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第二章 夏目と雪平編

13)誕生日とピアス。(夏目視点)

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「そう言えば、夏目っていつもその赤いピアスばかりしてるよな。何か意味があるのか?」


 ある日、バイト中にそう聞いてきたのはハルさんだった。


「ああ。これ、昔貰ったんスよねー。試合の時に勝利を引き寄せる、パワーストーンだって言われて」


 俺の耳に光るガーネットのピアスは、片方だけだ。もう片方は、俺にこれをくれた人物が所持している。
 そう言いながらなんとなくハルさんの耳元に目をやった俺は、いつの間にか彼の両耳に青い色の石のピアスが光っていることに気がつく。


「あれっ。そういうハルさんも、ピアスつけてません? いつの間に」


 俺が何気なしにそう言うと、ハルさんは恥ずかしそうに手で自身の耳朶を撫でた。
 その仕草から、俺はすぐにそれが真冬からの贈り物だと気が付く。


「あー、やっぱりピアスなんて……俺らしくないか?」


 ハルさんがそう言って照れ顔で頭をかくが、俺はそれを見てニカッと笑って言った。


「いーんじゃないっスか? 紺のエプロンに青いピアス、なかなか映えてるっス」


 俺はそう答えながら、先日の真冬の誕生日パーティーを思い出していた。

 そう言えば、雪平さんの誕生日って、いつなんだろう………?





◇◆◇◆◇◆





「雪平君の誕生日? うーん……」


 いつものように雪平さんのバーに遊びに来ていた俺は、店に入ってきた稚早さんを見つけるなりこっそりと呼び止めた。


「わかんなーい。雪平君って、妙に秘密主義でさぁ。……でもまぁ、今度それとなーく聞いてあげないこともないけど?」


 稚早さんはそう言って、俺の耳元にそっと唇を寄せた。


「その代わり……『条件』があるの」


 耳朶に稚早さんの柔い吐息がかかる。見れば稚早さんは今夜、胸元の大きく開いたワンピースを着ていた。あまりにセクシーな稚早さんのその仕草に、俺は思わずゴクリとつばを飲み込む。


「な、なんっスか……?」
「夏目君って、空手が強いんだったわよね?」
「…………は? まぁ、そこそこ」


 稚早さんはそう言って、テーブルの上の俺の手を、包み込むように握った。

 何故稚早さんがそれを知っているのだろう……。

 先日逮捕されたあの男も、居場所こそ先に突き止めたのは真冬であったが、男が捕まったと知るや、風俗関係の被害者の洗い出しと余罪をいち早くまとめ上げたのは稚早さんだった。


「あいつは女の敵よっ」

 なぁんて言って稚早さんは笑っていたが、稚早さんの情報網、恐るべし……。





◇◆◇◆◇◆





「うふふ。助かったわぁ、夏目君。ちょースッキリした!」




 その翌日。俺は稚早さんに連れられて、彼女の同僚のマンションに来ていた。
 稚早さんの同僚……ユカさんのマンションにはホスト風の男が一人、ユカさんの帰りを待っていた。


「あいつ、ユカのマンションにいきなり転がり込んできて、浮気三昧した挙げ句、働きもしないでさー。それでユカが以前別れ話したら、散々殴られたって話なのよ。キャバ嬢の顔を殴るなんて、信じられる? 誰に食わせてもらってるんだーって言うね」


 稚早さんはそう言って、清々しい顔で笑った。


 稚早さんの『条件』。

 それは、同僚のユカさんがDV彼氏に別れ話をする間、ユカさんと稚早さんのボディガードをしてほしい、という事だった。


「でもあいつ、俺が帰ったあとにユカさんのところへ戻って来ないっスか?」


 俺は心配しながら稚早さんにそう言った。


「しばらくユカはうちに泊めるけど、ちゃんと別れ話には了承してもらったし。もしまた来るようなら、今度は警察に通報して、ユカを引っ越しさせるわ」


 そう言って稚早さんが俺に見せてきたのは、小さな録音機器だ。
 先程ユカさんに掴みかかった男を締め上げた俺に、男が

『わ、わかった! ユカとは別れる! 二度とユカには近づかない!!』

と言った台詞を、いつの間にか稚早さんは録音していたらしい。

 ユカさんは何度も何度も俺達に頭を下げてから、職場へと出勤していった。


「こんなのは、お安いご用っス。また困ったことがあれば、いつでも声をかけてほしいっス!」


 俺はそうユカさんに声をかけて、彼女に手を振って見送った。


「そうそう。雪平君の誕生日だったわよね。次に会うときまでに、調べておくわ」


 稚早さんはそう言って、俺の頬にキスをした。


「ちょっ……! 稚早さんっ!」



 俺は袖口で頬を拭いながら、稚早さんを諌めた。


「ふふふっ、ごめんごめん。夏目君って可愛いから、つい。じゃあまた、そのうち雪平君の所のバーで会いましょう」


 稚早さんはそう言って、手を振りながら駅の方へと去っていった。






◇◆◇◆◇◆





「いらっしゃい」


 そう言ってマンションの玄関で俺を出迎えてくれたのは、私服の雪平さんだった。長い黒髪を肩口で緩く結んで、優しい笑みを浮かべている。


 俺はここのところ、週末のたびに雪平さんのマンションに泊まりに来ていた。
 大学は土日が休みであり、雪平さんの勤めるバーは火曜日と日曜日が定休。つまり日曜日は唯一、二人がゆっくりと過ごせる日なのだ。


「雪平さんっ! 今日も大好きっス!」


 今日も雪平さんは美しい。
 今週も既に三回は会っていると言うのに、視界に雪平さんが入っただけで頬が緩んでしまう。
 初めての恋人と言う訳でもないのに、俺はすっかり雪平さんの魅力に夢中だった。

 俺は顔を見るたびに雪平さんに愛を伝えたし、一緒にいられる間は大抵雪平さんに見惚れていた。
 こんな美人さんが俺の恋人だなんて、嘘みたいだと今でも思ってしまう。

 俺は雪平さんに向かって腕を広げて、ハグをねだる。こうするといつも、雪平さんは躊躇いながらも俺の腕の中に来てくれるのだ。


「…………。ん………?」


 ……って、あれ?
 俺がそっと目を開けると、雪平さんは踵を返してリビングに戻ろうとしている最中だった。


「いつまで玄関にいるの? 中に入ったら?」


 雪平さんはクールな表情で俺を振り返り、俺にそう言ってリビングと廊下を仕切るドアを閉めた。


「あ、えっ……?」


 期待たっぷりで広げた両腕が虚しい。
 俺は靴を脱いで雪平さんの家に上がりこみつつ、小首を傾げるのだった。
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