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再びレオハルト•オヘアの場合

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最後のお客さんの施術を終え、王宮用の服に着替える。
一月ほど前に宰相補佐様にもらった服だ。
自身で買った服も自分なりに上質だと思っていたが、この服を着たら認識を改めざるを得ないだろう。




「……今日は王太子様の日か。」


王太子様の施術は嫌いじゃない。
物語に出てくるようなお城の中で誰にも邪魔されることなく本が読めるから。
素敵なサロンで静かに本を読んでいると、まるで自分まで物語の一部に溶け込んだような心地になる。

今日の本は王子が仲間と共に魔王を倒しに行くファンタジー小説だ。
本物の王子様の傍らで読んだらそれはそれは臨場感たっぷりだろう。
まぁ、当の王子様はぐーぐー寝ているだろうが。


サロンに着くと王太子様がいなかった。
珍しい。いつもなら先に準備して出迎えてくれるのだが。


まぁ、たまにはそういうこともあるか……。
少し違和感を感じながらも、いつも通りタオルを敷いてオイルを練る。
今日はゆっくり準備できるからなんか変な感じだ。


準備も終わり、手持ち無沙汰になったところで勢いよく扉が開いた。


「ごめん。待たせたね!」


今日も今日とて見目麗しい王太子様は満面の笑みだ。
後ろから侍従長も入ってきて、ハルに一瞥くれることもなくテキパキ王太子様の準備を整える。

「ありがとう。下がっていいよ。」
「はい。」

……すごい早業だ。3分もしないうちに王太子様を上裸に剥くと一礼してすぐ退室していった。
それにしてもゼノウ様ほどではないが、王太子様の筋肉もなかなかだ。
職業柄、他人の肉体を癖で観察してしまうハルでも息を撒く肉体美である。


「今日のもオリバーからもらった服なんだね。よく似合ってる。」

「ありがとうございます。」

ベッドに寝そべる王太子様にオイルを垂らしながらボソボソお礼を言った。
宰相補佐様が想像以上にたくさん服をくださったのだが、王太子様は見るたびに笑顔で褒めてくれるのでちょっとこそばい。

施術を始めようとしたその時。

急に王太子様の様子が一変した。

「ん?なんだろ……なんか今日のはいつもと匂いが違うな……。
・・・・というか、くそっ、この匂いっ――――っ!?」


勢いよく起き上がったと思ったら、王太子様は口元を腕で塞ぎ、ハァハァと息を乱し始めた。

ハルは突然のことで訳が分からない。取り敢えず王太子様の背中から腰まで垂れているオイルを拭おうと肌に触れたとき、彼の体が異常なまでに熱をもっていることに気付いた。



「レオ様……」


ハルと王太子様しかいないはずのこの部屋に突然聞こえた第三者の声に飛び上がるほど驚く。


「ハァハァ、レオ様……その熱、僕が慰めて差し上げます。」


「ひっ!!」

思わず悲鳴を上げたのはハルだ。
なぜなら、突然現れたその男が上着をはらりと落とすと一糸纏わぬ姿になったからだ。下着すらつけていないすっぽんぽん状態である。


「っ!それ以上近づくことは許さない!!」

苦しそうに息を吐きながらも、王太子様は裸の男を睨みつける。いつもはキラキラ輝いているアンバーの瞳が今は鋭く尖りギラギラ熱を持っていた。
だが、ハルにはそれがどこか怯えているようにも見えた。


「でも、レオ様……そのままではお辛いでしょう?
僕のヒートに当てられて……熱を感じてくださってるのですね。はぁ、、、嬉しい。早く僕をあなたの番にしてください。」


恍惚の表情を浮かべる裸の男はこちらを見ているようで見ていない。目の焦点が合っておらず、下腹部の、その……あれが完全に勃起していて白くて美しい華奢な体に相対していてなんだか生々しい。


こ、こ、こう言うとき僕はどうすれば……

ゆっくり一歩一歩こちらに近づいてくる裸の男が怖い。

王太子様はますます苦しそうだし、自らの腕に噛み付いて荒い息を洩らしてる。血が滴り落ちるほど強く噛んで耐えている様はなんだか可哀想で居た堪れない。


表情にはあまり出てはいなかったが、ハルは完全に混乱していた。
普通に考えれば、扉の外に控えてるだろう護衛を呼べばいい。
無駄に広いサロンではあるが、ハルの脆弱な声帯でも力一杯叫べば聞こえるだろう。
だが思い付かなかった。後から考えれば「なんで?」と思うが、本当にその時は思いつかなかったのだ。


だからなのか、ハルは思わず王太子様の前に立ち、守る様に裸男に向かって両手を広げた。
ラッキーなことに裸男はハルより随分小柄だ。
ハルはオメガだから同じオメガのフェロモンも効かない。
というか匂いも分からないから、ただハァハァ言いながら近づいてくる変態に見える。怖い。


チキンハートのハルだが、この時ばかりは裸男から目を逸らさなかった。


「ちょっと……退いてよ。僕は今からレオ様と番うんだから。」

「……合意には見えません。」

「すぐ合意になるよ。アルファはオメガのフェロモンには抗えない。」

うっとりと微笑むその顔は本来可愛らしい部類だというのに狂気さえ感じる。

「ど、退きません。」

裸男はもう目と鼻の先だ。その近すぎる距離に嫌な汗がダラダラと流れる。

裸男は片手をハルの胸に置き、下から顔を覗き込んでくる。
その際、裸男の勃起したアレがハルのズボンに触れて、先走りらしき透明な液がつぅーと糸を引くのが見えた。

瞬間的に迫り上がった嫌悪感で、思わず裸男を突き飛ばしてしまう。


床に大袈裟に倒れ込んだ裸男が濁った瞳でこちらを見つめた。
どう見てもあの目は正気じゃない。
ヤバい。殺されるかも……。

王太子様を連れて扉のほうに走ろうと後ろを振り返るも、恐怖で脚に力が入らない。
ハルはガクガク震える脚を殴りつけなんとか動かそうとする。
だが、とてもじゃないが走れそうにない。
無理だ。
後ろでは裸男が立ち上がる音がする。

パニクりすぎて真っ白になった頭でとった行動は、王太子様に覆いかぶさることだった。
腕の中に一生懸命閉じ込めて守る。
脚には力が入らないのに何故か腕には力が篭った。


「退けよ!!退け!!僕のレオ様に触るなっ!!このクズ!木偶の坊がっ!!とっとと退け!!」

激しい言葉の数々と同時に背中や脚に衝撃がくる。

ぎゅっと目を瞑り、ますます腕に力を込めると、腕の中の王太子様が身じろいだ。


「リチャード!!侵入者だ!!捕らえろ!!」


よく通る雄雄しい咆哮が突然目の前からしたものだから、ハルはビクリとしてしまう。
あまりに近くて爆発したかのような声だった。
いつもは気安くゆったりとした喋り方をするので、その強い口調に驚いてしまう。

扉を蹴飛ばすがごとく雪崩れ込んだ護衛たちに裸男は捕らえられたが、ハルは呆気に取られすぎて体勢を直すことすら忘れていた。

「ハル……もう離していいよ。助かった。ありがとう。ハルの匂いのおかげで正気に戻れた。」

「……へっ、あ、あぁ……すみません。」

ハルは腕の力を抜き、ゆっくり後ろに下がると脚がもつれて尻餅をついた。



最後までダサすぎる。
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