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再びゼノウ•ヘンリンソンの場合
しおりを挟む「昨日は大変だったらしいな。今日は休んでもよかったんだぞ?」
「いえ。」
中隊長様の肩を解しながらボソッと答える。
ハルだって本当は休みたかった。
だが、ショックだったからと言って休んでいたら生きていけない。
庶民の生活はシビアなのだ。
「改めて礼を言わせてくれ。レオを守ってくれてありがとな。
逮捕された奴だが侯爵家の息子でな。透明化魔法を使って前からレオをストーカーしてたらしい。レオがハルの施術の日はアルファ用抑制剤を飲まないっていうのをどこからか知って、狙ってきたようだ。」
「そうなんですか。」
ストーカーまでいるとは!!国一番のモテ男は大変である。
モテるのも楽じゃないんだな。とモテないハルは完全に他人事だ。
「あぁ、レオはハルのフェロモンの匂い大好き人間だからな。抑制剤使うとどうしても匂いを感じ取りにくくなるから嫌だったんだろうが……ハルを巻き込んだって落ち込んでたよ。」
「僕は別に怪我とかもないので……。
王太子様の腕は大丈夫でしたか?」
森暮らしで無駄についた筋肉のおかげか相手のひ弱すぎる力のおかげか、ハルの肌にはアザ一つできていない。
「あぁ、問題ない。すぐに治るさ。」
それならよかった。
ハルは家に帰るまで漸く呆然としていたため気づいてなかったのだが、我に返ってみたら服が血塗れで悲鳴を上げた。
それくらい王太子様は腕を強く噛んでいたのだ。
「あと、もう一つ礼を言いたいことがある。」
中隊長様が真剣な顔でベッドから体を起こした。
ハルもそれに合わせて手を止める。
「一昨日、御前試合があったんだ。」
あぁ、そういえば言ってたな。
1ヶ月前に話に出たきりだったため、今の今までハルの頭からはすっかり忘れ去られていた。
「……勝てた。」
「……。」
「イヴァンに勝てた。生まれて初めてイヴァンに勝てた。ハルに言われた通りあの梅蜜茶を毎朝飲んでたら一昨日はイヴァンの前に立っても全然緊張しなかった。それどころか嘘みたいに集中できた。
人の力を借りてってところが情けないが、一度勝てたことで自信がついたように思う。
ハルのおかげだ、ありがとう。
次は自分一人の力で勝ってみせるな。」
中隊長様はそう言って、朗らかに微笑んだ。
彼は凛々しい顔立ちだが、笑うと目尻が下がって3人の中で一番愛嬌がある。
「そのことなんですが、すみません。あれは僕が漬けたただの梅蜜茶です。師匠の話は嘘です。」
「……ん?どういうことだ?」
「あれに緊張を緩和させる作用はないです。
勝ったのは元々のゼノウ様の実力です。」
ぽかんと口を空けた姿は間抜けだが、顔がかっこいいと無駄に様になるな。などとどうでもいいことを考えてしまう。
「えっ?本当に魔法は付与されてないのか?でもあれを飲んだ後は明らかに動きが違っていた。何もないとは到底思えない。」
「だとしたら、ゼノウ様が僕の言うことを心の底から信じてくれたということです。」
「……どういうことだ?」
「人の思い込みの力って凄いんです。
ゼノウ様はあの時、僕の嘘を聞いて梅蜜茶を飲めば緊張せずに集中できると思い込んだんです。
ゼノウ様の本来の力を発揮した結果、勝ったというだけで僕のおかげではないです。」
ボソボソボソボソ説明をする。
久しぶりにこんな話したから口が疲れた。
あと、緊張で変な汗までかいた。
「俺の実力か……。
だが、なぜハルは嘘をつこうと思ったんだ?」
「・・・ゼノウ様の手、、、皮が厚くて、マメが何度も潰れた跡が残ってます。筋肉だって並大抵の努力じゃこうはつかない。こんな頑張ってるのに、緊張で実力が出せないなんて勿体ないと思ってしまいました。
……勝手なことをしてすみません。」
「いや、、、俺のためにしてくれたんだな……。
ありがとう、ハル。」
ゼノウ様がハルの頭をガシガシ撫でるものだから表情は見えなかった。しかし、いつもより少しだけ柔らかい声に聞こえた。
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