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第37話 シスの地雷
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嬉しさにむせび泣きながら私をもう二度と離すまいという勢いで抱き締めたシスは、「早く来なさいよー!」というサーシャさんの声を聞いて、ようやく行く気になったらしい。
ひょいと私の足を持ち上げると、腿の裏を片手で軽々と支えた。涙でぐしゃぐしゃなキラッキラに輝く美顔を私に晒しつつ、テヘッとはにかんだ笑顔を見せる。ま、眩しい……!
「首にしがみついて、お願いだ小町」
さすがにシスでも、横向きに抱くと店内では歩行に困難をきたすことは理解しているらしい。シスの胸に抱きついただけでも顔から火が出そうなくらいに恥ずかしかったのに、首に抱きつけと。
私が躊躇っていると、シスの目にまた涙がじわりと滲んだ。ああ……罪悪感。
「わ、分かったから!」
「小町、俺のこと嫌ってないよな……?」
しつこい。やっぱりしつこいけど、それだけ私がサーシャさんに抱きついたことはシスにとって衝撃的だったということだ。
「嫌ってないってば! しつこいな!」
「小町い……グズッ」
もしやシスは私のことを――? と思ったりもしなくもなかったけど、冷静になって考えてみれば簡単なことだ。シスにとって、私はペット。あまり懐いてくれなかったペットが、目を離した隙に他の奴に尻尾を振って飛びついていたから、それで悔しくなっただけだ。そう考えれば、この悲しみようも理解出来る。
喋る家畜から、喋るペットにちょっと昇級しただけ。それ以上でも以下でもない。
……ただまあ、多少私に対して愛着というか可愛いっていう気持ちは、あるのかもしれない。もしかして。ちょびっとだけ。
「なあ小町、早く」
「わ、分かってるってば」
「……なあ、まだか?」
しつこい。
「や、やるって言ってんでしょ!」
「……へへ。グズッ」
もういい加減諦めてシスの首に腕を回すと、シスは余った方の手で私の背中に手を当て、嬉しそうにぎゅっと身体に押し付けてきた。密着具合が半端ない。私の首に頬骨をスリスリするのやめて。
そして、首に抱きつけば当然ながら視界に入ってくるのは、これまでの小っ恥ずかしい私たちのやり取りを興味深げに見守っていた亜人たちの視線だ。こっちもやめて。ニコニコするの本当にやめて。
私は自分の腕の中に顔を埋めた。この視線には耐えられない。なんでシスが平気なのか、私には皆目見当がつかなかった。気にしなさすぎるにもほどがある。
シスは軽やかにひょこひょこと階段を上っていくと、通路で私たちが来るのをずっと待ち続けてくれていたサーシャさんとタロウさんの前で立ち止まった。下ろすかなと思ったけど、下ろさなかった。このパターンか。心の中で、溜息を吐いた。もう心臓の動きが早すぎて、血管が切れそう。
「待たせたな」
シスが、素っ気なくサーシャさんに声を掛けた。サーシャさんは、私の顔を見て微笑む。
「小町ちゃん、顔が真っ赤だけど大丈夫?」
「えっ! 小町、顔を見せ……」
「大丈夫! 大丈夫だから!」
私の顔を見ようと首を捻ってきたシスの顔面を鷲掴みすると、遠ざけた。
「いい加減下ろしてよ! 私は物じゃないんですけど!」
「……で、どこの部屋だ?」
この男、無視した。私の言葉を、今まるっと無視しやがったぞ。
私があまりにも唖然とした顔をしていたからか、サーシャさんの後ろに立っていたタロウさんが、堪え切れないといった様子でクックッと拳で口を押さえながら笑い始めた。もういや。
恥ずかしさのあまりシスの首に顔を隠すと、シスは嬉しそうに私の頭を撫でた。だから違うってば。そうじゃないんだって。
「……まあいいわ。こっちの部屋よ。高さがあるから翼を伸ばせるのよ」
サーシャさんの後について行くと、通路の突き当り、一番奥の部屋に入っていった。確かに天井が高い。奥に行くと、転落防止用の柵の外は窓が開け放たれていて、風が気持ちよく通り過ぎていく。
四角い部屋の中央には丸い背の低いテーブルが置いてあって、木板の床の上には大きなクッションが積んであった。これに座れということみたいだ。私ひとりならすっぽり乗りそうだな、なんて思ってちょっとワクワクしていると、シスはその内のひとつを手で引っ張ってくると、胡座をかいて座ってしまった。胡座の中に私を入れたまま。
「……シス、私もこれに座ってみたいんだけど」
「やだ」
にべもない。
「小町は俺の上から離れるなよ!」
「別に隣ならいいでしょ……」
「やだー! やだ!」
この我儘吸血鬼が。
呆れて思わず無言になると、サーシャさんが同じ様に呆れた顔になり、肩を竦めた。あ、諦めた。唯一頼りになる人が、さじを投げた。
「じゃ、まあ頼みましょうか」
微妙に目元を緩ませたサーシャさんが品書きを私に差し出してくれたので、覗いてみる。
「……」
字は読める。殆どヒトの文字と変わらない。だけど、意味が分からなかった。黒ヒトデと山キノコモドキの逆さ炙り焼きってなに。
「……おまかせします」
品書きをサーシャに返した。シスは私とサーシャの動きを、じっと無表情で見つめていた。怖い。多分、かなりサーシャさんのことを警戒してる。現に、常にお腹を空かして食い物食い物って言う筈のシスが、何も口を出してこない。
タロウさんが、あははと苦笑した。
「ヒトには何のことやら分からないよね、亜人の料理って」
「ですよねー……あはは」
私がタロウさんに遠慮がちな笑いを見せると、シスは唇を突き出して私の頭を自分に引き寄せた。
「シス、あのねえ……」
「……他のヒトにも絶対やらないからな」
ボソリと、多分私にしか聞こえないくらいの声で呟かれる。
タロウさんは、微妙な笑みを浮かべると、サーシャさんと品書きを見て話し始めた。
シスは、じっとその様子を窺っている。
……どうやら私は、知らずにシスの地雷を踏んでしまったらしい、ということを理解し始めたのだった。
ひょいと私の足を持ち上げると、腿の裏を片手で軽々と支えた。涙でぐしゃぐしゃなキラッキラに輝く美顔を私に晒しつつ、テヘッとはにかんだ笑顔を見せる。ま、眩しい……!
「首にしがみついて、お願いだ小町」
さすがにシスでも、横向きに抱くと店内では歩行に困難をきたすことは理解しているらしい。シスの胸に抱きついただけでも顔から火が出そうなくらいに恥ずかしかったのに、首に抱きつけと。
私が躊躇っていると、シスの目にまた涙がじわりと滲んだ。ああ……罪悪感。
「わ、分かったから!」
「小町、俺のこと嫌ってないよな……?」
しつこい。やっぱりしつこいけど、それだけ私がサーシャさんに抱きついたことはシスにとって衝撃的だったということだ。
「嫌ってないってば! しつこいな!」
「小町い……グズッ」
もしやシスは私のことを――? と思ったりもしなくもなかったけど、冷静になって考えてみれば簡単なことだ。シスにとって、私はペット。あまり懐いてくれなかったペットが、目を離した隙に他の奴に尻尾を振って飛びついていたから、それで悔しくなっただけだ。そう考えれば、この悲しみようも理解出来る。
喋る家畜から、喋るペットにちょっと昇級しただけ。それ以上でも以下でもない。
……ただまあ、多少私に対して愛着というか可愛いっていう気持ちは、あるのかもしれない。もしかして。ちょびっとだけ。
「なあ小町、早く」
「わ、分かってるってば」
「……なあ、まだか?」
しつこい。
「や、やるって言ってんでしょ!」
「……へへ。グズッ」
もういい加減諦めてシスの首に腕を回すと、シスは余った方の手で私の背中に手を当て、嬉しそうにぎゅっと身体に押し付けてきた。密着具合が半端ない。私の首に頬骨をスリスリするのやめて。
そして、首に抱きつけば当然ながら視界に入ってくるのは、これまでの小っ恥ずかしい私たちのやり取りを興味深げに見守っていた亜人たちの視線だ。こっちもやめて。ニコニコするの本当にやめて。
私は自分の腕の中に顔を埋めた。この視線には耐えられない。なんでシスが平気なのか、私には皆目見当がつかなかった。気にしなさすぎるにもほどがある。
シスは軽やかにひょこひょこと階段を上っていくと、通路で私たちが来るのをずっと待ち続けてくれていたサーシャさんとタロウさんの前で立ち止まった。下ろすかなと思ったけど、下ろさなかった。このパターンか。心の中で、溜息を吐いた。もう心臓の動きが早すぎて、血管が切れそう。
「待たせたな」
シスが、素っ気なくサーシャさんに声を掛けた。サーシャさんは、私の顔を見て微笑む。
「小町ちゃん、顔が真っ赤だけど大丈夫?」
「えっ! 小町、顔を見せ……」
「大丈夫! 大丈夫だから!」
私の顔を見ようと首を捻ってきたシスの顔面を鷲掴みすると、遠ざけた。
「いい加減下ろしてよ! 私は物じゃないんですけど!」
「……で、どこの部屋だ?」
この男、無視した。私の言葉を、今まるっと無視しやがったぞ。
私があまりにも唖然とした顔をしていたからか、サーシャさんの後ろに立っていたタロウさんが、堪え切れないといった様子でクックッと拳で口を押さえながら笑い始めた。もういや。
恥ずかしさのあまりシスの首に顔を隠すと、シスは嬉しそうに私の頭を撫でた。だから違うってば。そうじゃないんだって。
「……まあいいわ。こっちの部屋よ。高さがあるから翼を伸ばせるのよ」
サーシャさんの後について行くと、通路の突き当り、一番奥の部屋に入っていった。確かに天井が高い。奥に行くと、転落防止用の柵の外は窓が開け放たれていて、風が気持ちよく通り過ぎていく。
四角い部屋の中央には丸い背の低いテーブルが置いてあって、木板の床の上には大きなクッションが積んであった。これに座れということみたいだ。私ひとりならすっぽり乗りそうだな、なんて思ってちょっとワクワクしていると、シスはその内のひとつを手で引っ張ってくると、胡座をかいて座ってしまった。胡座の中に私を入れたまま。
「……シス、私もこれに座ってみたいんだけど」
「やだ」
にべもない。
「小町は俺の上から離れるなよ!」
「別に隣ならいいでしょ……」
「やだー! やだ!」
この我儘吸血鬼が。
呆れて思わず無言になると、サーシャさんが同じ様に呆れた顔になり、肩を竦めた。あ、諦めた。唯一頼りになる人が、さじを投げた。
「じゃ、まあ頼みましょうか」
微妙に目元を緩ませたサーシャさんが品書きを私に差し出してくれたので、覗いてみる。
「……」
字は読める。殆どヒトの文字と変わらない。だけど、意味が分からなかった。黒ヒトデと山キノコモドキの逆さ炙り焼きってなに。
「……おまかせします」
品書きをサーシャに返した。シスは私とサーシャの動きを、じっと無表情で見つめていた。怖い。多分、かなりサーシャさんのことを警戒してる。現に、常にお腹を空かして食い物食い物って言う筈のシスが、何も口を出してこない。
タロウさんが、あははと苦笑した。
「ヒトには何のことやら分からないよね、亜人の料理って」
「ですよねー……あはは」
私がタロウさんに遠慮がちな笑いを見せると、シスは唇を突き出して私の頭を自分に引き寄せた。
「シス、あのねえ……」
「……他のヒトにも絶対やらないからな」
ボソリと、多分私にしか聞こえないくらいの声で呟かれる。
タロウさんは、微妙な笑みを浮かべると、サーシャさんと品書きを見て話し始めた。
シスは、じっとその様子を窺っている。
……どうやら私は、知らずにシスの地雷を踏んでしまったらしい、ということを理解し始めたのだった。
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