49 / 89
第三章 祝祭の街
恋する二人
しおりを挟むエーリクと相談した結果、取り敢えず隣国の公爵令嬢を一人にしておけないと、エーリクと一緒にザイラスブルクの滞在ホテルに一旦戻ることにした。
それに、この小さな美少女から事情を聞かなければ。
どうやらべアンハート殿下を追って単身この国に来たらしいのだけれど、王城へ行っても門前払い。
確かに、いきなり隣国の貴族を名乗られても正式な通達なしで訪問などある筈がないと、信じて貰えないのは当たり前だと思う。
本物かどうか確かめる術が無いし。
それに。
聞いた話によると、べアンハート殿下は出会った瞬間に強烈な恋に落ちて隣国の公爵令嬢を口説き落としたとか、一時も離れたくないから帰国しないんだとか、早く結婚したいがために隣国で研究を続け結果を出して周囲を黙らせようとしているんだとか、とにかく熱愛の話ばかり聞く。
それがそのお相手……この美少女。
聞くとまだ十四歳だというし。しかも婚約したのは約一年前とかいうし。
小さくて可憐で可愛らしくて、ふわふわのお人形のようなこの美少女が熱愛相手って……隣国のモラルはどうなっているのか。
青髪メガ……べアンハート殿下に問い質したい。強く願う。
エーリクはホテルに戻るとすぐにレオニダスに遣いを出した。
ホテルのレストランに場所を移し、串焼きでは足りなかった美少女に食事を出して、エーリクと私はお茶をしながらぼんやりとその食事風景を眺めている。
護衛騎士も呆気に取られた表情で入り口からみつめている。
当たり前なんだろうけど、所作がとても美しい。洗練されていて指先まで神経が通っていて、だけど自然な美しさ。
でも今私たちが注目しているのはそこじゃない。
――いや、その食事の量よ。
うん、私も食べますよ。
結構食べる方だし、食べるの好きだから。そうなんだけどこの美少女の食べる量が凄い。すっごい食べる。
前の世界のテレビで見た大食いの女性を思い出すなぁ。
壁際に立っているビルとフィンが目をまん丸にして見つめてる。そうだよね、分かる、分かるよ。
一通り食べて満足したのか、美少女…クラリッセ・スミュール嬢はナイフとフォークを静かに置いた。
「……大変美味しかったですわ」
ハイ、それは良かったデス。
「あの…何故、護衛騎士をまこ…逃げようとなさっていたのでしょうか?」
エーリクが丁寧にスミュール嬢に問い掛けた。うん、まずはそこからね。
「私はべアンハート様にお会いしたくて、お父様にも黙ってここまでやって参りました。護衛騎士はそんな私を心配してついて来てくれましたが、結局べアンハート様にはお会いできないと分かり、すぐに帰国しようと」
うん、そうだね。そうなるよね。
「でも私はこのまま黙って帰国できないのです。それが出来るのなら…こんな、無謀な真似はいたしません」
うん、それはそうだけどね?
「べアンハート様と直接お話ししたいのです。あの方がどう思っているのか…」
「喧嘩でもされたのですか?」
「いいえ! ……いいえ、私たちは、殆ど顔を合わせたことがないのです」
???
ちょっと本当に意味が分からない。
えっと、どこから聞けばいいんだろう…? 顔を合わせてない? え、熱愛は? どこ行った?
「それでも私たちはお互いに何を考えているのか、何を思っているのか寸分違わず理解することができました。言葉はなくとも私たちは唯一無二、お互いを理解し合えたのです。でも…」
スミュール嬢の長い睫毛が伏せられ、ふるりと震えた。
「今は……分からないのです。あの方が何を思っているのか…」
その時、廊下がバタバタと騒がしくなった。
あ、既視感。
バァンッと勢いよく開け放たれた扉から、青髪メ…べアンハート殿下が飛び込んで来た。
「クラリッセ!!」
べアンハート殿下は真っ直ぐスミュール嬢のそばに駆け寄り、跪いて顔を覗き込んだ。
「べアンハート様、いけません、お立ちになって」
スミュール嬢は慌てて席を立ち、べアンハート殿下を立たせようとする。
「クラリッセ、ああすまない、手紙を出したんだが入れ違いになってしまったんだなまさか君がここまで来るとは思いもよらずいやしかし君のことに限って僕が間違える筈がないと自分を過信してしまっていたんだ僕は君よりずっと年上なのに情けない姿を見せてしまって不甲斐ないこんな男だがどうか許してほしい」
「べアンハート様に私はどうしてもお会いしてまずは謝りたかったのです私も自分のギフトを過信してべアンハート様が変わらず私の国に居てくださると信じて疑わなかったのですそれに年齢のことも決して黙っていたわけではないのですが段々私の年齢が子供すぎてべアンハート様には不釣り合いなのではないかと不安になってしまい言い出すことができないままでした大変申し訳ございません」
……唯一無二、ね、なるほど……。
スミュール嬢のさっきまでの話し方は外向きだったのかな。
「エーリク、分かります?」
「全然」
良かった、私だけじゃないみたい。
私たちはぼんやりと早口で捲し立てる二人を眺めていた。
なんか……よく分かんないけど仲直りできたのかな?
「べアンハート、お前…」
レオニダスとお義兄様が呆れた顔でやって来た。
「もうさ、王族なんだから弁えてくれないかな、本当警備とか大変なんだけど? 自由すぎない?」
その背後には見慣れない騎士服を着た汗だくの男性が二人と、同じく汗だくのお仕着せを着た女性が一人、息を切らせて立っている。
女性は青い顔で今にも倒れそう。
「分かり合えたようだな、ならもう帰れ」
心底面倒臭そうにレオニダスが言い放つけど、勿論そんな言葉は無視するべアンハート殿下。
「彼女は王城で泊まってもらうが準備が整うまでここで待機させてもらう。婚約おめでとうレオニダスそこの従者はもう従者ではないな見た目も他の人間が見て女性だと分かるじゃないかやっぱりこの間の僕のギフトは調子がわる」
「べアンハート」
レオニダスが手を挙げて制するとべアンハート殿下はピタリと口を閉ざす。わあ、やっぱり躾けてるのかな。凄い。
「帰れ」
「え! 何故!」
「何故そこで驚くのか分からん」
「このまま王城に行ってもまた彼女を待たせてしまうしその後ろのスミュールの騎士と侍女も大変疲れている様子だから君なら間違いなくここで休ませると思ったんだが間違えたのか私は!?」
「はいはい、じゃあそうしましょう。はい、君たち客室に案内してもらうといいよ、あとはこっちで警備するからね。あとほら、エーリクはこっちおいで、この人達と一緒にいてもね、仕方ないから」
お義兄様はパンッと手を打つとスミュールの騎士と侍女をビルとフィンに案内させ、エーリクの肩を優しく押して部屋を出て行った。
「じゃあレオニダス、後は任せたよ」
ああ、私のお祭り散策…
隣でレオニダスがため息とも唸り声ともつかない声を吐き出した。
34
お気に入りに追加
1,397
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!
未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます!
会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。
一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、
ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。
このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…?
人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、
魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。
聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、
魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。
魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、
冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく…
聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です!
完結まで書き終わってます。
※他のサイトにも連載してます
【R18】聖女のお役目【完結済】
ワシ蔵
恋愛
平凡なOLの加賀美紗香は、ある日入浴中に、突然異世界へ転移してしまう。
その国には、聖女が騎士たちに祝福を与えるという伝説があった。
紗香は、その聖女として召喚されたのだと言う。
祭壇に捧げられた聖女は、今日も騎士達に祝福を与える。
※性描写有りは★マークです。
※肉体的に複数と触れ合うため「逆ハーレム」タグをつけていますが、精神的にはほとんど1対1です。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました
indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。
逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。
一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。
しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!?
そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……?
元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に!
もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕!
【R18】純情聖女と護衛騎士〜聖なるおっぱいで太くて硬いものを挟むお仕事です〜
河津ミネ
恋愛
フウリ(23)は『眠り姫』と呼ばれる、もうすぐ引退の決まっている聖女だ。
身体に現れた聖紋から聖水晶に癒しの力を与え続けて13年、そろそろ聖女としての力も衰えてきたので引退後は悠々自適の生活をする予定だ。
フウリ付きの聖騎士キース(18)とはもう8年の付き合いでお別れするのが少しさみしいな……と思いつつ日課のお昼寝をしていると、なんだか胸のあたりに違和感が。
目を開けるとキースがフウリの白く豊満なおっぱいを見つめながらあやしい動きをしていて――!?
【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です
灰銀猫
恋愛
両親と妹にはいない者として扱われながらも、王子の婚約者の肩書のお陰で何とか暮らしていたアレクシア。
顔だけの婚約者を実妹に奪われ、顔も性格も醜いと噂の辺境伯との結婚を命じられる。
辺境に追いやられ、婚約者からは白い結婚を打診されるも、婚約も結婚もこりごりと思っていたアレクシアには好都合で、しかも婚約者の義父は初恋の相手だった。
王都にいた時よりも好待遇で意外にも快適な日々を送る事に…でも、厄介事は向こうからやってきて…
婚約破棄物を書いてみたくなったので、書いてみました。
ありがちな内容ですが、よろしくお願いします。
設定は緩いしご都合主義です。難しく考えずにお読みいただけると嬉しいです。
他サイトでも掲載しています。
コミカライズ決定しました。申し訳ございませんが配信開始後は削除いたします。
異世界転移したら、推しのガチムチ騎士団長様の性癖が止まりません
冬見 六花
恋愛
旧題:ロングヘア=美人の世界にショートカットの私が転移したら推しのガチムチ騎士団長様の性癖が開花した件
異世界転移したアユミが行き着いた世界は、ロングヘアが美人とされている世界だった。
ショートカットのために醜女&珍獣扱いされたアユミを助けてくれたのはガチムチの騎士団長のウィルフレッド。
「…え、ちょっと待って。騎士団長めちゃくちゃドタイプなんですけど!」
でもこの世界ではとんでもないほどのブスの私を好きになってくれるわけない…。
それならイケメン騎士団長様の推し活に専念しますか!
―――――【筋肉フェチの推し活充女アユミ × アユミが現れて突如として自分の性癖が目覚めてしまったガチムチ騎士団長様】
そんな2人の山なし谷なしイチャイチャエッチラブコメ。
●ムーンライトノベルズで掲載していたものをより糖度高めに改稿してます。
●11/6本編完結しました。番外編はゆっくり投稿します。
●11/12番外編もすべて完結しました!
●ノーチェブックス様より書籍化します!
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。