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第四章 次の居候
24.捜索開始
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日曜日は店は休みだ。定休日を作ると客足が途絶えるかなと思った時もあったが、むしろ人件費の方がかかるので思い切って休みにしてしまった。
あとは平日に客のバースデーやイベントが入っていない日にシュウヘイと交互で休みを取っているので、亮太の休みは週に一日から二日といったところだ。
「それでは出発しましょう。しかし亮太、これはないです」
八岐大蛇と草薙剣がこの近辺に在るに違いないという狗神の見立ての元、亮太の休日に皆で探すことになった。
この辺りには不慣れなアキラと狗神だけでは迷子になるのはほぼ間違いがない為、亮太は道案内として駆り出されることになった。
狗神は犬の姿の方が鼻が利くということで犬の姿を取っているが、ここは東京のど真ん中。東京都条例で犬の放し飼いは禁止されている為、真っ昼間に狗神と外を歩くにはどうしても首輪の着用が必要だった。
そして、狗神は自分に付けようとされている首輪について目下抗議中なのである。
「放し飼い禁止なんだよ」
「私は人を噛んだりする様な野蛮ことは致しません」
「致さなくても、リードなしは駄目なの」
「私を他の犬畜生と同じ扱いにされるということですか」
「犬は犬だろ」
「私は狗神ですよ、ただの犬と同列に考えないでいただきたい」
「じゃあレンの姿になればいいだろ」
チラリと横に立って待っているアキラを見ると、少し期待する様な表情をしている。成程。
「そうするとあまり鼻が利きません」
結局また話が元に戻ってしまうのだ。狗神はくそ真面目、冗談はどちらかと言わなくても通じない。もしかしたら思考が犬寄りなのかもしれなかった。犬の思考傾向など知らないが。
では、プライドを刺激すればいいのかもしれない。バーテンダーを舐めてもらっちゃ困る。
「イヌガミ、お前は人の姿になっただけでそんなに劣っちまう程弱い神使なのか?」
「……私が、弱い神使だと仰るんですか?」
案の定食いついてきた。亮太は続けた。さっさと用事を済ませて、久々に夜にのんびりと酒とつまみを楽しみたいのだ。
「お前が人の姿だと駄目だと言うならそうなんじゃないか?」
「亮太、貴方は私を馬鹿にしてますね」
「だって無理なんだろ?」
「そんなこと、ひとっっ言も言っておりませんから!」
そう言うと、狗神は何の前触れもなく人型を取るべく一気に溶け始めた。
やはりこの色彩は堪らない。
亮太が焦がれる様にその変化を見ていると、あっという間に人型になった狗神・蓮が少し上から亮太を冷たい少し怒りを含んだ目で見下ろした。
「こちらの姿で行きましょう」
だが服装は禰宜の服装だ。これじゃなんのコスプレだと思われ注目の的になってしまうのは間違いない。
「俺の服を貸してやるから着替えろ」
「いや、しかし神使は常に」
「その格好だと目立つんだよ。目立つのは困るだろ?」
「……分かりました」
納得などしていない不服顔の蓮を見るアキラが、蓮の背後で亮太に親指を突き出して見せた。よくやった、ということらしい。
蓮は亮太よりも細く長い。上は何とでもなるだろうが、下はまあ間違いなくつんつるてんになるだろう。犬と張り合ってもしょうもないのは分かっているが、でも何だか悲しかった。
ありきたりの黒いTシャツにカーキ色のカーゴパンツにベルトを一本レンに渡す。蓮の足元を見ると白い足袋を履いているので、まああれにクロックスを履かせればいいだろう。
和服を脱ぎ出した蓮を見て、アキラが慌てて後ろを向いた。こいつ、亮太がシャツを脱ぎ着しても風景の一部の様に全く関心を示さない癖に、なんなんだこの差は。
そういえばこいつ、パンツ履いているんだろうか。そもそも人型になるといきなり服を着ているのも謎だ。亮太が蓮の着替えを眺めていると、なんと脱いだ袴の奥から出てきたのは形のいい引き締まった尻が丸見えの下帯だった。いわゆるふんどしというやつだ。
「レン、ちょっと待て」
「どうかされましたか」
「いや、それはない」
亮太が下帯を指差すと、蓮のカーゴパンツを履こうという動きが止まった。さすがにカーゴパンツの下に下帯は不味いだろう。
亮太は急いで買っておいた新品のパンツを一つ取り出し蓮に渡した。パンツはよれたら嫌なので常に買い置きをしてあったのが幸いした。
「これをお前にやるから」
「私には少々大きそうですが」
「うるせえな」
ぶつぶつ不平を言う蓮には取り合わず、亮太は顎で急かした。蓮はさすがに亮太に見られるのは憚ったのか、くるりと後ろを向いて下帯を取り、次いで新品のグレーのボクサーパンツを履いた。亮太も別に太っている訳ではないのだが、狗神は細い。恐らくSが丁度いいのだろうが、亮太のサイズは残念ながらMである。確かに緩そうだった。
「あー、レン? ズボン履いて、パンツの上をベルトでギュッとしとけ」
「……分かりました」
こちらも若干緩いカーゴパンツを履き亮太に言われた通りベルトでギュッと締めたが、引っかかる物がないので腰までずり落ちてきている。だがそのお陰でズボンの丈が丁度になったので結果オーライというやつだ。何とかなるもんだ。
「よし、さっさと行こう」
亮太が声を掛けた。
◇
外に出ると、まずは蓮が目を閉じクンクンと鼻を鳴らした。イケメンは何をしても様になるので狡い。蓮が「こちらの方です」と先導し始めた。茶沢通りを三軒茶屋方面に南下する方向だ。これを下って左に折れると先日大騒ぎをした北沢八幡に着く。
「私は草薙剣がある方向は何となく分かりますが、八岐大蛇については分かりかねます」
「そうなのか?」
歩いていると段々とずり落ちてくるパンツを引っ張り上げながら蓮が言った。アキラはそんな蓮の横を平常心を装って歩いているが、時折チラチラと蓮を見る目が完全に恋する乙女の目だった。
「私は逆に、草薙剣はよく分からない。でも八岐大蛇は分かると思う。――背中がざわつくから」
ざわつく背中。そいつは随分と気持ちが悪そうだった。出来ればそっちの方には立ち会いたくはない。
「八岐大蛇を捕らえるにしても草薙剣は必須です。今日はまずそちらを探しましょう」
「レンは何で草薙剣は分かるんだ?」
「神器ですからね、私の様な者の目には神々しく映るのです」
成程、神使だから分かるということか。
「じゃあアキラも神々しく見えるのか?」
「ええ、勿論。母君のお腹に居られた頃からその溢れんばかりの輝きはもう見事のひと言でしたよ。他の主の元にいた私が思わず馳せ参じてしまう程には」
「ほお」
歩道が狭いので亮太は蓮の後ろを歩いていた為、アキラの顔が少し見えた。嬉々とした顔をして、可愛いところあるじゃないか。
「アキラ様のおしめも換えましたが、汚い等と思ったことは一度たりともございません」
蓮がきっぱりと言い切った。途端に曇るアキラの顔。成程、こりゃ一筋縄じゃいかなさそうである。もしかしたら、アキラの恋心が蓮に伝わる日は一生来ないまま終わるのかもしれないな、と亮太は若干アキラを憐れに思った。おしめを換えている相手を好きになれるかと言ったら、まあ亮太だったら無理だ。
この話題はもう止めよう、触らぬ神に祟りなしだ。
「で、レン。剣の場所は近いのか?」
「行ってみないと何とも言えませんが、恐らく」
歩きにくそうにベルトごと引っ張り上げながら蓮が先を急ぐ。もう十月もすぐそことはいえ、日中はまだまだ暑い。今日も半袖で余裕だったが、普段ろくに運動などしない亮太はすでに脇と背中に汗をかいていた。首に引っ掛けっぱなしだった『○○商店』と名前が入ったペラッペラのタオルで汗を拭く。おっさん臭かろうとも、汗を放置すると更におっさん臭くなるので微妙な年齢の亮太としては是非とも気を遣いたい部分であった。
北沢小学校の前を通り過ぎ、小さな川と並走する緑道に来た。春になると花見客で賑わいを見せるこの通りも、今はただの散歩道となっていて人通りは少ない。左右にずっと続いているが、蓮は迷いもせずその土の道を左に折れていった。
緑道の道幅は先程までの歩道よりも広い。だが亮太は先を行く二人の後ろ姿をそのまま穏やかな気分で見つめることにした。
来年の花見のシーズン迄、この二人は亮太の傍に居るのだろうか。何となくだが、そんなに長くは居ない様な気がした。
そうしたら、亮太はまた一人になる。
その時、果たして自分は孤独に耐えられるだろうか。亮太には分からなかった。
あとは平日に客のバースデーやイベントが入っていない日にシュウヘイと交互で休みを取っているので、亮太の休みは週に一日から二日といったところだ。
「それでは出発しましょう。しかし亮太、これはないです」
八岐大蛇と草薙剣がこの近辺に在るに違いないという狗神の見立ての元、亮太の休日に皆で探すことになった。
この辺りには不慣れなアキラと狗神だけでは迷子になるのはほぼ間違いがない為、亮太は道案内として駆り出されることになった。
狗神は犬の姿の方が鼻が利くということで犬の姿を取っているが、ここは東京のど真ん中。東京都条例で犬の放し飼いは禁止されている為、真っ昼間に狗神と外を歩くにはどうしても首輪の着用が必要だった。
そして、狗神は自分に付けようとされている首輪について目下抗議中なのである。
「放し飼い禁止なんだよ」
「私は人を噛んだりする様な野蛮ことは致しません」
「致さなくても、リードなしは駄目なの」
「私を他の犬畜生と同じ扱いにされるということですか」
「犬は犬だろ」
「私は狗神ですよ、ただの犬と同列に考えないでいただきたい」
「じゃあレンの姿になればいいだろ」
チラリと横に立って待っているアキラを見ると、少し期待する様な表情をしている。成程。
「そうするとあまり鼻が利きません」
結局また話が元に戻ってしまうのだ。狗神はくそ真面目、冗談はどちらかと言わなくても通じない。もしかしたら思考が犬寄りなのかもしれなかった。犬の思考傾向など知らないが。
では、プライドを刺激すればいいのかもしれない。バーテンダーを舐めてもらっちゃ困る。
「イヌガミ、お前は人の姿になっただけでそんなに劣っちまう程弱い神使なのか?」
「……私が、弱い神使だと仰るんですか?」
案の定食いついてきた。亮太は続けた。さっさと用事を済ませて、久々に夜にのんびりと酒とつまみを楽しみたいのだ。
「お前が人の姿だと駄目だと言うならそうなんじゃないか?」
「亮太、貴方は私を馬鹿にしてますね」
「だって無理なんだろ?」
「そんなこと、ひとっっ言も言っておりませんから!」
そう言うと、狗神は何の前触れもなく人型を取るべく一気に溶け始めた。
やはりこの色彩は堪らない。
亮太が焦がれる様にその変化を見ていると、あっという間に人型になった狗神・蓮が少し上から亮太を冷たい少し怒りを含んだ目で見下ろした。
「こちらの姿で行きましょう」
だが服装は禰宜の服装だ。これじゃなんのコスプレだと思われ注目の的になってしまうのは間違いない。
「俺の服を貸してやるから着替えろ」
「いや、しかし神使は常に」
「その格好だと目立つんだよ。目立つのは困るだろ?」
「……分かりました」
納得などしていない不服顔の蓮を見るアキラが、蓮の背後で亮太に親指を突き出して見せた。よくやった、ということらしい。
蓮は亮太よりも細く長い。上は何とでもなるだろうが、下はまあ間違いなくつんつるてんになるだろう。犬と張り合ってもしょうもないのは分かっているが、でも何だか悲しかった。
ありきたりの黒いTシャツにカーキ色のカーゴパンツにベルトを一本レンに渡す。蓮の足元を見ると白い足袋を履いているので、まああれにクロックスを履かせればいいだろう。
和服を脱ぎ出した蓮を見て、アキラが慌てて後ろを向いた。こいつ、亮太がシャツを脱ぎ着しても風景の一部の様に全く関心を示さない癖に、なんなんだこの差は。
そういえばこいつ、パンツ履いているんだろうか。そもそも人型になるといきなり服を着ているのも謎だ。亮太が蓮の着替えを眺めていると、なんと脱いだ袴の奥から出てきたのは形のいい引き締まった尻が丸見えの下帯だった。いわゆるふんどしというやつだ。
「レン、ちょっと待て」
「どうかされましたか」
「いや、それはない」
亮太が下帯を指差すと、蓮のカーゴパンツを履こうという動きが止まった。さすがにカーゴパンツの下に下帯は不味いだろう。
亮太は急いで買っておいた新品のパンツを一つ取り出し蓮に渡した。パンツはよれたら嫌なので常に買い置きをしてあったのが幸いした。
「これをお前にやるから」
「私には少々大きそうですが」
「うるせえな」
ぶつぶつ不平を言う蓮には取り合わず、亮太は顎で急かした。蓮はさすがに亮太に見られるのは憚ったのか、くるりと後ろを向いて下帯を取り、次いで新品のグレーのボクサーパンツを履いた。亮太も別に太っている訳ではないのだが、狗神は細い。恐らくSが丁度いいのだろうが、亮太のサイズは残念ながらMである。確かに緩そうだった。
「あー、レン? ズボン履いて、パンツの上をベルトでギュッとしとけ」
「……分かりました」
こちらも若干緩いカーゴパンツを履き亮太に言われた通りベルトでギュッと締めたが、引っかかる物がないので腰までずり落ちてきている。だがそのお陰でズボンの丈が丁度になったので結果オーライというやつだ。何とかなるもんだ。
「よし、さっさと行こう」
亮太が声を掛けた。
◇
外に出ると、まずは蓮が目を閉じクンクンと鼻を鳴らした。イケメンは何をしても様になるので狡い。蓮が「こちらの方です」と先導し始めた。茶沢通りを三軒茶屋方面に南下する方向だ。これを下って左に折れると先日大騒ぎをした北沢八幡に着く。
「私は草薙剣がある方向は何となく分かりますが、八岐大蛇については分かりかねます」
「そうなのか?」
歩いていると段々とずり落ちてくるパンツを引っ張り上げながら蓮が言った。アキラはそんな蓮の横を平常心を装って歩いているが、時折チラチラと蓮を見る目が完全に恋する乙女の目だった。
「私は逆に、草薙剣はよく分からない。でも八岐大蛇は分かると思う。――背中がざわつくから」
ざわつく背中。そいつは随分と気持ちが悪そうだった。出来ればそっちの方には立ち会いたくはない。
「八岐大蛇を捕らえるにしても草薙剣は必須です。今日はまずそちらを探しましょう」
「レンは何で草薙剣は分かるんだ?」
「神器ですからね、私の様な者の目には神々しく映るのです」
成程、神使だから分かるということか。
「じゃあアキラも神々しく見えるのか?」
「ええ、勿論。母君のお腹に居られた頃からその溢れんばかりの輝きはもう見事のひと言でしたよ。他の主の元にいた私が思わず馳せ参じてしまう程には」
「ほお」
歩道が狭いので亮太は蓮の後ろを歩いていた為、アキラの顔が少し見えた。嬉々とした顔をして、可愛いところあるじゃないか。
「アキラ様のおしめも換えましたが、汚い等と思ったことは一度たりともございません」
蓮がきっぱりと言い切った。途端に曇るアキラの顔。成程、こりゃ一筋縄じゃいかなさそうである。もしかしたら、アキラの恋心が蓮に伝わる日は一生来ないまま終わるのかもしれないな、と亮太は若干アキラを憐れに思った。おしめを換えている相手を好きになれるかと言ったら、まあ亮太だったら無理だ。
この話題はもう止めよう、触らぬ神に祟りなしだ。
「で、レン。剣の場所は近いのか?」
「行ってみないと何とも言えませんが、恐らく」
歩きにくそうにベルトごと引っ張り上げながら蓮が先を急ぐ。もう十月もすぐそことはいえ、日中はまだまだ暑い。今日も半袖で余裕だったが、普段ろくに運動などしない亮太はすでに脇と背中に汗をかいていた。首に引っ掛けっぱなしだった『○○商店』と名前が入ったペラッペラのタオルで汗を拭く。おっさん臭かろうとも、汗を放置すると更におっさん臭くなるので微妙な年齢の亮太としては是非とも気を遣いたい部分であった。
北沢小学校の前を通り過ぎ、小さな川と並走する緑道に来た。春になると花見客で賑わいを見せるこの通りも、今はただの散歩道となっていて人通りは少ない。左右にずっと続いているが、蓮は迷いもせずその土の道を左に折れていった。
緑道の道幅は先程までの歩道よりも広い。だが亮太は先を行く二人の後ろ姿をそのまま穏やかな気分で見つめることにした。
来年の花見のシーズン迄、この二人は亮太の傍に居るのだろうか。何となくだが、そんなに長くは居ない様な気がした。
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