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第二章 夏目と雪平編
7)救出。(雪平視点)【残酷な表現あり】
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「痛……っ」
僕はぼんやりと意識が覚醒する過程で、体のあちこちに痛みが走るのを感じた。
視界の奥にはキャンプなどで使われるランタンの明かりが見える。その隣には、僕を攫ったあの男。
ゆっくりとあたりを見回すと、壁に設置された棚には荒縄や鞭、蝋燭や、拘束具。そして、おぞましい形の玩具が所狭しと並べられていた。
これは正しく拷問部屋という表現が相応しいだろう。
僕は上半身を裸にされて、天井から吊るされた十字架に磔にされていた。
コンクリート製の床には僅かに乾いた血痕が落ちており、男がここへ誰かを連れ込むのが初めてではないことを物語る。
「起きたのか? お前男だったんだな」
ランタンの側で本を読んでいた男は、椅子から立ち上がって僕の側へやってきた。
「正直男はあんまり趣味じゃねーんだけど。なあ、お前なんなの? 警察じゃなさそうだけど、浅子が警察に捕まったのってお前のせい?」
三十代後半くらいだろうか。ひょろりとした体型のその男は、爬虫類のようにちらりと舌をのぞかせながら、気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「なんの、話か……」
僕が小声でそう答えると、男は側にあった椅子を突然蹴り上げた。
「……ああ!!!???」
蹴られた椅子は三メートルほど吹き飛んで、壁にぶつかってひっくり返る。コンクリート製の地下室に、男の怒声が響き渡った。
「じゃあなんでテメェは、こそこそ俺の事を嗅ぎまわってたんだよ!? なぁ!!」
男は乱暴に僕の髪を掴み上げると、イライラした様子でそう怒鳴り付けた。体を固定されている十字架が、ギシリと音を立てて軋む。
「お綺麗な顔しやがって、ムカつくんだよ。命乞いでもしろよ」
いくら脅された所で、僕は真冬や夏目のことを言う訳には行かない。
僕は胸の奥に縮こまった僅かな勇気を振り絞って、精いっぱいの不敵な笑顔を作った。
「顔を褒めてくれてありがとう。でも、お前に命乞いなんて誰がするの? そんなことでしか優越感を得られないなんて、哀れな奴」
僕は見下すように、男にそう吐き捨てる。
……言ってしまった。
みるみるうちに男の表情が憤怒のそれに変わる。男は黒く太い一本鞭を取ると、俺の四肢を酷く打ち付けた。
打たれるたびに強い痛みが走るのを、僕は唇を噛んで耐えた。
鞭の使い方はめちゃくちゃだし、こんな安い挑発に乗るなんて、この男は三流だな……。
そんなことを思いながら、僕はただ痛みに耐えた。
何度も鞭打たれた四肢は、徐々に痺れて麻痺してくる。体が痛みに麻痺していくのとは正反対に、頭はどんどんクリアになっていくから不思議だ。脳内麻薬でも出ているのだろうか?
「澄ました顔してんじゃねぇよ!!」
僕が思ったような反応を返さないことにイライラした様子の男は、鞭を床に投げ捨てると、再び僕の髪を掴んだ。間近に顔を近付けると、ポケットからライターを取り出して、ゆっくりと髪の先に炎を近づける。
「へへっ。いっそ火だるまにでもなるか? ここは街から離れてるから、消防車が駆けつけてくる頃には黒焦げだろうよ。そのお綺麗な髪を黒焦げ頭にしたら、さぞ気持ち良いだろうなあ?」
「……っ!! やめろ、離せっっ!!」
義兄さんが褒めてくれたあの日から、逃げるように家を出たあとも、ずっと伸ばし続けた髪。
僕が死のうとも、この黒髪だけは燃やされたくない……。
僕は初めて男に抵抗した。
男は嬉しそうに下卑た笑みを浮かべ、舌を出して僕の髪の毛先を舐める。そのまま強く髪先を引っ張ると、再びゆらゆら揺れる炎の先を髪の毛に近づけた。
「くっ……!」
僕が半ば諦めかけた、その時だった。
「雪平さんっっっ!!!!!」
突然男の背後から大声がして、男が勢い良く倒れた。男は背中に飛び蹴りを食らったらしい。
男がコンクリートの床に倒れ込むと、その背後にいた人物が俺に駆け寄ってきた。
見慣れた金髪に、赤いピアス。
ああ。僕は、この人物をよく知っている。
「……夏目っ! 何故……っ、なんでここに……っ!」
「はぁ!? バカなんスかっ!? 助けに来たに決まってるっス!!!」
夏目はそう言って、磔にされたままの僕に抱きついた。鞭打ちをされた体が僅かに傷んだけれど、僕は黙って抱きしめられる安心感を堪能していた。
「良かった……良かったっス……!!」
夏目は心底安堵した様子で、文字通り痛いぐらい僕を抱きしめてくれた。
夏目はその後、痛みで床に転がっていた犯人を引っ張り起こし、あっという間に取り押さえてしまった。
男は当然抵抗を試みたが、まるで勝負にならない。大の男を秒殺でやっつけてしまったあたり、幼い頃から空手をやっているという夏目の話は本当だったようだ。
幸いにも室内には拘束具が豊富に揃っていたので、夏目はその中から手錠を選び出して、先程犯人が蹴り飛ばした椅子を拾い上げて、犯人を後ろ手に椅子の背に拘束する。その上から荒縄をぐるぐるに巻き付けて、固く縛った。
数分遅れて駆けつけてきた常春さんと真冬が、僕の側に駆け寄ってきた。
僕は真冬に磔にされていた拘束具をようやく外してもらい、常春さんは僕の無事を確認すると、助けを呼ぶため慌ただしく地上階へ戻る。
「雪平ぁ! 良かったぁぁ」
号泣しながら僕にしがみつく真冬をよしよしと撫でながら、夏目の方をちらりと見る。夏目は犯人の襟首を掴んで逃げないように見張りながらも、視線はじっと僕の方を見ていた。
「……ごめん。また夏目に迷惑をかけたね」
「ほんとっスよ。みんな心配したっス」
夏目は珍しくムスっとした表情でそう答える。
「ごめん。お説教は、後できちんと聞くから……」
僕はそう言って、真冬からそっと離れた。そのまま夏目の側に駆け寄ると、夏目にぎゅっと抱きつく。
「助けに来てくれて、ありがとう」
夏目は空いていた手で、僕が真冬にしたようによしよしと僕の頭を撫でてくれた。その瞬間にふっと緊張が緩んで、僕はポロポロと涙を零してしまった。
「雪平さん。怖かったっスね……」
夏目が優しい口調でそう言うと、途端に涙が止まらなくなった。僕はしばらく夏目の胸の中で、喜びと安堵の涙を流していた。
警察の到着は、思いの外早かった。どうやら、夏目はここに来る前にとうに通報をしていたらしい。
慌ただしく警察が駆けつけて、犯人の男はあっさりと連行されていった。
俺達は警察署へ連れて行かれ、簡単な事情聴取を受ける。
僕の怪我は打撲程度で済み、署内の医務室で簡単な手当を受けた。
一通りの書類作成や事情聴取などが終わると、夜が明ける頃には一旦家に帰れることになった。
あたりはまだ薄暗がりだったが、時刻はちょうど始発が動き出した頃だ。一秒でも早く帰って、くたくたの体を休めたい……。
そんなことを思いながら警察署を出た所で、見慣れた金髪頭が僕を振り返る。
「夏目……?」
僕がそう声をかけると、夏目はすごい勢いで僕に駆け寄ってきた。そのまま無言で、有無を言わさず僕を抱きしめる。
夏目の腕の中はほんわりと温かくて、僕は安心感に満たされる。
「んん、夏目……どうしたの?」
驚いた僕に、夏目は言葉を探すように目を泳がせた。
僕はそっと夏目の背中に腕を回して、夏目を抱きしめ返した。
夏目ともう少しだけ、一緒にいたい。叶うならば今日だけは、この安心感の中で眠りたい……。
そう思ったけれど、きっと今は夏目だってくたくたに疲れている。誘ってよいものか……。
そう躊躇い、僕は無言でただ夏目の胸に顔を埋めた。
「……雪平さん。送るっス……。家まで、送るっス……!」
夏目のその言葉に、僕は笑ってしまった。なんとなく、夏目も同じ事を考えてくれていたらいいな、と思った。
「……うん。僕ももう少し夏目と、一緒に居たい」
僕はそう答えて、夏目と並んで家路に着いた。
並んで歩くうちに、薄暗がりだった繁華街は遠くで生まれた朝陽を迎え、みるみるうちにその姿を鮮明に現していく。
白んで霞がかっていた空は、徐々に青空へと取って代わっていった。
僕はぼんやりと意識が覚醒する過程で、体のあちこちに痛みが走るのを感じた。
視界の奥にはキャンプなどで使われるランタンの明かりが見える。その隣には、僕を攫ったあの男。
ゆっくりとあたりを見回すと、壁に設置された棚には荒縄や鞭、蝋燭や、拘束具。そして、おぞましい形の玩具が所狭しと並べられていた。
これは正しく拷問部屋という表現が相応しいだろう。
僕は上半身を裸にされて、天井から吊るされた十字架に磔にされていた。
コンクリート製の床には僅かに乾いた血痕が落ちており、男がここへ誰かを連れ込むのが初めてではないことを物語る。
「起きたのか? お前男だったんだな」
ランタンの側で本を読んでいた男は、椅子から立ち上がって僕の側へやってきた。
「正直男はあんまり趣味じゃねーんだけど。なあ、お前なんなの? 警察じゃなさそうだけど、浅子が警察に捕まったのってお前のせい?」
三十代後半くらいだろうか。ひょろりとした体型のその男は、爬虫類のようにちらりと舌をのぞかせながら、気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「なんの、話か……」
僕が小声でそう答えると、男は側にあった椅子を突然蹴り上げた。
「……ああ!!!???」
蹴られた椅子は三メートルほど吹き飛んで、壁にぶつかってひっくり返る。コンクリート製の地下室に、男の怒声が響き渡った。
「じゃあなんでテメェは、こそこそ俺の事を嗅ぎまわってたんだよ!? なぁ!!」
男は乱暴に僕の髪を掴み上げると、イライラした様子でそう怒鳴り付けた。体を固定されている十字架が、ギシリと音を立てて軋む。
「お綺麗な顔しやがって、ムカつくんだよ。命乞いでもしろよ」
いくら脅された所で、僕は真冬や夏目のことを言う訳には行かない。
僕は胸の奥に縮こまった僅かな勇気を振り絞って、精いっぱいの不敵な笑顔を作った。
「顔を褒めてくれてありがとう。でも、お前に命乞いなんて誰がするの? そんなことでしか優越感を得られないなんて、哀れな奴」
僕は見下すように、男にそう吐き捨てる。
……言ってしまった。
みるみるうちに男の表情が憤怒のそれに変わる。男は黒く太い一本鞭を取ると、俺の四肢を酷く打ち付けた。
打たれるたびに強い痛みが走るのを、僕は唇を噛んで耐えた。
鞭の使い方はめちゃくちゃだし、こんな安い挑発に乗るなんて、この男は三流だな……。
そんなことを思いながら、僕はただ痛みに耐えた。
何度も鞭打たれた四肢は、徐々に痺れて麻痺してくる。体が痛みに麻痺していくのとは正反対に、頭はどんどんクリアになっていくから不思議だ。脳内麻薬でも出ているのだろうか?
「澄ました顔してんじゃねぇよ!!」
僕が思ったような反応を返さないことにイライラした様子の男は、鞭を床に投げ捨てると、再び僕の髪を掴んだ。間近に顔を近付けると、ポケットからライターを取り出して、ゆっくりと髪の先に炎を近づける。
「へへっ。いっそ火だるまにでもなるか? ここは街から離れてるから、消防車が駆けつけてくる頃には黒焦げだろうよ。そのお綺麗な髪を黒焦げ頭にしたら、さぞ気持ち良いだろうなあ?」
「……っ!! やめろ、離せっっ!!」
義兄さんが褒めてくれたあの日から、逃げるように家を出たあとも、ずっと伸ばし続けた髪。
僕が死のうとも、この黒髪だけは燃やされたくない……。
僕は初めて男に抵抗した。
男は嬉しそうに下卑た笑みを浮かべ、舌を出して僕の髪の毛先を舐める。そのまま強く髪先を引っ張ると、再びゆらゆら揺れる炎の先を髪の毛に近づけた。
「くっ……!」
僕が半ば諦めかけた、その時だった。
「雪平さんっっっ!!!!!」
突然男の背後から大声がして、男が勢い良く倒れた。男は背中に飛び蹴りを食らったらしい。
男がコンクリートの床に倒れ込むと、その背後にいた人物が俺に駆け寄ってきた。
見慣れた金髪に、赤いピアス。
ああ。僕は、この人物をよく知っている。
「……夏目っ! 何故……っ、なんでここに……っ!」
「はぁ!? バカなんスかっ!? 助けに来たに決まってるっス!!!」
夏目はそう言って、磔にされたままの僕に抱きついた。鞭打ちをされた体が僅かに傷んだけれど、僕は黙って抱きしめられる安心感を堪能していた。
「良かった……良かったっス……!!」
夏目は心底安堵した様子で、文字通り痛いぐらい僕を抱きしめてくれた。
夏目はその後、痛みで床に転がっていた犯人を引っ張り起こし、あっという間に取り押さえてしまった。
男は当然抵抗を試みたが、まるで勝負にならない。大の男を秒殺でやっつけてしまったあたり、幼い頃から空手をやっているという夏目の話は本当だったようだ。
幸いにも室内には拘束具が豊富に揃っていたので、夏目はその中から手錠を選び出して、先程犯人が蹴り飛ばした椅子を拾い上げて、犯人を後ろ手に椅子の背に拘束する。その上から荒縄をぐるぐるに巻き付けて、固く縛った。
数分遅れて駆けつけてきた常春さんと真冬が、僕の側に駆け寄ってきた。
僕は真冬に磔にされていた拘束具をようやく外してもらい、常春さんは僕の無事を確認すると、助けを呼ぶため慌ただしく地上階へ戻る。
「雪平ぁ! 良かったぁぁ」
号泣しながら僕にしがみつく真冬をよしよしと撫でながら、夏目の方をちらりと見る。夏目は犯人の襟首を掴んで逃げないように見張りながらも、視線はじっと僕の方を見ていた。
「……ごめん。また夏目に迷惑をかけたね」
「ほんとっスよ。みんな心配したっス」
夏目は珍しくムスっとした表情でそう答える。
「ごめん。お説教は、後できちんと聞くから……」
僕はそう言って、真冬からそっと離れた。そのまま夏目の側に駆け寄ると、夏目にぎゅっと抱きつく。
「助けに来てくれて、ありがとう」
夏目は空いていた手で、僕が真冬にしたようによしよしと僕の頭を撫でてくれた。その瞬間にふっと緊張が緩んで、僕はポロポロと涙を零してしまった。
「雪平さん。怖かったっスね……」
夏目が優しい口調でそう言うと、途端に涙が止まらなくなった。僕はしばらく夏目の胸の中で、喜びと安堵の涙を流していた。
警察の到着は、思いの外早かった。どうやら、夏目はここに来る前にとうに通報をしていたらしい。
慌ただしく警察が駆けつけて、犯人の男はあっさりと連行されていった。
俺達は警察署へ連れて行かれ、簡単な事情聴取を受ける。
僕の怪我は打撲程度で済み、署内の医務室で簡単な手当を受けた。
一通りの書類作成や事情聴取などが終わると、夜が明ける頃には一旦家に帰れることになった。
あたりはまだ薄暗がりだったが、時刻はちょうど始発が動き出した頃だ。一秒でも早く帰って、くたくたの体を休めたい……。
そんなことを思いながら警察署を出た所で、見慣れた金髪頭が僕を振り返る。
「夏目……?」
僕がそう声をかけると、夏目はすごい勢いで僕に駆け寄ってきた。そのまま無言で、有無を言わさず僕を抱きしめる。
夏目の腕の中はほんわりと温かくて、僕は安心感に満たされる。
「んん、夏目……どうしたの?」
驚いた僕に、夏目は言葉を探すように目を泳がせた。
僕はそっと夏目の背中に腕を回して、夏目を抱きしめ返した。
夏目ともう少しだけ、一緒にいたい。叶うならば今日だけは、この安心感の中で眠りたい……。
そう思ったけれど、きっと今は夏目だってくたくたに疲れている。誘ってよいものか……。
そう躊躇い、僕は無言でただ夏目の胸に顔を埋めた。
「……雪平さん。送るっス……。家まで、送るっス……!」
夏目のその言葉に、僕は笑ってしまった。なんとなく、夏目も同じ事を考えてくれていたらいいな、と思った。
「……うん。僕ももう少し夏目と、一緒に居たい」
僕はそう答えて、夏目と並んで家路に着いた。
並んで歩くうちに、薄暗がりだった繁華街は遠くで生まれた朝陽を迎え、みるみるうちにその姿を鮮明に現していく。
白んで霞がかっていた空は、徐々に青空へと取って代わっていった。
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