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第三章 祝祭の街
串焼きとおやゆびひめ
しおりを挟む季節が進み、空の色が益々濃くなった。
陽射しも段々強さを増し、花々の色も一段と濃くなる季節。
王都イェッテンエルブで祝祭が始まった。
現国王陛下の誕生日まで約一ヶ月、国王の誕生を祝うため街は華やかさを増しあちこちに出店が出て行商人が増える。旅の一座、楽団も大きな天幕を立て興行を行い、道端ではあちこちで道化や音楽家が芸を披露する。
一年で一番人が集まり賑やかな日々が始まるのだ。
「おはようナガセ」
現在、タウンハウスの代わりにザイラスブルクが貸切っている王都の老舗ホテル。
エントランス横のラウンジでローザのお茶をいただいて待っていると、エーリクがキラキラやって来た。
キラキラ! ふわふわ! 眼福!
「おはようございます、エーリク」
今日はエーリクとお祭りに行く。すっごく楽しみにしてたんだ~! 嬉しい!
「カレン」
その後ろから軍服を着たレオニダスが現れた。
「レオニダスさま!今日は王城で合同訓練じゃないんですか?」
いつ見てもレオニダスの軍服姿は素敵!
「カレンの顔を見てから行こうと思ってな」
ちゅ、と頬にキスをくれる。
ひい、エーリクの前で恥ずかしいよ!
「俺には挨拶はなしか?」
腕の中に閉じ込められて耳元で囁かれる。いつものことだけどいつまでも慣れない。恥ずかしいんです!
今は人もいるし、だってそれにレオニダスは素敵だから!
「お、おはようございます」
軍服の胸に顔を埋めて小さく挨拶をする。エーリクの笑い声が聞こえた。
「伯父上、ナガセと出店や興行を見て来るだけですから」
「俺も行きたかったな」
「それはダメ」
ここまで一緒に来てくれたお義兄様が呆れた声で制止する。
「ちゃんと務めは果たしてよ。なんかもう既に時間押してるよ」
「分かっている」
はあ、と私の頭に顎を乗せてため息を吐く。
「夜は合流する。それまでは二人で楽しんでくれ」
「本当?」
ぱっと顔を上げると深い青の瞳がすぐそばにあって、瞳の中に私がいる。
「やっとこちらを見たな」
レオニダスが優しく目を細めて頬を撫でる。顔があっという間に熱くなった。
「はいはい、そこまでー」
お義兄様がヒョイっと私の肩を掴んでレオニダスから離した。
「アルベルト」
黒い気配を漂わせてレオニダスが唸り声を上げる。
「僕の義妹に不埒なことしないでくれる」
「不埒ってなんだ」
「大体さ、昨日の夜だって会ってるでしょ」
「昨日は昨日だ」
「伯父上、もう行かなければ」
エーリクが苦笑しながらそっと私の手を取った。
「ナガセの観たかった興行が始まってしまいます」
エーリク一番大人です。
「ああ…そうだな、また後で」
レオニダスはそう言ってもう一度私の頬にキスをすると、お義兄様に引き摺られるように出掛けていった。
ホテルは王都の中心部にあるので、このまま徒歩で散策する。
エーリクと並んで歩行者天国になっている道を進み、色んな出店を渡り歩いた。道化や道端で音楽を奏でる人、絵を描く人。家族連れも多く、みんな思い思いに楽しんでいる。
「中央の噴水広場を目掛けて花の山車が集まるんですよ」
護衛騎士が指差した先には、中央の噴水広場から放射線状に伸びた道に、花で飾られた大きな山車が何台も練り歩いている姿。山車の上には綺麗な衣装を纏った女性がベールを旗めかせながら色とりどりの花を周囲に撒いている。
「あの上の女性達は各地で選ばれた花の乙女という女性です。あれに選ばれるのは名誉なことなんですよ」
選ばれた女性の旅費や滞在費は全て国で負担するのだとか。それで王都に来れるんだから、みんな選ばれたいよね。
花の山車はぐるりと噴水を一周してまた街中へと戻っていく。山車の通った後は道に様々な花が落ちていて、それを拾って歩く子供達の姿も。
「ナガセ、こっち! 見て、すごく綺麗だよ」
エーリクに手を引かれて入った通りには色とりどりの花が屋根のように通りを覆い、藤棚のように垂れ下がってずっと続いていた。
「わあ、凄い素敵!」
日差しが差し込み鮮やかな色の花々が道に優しい影を作っている。出店もずっと奥まで並び、所々に食事をするスペースも設けられている。
「エーリク、朝ごはんは食べましたか?」
「うん、訓練の前に少し。でも今はこの匂いでお腹が空いてきたよ」
「じゃあ、何か食べましょう!」
今日の私たちはお祭りを歩くために軽装で来たから屋台で並んでいても不自然ではない。
エーリクは白いシャツにライトグレーの軽い上着を着て、ネイビーのゆったりしたパンツ。
私は薄い黄色のボートネックのピンタックブラウスに、カナリアイエローの張りのある生地で作られたIラインのミモレ丈のスカート。
ここ最近必然的に数が増えてきた帽子はストローハットにネイビーのリボンが巻かれている。
「ナガセ、これ」
エーリクが小さな花束を手渡してくれた。
「わあ! 可愛い!」
色とりどりの小さなブーケにネイビーのリボンが巻かれていて、今日の服に合わせたみたい。エーリクはブーケの中にあった黄色の花を一輪抜いて、帽子のリボンに刺してくれた。
エーリクってば! 紳士なんだから!!
私はお返しに、同じ花をエーリクの胸ポケットに刺した。
「ふふ、お揃いですよ」
エーリクは顔を真っ赤にして小さな声でありがとう、と呟いた。
私たちは壁沿いにある席を確保した。席の周囲には花が沢山飾られ、壁のように取り囲んでいる。
「何食べますか?」
「うーん、このいい匂いは何かな」
「串焼きですよ。ほら、あそこの家族も食べているものです。ああ、あのお肉いいですね!」
「ナガセはお腹が空いてるの?」
「はい!」
エーリクはクスクス笑って、僕もお肉が食べたいから、と一緒に並んで屋台の串焼きを沢山買った。
この量…と思っていると、護衛騎士にも手渡している。なんて優しさ!
護衛騎士は仕事中だから、とはじめは断っていたけれど、一緒にいるのに食べないなんて不自然だからとエーリクに言われ、困ったように眉を下げて笑いながら受け取った。
離れた場所で護衛している騎士にも後であげようね、とエーリクは初めての串焼きを頬張りながら楽しそうに笑う。
なんていい子なんだろう。
知ってたけど、エーリクのこの優しさはどこから来るのか。抱き締めてギューッとしたい気持ちを抑えて、でも我慢できずにエーリクのふわふわを撫でた。
「これ、食べづらいね」
「違いますよエーリク、これはね、こうして最初の一切れ目を食べたら……次はこう、はひっへ……ふらいほはへへ、」
「あははっ、ナガセ何言ってるのか分からないよ!」
「あっふ、あっふいんへふ……っ」
「齧り付いたらスライドさせるのね」
突然鈴のような可愛らしい声がすぐ側でした。
護衛騎士が私をグイッと引き寄せ声のした方…花の壁と私の間に入った。
ううん? 今の花の壁から声がした?
ガサガサと花の壁が揺れ小さな白い手が現れ、花を掻き分けて…女の子が現れた。
薄い藤色のクルクルふわふわした長い髪に、青灰色の大きな瞳。花の中に埋もれるようにその女の子は座っていて。
「………おやゆびひめ…」
「え、何?」
いや、なんでもないです、気にしないでエーリク…。
「君は何をしている」
護衛騎士が呆れた声を出しつつ、警戒は解かずに女の子に声を掛けた。何歳くらいだろうか。十三、四歳くらいかな。明らかに身なりが良く、高貴な身分の家の子に見える。
「………私の、護衛から隠れているのです」
ええ、ナニソレ……。何か厄介な匂いがするけども。
「あなた方も護衛をつけているという事は、この国の貴族なのでしょう」
「この国?」
エーリクが直ぐに反応した。
「私は……」
ぐううううっ、ぎゅるぎゅるぎゅるぎゅる……
「「…………」」
女の子の方から、盛大にお腹が鳴る音がした。
「……申し訳ありません…」
頬を染め俯く女の子。儚いおやゆびひめに見えるけど、お腹の音はえげつない。
「……食べますか?」
そっと護衛騎士越しに串焼きを手渡すと、小さな白い手で受け取って何の躊躇もなく齧り付いた。よっぽどお腹空いてたのね…。
花の中に埋もれながら串焼きに齧り付く儚い美少女。
なんか凄い……シュールな感じがする。
三人で女の子が食べるのをじっと見守り、護衛騎士が頃合いを見計らって女の子に問いかけた。
「そろそろお名前を伺っても? レディ」
護衛騎士はそっと自分のハンカチを女の子に手渡した。
女の子は小さくお礼を述べて口元を拭うと、姿勢を正し礼儀正しく名前を名乗った。
「私は、隣国より参りました、クラリッセ・スミュールと申します」
「「えっ!?」」
エーリクと護衛騎士が同時に声を上げた。
ん? 知ってる人?
「あの、いや……お待ち下さい、スミュール嬢……? 本当に?」
エーリクが混乱している。珍しい。
「あの……間違いでなければ、べアンハート殿下の婚約者、の?」
「はい……はい。べアンハート様をご存知ですか?」
こてん、と首を傾げる儚い美少女。
…………えっ!! べアンハートって、あのべアンハート!? 婚約者!?
私はエーリクと美少女……クラリッセの顔を何度も往復させた。
ええっ!?
えええっっ!?
クラリッセは花に囲まれたまま手を胸の前で組んだ。まるで一枚の絵画のように。
「お願いです、私をべアンハート様と会わせてください」
その手にはしっかりと次の串焼きが。
エーリクと私は、思わず顔を見合わせた。
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