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9 見覚えのある物
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アリスタ王子、つまり俺の婚儀日程決定を告げる横断幕に気を取られていると、また後ろから押し潰されんばかりの勢いで群衆が押し寄せる。
「うわっ」
気を抜けば、転んで踏み潰されかねない。訳が分からないが、今はとりあえず自分たちの無事を確保する方が先決だ。
人の波に呑まれながら、辛うじてタチアナだけはこの腕に庇い続けた。
腕の中のタチアナが、ぷはっと顔を上げて至近距離で俺を見る。こんな時だというのに、あ、可愛い、なんて思ってしまう俺は相当タチアナにいかれているみたいだ。
「アリス! 大丈夫!?」
「俺は大丈夫! タチアナは!?」
「何とか! にしても、凄いねコレ!」
「ああ……」
王族が演説をする露台からはまだ距離がある。だが、そこにネスがおり、忙しなく準備をしているのは見えた。俺の頭が金髪のままだったら、もしかしたら目が合ったかもしれない。
染めておいてよかった、そう思ったが、俺はまだ混乱していた。
露台の縁から、王家の文様が描かれた大きな織物が垂れ下がる。
白磁の都の名に相応しい白く輝く海馬の絵、その周りに贅沢に施された金糸の刺繍。祝い事がある時だけ民衆にお披露目される、大事な織物だ。
それが風になびいて揺れると、金糸に日光が反射して神々しく目に映った。
押し寄せる群衆の勢いが徐々に収まると、辺りはザワザワとこれから何が見られるのかとざわめく。俺も、露台の上を固唾を呑んで見守った。
ネスの顔も識別出来る距離まで押されてしまったが、向こうがこちらに注意を払う様子は見られない。
落ち着いた雰囲気のネスを見て、やはり俺は初めから探されていなかったのだろう、と推測した。
あそこから逃げることを強く望んでいたのに、ちっとも探されていないことが分かると、おかしなもので何だか淋しい。
結局、あそこで求められていたのは俺ではなく、アリスタ王子という存在だったのだろう。そんなことは考えなくても分かったつもりでいたが、いざ目の前に突きつけられると――悲しい。
「アリス? 大丈夫?」
「あ、いや、うん、ちょっと押された所が痛かっただけ。もう大丈夫」
心配そうな表情のタチアナ。どうやら俺は余程泣きそうな顔をしていたらしい。
思っていることを顔に出してはいけないと口を酸っぱくして言われたが、最後まで俺には出来なかった。だから、それが必要とされる場面ではイリスが前面に出た。
俺は元々ポンコツダメダメ王子だったが、これからタチアナと共に人生を歩んでいこうと思っているというのに、そのタチアナに心配される様じゃこっちもダメダメだ。
とにかく、今から何が起こるかをしっかりとこの目に焼き付けておこう。そして、この後タチアナに俺自身のことを話してみるのはどうだろうか。
これまではひたすら隠し通すことしか考えていなかったが、もしかしてタチアナなら笑って受け止めてくれるんじゃないか。そんな気がしてきたのだ。
俺の表情をちょっと見ただけで心配の声を掛けてくれる、心優しいタチアナなら。
腕の中のタチアナが、露台に向かって正面に向き直る。どうやら誰かが出てくる様だ。
その時、タチアナが首に巻いていたスカーフが、ここまで押されてもみくちゃにされた所為で解けかかっているのが目に入った。日焼けをすると大変だと言っていたから、教えてあげよう――。
「えっ」
「しっ! 誰か出てきたよ!」
「あ、う、うん……」
緩んだスカーフの隙間から見えたのは、タチアナの華奢な首だ。そこに、見覚えのある物があった。
「うわっ」
気を抜けば、転んで踏み潰されかねない。訳が分からないが、今はとりあえず自分たちの無事を確保する方が先決だ。
人の波に呑まれながら、辛うじてタチアナだけはこの腕に庇い続けた。
腕の中のタチアナが、ぷはっと顔を上げて至近距離で俺を見る。こんな時だというのに、あ、可愛い、なんて思ってしまう俺は相当タチアナにいかれているみたいだ。
「アリス! 大丈夫!?」
「俺は大丈夫! タチアナは!?」
「何とか! にしても、凄いねコレ!」
「ああ……」
王族が演説をする露台からはまだ距離がある。だが、そこにネスがおり、忙しなく準備をしているのは見えた。俺の頭が金髪のままだったら、もしかしたら目が合ったかもしれない。
染めておいてよかった、そう思ったが、俺はまだ混乱していた。
露台の縁から、王家の文様が描かれた大きな織物が垂れ下がる。
白磁の都の名に相応しい白く輝く海馬の絵、その周りに贅沢に施された金糸の刺繍。祝い事がある時だけ民衆にお披露目される、大事な織物だ。
それが風になびいて揺れると、金糸に日光が反射して神々しく目に映った。
押し寄せる群衆の勢いが徐々に収まると、辺りはザワザワとこれから何が見られるのかとざわめく。俺も、露台の上を固唾を呑んで見守った。
ネスの顔も識別出来る距離まで押されてしまったが、向こうがこちらに注意を払う様子は見られない。
落ち着いた雰囲気のネスを見て、やはり俺は初めから探されていなかったのだろう、と推測した。
あそこから逃げることを強く望んでいたのに、ちっとも探されていないことが分かると、おかしなもので何だか淋しい。
結局、あそこで求められていたのは俺ではなく、アリスタ王子という存在だったのだろう。そんなことは考えなくても分かったつもりでいたが、いざ目の前に突きつけられると――悲しい。
「アリス? 大丈夫?」
「あ、いや、うん、ちょっと押された所が痛かっただけ。もう大丈夫」
心配そうな表情のタチアナ。どうやら俺は余程泣きそうな顔をしていたらしい。
思っていることを顔に出してはいけないと口を酸っぱくして言われたが、最後まで俺には出来なかった。だから、それが必要とされる場面ではイリスが前面に出た。
俺は元々ポンコツダメダメ王子だったが、これからタチアナと共に人生を歩んでいこうと思っているというのに、そのタチアナに心配される様じゃこっちもダメダメだ。
とにかく、今から何が起こるかをしっかりとこの目に焼き付けておこう。そして、この後タチアナに俺自身のことを話してみるのはどうだろうか。
これまではひたすら隠し通すことしか考えていなかったが、もしかしてタチアナなら笑って受け止めてくれるんじゃないか。そんな気がしてきたのだ。
俺の表情をちょっと見ただけで心配の声を掛けてくれる、心優しいタチアナなら。
腕の中のタチアナが、露台に向かって正面に向き直る。どうやら誰かが出てくる様だ。
その時、タチアナが首に巻いていたスカーフが、ここまで押されてもみくちゃにされた所為で解けかかっているのが目に入った。日焼けをすると大変だと言っていたから、教えてあげよう――。
「えっ」
「しっ! 誰か出てきたよ!」
「あ、う、うん……」
緩んだスカーフの隙間から見えたのは、タチアナの華奢な首だ。そこに、見覚えのある物があった。
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