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8 初デート
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師匠とハンナおばさんの好意により作られたこの機会は、絶対無駄にしてはいけない。
という訳で、俺の気合いは半端なかった。
「で、ではいってまいりますっ」
タチアナは道路の反対側の工房に住んでいるので、待ち合わせするよりも迎えに行った方が早い。
しかも、この辺は決して治安はよくないので、いくらタチアナの棒術が優れているものだとしても、慣れない場所で待ち合わせて万が一のことがあったら駄目だ。
外で待ち合わせて、少し相手より早く着いてドキドキしながら待つというのもやってみたかったが、危険性を考えたら出来ない。
俺が道の反対側目指して一歩踏み出すと、背後から師匠の焦った声が聞こえてきた。
「おいアリス、手足が同時に出てるぞ!」
「へっ!? あ、手ってどうやって振るんだったっけ!」
「落ち着け、まずは深呼吸だ!」
「すーはーすーはー」
これは冗談でやっているのではない。俺は極めて真面目だ。要は、それくらい余裕がないだけだ。
大国の特使が来て俺が初めての外交を任された時よりも、その大国に初めて国外視察に行って俺の所作ひとつひとつを値踏みする様に見られた時よりも、遥かに緊張している。
ちなみに、あれは結局、俺をそんな目で見ていた特使の第二王子が脈ありかどうかを探っていただけだった。
夜這いを掛けられた時に従者として控えていたイリスが懐に隠し持っていた怪しい薬を嗅がせ、前後不覚にした上でその薬の催眠効果を用いてさも濃厚な夜を共に過ごしたと思わせ、翌朝俺に成りすましフフフと艶妖に笑って見せ、更にこちらに有利な商談までまとめてしまったというオチ付きである。
あいつの方が、絶対王子は向いている。駆け引き上手に顔に本性を出さずに繰り出される胡散臭い笑顔。俺には備わっていないものを、あいつは沢山持っている。
――そういえば、あいつも金髪だから、もしかしたら王族の血が混じってるのかもしれない。ここまで似ているから、父王が外で生ませた子供、なんて可能性もあるんじゃないか。
ふとそんなことを考えてしまった。だとしたら、俺が逃げたとしてもあいつが王子として立てるんじゃないか。いや、むしろ王子としてやってるんじゃ。
何故なら、あれからひと月が経過し、その間ずっと注意深く警戒していたが、どうも俺を探している感じがしない。
一国の王子が夜逃げしたなんて恥ずかしくて公開出来ないだろうが、それにしたって兵を使って探すだろうに。
だが、兵なんて来ない。一度白磁の地域に行ってそれとなく噂話を聞いて回ったが、何も出てこなかった。
まさか、俺がいなくなったこと自体、バレてないんじゃ。イリスとネスが、俺を庇って黙ってくれているんじゃないか。
その時、そう思った。俺が政務に向いていないことは、イリスもネスもよく分かっていたから。
だけど、そうしたら王子の座はどうなるんだろう――。
「――アリス!」
ぼうっとしていたらしい。目の前を通る荷馬車にぶつかると思ったら、タチアナがぐいっと引っ張ってくれた。
「危ないよ!」
バクバクと心臓が高鳴る。馬車にぶつかりそうになったことよりも、タチアナに腕を掴まれていることに。
「ご、ごめん! 緊張して、つい」
あはは、と頭を掻きながら笑うと、タチアナが頬をカーッと赤く染めた。
今日のタチアナは、ハンナおばさんに言われたのか、可愛らしいワンピースを着ている。首元にスカーフを巻いており、日光に弱いって大変なんだなと思った。
師匠曰く、男は女の希望を聞いて合わせると上手くいくと言っていたから、ひとまずタチアナに聞いてみる。
「きょ、今日はどこに行きたい?」
すると、明瞭な答えが返ってきた。
「実はね、お城の方でお祭りをやってるんだって! 何でも祝い事があるとかで」
お城の方。出来ればあまり足を向けたくない方向だった。だが。
「屋台がいっぱい出るんだって……だから私、朝ご飯を抜いてきたの!」
タチアナは滅茶苦茶楽しみにしていたらしく、目が爛々と輝いていた。
「お願い!」
「い、いいけど……」
「やったー!」
随分と気合いが入っている。要は食べ歩きという訳だ。――悪くない。途端、今朝は緊張のあまり食が進まなかったのに、腹がくううう、と大きな音を立てて鳴いた。
思わずタチアナと顔を見合わせる。やがてどちらからともなくぷーっと吹き出すと、俺は手をタチアナに差し出した。
「じゃ、行きましょうかお姫様」
タチアナが、俺の手を取る。
「喜んで、王子様」
初めて繋いだタチアナの手は、汗が滲んでしっとりしていた。
◇
「美味しいいい!」
「えっひと口頂戴!」
「仕方ないわね、はい、あーん!」
「おおおお! うめえええっ」
白磁の地域に入ると、視線を上げれば王城が視界に入る。こんな至近距離まで来たのは家出以来だったが、特に警備が厳重という様子もない。本当に何事もなかったのかの様な、平和な光景がそこにはあった。
だから、俺の警戒も、少しずつ薄れてきていた。今は、タチアナとの時間を目一杯楽しみたい。
その時、普段は閉ざされている城門がギイイイ、と耳障りな音を立てて開き始めた。そして鳴り響く管楽器の音色。
「――これ……」
祝い事を知らせるその音色。一体何を祝うというのか。
開かれた門へと押し寄せる群衆に呑まれて、タチアナを腕の中で庇うのが精一杯だった。
「アリス……!」
「タチアナ、しっかり掴まって!」
人に押し潰されながら、城の敷地内へと入る。
あちこちに張られた横断幕。そこに書いてあったのは。
『アリスタ王子婚儀日程◯月◯日正午より』
「――は?」
訳が分からず、俺はポカンと口を開けることしか出来なかった。
という訳で、俺の気合いは半端なかった。
「で、ではいってまいりますっ」
タチアナは道路の反対側の工房に住んでいるので、待ち合わせするよりも迎えに行った方が早い。
しかも、この辺は決して治安はよくないので、いくらタチアナの棒術が優れているものだとしても、慣れない場所で待ち合わせて万が一のことがあったら駄目だ。
外で待ち合わせて、少し相手より早く着いてドキドキしながら待つというのもやってみたかったが、危険性を考えたら出来ない。
俺が道の反対側目指して一歩踏み出すと、背後から師匠の焦った声が聞こえてきた。
「おいアリス、手足が同時に出てるぞ!」
「へっ!? あ、手ってどうやって振るんだったっけ!」
「落ち着け、まずは深呼吸だ!」
「すーはーすーはー」
これは冗談でやっているのではない。俺は極めて真面目だ。要は、それくらい余裕がないだけだ。
大国の特使が来て俺が初めての外交を任された時よりも、その大国に初めて国外視察に行って俺の所作ひとつひとつを値踏みする様に見られた時よりも、遥かに緊張している。
ちなみに、あれは結局、俺をそんな目で見ていた特使の第二王子が脈ありかどうかを探っていただけだった。
夜這いを掛けられた時に従者として控えていたイリスが懐に隠し持っていた怪しい薬を嗅がせ、前後不覚にした上でその薬の催眠効果を用いてさも濃厚な夜を共に過ごしたと思わせ、翌朝俺に成りすましフフフと艶妖に笑って見せ、更にこちらに有利な商談までまとめてしまったというオチ付きである。
あいつの方が、絶対王子は向いている。駆け引き上手に顔に本性を出さずに繰り出される胡散臭い笑顔。俺には備わっていないものを、あいつは沢山持っている。
――そういえば、あいつも金髪だから、もしかしたら王族の血が混じってるのかもしれない。ここまで似ているから、父王が外で生ませた子供、なんて可能性もあるんじゃないか。
ふとそんなことを考えてしまった。だとしたら、俺が逃げたとしてもあいつが王子として立てるんじゃないか。いや、むしろ王子としてやってるんじゃ。
何故なら、あれからひと月が経過し、その間ずっと注意深く警戒していたが、どうも俺を探している感じがしない。
一国の王子が夜逃げしたなんて恥ずかしくて公開出来ないだろうが、それにしたって兵を使って探すだろうに。
だが、兵なんて来ない。一度白磁の地域に行ってそれとなく噂話を聞いて回ったが、何も出てこなかった。
まさか、俺がいなくなったこと自体、バレてないんじゃ。イリスとネスが、俺を庇って黙ってくれているんじゃないか。
その時、そう思った。俺が政務に向いていないことは、イリスもネスもよく分かっていたから。
だけど、そうしたら王子の座はどうなるんだろう――。
「――アリス!」
ぼうっとしていたらしい。目の前を通る荷馬車にぶつかると思ったら、タチアナがぐいっと引っ張ってくれた。
「危ないよ!」
バクバクと心臓が高鳴る。馬車にぶつかりそうになったことよりも、タチアナに腕を掴まれていることに。
「ご、ごめん! 緊張して、つい」
あはは、と頭を掻きながら笑うと、タチアナが頬をカーッと赤く染めた。
今日のタチアナは、ハンナおばさんに言われたのか、可愛らしいワンピースを着ている。首元にスカーフを巻いており、日光に弱いって大変なんだなと思った。
師匠曰く、男は女の希望を聞いて合わせると上手くいくと言っていたから、ひとまずタチアナに聞いてみる。
「きょ、今日はどこに行きたい?」
すると、明瞭な答えが返ってきた。
「実はね、お城の方でお祭りをやってるんだって! 何でも祝い事があるとかで」
お城の方。出来ればあまり足を向けたくない方向だった。だが。
「屋台がいっぱい出るんだって……だから私、朝ご飯を抜いてきたの!」
タチアナは滅茶苦茶楽しみにしていたらしく、目が爛々と輝いていた。
「お願い!」
「い、いいけど……」
「やったー!」
随分と気合いが入っている。要は食べ歩きという訳だ。――悪くない。途端、今朝は緊張のあまり食が進まなかったのに、腹がくううう、と大きな音を立てて鳴いた。
思わずタチアナと顔を見合わせる。やがてどちらからともなくぷーっと吹き出すと、俺は手をタチアナに差し出した。
「じゃ、行きましょうかお姫様」
タチアナが、俺の手を取る。
「喜んで、王子様」
初めて繋いだタチアナの手は、汗が滲んでしっとりしていた。
◇
「美味しいいい!」
「えっひと口頂戴!」
「仕方ないわね、はい、あーん!」
「おおおお! うめえええっ」
白磁の地域に入ると、視線を上げれば王城が視界に入る。こんな至近距離まで来たのは家出以来だったが、特に警備が厳重という様子もない。本当に何事もなかったのかの様な、平和な光景がそこにはあった。
だから、俺の警戒も、少しずつ薄れてきていた。今は、タチアナとの時間を目一杯楽しみたい。
その時、普段は閉ざされている城門がギイイイ、と耳障りな音を立てて開き始めた。そして鳴り響く管楽器の音色。
「――これ……」
祝い事を知らせるその音色。一体何を祝うというのか。
開かれた門へと押し寄せる群衆に呑まれて、タチアナを腕の中で庇うのが精一杯だった。
「アリス……!」
「タチアナ、しっかり掴まって!」
人に押し潰されながら、城の敷地内へと入る。
あちこちに張られた横断幕。そこに書いてあったのは。
『アリスタ王子婚儀日程◯月◯日正午より』
「――は?」
訳が分からず、俺はポカンと口を開けることしか出来なかった。
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