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第三章 祝祭の街

私と彼女の月

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 五人で応接室のソファに腰を下ろし、私は初めてこの世界に来た日のこと、私の世界のことを話した。


 信じてもらえるのか、頭がおかしいと思われるんじゃないか、不安が過ぎって上手く説明が出来なくて。誰の顔も見ることが出来ずに、ずっと膝の上に視線を落として。
 でもみんな、黙って私の話を聞いてくれた。レオニダスはずっと私の手を強く握ってくれた。


「……そうじゃないかと、思っていた」

 私が話し終えると、レオニダスがポツリと零した。
 隣を見上げると、後悔の色を滲ませた表情のレオニダスがこちらを見下ろしている。

「話に聞いていた母が保護された状況と似ていた。だが、男の子だと思っていたからな…色々と確認が遅くなった」

 すまない、と言って握っていた手を緩め、指を絡める。

「だが、カレンが母と同じ表情を見せたあの夜……本当は確信していたんだ」

 その事に気が付かないふりをして蓋をした。

「夜空を見ただろう」

 真っ直ぐに届くレオニダスの声。お義母様が息を呑むのが聞こえた。

「三つの月…」

 そう。
 私はあの夜、初めてこの世界の三つの月を見た。
 あの月を見て、私は全てを諦めた。
 私は今、私の知らない世界にいるんだと。この現実を受け入れた。

 そうか、きっとラケルさんも同じ気持ちだったんだ。
 あの三つの月を見上げて、きっと諦めたんだろう。

「初めは我々もラケルをどこか他所の国から迷い込んだと思っていた。近隣諸国だけではなく南の島々まで調べ、ラケルの使う言葉を探したんだ。だが結局見つからない。身なりも良く所作も平民とは違う。違和感しかなかったんだが、ある時、ラケルがふと言ったんだよ。……この世界は、月が三つある、と」

 お義父様はお義母様の肩を抱き、優しく撫でる。

「それからはラケルが不思議な事を言っても気にならなくなった」
「そうね。それなら知らなくて当たり前かって、なんだかストンと腑に落ちたのよね」
「どんな力が働いて何が起きたのかは分からないが、ラケルがこの世界に来てジークムントと結婚し、レオニダスとエウラリアが生まれた。それ以下でも以上でもなかったんだ」
「……幸せだったのよ」
「スタンピードが起きるまでは」

 お義兄様が手を組み視線を落としてポツリと呟いた。

「あのスタンピードは、本当に酷いものだった。防壁も破られ領民の被害も大きく、我々王国軍にも多くの死者が出た。だが、ピタリと止んだんだよ……。何故なのかは分からない。誰も見ていないから」
「でも、ラケル様が深淵の森に行った。それだけは間違いない」
「そうだ。そして、魔物は姿を消した。ラケルと共に」

 ふうっと、お義父様が息を吐いた。

「カレン」

 レオニダスの絡めた指に力が入る。

「俺はカレンが聖女だったとしても、母のように一人で何かを背負わせるような事は絶対にさせないつもりだった。今はカレンがこちらの言葉を求めたことで母のように消えることはないと信じているし、そんな事は絶対にさせない。だが、カレンにちゃんと話をせず不安にさせた……すまなかった」

 お義母様が立ち上がり駆け寄って来てギューっと私を抱き締めた。

「怖かったわね……」

 ごめんなさい、ごめんなさいと何度も呟く。
 お義母様は何も悪いことなどしていないのに、お義母様の身体は震えていて。
 きっとその思いは私ではなくラケルさんに対して抱いているものなんだと思う。何もしてあげられなかった、と後悔しているのかもしれない。

 お義父様がお義母様の肩を抱いて立ち上がらせた。
 そして私に数冊、ノートを手渡す。

「ナガセなら読めるだろう」

 それは見慣れたノートではなく、この世界のもの。
 でも手に取り中を見ると、英語で書かれた日記だった。

 パラパラと捲る。
 それは初めの頃のような辛い思いを書いたものではなく、日々の喜びや思い出が綴られていた。

「これが、最後に書かれたものだ」

 そう言って渡されたノートは、後半は真っ白で何も書かれていないページが残っている。
 最後のページを見る。
 お義兄様が身動ぎせずじっと私の手元を見つめている。
 私は、声に出してそのページを読んだ。


「……明日は、レオとエリーの誕生日。もう十二歳になる。ジークにも明日は仕事を入れないようにお願いした。天気が良いようだから、ヨアキムと相談して温室でパーティをすることにした。飾り付けはエリーの好きなお花を飾りましょう…アルと一緒に準備を進めて素敵な飾り付けも作った。……アルは手先が器用で、嫌な顔せず手伝ってくれる。あの、が」

 はははっ、とレオニダスが声を上げて笑った。

「懐かしいな! ウサギのアルだ」

 肩を揺らしてレオニダスは笑ってる。

「そんな事もあったわね」

 と、お義母様は肩を抱かれながら指先でそっと目尻の涙を拭った。

「えー、最後の日記が僕のことな訳?」

 お義兄様は片手で目許を覆い天を仰いだ。

「ウサギのアルって何?」
「アルベルトが小さい頃、エリーの…エウラリアの飼っていたウサギの皮を剥いだんだ」
「は?」
「しかも得意げに初の獲物だと言ってエリーに見せた」

 まじまじとお義兄様を見る。
 え、なんか名前の割に全然可愛くない逸話なんですけど。

「あれは本当に僕にとって獲物だったんだよ! 狩ったら皮剥ぐだろ!」
「首にリボンを着けた獲物がいるか」
「それは……やめてナガセ、そんな目で見ないで」

 お義兄様は両手で顔を覆ってしまった。

「エリーは暫く寝込んだな」
「そうそう、アルベルトと口も利かなかったわよね」
「当たり前だろう」
「あとは? 何かあるか」

 レオニダスがクツクツ笑いながら私の肩を抱く。

「えっと、あ、これ、……テレーサがジョストと喧嘩した」
「「えっ!?」」
「ナガセ! それはダメだ後で聞かせてもらおう」
「なになに、父上、母上のこと怒らせたことがあるの?」
「まあそれ……! やだ、ダメよ、ラケルったら!」
「ジョストが部下の女性に指導しているのが面白くないらしい……?」
「きゃあ! やだわ、やめて!」

 今度はお義母様が顔を覆ってしまった。

「え、そんな理由だったのか?」
「もう! やめてちょうだい、そんな前の話…!」
「レオニダスの事も書いてますよ」
「……いやもう、ロクでもない事しか思いつかん」
「えっと、……レオがジークと喧嘩をした。普通の喧嘩だったのにジークがあまりにも無表情で淡白な反応しかしないから、レオが激昂して初めてギフトを発動した……そんな初めてってあるだろうか。可笑しくて吹き出したら、レオは益々怒って部屋に引き篭もってしまった」

 思わず想像して笑ってしまった。レオニダスは頭を抱えている。

「なにそれ、ギフトが分かった時ってそんなだったの!?」

 知らなかった! とお義兄様は自分のことを棚に上げて笑っている。

「あったわね、そんなこと! 本当、身体強化同士の喧嘩って壮絶だってラケルが言ってたわ」
「今と大して変わらないじゃないか」
「そんな訳ないだろう…」
「え、でも…むぐっ」

 ここに…と言って読もうとした私の口をレオニダスが塞いだ。

「分かった! 後で聞かせてくれ!」
「え、ずるい、僕も聞きたいのに」
「そうよ、レオニダス。人の日記なんて本当は読むものではないけれど…私たちとラケルを繋ぐ唯一の思い出ね」

 そう言って、お義母様が優しく笑った。


 ラケルさんはこの優しい人達のおかげで、楽しく喜びに満ちた日々を送る事が出来たんだと思う。
 この日記からは、ラケルさんの幸せが伝わって来るから。


 そして私たちは遅くまで、ラケルさんの日記にあるみんなの思い出に笑い、涙して、思いを繋いだ。
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