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第三章 祝祭の街
恋する二人
しおりを挟むエーリクと相談した結果、取り敢えず隣国の公爵令嬢を一人にしておけないと、エーリクと一緒にザイラスブルクの滞在ホテルに一旦戻ることにした。
それに、この小さな美少女から事情を聞かなければ。
どうやらべアンハート殿下を追って単身この国に来たらしいのだけれど、王城へ行っても門前払い。
確かに、いきなり隣国の貴族を名乗られても正式な通達なしで訪問などある筈がないと、信じて貰えないのは当たり前だと思う。
本物かどうか確かめる術が無いし。
それに。
聞いた話によると、べアンハート殿下は出会った瞬間に強烈な恋に落ちて隣国の公爵令嬢を口説き落としたとか、一時も離れたくないから帰国しないんだとか、早く結婚したいがために隣国で研究を続け結果を出して周囲を黙らせようとしているんだとか、とにかく熱愛の話ばかり聞く。
それがそのお相手……この美少女。
聞くとまだ十四歳だというし。しかも婚約したのは約一年前とかいうし。
小さくて可憐で可愛らしくて、ふわふわのお人形のようなこの美少女が熱愛相手って……隣国のモラルはどうなっているのか。
青髪メガ……べアンハート殿下に問い質したい。強く願う。
エーリクはホテルに戻るとすぐにレオニダスに遣いを出した。
ホテルのレストランに場所を移し、串焼きでは足りなかった美少女に食事を出して、エーリクと私はお茶をしながらぼんやりとその食事風景を眺めている。
護衛騎士も呆気に取られた表情で入り口からみつめている。
当たり前なんだろうけど、所作がとても美しい。洗練されていて指先まで神経が通っていて、だけど自然な美しさ。
でも今私たちが注目しているのはそこじゃない。
――いや、その食事の量よ。
うん、私も食べますよ。
結構食べる方だし、食べるの好きだから。そうなんだけどこの美少女の食べる量が凄い。すっごい食べる。
前の世界のテレビで見た大食いの女性を思い出すなぁ。
壁際に立っているビルとフィンが目をまん丸にして見つめてる。そうだよね、分かる、分かるよ。
一通り食べて満足したのか、美少女…クラリッセ・スミュール嬢はナイフとフォークを静かに置いた。
「……大変美味しかったですわ」
ハイ、それは良かったデス。
「あの…何故、護衛騎士をまこ…逃げようとなさっていたのでしょうか?」
エーリクが丁寧にスミュール嬢に問い掛けた。うん、まずはそこからね。
「私はべアンハート様にお会いしたくて、お父様にも黙ってここまでやって参りました。護衛騎士はそんな私を心配してついて来てくれましたが、結局べアンハート様にはお会いできないと分かり、すぐに帰国しようと」
うん、そうだね。そうなるよね。
「でも私はこのまま黙って帰国できないのです。それが出来るのなら…こんな、無謀な真似はいたしません」
うん、それはそうだけどね?
「べアンハート様と直接お話ししたいのです。あの方がどう思っているのか…」
「喧嘩でもされたのですか?」
「いいえ! ……いいえ、私たちは、殆ど顔を合わせたことがないのです」
???
ちょっと本当に意味が分からない。
えっと、どこから聞けばいいんだろう…? 顔を合わせてない? え、熱愛は? どこ行った?
「それでも私たちはお互いに何を考えているのか、何を思っているのか寸分違わず理解することができました。言葉はなくとも私たちは唯一無二、お互いを理解し合えたのです。でも…」
スミュール嬢の長い睫毛が伏せられ、ふるりと震えた。
「今は……分からないのです。あの方が何を思っているのか…」
その時、廊下がバタバタと騒がしくなった。
あ、既視感。
バァンッと勢いよく開け放たれた扉から、青髪メ…べアンハート殿下が飛び込んで来た。
「クラリッセ!!」
べアンハート殿下は真っ直ぐスミュール嬢のそばに駆け寄り、跪いて顔を覗き込んだ。
「べアンハート様、いけません、お立ちになって」
スミュール嬢は慌てて席を立ち、べアンハート殿下を立たせようとする。
「クラリッセ、ああすまない、手紙を出したんだが入れ違いになってしまったんだなまさか君がここまで来るとは思いもよらずいやしかし君のことに限って僕が間違える筈がないと自分を過信してしまっていたんだ僕は君よりずっと年上なのに情けない姿を見せてしまって不甲斐ないこんな男だがどうか許してほしい」
「べアンハート様に私はどうしてもお会いしてまずは謝りたかったのです私も自分のギフトを過信してべアンハート様が変わらず私の国に居てくださると信じて疑わなかったのですそれに年齢のことも決して黙っていたわけではないのですが段々私の年齢が子供すぎてべアンハート様には不釣り合いなのではないかと不安になってしまい言い出すことができないままでした大変申し訳ございません」
……唯一無二、ね、なるほど……。
スミュール嬢のさっきまでの話し方は外向きだったのかな。
「エーリク、分かります?」
「全然」
良かった、私だけじゃないみたい。
私たちはぼんやりと早口で捲し立てる二人を眺めていた。
なんか……よく分かんないけど仲直りできたのかな?
「べアンハート、お前…」
レオニダスとお義兄様が呆れた顔でやって来た。
「もうさ、王族なんだから弁えてくれないかな、本当警備とか大変なんだけど? 自由すぎない?」
その背後には見慣れない騎士服を着た汗だくの男性が二人と、同じく汗だくのお仕着せを着た女性が一人、息を切らせて立っている。
女性は青い顔で今にも倒れそう。
「分かり合えたようだな、ならもう帰れ」
心底面倒臭そうにレオニダスが言い放つけど、勿論そんな言葉は無視するべアンハート殿下。
「彼女は王城で泊まってもらうが準備が整うまでここで待機させてもらう。婚約おめでとうレオニダスそこの従者はもう従者ではないな見た目も他の人間が見て女性だと分かるじゃないかやっぱりこの間の僕のギフトは調子がわる」
「べアンハート」
レオニダスが手を挙げて制するとべアンハート殿下はピタリと口を閉ざす。わあ、やっぱり躾けてるのかな。凄い。
「帰れ」
「え! 何故!」
「何故そこで驚くのか分からん」
「このまま王城に行ってもまた彼女を待たせてしまうしその後ろのスミュールの騎士と侍女も大変疲れている様子だから君なら間違いなくここで休ませると思ったんだが間違えたのか私は!?」
「はいはい、じゃあそうしましょう。はい、君たち客室に案内してもらうといいよ、あとはこっちで警備するからね。あとほら、エーリクはこっちおいで、この人達と一緒にいてもね、仕方ないから」
お義兄様はパンッと手を打つとスミュールの騎士と侍女をビルとフィンに案内させ、エーリクの肩を優しく押して部屋を出て行った。
「じゃあレオニダス、後は任せたよ」
ああ、私のお祭り散策…
隣でレオニダスがため息とも唸り声ともつかない声を吐き出した。
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