけ混沌に満ちた世界を駆け抜け、混沌や冷気を食事にしている彼等は、いつの頃か『霜の巨人』と呼ばれていました。
 そんな中、流れ落ちたユミルの汗から。
 擦り合わせて落ちた足の裏の垢から、新しい巨人が生まれます。
 『ボルソルン』と『ベス』の男女です。
 どう言うわけか彼等は凶暴で気の荒い巨人たちと比べて温厚で理知的でした。
 故に周りの巨人たちは2人を『はみ出し者』として扱い、嘲りました。
 父であるユミルもそれは同じ。親からも兄弟からも彼等は疎まれ、侮蔑される。
 そんな毎日を過ごしていたのです。
 ある日、ボルソルンとベスは巨人とは全く違う種族『神』であるブーリに出逢います。
 ブーリは、アウズンブラが食事として嘗めていた氷から生まれ、その気質は凶暴で気の荒い巨人とは違う穏やかで優しい性格でした。
 互いに温厚な気質の3人は意気投合し、無二の親友同士なりました。
 やがてボルソルンとベスの間には愛娘『ベストラ』が生まれ、ブーリには自らの力と知恵、血を分けた眷族が生まれました。
 親友であるボルソルンに因んで『ボル』と名付けられた眷族は男の子で、女の子のベストラ
とは両親たちと同じように良好な仲を育み、大人になってからは互いに愛し合い夫婦に。
 そして、この世界で最初の『神の子』が生を受けました。

 聴覚や視覚、言語といった五感や言葉を司る神『ヴェー』。

 怪力を秘めた毛むくじゃらの右腕を持つ、
動く力と知性を司る『ヴィリ』。

 最後は後々の世において神々の王として君臨する知識と智慧、戦争と死を司る『オーディン
』。
 世界の創造は、この三神……『彼』から始まるのです……。




※  ※  ※




「うーん、なかなか、上手く行かないなぁ」

 混沌が占める氷と炎の原初の世界。
 その北にある館は氷で出来ていた。窓も、柱も、壁も、入口も、全部が氷でそれ以外のものが一切ない。
 巨人が作ったものではない。巨人達はユミルも含めて氷の塊を雑にくり抜いて住居とするだけなので、建物という構造物を作らないのだ。

 では、誰が? 

 これは神々が建てたものだ。
 巨人とは性質、価値観から相対し対極にある
種族。巨人と同じ人型だが大きさでは圧倒的に巨人が有利で、彼等から見たら神々はちっぽけな虫に過ぎない。
 そんな神々の一柱であるオーディンは眉間に皺を寄せては目の前の惨状に溜息を吐いていた

 館の実験室の一つは多種多様な道具の数々が
散乱しており、窓も割れ、青や緑といった液体
が床へ拡散されている。
 ここまで来るとある種、芸術の域だろうか。
 
「オーディン兄。またやったの?」

「兄貴よぉぉ……」

 思わず振り返る。
 声から予想してたとは言え、毎度お馴染みの兄弟のうんざり顔を見るのはオーディンも堪えるものがある。

「ヴィリ、ヴェー。違うんだ。今度こそ成功すると思ったんだ。いや、マジで」

「ボル父さんは許してくれるけど……」

「母ちゃんがなぁ……ぜってぇー怒るぞコレ」

 獣のような毛深い右腕を持つ少年『ヴィリ』と大きい2本の角が特徴的な少年『ヴェー』。
 オーディンの弟である2人は、母の怒り狂う姿が嫌でも浮かんで来ていた。
 
「……可愛い弟達よ。ここはひとつ、連帯責任といこうじゃないか」

 何故か無駄にキメ顔で、そんな事を宣う兄神


「ボケてんじゃねぇよクソ兄貴」

「僕ら、とばっちりは普通にゴメンだけど」

 当然、弟神たちの反応はこうなる。

「……お前達が愛して、尊敬するお兄ちゃんがピンチなんだぞ? 弟ならここは一つ兄を助けて然るべきじゃないのか? ん?」

「んなもん知らん。興味ねぇー。つーかよぉ」

 不快全開の顔を滲ませて、ヴィリはオーディンを睨む。

「この前も『南の炎』使って変な実験してよ。巨人共を怒らせて死にかけたこと忘れたのか?


「アレね。アレマジで死を覚悟したんだけど。
そう言えば~、手伝いやらせたご褒美ぜっぜん出してないよね?」

「約束したのにな」

「………」

 堪らず、視線を弟から有らぬ方向へと逸らす
オーディン。そんな兄に対しての、弟たちの追撃は止まらない。

「あー、それと魔術の実験の時も死にかけたよね」

「あったよなヴェー。しかもあん時は確か謝罪も無しに『まぁ、事故だから仕方ないな』なんて開き直ってたよなぁぁ」

「だよねぇぇぇ~? 謝罪の一つや二つあって然るべきだよねぇぇ」

「同感だなホント。ああーーーそれとぉーーー
! なんか『凄い道具作ったから試してみろ』って言われて試して、そんで大怪我しちまった事もあったよな!!」

「そうそう! あの時は幸い僕は無事だったけど、ヴィリ兄さんは酷い怪我で辛い思いしちゃったんだよね……グスン」

「よしよし、泣くな弟よ。ぜーーんぶ、アレもコレもオーディンのクソ兄貴がいけないんだ」

「そうだよね。僕たち、悪くないよね?」

「クズなクソ兄貴持った弟の悲運って奴だな」

 弟達のこれまでの鬱憤が盛大に込められた非難の言葉の数々。
 嫌味なのは間違いない。言葉の節々から感じられるワザとらしさがその証拠だろう。
 しかし残念かな……どうしようもなく過去オーディンがやらかした事案の数々は真実なので
、否定しようができやしない。
 
 故に。

 ブチリッ。

 ほぼ逆ギレだが、オーディンの堪忍袋の緒が引き千切れる音を立てた。

「うっせぇぇぇぇぇッッッ!!!! 長男の俺が一緒に責任負えって言ってんだから、お前らは従えやボケェェッ!!」

「誰が言う通りにするかクソ兄貴ィィィィ!!
!! テメェのケツはテメェで拭き取れや!」

「そーだよ! 怒られて反省しなよ!!」

「よーし分かった。兄に勝る弟なんぞ居ない事を頭に叩き込んでやらぁァァ!!」

 兄としてどうかと思うレベルの逆ギレっぷりを見せるオーディンは、人差し指の指先に淡く
水色に輝く魔法陣を展開すると、そこから勢いよく水の弾丸を弾き出した。

「聞くかクソ兄貴!!」

 しかし、ヴィリは物ともしない。
 ヴィリの持つ毛で覆われた野獣のような右腕は怪力の象徴。
 優れた筋肉から生み出した膨大な熱を安易に逃さず、身体を動かす力へと変換させることで大幅な身体強化と莫大な暴力を生み出す。
 100mの分厚い氷塊を容易く撃ち抜くオーディンの水弾も、あらゆる面で肉体強化されたヴィリの身体には何のダメージも齎さない。

 それどころか。

 ジュゥゥゥ……。

 ヴィリが右腕を振り払らう形で水弾が当たった瞬間、腕の高熱によって一瞬の内に蒸発してしまう。
 オーディンの攻撃はほぼ無効化されてしまっているのだ。

「兄貴。水は強い熱で蒸発しちまうんだぜ? 頭の良さを自称してる割には間抜けだなぁ」

 にんまりと。獰猛な犬歯を見せびらかす様に笑いながら、濡れた右腕をブンブン振って水滴を飛ばすヴィリ。

 余裕綽々。

 そんな四字熟語がピタリと似合う姿だ。
 しかしオーディンの顔には悔しさも、喧嘩を買った後悔も何もない。
 勝負はこれからだ。絶対に勝つ。
 そんな自信しか感じられない不敵な表情だ。

「!!ッ がぁ、ぐっ!!」

 対して、ヴィリはそれを訝しむ暇もなかった
。グラグラと自分以外の周りが波打つように歪み、ぐるりと回るような異常な感覚に襲われたからだ。
 立とうにもすぐにバランスが取れなくなり、
転ぶ始末。

 気持ち悪い。吐きそうだ。

 ズキズキと頭痛がするのと同時に腹の底から湧き出て来る不快感と吐き気。
 こうなってはもうヴィリはどうする事もできない。
 一方、そんな弟の異常な状態を気遣う素振りもなく。
 オーディンはにんまりと嫌な笑みを浮かべた


「ヴィリ兄さん?! どうしたの!!」

「はっはっはっはっ。いや~どうにも誤解をしてるな~ヴィリィィ?」

心配の声を上げるヴェーを無視し、弁舌を語り始める。

「俺さー、実は『ガンド』っていう魔術を編み出したんだよ。コイツは相手の体調を悪くするやつでな」

「ゔ、うぉ、ぐっ……」

 のたうち、呻きつつも。その目はしっかりとオーディンを見据えている。
 その姿が長兄の弁舌を加速的に、より挑発的な嫌味ったらしいものにしていく。

「そんだけなら大したもんじゃないが、こいつの利点は別の魔術に付与できるとこにあるんだよな~これが!! つまりなぁ~ヴィ~リィ~
??」

 ねっとりと煽る姿は弟の目にどう映るか。
 今すぐにでもそのにやけ切った顔面に拳を叩きつけたいところだが、ガンドの呪いがそうは
させてくれない。

 至近距離にまで近づき、オーディンは膝を折る。

「ぜっぜん分からないんだよ。気付かなかっただろ? いつものと同じ水を撃つ魔術だと思ったろ? んん?」

 言える物なら言ってみろ。

 頭の出来が違う愚弟よ。
 
 口に出さなくても、人差し指を曲げ、とんとんと。自分の額を叩く姿は何を言いたいのか察するに余りある。
 嫌味が込められた憎たらしいニヤケ面もソレに拍車をかけていた。
 
「はっはっはっはっは!! 真に頭を使うとは
こーいうことなのだよ愚弟一号! 愚弟二号も
よーく覚えておくがいい! はっはっはっ!」

 調子に乗ってんじゃねぇぞボケクソ兄貴。
 
 声を大にして言いたいが、生憎舌も上手く動いてくれない。

「さてさて。それじゃあ、ヴィリ君。きちんとお兄ちゃんに謝罪しろ。そんでもってこの惨状の連帯責任を「負えると思ってるの?」

 ガシッと自分の頭を鷲掴む感覚がする。
 声の主に覚えがあり過ぎる為、オーディンの
顔は真っ青を通り越してほぼ白くなる。
 
「か、か、母さん……」

「部屋をこんなにして、おまけに弟いじめなんて。お母さん悲しくて……グスン。手が出ちゃいそう」

 ミシ……。

 手から伝わる力が強まる。
 頭蓋が軋む音が嫌でも伝わり、それに比例してか痛みも頭部全体を染み渡るように広がっていく。

「いや、あ、あの、もう手が、そのぉ……」

「オーディン……こんのアホ息子がァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」

 ぶん投げる。
 
 思いっきり、ぶん投げる。

 その細い枝のような腕にどれだけの力が込められているのか。オーディンの身体は紙のように宙を舞い、それなりに分厚い氷の壁をぶち抜いて、勢いを殺さずそのまま外へ飛び出す。

 ああ……今回もよく飛ぶなぁ俺。

 頭部の強打による衝撃はオーディンの意識を蒙昧なものにするには十分過ぎる。
 朦朧とする意識の中では、さすがのオーディンもそんな感想しか捻り出せなかった。




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