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始末?②

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 次の日。
 バレンティナとアリーチャはサロンで合流。しばらく2人で話すからと、昨日と同じく従者を店の外で待たせた。まとまった金のない2人だったため、何も出来ないだろうと、従者は外の馬車で待機した。1人だけ、バレンティナのメイドだけが、付いた。このメイド、手癖が悪く、以前よりバレンティナと気が合うため、今回の件に手を貸している。報酬はもちろんバレンティナがくすねた宝飾品だ。
「アリーチャは何を持ってきた?」
「指輪よ。持ち出せるサイズだし」
 ポケットから取り出し、それぞれ家から持ち出した宝飾品をテーブルに出す。
 バレンティナはムーンストーンの指輪、アメジストのブローチ、ラピスラズリの指輪、ターコイズと水晶のブローチ。アリーチャはターコイズの指輪、ペリドットの指輪、オパールの指輪、トパーズの指輪だ。みんな少しデザインは古い。使われることなく宝石箱に眠っていた宝飾品だ。
「これだけあれば、いいわよね?」
 少しアリーチャが不安そうだ。昨日、ウルガー三兄弟から手酷く言い返され、今回の件に不安を感じていた。だが、怒り心頭のバレンティナの前で引くに引けないし、自分もあの三兄弟にいらついたから。アリーチャは気を引き締める。
「大丈夫よ、あんな女、これくらいの価値もないわ。さあ、行きましょう。この部屋3時間しか借りれないから」
「分かった」
 とりあえず、部屋にいたという手前で、軽食とお茶を注文し、来たのを確認して部屋を出る。
 そして、VIP用の裏口から出た。このサロンはバレンティナのナージサ侯爵が経営しているため、使い放題だ。
 すぐにメイドが馬車を捕まえる。代金はアメジストのブローチを渡すと、御者は快く往復をかってくれた。
 3人を乗せた馬車を、遥か上空、一匹のフクロウが旋回し、その馬車に一匹の蛇が音もなく屋根に登っていった。
 3人は馬車内でフードの付いたケープを羽織る。暑いが仕方ない。少し寂しい通りに入り、止まる。
 顔を隠した3人は教えられた場所まで徒歩で移動し到着。
 以前、仕事依頼したアリーチャの伯爵家のメイド長からの紹介と言うと、すぐに通される。山積みの書類が所狭しと並ぶ小さな部屋。
「狭いわね」
「こんなもんですよお嬢様、因みに出涸らし茶が出たらいいほうです」
 悪態をつくバレンティナに、メイドのモノアは告げる。
 直ぐに特徴のない中年男、闇ギルドマスターが出てきた。
「ウルガー伯爵家のメイド長からのご紹介だと。当ギルドにどのようなご依頼で?」
「ある女を強姦して欲しいのよ」
「………………は?」
 バレンティナの言葉に闇ギルドマスターは間抜けな声を出す。
「だから、ある女を強姦してって言ってるの」
「………………はあ、そういう事は他所をあたってくれ。うちはそういった類いは一切受けない」
 呆れたように闇ギルドマスターが突っぱねる。
「何を言ってるのっ? 私達がわざわざこんな汚い所まで来てやってるのにっ」
 バレンティナが癇癪のように声をあげる。
「金さえ払えばなんだって汚い仕事をするような底辺な連中がっ、私に口答えをするなんて、なんと無礼なっ」
「確かにうちは底辺の闇ギルドですよ。お宅様がどちらか知りませんし、俺達は後ろ指さされるような稼業だが、女に手を出すような最底辺なことはしない。これは底辺のプライドだ」
 暗に帰れと、闇ギルドマスターが顎をしゃくる。
「確か、ウルガー伯爵家のメイド長の紹介でしたね? ちょっと探ればあんた達の事なんて直ぐわかる。それをどう使われるのが嫌ならとっととお帰りください」
 さっ、とアリーチャの顔が青ざめる。
「考え直せば黙っておいてやる」
 バレンティナは荒々しく立ち上がり、アリーチャとモノアを伴い部屋を出て、建物を出た。その直ぐ後ろに、蛇が建物の隙間から出て、物陰に入り込む。
「ふざけるんじゃないわよっ、たかが、女1人もどうにかならないなんてっ。ちょっと痛い目に遭わせるだけすら出来ないわけっ」
 最高に腹がたったバレンティナが地面を蹴る。今まで自分の思い通りにいろんな事が回っていた。それはすべて自分だから、ナージサ侯爵の令嬢だから、貴族の中でも選ばれた人種なのだからとたかをくくっていたバレンティナにとって、こうも上手く事が進まないのは生まれてはじめてであり、激しい怒りを覚えた。すべてはあのテイマー女に起因している。バレンティナの怒りの矛先は、すべて優衣に向かっていた。
 バレンティナの、矯正できない考え違い。今まで上手くいっていたのは単に運が良かったのと、侯爵家が隠れて尻拭いをしていただけ。ナージサ侯爵の両親は、どれだけバレンティナの為に動いたか本人に説明しなかった。いつか気付くと思い、自分の娘の考え違いを指摘せずに放置した結果がこうだ。
 貴族だから許される、侯爵だから許される、すべて自分の思い通り。凝り固まった貴族意識を増長させたバレンティナは暴走していた。
「お嬢様、相手が悪いですよ。あの化け物に気付かれずにそのテイマーに近付くなんて、考えたら不可能じゃないです?」
 モノアがバレンティナに告げるが聞いてない。ただ、アリーチャだけはそうね、と呟く。もし自分があのテイマー女に何かしようとしているとばれたら、と少し恐怖を覚えだした。あのダイチ・サエキが後見人であるのもそうだが、昨日のウルガー三兄弟の冷たい目が、脳裏に甦る。ふかふかの真綿にくるまって苦労知らずに育ったアリーチャは、生き死にを身近に感じて生きていたあの三兄弟の迫力に今更恐怖を覚えだした。久し振りに会った従姉妹を見る目ではない。ゴミを見るような目。かつて自分が色んな人達を見下したように。
「ねえ、バレンティナ…………」
 止めない? そう言葉にしようとして、アリーチャの言葉は遮られる。
「そうだわ、あの女の親を狙えばいいのよ。あの女に化け物が付いてるけど、親にはいないはず。だったら、あの女が離れている所を狙えばいいのよ。そうよ、それが簡単よ」
「バ、バレンティナ、どうしたの? 何をするの?」
「アリーチャ、簡単なことよ。あのテイマー女を精神的に痛め付けるのよ。あの女の親を狙えばいいのよ、殺せばいいのよ」
 バレンティナの出てきた言葉に、アリーチャは絶句する。
「こ、殺すって、貴女本気なの?」
「そうよ。別に平民が暴漢に襲われるなんて日常茶飯事でしょ? 私達がいるのは首都よ、ばれやしないわ」
 アリーチャは果たしてそうだろうか、と思う。もし、あのテイマー女の両親を殺せば、それですむ?
 脳裏に嘆き悲しむテイマー女の向こうで、あの二匹の従魔が咆哮を上げた気がした。次の瞬間、自分の手足を食いちぎられるような気がした。それはあながち間違いではない。あの2体が絶対に黙っていないはずだし、あのユリアレーナのご意見番のダイチ・サエキの目をすり抜けられる気がしない。昨日、サロンでウルガー三兄弟にアプローチしている時点で、いや、それ以前から目をつけられているはずだ。
「お嬢様、過激じゃないです? ちょっと転ばして骨折くらいにしません? 何かあってバレたら、お嬢様だってタダではすみませんよ」
 モノアが妥協案のような発言をする。
「うるさいわねっ、メイドの癖に口答えするんじゃないわよっ」
 はいはい、と肩をすくめるモノア。
 アリーチャは震えがきた。もし、あのテイマー女が怒れば、守ってくれるのは誰だ? 国? 家族? 従兄弟のウルガー三兄弟? 絶対に味方に付いてくれない。
 アリーチャは漸く自分達が、何をしているか、誰を相手にしているか、腹の底から恐怖として沸き上がってきた。
 そう考えていると、横の路地から声をかけられる。
「お嬢さん方、ずいぶんお困りのようですねえ。私でよければ、力になりましょうか? これはかかりますが、ね」
 日陰に隠れて、良く見えないが、背の低い男が、声をかけてきた。
 
「ウルガー伯爵令嬢は引きましたか」
 貴族街の小さな屋敷。サエキが従魔からの報告を受ける。
 ダイチ・サエキの従魔はフクロウ。そう認識されているが、他にもいる。このズラリとならぶ十匹の蛇達だ。この蛇達は表には決して出ず、裏方に徹している。主に諜報活動が主だ。因みに毒蛇。
 あの後、声をかけてきた人物の話に食いついたバレンティナ。報酬が手持ちの宝飾品では、とてもじゃないが足りないといわれ、すぐに後日、話し合う日を取り付けた。
 だが、サロンに帰ってから、黙っていたアリーチャが恐怖に勝てずにバレンティナに言った。
「ごめんなさいバレンティナ、怪我くらいならいいかと思ったけど、殺すのだけは賛同出来ないわ」
「何を言ってるの? 相手ははいて捨てるほどいる平民よ?」
「それでも嫌なのっ」
 アリーチャは金切り声をあげる。そして家から持ち出した指輪を出し、自分が身に付けていたカメオとピアスを外す。
「とにかく嫌なのっ。考え直してっ、殺人よっ。タダじゃすまないわよっ。怪我くらいとは比べられないのよっ。これあげるから、怪我くらいにしてっ。これ以上は関われないからっ」
 そう言って、アリーチャは逃げるように部屋を出ていった。
「ふん、怖じ気づいて、情けない」
 あれが普通の反応ですよ、とモノアが小さく呟いた。
 サエキは今日のやり取りをあちこちで盗み聞いていた蛇達により全て聞いた。
「さて、あのナージサ侯爵の娘を引き続き見張ってください」
 二匹の蛇が、するすると通気孔から出ていく。
「やはりフェリクスを送り出して良かった。彼なら闇ギルドの一つや二つ壊滅させられますし、ね。あの令嬢は泳がせて、どうしましょうかね。ただ時期が悪い」
 フェリアレーナ王女の輿入れ。
 三度目の正直だ。なんの憂いなく、送り出したい。
 それからだ。
「ウルガー本家には、関わりたくはないが」
 サエキのたった一人の孫娘ヘルミーナが嫁いだのは、分家だったのと、色々立場があり、本家とはあまり関係を持たないようにしていた。
 だが、今回の件は有耶無耶に出来ない。
 自分が後見人をしてはいるが、いかにも善良な一般人の家族が、醜い貴族意識に潰されていくのは見たくない。長く生きてきて、嫌と言うほど見てきた。
 問題だらけの鼻持ちならない侯爵令嬢と、優衣一家を天秤にかけるとどうなるか分かりきったことだ。
 優衣一家がいままでしてきたことは、多額の寄付、ドラゴン、小児用の薬、孤児院再建、毎週景子が行っている炊き出し、転移門献上、そして無償でのフェリアレーナ王女の護衛。
 どちらに傾くかは分かりきっている。
 あの侯爵令嬢は泳がせて、まずは最後に怖じ気づいた本家の令嬢だ。下手をしたら、かわいい孫娘ヘルミーナが嫁いだ分家に火の粉が飛ぶ。それにウルガー三兄弟は、サエキにとっては大切なひ孫だ。
 サエキは出掛ける支度をした。
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