可愛がっても美形吸血鬼には懐きません!~だからペットじゃないってば!

ミドリ

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第36話 シスの涙

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 サーシャさんとタロウさんは、お互いの腰に腕を回しながら先を歩いていた。

「タロウ、あそこはどうかしら? 個室があるから翼を伸ばせるのよね」
「サーシャの望むままに」
「うふ、タロウったら。大好き」
「俺もだよ、サーシャ」

 そして、道端で堂々とまたキスしている。ええと、亜人とヒト……だよね? と私の頭は完全に混乱中だった。

 サーシャさんが、色気たっぷりに艶かしく身体をくねらせながら私たちを振り返る。

「あそこのお店に行きましょう」
「あ、はい!」

 サーシャさんが指差したのは、随分と立派な店構えの飲食店だった。木造二階建ての建物で、吹き抜けの作りになっている。高い天井の中央部分には色とりどりの色硝子がはめられていて、店内に虹色の光が差し込んでいて綺麗だ。

 壁に掛けられた燭台の火は今は灯ってないけど、夜になるとあれが点くんだろうか。きっと幻想的なんだろうなあと想像して思った。

 一階は広々とした区切られていない大広間になっていて、テーブルと椅子が不規則に置かれている。大小様々なテーブルがあるのは、色んなサイズの亜人が来るからだろう。ざっと見たところ、テーブルだけでも二十はあった。

 広間をぐるりと囲む窓際の席は靴を脱いで上がれる仕様になっていて、ゆったりとしたそのスペースに、胡座を掻いた亜人たちが寛ぎなら食事をしている姿も見受けられた。

 吹き抜けになった二階部分は一段が低めの幅広の階段で上がれる様になっていて、一階部分と同様、壁際に沿って個室が並んでいる。こちらはカーテンでひと部屋ずつが区切られているので、サーシャさんが言っていた個室とはあれのことかもしれない。

 先に店に入ったサーシャさんが、何の亜人かよく分からないけど耳が大きくてヒダが付いた亜人に声を掛けた。店員なのか、黒いエプロンをしている。私たちに背中を向けたその亜人の背中からは、コウモリの様な翼が生えているのが見えた。こうもりの亜人なんてのもいるらしい。

「小町ちゃん! こっち」
「はーい!」

 サーシャさんたちが階段へ向かっていったので、後を追いかけるべく店の中へと進もうとすると、ぐいっと手を後ろに引っ張られた。サーシャさんたちもいるし大丈夫じゃないと言ったけど、一切受け入れてもらえずに結局はシスに手を繋がれた、その手だ。

 どん、と背中がシスの剥き出しの胸に当たる。

「……なによ」

 さっきからおかしなくらいに静かなシスが、何故か泣きそうな顔で私を見下ろしていた。デリカシーがないって言われたのが、そんなに嫌だったのかな。でも、ないのは本当だし。

 それに、裸を見た癖にまだ謝られていない。そういうところだ。

「小町、俺が嫌になったのか……?」
「は?」

 よく見ると、端正過ぎる顔は涙ぐんでいる。いやちょっと待て、泣きたいのはこっちの方なのに、なんでシスが傷ついたみたいな顔をしてるんだろうか。

 シスの腕が、背後から私の首の下に回された。ひ、ひやああ。

 シスが、人の耳元で悲しそうに囁く。無駄にいい声なので、たちが悪い。

「小町、あの亜人に抱きついてたじゃないか」
「ああ……あれね」

 シスが素っ裸で私を追いかけ回すから、それ以上裸を晒さない為にサーシャに抱きついたあれのことを言っているらしい。

「俺にはしないじゃないか……!」
「そもそもあんたが素っ裸で人を追いかけ回した認識ある?」

 思わずツッコミが口を突いて出た。シスの論点は、多分何となく分かったかもしれない。要は、これまで自分には一度も抱きついてくれなかったのに、何で会ったばかりのサーシャさんには私から抱きついたんだってことだろう。

 嫌になったのか、という質問が出てくるということは、好きだと抱きついて嫌いだと抱きつかないと思っているからなんじゃないか。

 脳みそがお子ちゃま過ぎる。好きだからって簡単に抱きつける様な痴女メンタルを、私は持ち合わせてはいない。

「はあ――……」

 説明するのも面倒くさくなって、私は長い長い息を吐いた。

「小町ちゃーん?」

 二階の通路から、サーシャさんが私を呼ぶ。

「あ、今行きまーす!」

 シスの腕を掴んで取り外そうとしてみたけど、シスは基本馬鹿力なのでびくともしなかった。

「小町……嫌わないで……」

 私の耳に囁き続けるシス。ゾ、ゾワゾワするからそこで話さないでほしい。

 ああもう、乙女は恥じらうものなのに、このアホ吸血鬼ってば。

「……嫌ってなんかないよ」
「だって……っ」

 シスは顔を上げると、大きな手で私の肩を掴んでくるりと回転させる。シスと向かいあわせにさせると、シスは目を潤ませながら、両手を大きく広げた。

「じゃあ、小町は俺に抱きつけるのかー!?」
「へ……っ」

 何言ってるの、このアホ吸血鬼。

「え、その、ちょっと待とうかシス……」
「ほらー! 俺には出来ないじゃないか!」

 とうとう、シスの黄金色の瞳から涙が溢れてしまった。うわ、大人の男が泣いている。しかも滅茶苦茶情けない理由で。

 何故かキュンとしている私の心臓の存在は今は横に置いておき、両手を広げたまま唇を噛み締めて悲しそうに私を見下ろしているシスを見上げる。

 これ、どうしよう。誰かヒントくれないかな。

「いやその、そういう話じゃなくてねシス……」

 どうか誰か、このうら若き乙女の苦悩をシスに代弁してくれないかな。サーシャさん、ニヤついてないで降りてきてくれませんか。

「やっぱり小町は、俺のことが嫌い……?」

 周りの亜人たちが、私たちに注目している。大体皆、ニヤついていた。

「だから、嫌いじゃないって」
「……じゃあ抱きついてくれたっていいじゃないか!」

 しつこい。でも、知ってた。シスがしつこい性格なことは。

「俺には出来ないのは何でだよー!」
「あ、その、それは……っ」

 どうしよう。口に出すのはもっと恥ずかしいかもしれない。助けてサーシャさん、と思いながらサーシャさんたちがいる二階を振り返ると、サーシャさんはグッと親指を突き出してみせた。……ああああ。

「俺……」

 ポロポロと泣き出すシスの顔を見て、周りの面白そうな顔も見て、この場を丸く収める為には、私がやらないといけないことがひとつしかないことを悟った。

 ――ええい!

「し、しっかり見てなさいよっ!」

 裏返り気味に言った後、私は覚悟を決めてシスの胸に思い切り抱きついた。――もう、物凄く恥ずかしい。視界がシスの鎖骨だから周りが見えなくて助かった。

「こ、小町……!」

 シスが、感動に打ち震えながらゆっくりときつく私を抱き締めてくる。きついし痛いってば。

「小町、小町い……っ」

 グズ、と鼻を啜るシスと抱き合った状態になり、心臓をバクバク言わせながら私が思ったのは、ひと言。

 ――ナニコレ。

 だった。
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