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11.カイル・ロカーシュの受難①

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 カイル・ロカーシュは、要領がいい。

 世渡りが上手い。

 空気が読める。

 それが本人の自己評価である。※あくまで自己評価

(空気さえ読めれば、顔がそこそこでも女にはモテるからな。世の中、そんなもんだ)

 言ってみれば、カイルは「ちょうどいい」レベルなのである。そこそこの顔に、そこそこの家柄。第十八王子の乳母役という、光栄なんだかそうでもないのか、いまいちはっきりとしない役職をあてがわれただけあって、そこまで高貴な血筋でもないが裏切る恐れはないという、堅実で後ろ暗いところのない家柄だ。もの凄い贅沢が出来るわけではないが、食いっぱぐれる心配はないし、家が傾いたりする恐れもない。王宮の女官や女中たちにとっては、まさに「手の届く範囲で理想的な婿候補」なのである。

 というわけで、モテた。

 特に、王宮勤めが始まって一年目は凄かった。カイルは調子に乗るつもりはなかったが、どこへ行っても両手どころか前後左右に花、熱っぽい目をした女の子たちにひたすらちやほやされ続け……それはもう、何をしていても、どんな顔をしていても褒められまくった。この状態に置かれて浮かれない、舞い上がらない健康な成人男子がいたとしたら、そいつは鉄で出来てるのではないだろうか?

(俺、ちょっとモテすぎじゃね? いや、この「そこそこ」加減がいいんだよな。俺は自分を客観視できる男だから、分かってるって、ははは)

 実を言うと、「この状態で浮かれない男子がいたとしたらそいつは鉄」を地でいく奴が一人いて、それは彼の乳兄弟だったのだが、その当時、お得意の「空気を読める力」とやらが若干狂っていたカイルは気が付かなかった。

 それどころか。

 全く女っ気がなさそうな乳兄弟フィオルゼルに出くわすたび、内心、(可哀想な奴だなあ)としみじみ思っていたのである。

(思えば、本当にお気の毒だよなあ、殿下は……。あんなに顔も見た目もいいのに、王宮では立場が無いみたいだし、いつでも真面目くさった顔をして働いてばかりいて。あんな辛気臭い顔をしてなければ、立場が微妙でもモテモテになりそうなのになあ)

 しかも、カイルの傍目から見ても、フィオルゼルの労働は全く報われていない。数週間の検討を経て綿密に練り上げた計画書も、事細かな予算案も、全ては誰かの踏み台になっていて、成果ばかりを掻っ攫われている。

 本人が、

「周りが皆、全力で退廃の限りを尽くしているからね……。ここでは、目立たないことの方が重要だ。よく居る『王族』の同類にならないことだけで精一杯だよ」

 などと言って微笑むのもまた、カイルの同情心をそそった。

(持って生まれた素質が全部、裏目に出てるんじゃねえのか、殿下は)

 もちろん、そう思ってはいても、表立って不敬になるような言動はしない。なぜって、カイルは空気が読める、世渡り上手だからである(と思っていた)。

 一度、カイルが後宮の妾妃たちから盛んに誘いを掛けられていた時期、フィオルゼルがぼそりと「あの方だけは避けた方がいい。お気に入りを『交換』して楽しむのが最新の流行らしいから」などと呟いたのを聞いて、何とも言えない闇深さを感じたが、それでもまだ、当時、乳兄弟の置かれていた状況が実際にどんなものなのか、カイルはろくに気付いていなかったのだ。

 気付いていれば、「兄様以外全員要らない」などと言われてフィオルゼルがコロリと落ちた理由もまた、薄々悟っていただろうが……

 それはともあれ。

 カイルはそこそこの常識人であり、そこそこ楽しく生きてきて、変人の扱いにはそれほど慣れていなかった。

 だから、本当に逆らえない、理解できない相手に遭遇したとき、どう対処すべきか、そのことはあまり頭に入っていなかったのである。

 何しろ、相手は天下の王宮魔術師様だ。

 「取り替えがきかない」という点で、王家の血を引くフィオルゼルより遥かに「偉い」。

 その魔術師様が、カイルの前で、金色の目をきらきらさせている。
 


「ほう。これはこれは……無知ですね、あなた?」



 面白い玩具を見つけた、と言わんばかりだ。鼠をいたぶる前に、猫が舌なめずりするような雰囲気を感じる。

 無知?

 無知って何だったっけ?

 そんなに喜ぶようなことか?

「……お、俺は別に……ただの兵ですし」
「どうぞご謙遜なさらず! スッカスカの無知というのは羨ましい、さぞかし頭が軽くて歩きやすいことでしょう。実際に知識を詰め込んだら、どこまで重くなるのでしょうか……是非、実験してみたい……穴の空いたチーズのような脳に、どれだけ記憶させられるか……あぁ、これは心が踊りますねぇ!」
「…………」

 とにかく、単に侮辱されているわけではない、ということはカイルにも分かった。それよりも酷い。

(……ヤバい相手に出会ってしまった)

 殿下、こいつを何とかして下さい! という思いを込めてフィオルゼルの方を見やると、ごく冷静な顔をした乳兄弟は、あっさりと彼の懇願を無視した。

「頑張ってくれ、カイル」

 なんだこれ、どうしてこうなった。






 魔王討伐パーティの兵を国に帰した後、フィオルゼルとカイルは周辺国の僻村に留まった。フィオルゼルは、ここから王都の王宮魔術師に連絡を取るという。仮にも王宮勤めの偉い魔術師様が、そんなに簡単に呼び出されるか? のこのこ他国の領土までやってくるものなのか? とカイルは案じたのだが、どうやら余計な心配だったらしい。

「……こんなに簡単に、王宮魔術師って呼び出せるものなんですか」
「餌が良ければ食い付くものだよ」
「餌」

 穏やかな顔をして、魔術師=釣り上げた魚みたいな言い方をするフィオルゼルである。

「参考までに聞きたいんですが、何を餌にしたんですか」
「私だよ。強大な力を持つ存在に兄と呼ばれた、私には何か未知のものが眠っているのかもしれない、それを好きに調べ尽くしていい、と言えば、探究心旺盛な魔術師どのは食い付くだろうからね」
「実際には兄妹じゃないですけどね」
「いや、私はアルジェインの兄のつもりでいるが」

 そこは譲れないらしい。

 とにかく、王宮魔術師バルサムは簡単に釣られた。

 普段バルサムがどんな仕事に励んでいるのかカイルは知らないが、その仕事を全部放っぽりだして、名ばかり王子とそれを守る兵士の前に現れたのである。

 それからしばらく、村の宿屋で、フィオルゼルはバルサムに頭をいじられていた。その光景は、「いじられている」としか表現できない。ひたすら頭髪を掻き分けて怪しい呪文を掛けたり怪しい薬を塗ったり怪しい魔法陣を描いたりしていた。フィオルゼルはその全てを当然のような顔をしておとなしく受け入れていたのだが、カイルはドン引きした。間違いなく、王子様=人体実験の材料としか思ってないだろ、これ。ヤバくないか?

「王子の記憶の奥、探れるところまで探ってみましたが、やはり、何かの術が掛けられていますねぇ」

 ようやく結論が出たらしく、バルサムが首を傾げた。

「人の使う魔法ではありませんね。思い付く限りの術破りを試みましたが、どうやら当てはまる『鍵』が違うようです」
「鍵?」
「人の使う魔法言語とは異なった言語系で書かれているということです。神代の言語かもしれません。これが解析できればどんなに愉快なことか……!」

 節くれだった長い指を口元に当てて、バルサムが「フッヒヒ」と奇怪な笑いを洩らした。こっちはこっちで、よく見れば美形なのに、本当に残念な人だな……と、カイルは彼の青白い顔を見ながら思った。

 寝台に横たわっていたフィオルゼルが起き上がる。少し前まで、謎の薬を執拗に塗り付けられていたせいで、べとついた髪が半ば乾きかけて貼り付いていた。表情も変えず、ペリペリと額髪を剥がしながら訊ねる。

「やはり、私の記憶は一部封印されているということかい?」
「そうでしょうね。幼年期の数年分の記憶が封じられているだけではなく、一部書き換えられているようです。なんという高度な術……! 正直申し上げて、今の私で太刀打ちできるとは思えません」

 敗北を語っているというのに、魔術師はひたすら楽しそうだ。やっぱり魔術師って、変な人種だな。とカイルは眉を顰めた。

 そう、この時点においては、カイルは全くの他人事として構えていられたのである。
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