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第二章 夏目と雪平編
6)捜索。(夏目視点)
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「えっ!? 雪平さん、出勤してないんスか!?」
稚早さんはその日、俺をバーでずっと待っていたそうだ。
俺の顔を見るなり奥の席から駆け寄ってきて、開口一番で昨夜の詫びを入れられたので、てっきりそのために俺を待っていたのかと思った。
けれどもその後、雪平さんが無断欠勤しているという話を彼女に聞かされた。
「そうなの。私ここに五年は通っているけれど、雪平君が無断欠勤するなんて一回も無かったのに」
稚早さんは落ち着かない様子で、心配そうにそう言った。
「夏目君、何か知らない?」
「……っ!!」
…………まさか。
寒い夜だというのに、嫌な汗が俺の背筋を伝う。心臓がバクバクして、スマートフォンを持つ手が震えた。
すぐに雪平さんのスマートフォンに電話をしてみるけれど、スピーカーは無機質な声で『電波が届かない場所にいるか、電源が入っていない』という旨を伝えるだけだった。
「稚早さん、例のあの男が誰かを攫って連れ込むとしたら、場所に心当たりは!?」
「え……!? あっ!! とっ、友達なら何か知ってるかも……!」
瞬時に状況を悟る彼女は聡明だ。すぐにスマートフォンを取り出して、どこかに電話をかけ始めた。
「何か分かったら、この番号に連絡してほしいっス!」
俺はバーにあったペーパーナプキンに自分の連絡先を記すと、彼女に渡す。電話中の彼女が俺に向かって頷くのを確認すると、俺は夜の繁華街に踵を返して走り出した。
「大変っス!!! 雪平さんが居なくなりました!!!」
俺が駆け込んだのは、バイト先である『ラーメンはる』だ。俺の剣幕に驚いた真冬が、閉店作業の手を止めて俺を振り返る。
「えっ……!? なんで雪平が……!?」
「分かんないっスけど、真冬を攫った犯人に拉致された可能性があるっス! 雪平さん、最近俺と一緒にあの男について調べてたんで」
俺がそう言うと、真冬は更に驚いた顔をした。みるみるうちに顔が青ざめて、指先は小刻みに震えている。
「とにかく、みんなで探そう。心当たりは!?」
洗い場から出てきたハルさんが、背後からそっと真冬の肩に手を置きながらそう言った。
「今、雪平さんの店の常連さんが、心当たりを当たってくれてます。けど、まだ連絡は……」
俺が力なくそう答えると、ハルさんは毅然として言った。
「分かった。とりあえず落ち着こう。まずはタクシーを呼ぼうか。その人から連絡が来たら、すぐに向かえるように」
そう言ってハルさんはタクシー会社に電話をかけ始めた。
一方で、震えていたはずの真冬は、自らを奮い立たせるようにパシンと自分の両頬を叩いた。それから俺の方を見て、しっかりとした口調で話し始める。
「多分だけど、俺が連れて行かれたのは、ここから車で三十分くらいの山の中。閉じ込められていたのは、廃ホテルの地下を改造したみたいな場所だった。ちょっと心当たりがあるから、今から電話する」
そう言って、真冬もどこかに電話をかけ始めた。
俺は真冬が口にした『車で三十分』『山の中』『地下のある廃ホテル』というワードを元に、スマートフォンを駆使して調べ始めた。
「あんなことを言っておいて、ごめん。……聞きたいことがある」
背後で、真冬の静かな声が聞こえた。
俺が条件に合ういくつかの候補地を絞り込んだとき、背後から真冬が近づいてきた。
「……多分、このホテルだと思う」
いくつかの候補から真冬が指を指したのは、八年ほど前に閉業した、山奥の観光ホテルだった。
◇◆◇◆◇◆
繁華街を抜けた先のバイパス道路を経て、俺達を乗せたタクシーは街頭のないカーブだらけの山道を登り始めた。車のヘッドライトに照らされた場所を除き、真夜中の山道は数メートル先すら良く見えない。
慣れぬ暗闇の細道を慎重に運転する運転手に焦れながら、俺達は不安に沈黙したまま俯いていた。
「お客さんたち、肝試しか何かですか? ここは本当に出るって噂ですよ」
呑気にそんなことを言う運転手に、俺は曖昧に相槌を打った。
「なんでも、誰もいないホテルから、夜な夜な悲鳴が聞こえるんだとか……」
「……!! いいから早く!! 急いでくれ!!」
運転手にそう怒鳴ったのはハルさんで、運転手は黙り込んで慌てて車を走らせた。
目的地へ着くと、俺達は転がり出るようにタクシーから降りる。
「運転手さんは、ちょっとここで待ってて下さいっス!」
背後のタクシーに向かって大きな声でそう言いながら、俺は目の前の廃ホテルへと走った。
スマートフォンの明かりを頼りに、内部に侵入する。入ってすぐのロビーを抜けると、左右にいくつかの客室が並ぶ。
ホテルの中は埃とゴミに加え、割れたガラスの破片や吹き込んだ落ち葉や小枝などが散乱していた。
けれど、インターネットなどで観る心霊スポットとは違い、通路は明らかに手入れをされた痕跡があった。定期的に出入りしている人間がいる。そういう事だろう。
「地下はどっちだろう?」
真冬がそう言いながら、エレベーターの前に立った。エレベーターは当然止まっており、俺達はその場でキョロキョロと辺りを見回した。
「二手に別れましょう。非常階段か従業員通路を探すのが、多分手っ取り早いっス!」
俺はそう言うなり、右の通路を駆け出した。
稚早さんはその日、俺をバーでずっと待っていたそうだ。
俺の顔を見るなり奥の席から駆け寄ってきて、開口一番で昨夜の詫びを入れられたので、てっきりそのために俺を待っていたのかと思った。
けれどもその後、雪平さんが無断欠勤しているという話を彼女に聞かされた。
「そうなの。私ここに五年は通っているけれど、雪平君が無断欠勤するなんて一回も無かったのに」
稚早さんは落ち着かない様子で、心配そうにそう言った。
「夏目君、何か知らない?」
「……っ!!」
…………まさか。
寒い夜だというのに、嫌な汗が俺の背筋を伝う。心臓がバクバクして、スマートフォンを持つ手が震えた。
すぐに雪平さんのスマートフォンに電話をしてみるけれど、スピーカーは無機質な声で『電波が届かない場所にいるか、電源が入っていない』という旨を伝えるだけだった。
「稚早さん、例のあの男が誰かを攫って連れ込むとしたら、場所に心当たりは!?」
「え……!? あっ!! とっ、友達なら何か知ってるかも……!」
瞬時に状況を悟る彼女は聡明だ。すぐにスマートフォンを取り出して、どこかに電話をかけ始めた。
「何か分かったら、この番号に連絡してほしいっス!」
俺はバーにあったペーパーナプキンに自分の連絡先を記すと、彼女に渡す。電話中の彼女が俺に向かって頷くのを確認すると、俺は夜の繁華街に踵を返して走り出した。
「大変っス!!! 雪平さんが居なくなりました!!!」
俺が駆け込んだのは、バイト先である『ラーメンはる』だ。俺の剣幕に驚いた真冬が、閉店作業の手を止めて俺を振り返る。
「えっ……!? なんで雪平が……!?」
「分かんないっスけど、真冬を攫った犯人に拉致された可能性があるっス! 雪平さん、最近俺と一緒にあの男について調べてたんで」
俺がそう言うと、真冬は更に驚いた顔をした。みるみるうちに顔が青ざめて、指先は小刻みに震えている。
「とにかく、みんなで探そう。心当たりは!?」
洗い場から出てきたハルさんが、背後からそっと真冬の肩に手を置きながらそう言った。
「今、雪平さんの店の常連さんが、心当たりを当たってくれてます。けど、まだ連絡は……」
俺が力なくそう答えると、ハルさんは毅然として言った。
「分かった。とりあえず落ち着こう。まずはタクシーを呼ぼうか。その人から連絡が来たら、すぐに向かえるように」
そう言ってハルさんはタクシー会社に電話をかけ始めた。
一方で、震えていたはずの真冬は、自らを奮い立たせるようにパシンと自分の両頬を叩いた。それから俺の方を見て、しっかりとした口調で話し始める。
「多分だけど、俺が連れて行かれたのは、ここから車で三十分くらいの山の中。閉じ込められていたのは、廃ホテルの地下を改造したみたいな場所だった。ちょっと心当たりがあるから、今から電話する」
そう言って、真冬もどこかに電話をかけ始めた。
俺は真冬が口にした『車で三十分』『山の中』『地下のある廃ホテル』というワードを元に、スマートフォンを駆使して調べ始めた。
「あんなことを言っておいて、ごめん。……聞きたいことがある」
背後で、真冬の静かな声が聞こえた。
俺が条件に合ういくつかの候補地を絞り込んだとき、背後から真冬が近づいてきた。
「……多分、このホテルだと思う」
いくつかの候補から真冬が指を指したのは、八年ほど前に閉業した、山奥の観光ホテルだった。
◇◆◇◆◇◆
繁華街を抜けた先のバイパス道路を経て、俺達を乗せたタクシーは街頭のないカーブだらけの山道を登り始めた。車のヘッドライトに照らされた場所を除き、真夜中の山道は数メートル先すら良く見えない。
慣れぬ暗闇の細道を慎重に運転する運転手に焦れながら、俺達は不安に沈黙したまま俯いていた。
「お客さんたち、肝試しか何かですか? ここは本当に出るって噂ですよ」
呑気にそんなことを言う運転手に、俺は曖昧に相槌を打った。
「なんでも、誰もいないホテルから、夜な夜な悲鳴が聞こえるんだとか……」
「……!! いいから早く!! 急いでくれ!!」
運転手にそう怒鳴ったのはハルさんで、運転手は黙り込んで慌てて車を走らせた。
目的地へ着くと、俺達は転がり出るようにタクシーから降りる。
「運転手さんは、ちょっとここで待ってて下さいっス!」
背後のタクシーに向かって大きな声でそう言いながら、俺は目の前の廃ホテルへと走った。
スマートフォンの明かりを頼りに、内部に侵入する。入ってすぐのロビーを抜けると、左右にいくつかの客室が並ぶ。
ホテルの中は埃とゴミに加え、割れたガラスの破片や吹き込んだ落ち葉や小枝などが散乱していた。
けれど、インターネットなどで観る心霊スポットとは違い、通路は明らかに手入れをされた痕跡があった。定期的に出入りしている人間がいる。そういう事だろう。
「地下はどっちだろう?」
真冬がそう言いながら、エレベーターの前に立った。エレベーターは当然止まっており、俺達はその場でキョロキョロと辺りを見回した。
「二手に別れましょう。非常階段か従業員通路を探すのが、多分手っ取り早いっス!」
俺はそう言うなり、右の通路を駆け出した。
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