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始末?①
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アリーチャは一瞬悩んだが、バレンティナの言うことに賛同した。
伯爵家の娘であるにもかかわらず、公衆の面前で地面に押さえつけられ、失礼なギルド連中から嫌みを言われ、挙げ句に気絶させられた。
十分に、あのテイマー女を罪に問えるのに、行わないのは、あの化け物達がいるからだ。だから、あのテイマー女の機嫌を損なわない為に自分達が、あんな恥を晒すようなことになった。冒険者ギルドカードまで止められて、どれだけ迷惑したか。
すべて、身から出た錆だが、バレンティナもアリーチャもそう思っていない。
冒険者をするなら爵位はないもの、そして貴族を名乗るなら冒険者としては認められない。2人は完全に勘違いしていた。自分達は、高貴な身分にありながら冒険者をしているのだと、根本的に勘違いしていた。
だが、マーファで4人が行った事は、冒険者としてではない、貴族の女性として家名を陥れるような事をしていた。ギルドから注意のいっていた人物の悪評を流し、吹き込み、あちこちで業務妨害に発展。苦情が来て、実際の被害届も出されたが、歯牙にもかけない。その内示談となったからだ。
ほら、やっぱり。高貴な身分は、何をしても、向こうが最後は引くのだ。
ただ、裏で4人の実家がありとあらゆる伝手をつかい、謝罪の書簡を送り、賠償金を支払い、駆け回った結果だ。その苦労を4人は知らない。
いや、今知らないのは、この2人だけ。ロベルタはとうとう実家に見限られ、ヴェンダはこれ以上の迷惑をかければ除籍し、無一文で放り出すとまで言われた。このサロンに来たのは、最後の挨拶、決別しに来ただけだ。
そんな事は、露知らず。
バレンティナとアリーチャは悪態をつく。
あのテイマー女のせいだ。あのテイマー女のせいだ。
「アリーチャ、明日にでもその闇ギルドに行ける?」
「いいわ、適当な理由で聞いておくから。ただ、報酬をどう払うかよ。身分証はあるけど、たいした額入れてくれてないのよ」
「アリーチャもなの? 私もよ、たった2万しか入れてくれないのよ。全くあのハゲとババアの差し金だろうけど」
基本的に貴族の支払いは確認のみで、支払いするのはおつきの従者だ。そのおつきの従者に多額の金を予め渡していないことを通達されている。そして家名を使用した信用買いは出来ないように、身分証に細工されている。
「報酬ね。あ、そうだわ、ババアがタンスの肥やしにしている宝石類を、それにしましょう。どうせ一つくらい無くなっても気がつかないわよ」
「そうね。タンスや引き出しの奥を探せば、あるわね。指輪なんてなん十個もあるから。でも、あまり高価なものは避けた方がいいわ。出所探られたら面倒だし」
「そこそこのってやつね。分かったわ」
バレンティナとアリーチャは明日の約束をしてサロンの個室を出た。
出てすぐ、足を止めた。
別の個室から、3人の男性が出てきたからだ。普通なら軽く会釈して通りすぎるが、思わず止まった。
「エドワルド、お前の元気な顔を見れて嬉しいが、たまに母上に手紙の一つは出さんか」
「気を付けます。アルベルト兄さん」
「そろそろお前もいい歳だ。身を固めて、母上に孫の一人も抱かせてやらんか。出来れば可愛い女の子で」
「オスヴァルト兄さん、それ、余計なお世話ですよ。なぜ女の子なんです」
「「うち男系だから」」
「アルベルト兄さんが頑張ればいいでしょうがっ。オスヴァルト兄さんだって後妻を」
「何を言うかエドワルドッ。我が妻がもういくつだと思っているのだっ。だいたいな、出産は高齢になるとリスクが高いのだぞっ。確かにマーサも女の子を欲しがったが、こればかりは仕方ないだろうっ」
「俺は後妻はいらん。ミミヤ一筋だ」
「あのですね…………」
黒髪のごつい男3人がコントをしていた。
そう、3人の男。アリーチャのウルガー伯爵家の分家、ウルガー子爵家が誇る三兄弟だ。アリーチャの従兄弟になる。
長男アルベルトは元白騎士団出身という異色の経歴を持つ文官。次期宰相候補と呼ばれる程優秀。白髪が混じりだした黒髪で、元騎士ではなく、現役と間違われるほどガタイがいい。ウルガー子爵家当主。
次男オスヴァルト。王国赤騎士団准将。現在准将の位置にいるが、将軍確実とされている。その実力は騎士団で勝てるものはいないと詠われている。妻に先立たれた為、現在後妻にとあちこちから話が来るが突っぱねている。
三男エドワルド。ユリアレーナ最強のSランク冒険者。貴族はめんどくさいと成人後、王立学園高等部を進学せず卒業して冒険者に。こちらは独身、首都にいると見合い見合いとうるさいため寄り付かない。
そしてこの三兄弟の曾祖父があのダイチ・サエキ。母親のヘルミーナはダイチ・サエキのたった一人の孫娘。因みに、ヘルミーナも元冒険者でSランクの女傑。どうやって亡き父親が口説き落としたか、三兄弟は知らない。
アルベルトとオスヴァルトには子供はいるが、全員男児。
3人が並ぶと、威圧感を感じる。全員とにかくガタイがいい。
アルベルトが頭一つ背が低く、小さく見えるが、オスヴァルトとエドワルドが長身なだけ。
ユリアレーナでも有名なウルガー三兄弟が揃うのは、本当に希だ。長男、次男とも職務が忙しく、三男は冒険者。滅多に揃わない。
だが、チャンスだ。
コントはいいが、バレンティナはアリーチャに目配せする。
こいつらに、アプローチしろ、と。
す、とアリーチャは進み出る。
「御話し中失礼します。アルベルト様、オスヴァルト様、エドワルド様。ご無沙汰しております、アリーチャでございます」
アリーチャはドレスの裾を摘まんで挨拶する。後ろでバレンティナも同じ様な動作。
「ああ、本家のアリーチャ嬢。お久しぶりでございます。本家の皆様はお変わりありませんか?」
答えたのはアルベルトだ。
「そう思いますが、なかなか職務でお会いできず、心配しております」
上っ面で心配している表情をするアリーチャ。
「何か我らに?」
アルベルトが先に聞く。
もちろん、アリーチャやバレンティナが起こしたマーファの騒動を把握した上での問いだ。
「はい、実は私達、マーファでそれは酷い目に遭いまして…………」
内容を脚色して、大袈裟に話す。
他愛もない話を業務妨害だと訴えられた事、屋台街で吊し上げられた事、地面に叩きつけられた事、冒険者資格剥奪されたことなど、いかにも被害者ぶって話した。
「私はまだお父様にお会いできていませんので、我がウルガー伯爵家の考えは分かりかねます。しかし、友人のバレンティナ様は酷く叱責されているのです。相手はあのテイマーです。サエキ様が後見人をされているので、被害者であるバレンティナ様がご両親に酷く叱責されています。でも、私達はなんの事だか、さっぱりなのです」
「それは大変でしたね。我がウルガー子爵家も対応を考えなくてはいけませんね」
よし、上手くいく、そうアリーチャとバレンティナの内心でほくそ笑む。
だが、次にアルベルトから出たセリフに、アリーチャは絶句する。
「我がウルガー子爵家と、ご本家との関係を考え直さなくてはなりませんな。まさかと思いますがアリーチャ嬢、我らにかのテイマー殿を断罪させようとしておりませんか? そのような事、我らがするとでも? 我らが敬愛する曾祖父が唯一後見人と名乗った人物に敵対するわけないでしょう。王家からも伝達が行くような人物に? あり得ないですよね?」
アルベルトが一気にいい放つ。
「我らが、何も知らないとでも思っていませんか? 確か、貴女方は4人で行動していましたね。2人はどうしました? いや、聞く必要ないでしょう。それぞれの家で厳しい対応をされているはず。ここで呑気に被害者面している、全く事態を把握していない、浅慮過ぎる発言、貴族としての自覚も配慮もありませんね」
「無礼者っ、子爵風情がっ」
後ろにいたバレンティナが金切り声を上げる。
「分家の子爵が、本家の令嬢に対してなんと無礼なっ、恥をしれっ」
その声に、エドワルドが嫌そうに顔をしかめる。こら、とオスヴァルトが注意する。
「少し咎められただけでこの様に感情を剥き出しにするとは、底がしれますよ」
アルベルトが表情一つ変えず答える。子爵当主が、伯爵や侯爵の令嬢に対しての態度ではないが、アルベルトは年長者であり、相応の地位がある。何より、マーファでの一件でどれほどそれぞれの家が迷惑を被ったか、それをアルベルトは宰相の身近にいて知っていた。憐れなほどやつれて帰っていった当主と夫人達。彼らをそうした原因は、目の前にいるのに、この2人の態度はない。改めるかと思ったら、逆ギレしてる。
「アリーチャ、行きましょうっ」
バレンティナがいきり立って、アリーチャを連れて行く。
黙って見送る三兄弟。
「噂に勝るバカ娘ですね」
オスヴァルトが肩をすくめる。
「まったく、フェリアレーナ様の輿入れを控えているのに。王太后様、カトリーナ様とエレオノーラ様がどれだけご心痛を抱えているか」
首を振るアルベルトに、オスヴァルトが告げる。
「兄上、私はこれから騎士団に参ります。今なら本家の当主がいるはず。エドワルド、せっかく帰って来たのにすまんな」
「いや、私が行こう。分家当主の私が話をしないといかんだろう」
黙っていたエドワルドが口を開く。
「俺はひいお祖父様の元に行きます。あの女、何かやらかしますよ。何か手を打たないと、うちにも飛び火しそうですから」
「「…………………………」」
アルベルトとオスヴァルトが、すーっと距離を取る。
「どう思う弟よ?」
「兄よ、末弟は、何か消化不良を起こすような物を食べたんですよ」
「なるほど、そうか。そうだな。あのエドワルドが家の心配など」
「そうですよ。きっと腹痛寸前なんですよ」
こそこそ。
「言いたい放題ですね」
「しかしエドワルドよ、どうしたのだ? 連絡も寄越さずに、あれだけ貴族を嫌がっていたのに」
距離をおいたアルベルトが訝しげに聞く。エドワルドは窮屈だからと、家を飛び出したのは20年近く前。2、3回手紙が来たが、いかにも書かされました、みたいな手紙のみ。それ以外音沙汰ないと思ったら、いつの間にかSランク冒険者になっていた。先日グーテオークションでひょっこり帰って来た。
連絡も寄越さずに。
「手紙を寄越さなかったのは反省してます」
「「今更?」」
ハモるアルベルトとオスヴァルト。
ため息をつくエドワルド。
「俺も家を出てから大人になりました。うちに何かあれば母や義姉さんや兄さん達の息子達が大変でしょう?」
まあ、そうだな。と頷く兄2人。
「とにかくひいお祖父様の元に参りますので」
「分かった、オスヴァルトも行きなさい。例の件は私が断りを入れておく」
「いいえ、私が直接伝えます」
「そうか、分かった」
三兄弟はそれぞれ行動を始めた。
オスヴァルトとエドワルドはダイチ・サエキに面会に行き、サロンであったことを説明。
サエキはひ孫達を前にしてため息。
「分かりました。わざわざありがとうございます。はあ、各家で対応をするように圧をかけたのに。オスヴァルト、彼女は秋のグーテオークションにこちらに来ます。あの従魔達をすり抜けて彼女に接近など不可能でしょうが、念には念を入れて、警備を」
「はい、ひいお祖父様」
「エドワルド、貴方には悪いですがすぐに首都を出なさい。ああいった輩は思わぬ行動に出ます。Sランクだからといって、妙な指名依頼を出しかねません」
「まさか、俺にあの従魔をどうにかしろ、と?」
あの2体に遭遇した時、興味津々に匂いを嗅がれて、生きた心地がしなかった。いくらユリアレーナ最強と言われても、あの2体を前に手も足も出ない、エドワルドはそう直感していた。
「そうです。過去にも似たような依頼をだしたバカを何度も見てきましたからね。後はマーファに残される彼女の両親を守らなければ」
ふう、と息をつくサエキ。
「ひいお祖父様、マーファにいる彼女の両親をですか?」
「仮定の話ですが、もし彼女に手を出せないと分かれば、次に考える手段として大事な人をキズつけるでしょう。つまり、弟か両親です。弟は姉と共に行動することが多い。従魔が近くにいるなら、手を出せない。と、なれば、高齢の両親を狙うはず。すべて懸念に終われば取り越し苦労になりますが、そちらの方がどれほどいいことか。しばらくあの2人には私の従魔達で監視させます」
「ひいお祖父様、俺がマーファに行きましょうか?」
「いや、彼女の両親は一般人。余計な護衛をつけたら、すぐに彼女にもばれます。できれば、こう言った汚い事を彼女に知られたくありません。貴方は顔が怖いですからね」
「余計ではありません? それ、余計でないです? この顔は生まれつきです」
「ああ、私の可愛いヘルミーナの面影すらない」
ウルガー三兄弟は見事に全員父親似だ。
ちょっといらっとするひ孫達。
「それに、適材適所です。丁度いい人材がいます。彼に依頼します。経験も豊富ですからね」
懸念で終わればと思ったが、結局、懸念は現実となる。
それは秋のグーテオークション、1ヶ月半前の話。
伯爵家の娘であるにもかかわらず、公衆の面前で地面に押さえつけられ、失礼なギルド連中から嫌みを言われ、挙げ句に気絶させられた。
十分に、あのテイマー女を罪に問えるのに、行わないのは、あの化け物達がいるからだ。だから、あのテイマー女の機嫌を損なわない為に自分達が、あんな恥を晒すようなことになった。冒険者ギルドカードまで止められて、どれだけ迷惑したか。
すべて、身から出た錆だが、バレンティナもアリーチャもそう思っていない。
冒険者をするなら爵位はないもの、そして貴族を名乗るなら冒険者としては認められない。2人は完全に勘違いしていた。自分達は、高貴な身分にありながら冒険者をしているのだと、根本的に勘違いしていた。
だが、マーファで4人が行った事は、冒険者としてではない、貴族の女性として家名を陥れるような事をしていた。ギルドから注意のいっていた人物の悪評を流し、吹き込み、あちこちで業務妨害に発展。苦情が来て、実際の被害届も出されたが、歯牙にもかけない。その内示談となったからだ。
ほら、やっぱり。高貴な身分は、何をしても、向こうが最後は引くのだ。
ただ、裏で4人の実家がありとあらゆる伝手をつかい、謝罪の書簡を送り、賠償金を支払い、駆け回った結果だ。その苦労を4人は知らない。
いや、今知らないのは、この2人だけ。ロベルタはとうとう実家に見限られ、ヴェンダはこれ以上の迷惑をかければ除籍し、無一文で放り出すとまで言われた。このサロンに来たのは、最後の挨拶、決別しに来ただけだ。
そんな事は、露知らず。
バレンティナとアリーチャは悪態をつく。
あのテイマー女のせいだ。あのテイマー女のせいだ。
「アリーチャ、明日にでもその闇ギルドに行ける?」
「いいわ、適当な理由で聞いておくから。ただ、報酬をどう払うかよ。身分証はあるけど、たいした額入れてくれてないのよ」
「アリーチャもなの? 私もよ、たった2万しか入れてくれないのよ。全くあのハゲとババアの差し金だろうけど」
基本的に貴族の支払いは確認のみで、支払いするのはおつきの従者だ。そのおつきの従者に多額の金を予め渡していないことを通達されている。そして家名を使用した信用買いは出来ないように、身分証に細工されている。
「報酬ね。あ、そうだわ、ババアがタンスの肥やしにしている宝石類を、それにしましょう。どうせ一つくらい無くなっても気がつかないわよ」
「そうね。タンスや引き出しの奥を探せば、あるわね。指輪なんてなん十個もあるから。でも、あまり高価なものは避けた方がいいわ。出所探られたら面倒だし」
「そこそこのってやつね。分かったわ」
バレンティナとアリーチャは明日の約束をしてサロンの個室を出た。
出てすぐ、足を止めた。
別の個室から、3人の男性が出てきたからだ。普通なら軽く会釈して通りすぎるが、思わず止まった。
「エドワルド、お前の元気な顔を見れて嬉しいが、たまに母上に手紙の一つは出さんか」
「気を付けます。アルベルト兄さん」
「そろそろお前もいい歳だ。身を固めて、母上に孫の一人も抱かせてやらんか。出来れば可愛い女の子で」
「オスヴァルト兄さん、それ、余計なお世話ですよ。なぜ女の子なんです」
「「うち男系だから」」
「アルベルト兄さんが頑張ればいいでしょうがっ。オスヴァルト兄さんだって後妻を」
「何を言うかエドワルドッ。我が妻がもういくつだと思っているのだっ。だいたいな、出産は高齢になるとリスクが高いのだぞっ。確かにマーサも女の子を欲しがったが、こればかりは仕方ないだろうっ」
「俺は後妻はいらん。ミミヤ一筋だ」
「あのですね…………」
黒髪のごつい男3人がコントをしていた。
そう、3人の男。アリーチャのウルガー伯爵家の分家、ウルガー子爵家が誇る三兄弟だ。アリーチャの従兄弟になる。
長男アルベルトは元白騎士団出身という異色の経歴を持つ文官。次期宰相候補と呼ばれる程優秀。白髪が混じりだした黒髪で、元騎士ではなく、現役と間違われるほどガタイがいい。ウルガー子爵家当主。
次男オスヴァルト。王国赤騎士団准将。現在准将の位置にいるが、将軍確実とされている。その実力は騎士団で勝てるものはいないと詠われている。妻に先立たれた為、現在後妻にとあちこちから話が来るが突っぱねている。
三男エドワルド。ユリアレーナ最強のSランク冒険者。貴族はめんどくさいと成人後、王立学園高等部を進学せず卒業して冒険者に。こちらは独身、首都にいると見合い見合いとうるさいため寄り付かない。
そしてこの三兄弟の曾祖父があのダイチ・サエキ。母親のヘルミーナはダイチ・サエキのたった一人の孫娘。因みに、ヘルミーナも元冒険者でSランクの女傑。どうやって亡き父親が口説き落としたか、三兄弟は知らない。
アルベルトとオスヴァルトには子供はいるが、全員男児。
3人が並ぶと、威圧感を感じる。全員とにかくガタイがいい。
アルベルトが頭一つ背が低く、小さく見えるが、オスヴァルトとエドワルドが長身なだけ。
ユリアレーナでも有名なウルガー三兄弟が揃うのは、本当に希だ。長男、次男とも職務が忙しく、三男は冒険者。滅多に揃わない。
だが、チャンスだ。
コントはいいが、バレンティナはアリーチャに目配せする。
こいつらに、アプローチしろ、と。
す、とアリーチャは進み出る。
「御話し中失礼します。アルベルト様、オスヴァルト様、エドワルド様。ご無沙汰しております、アリーチャでございます」
アリーチャはドレスの裾を摘まんで挨拶する。後ろでバレンティナも同じ様な動作。
「ああ、本家のアリーチャ嬢。お久しぶりでございます。本家の皆様はお変わりありませんか?」
答えたのはアルベルトだ。
「そう思いますが、なかなか職務でお会いできず、心配しております」
上っ面で心配している表情をするアリーチャ。
「何か我らに?」
アルベルトが先に聞く。
もちろん、アリーチャやバレンティナが起こしたマーファの騒動を把握した上での問いだ。
「はい、実は私達、マーファでそれは酷い目に遭いまして…………」
内容を脚色して、大袈裟に話す。
他愛もない話を業務妨害だと訴えられた事、屋台街で吊し上げられた事、地面に叩きつけられた事、冒険者資格剥奪されたことなど、いかにも被害者ぶって話した。
「私はまだお父様にお会いできていませんので、我がウルガー伯爵家の考えは分かりかねます。しかし、友人のバレンティナ様は酷く叱責されているのです。相手はあのテイマーです。サエキ様が後見人をされているので、被害者であるバレンティナ様がご両親に酷く叱責されています。でも、私達はなんの事だか、さっぱりなのです」
「それは大変でしたね。我がウルガー子爵家も対応を考えなくてはいけませんね」
よし、上手くいく、そうアリーチャとバレンティナの内心でほくそ笑む。
だが、次にアルベルトから出たセリフに、アリーチャは絶句する。
「我がウルガー子爵家と、ご本家との関係を考え直さなくてはなりませんな。まさかと思いますがアリーチャ嬢、我らにかのテイマー殿を断罪させようとしておりませんか? そのような事、我らがするとでも? 我らが敬愛する曾祖父が唯一後見人と名乗った人物に敵対するわけないでしょう。王家からも伝達が行くような人物に? あり得ないですよね?」
アルベルトが一気にいい放つ。
「我らが、何も知らないとでも思っていませんか? 確か、貴女方は4人で行動していましたね。2人はどうしました? いや、聞く必要ないでしょう。それぞれの家で厳しい対応をされているはず。ここで呑気に被害者面している、全く事態を把握していない、浅慮過ぎる発言、貴族としての自覚も配慮もありませんね」
「無礼者っ、子爵風情がっ」
後ろにいたバレンティナが金切り声を上げる。
「分家の子爵が、本家の令嬢に対してなんと無礼なっ、恥をしれっ」
その声に、エドワルドが嫌そうに顔をしかめる。こら、とオスヴァルトが注意する。
「少し咎められただけでこの様に感情を剥き出しにするとは、底がしれますよ」
アルベルトが表情一つ変えず答える。子爵当主が、伯爵や侯爵の令嬢に対しての態度ではないが、アルベルトは年長者であり、相応の地位がある。何より、マーファでの一件でどれほどそれぞれの家が迷惑を被ったか、それをアルベルトは宰相の身近にいて知っていた。憐れなほどやつれて帰っていった当主と夫人達。彼らをそうした原因は、目の前にいるのに、この2人の態度はない。改めるかと思ったら、逆ギレしてる。
「アリーチャ、行きましょうっ」
バレンティナがいきり立って、アリーチャを連れて行く。
黙って見送る三兄弟。
「噂に勝るバカ娘ですね」
オスヴァルトが肩をすくめる。
「まったく、フェリアレーナ様の輿入れを控えているのに。王太后様、カトリーナ様とエレオノーラ様がどれだけご心痛を抱えているか」
首を振るアルベルトに、オスヴァルトが告げる。
「兄上、私はこれから騎士団に参ります。今なら本家の当主がいるはず。エドワルド、せっかく帰って来たのにすまんな」
「いや、私が行こう。分家当主の私が話をしないといかんだろう」
黙っていたエドワルドが口を開く。
「俺はひいお祖父様の元に行きます。あの女、何かやらかしますよ。何か手を打たないと、うちにも飛び火しそうですから」
「「…………………………」」
アルベルトとオスヴァルトが、すーっと距離を取る。
「どう思う弟よ?」
「兄よ、末弟は、何か消化不良を起こすような物を食べたんですよ」
「なるほど、そうか。そうだな。あのエドワルドが家の心配など」
「そうですよ。きっと腹痛寸前なんですよ」
こそこそ。
「言いたい放題ですね」
「しかしエドワルドよ、どうしたのだ? 連絡も寄越さずに、あれだけ貴族を嫌がっていたのに」
距離をおいたアルベルトが訝しげに聞く。エドワルドは窮屈だからと、家を飛び出したのは20年近く前。2、3回手紙が来たが、いかにも書かされました、みたいな手紙のみ。それ以外音沙汰ないと思ったら、いつの間にかSランク冒険者になっていた。先日グーテオークションでひょっこり帰って来た。
連絡も寄越さずに。
「手紙を寄越さなかったのは反省してます」
「「今更?」」
ハモるアルベルトとオスヴァルト。
ため息をつくエドワルド。
「俺も家を出てから大人になりました。うちに何かあれば母や義姉さんや兄さん達の息子達が大変でしょう?」
まあ、そうだな。と頷く兄2人。
「とにかくひいお祖父様の元に参りますので」
「分かった、オスヴァルトも行きなさい。例の件は私が断りを入れておく」
「いいえ、私が直接伝えます」
「そうか、分かった」
三兄弟はそれぞれ行動を始めた。
オスヴァルトとエドワルドはダイチ・サエキに面会に行き、サロンであったことを説明。
サエキはひ孫達を前にしてため息。
「分かりました。わざわざありがとうございます。はあ、各家で対応をするように圧をかけたのに。オスヴァルト、彼女は秋のグーテオークションにこちらに来ます。あの従魔達をすり抜けて彼女に接近など不可能でしょうが、念には念を入れて、警備を」
「はい、ひいお祖父様」
「エドワルド、貴方には悪いですがすぐに首都を出なさい。ああいった輩は思わぬ行動に出ます。Sランクだからといって、妙な指名依頼を出しかねません」
「まさか、俺にあの従魔をどうにかしろ、と?」
あの2体に遭遇した時、興味津々に匂いを嗅がれて、生きた心地がしなかった。いくらユリアレーナ最強と言われても、あの2体を前に手も足も出ない、エドワルドはそう直感していた。
「そうです。過去にも似たような依頼をだしたバカを何度も見てきましたからね。後はマーファに残される彼女の両親を守らなければ」
ふう、と息をつくサエキ。
「ひいお祖父様、マーファにいる彼女の両親をですか?」
「仮定の話ですが、もし彼女に手を出せないと分かれば、次に考える手段として大事な人をキズつけるでしょう。つまり、弟か両親です。弟は姉と共に行動することが多い。従魔が近くにいるなら、手を出せない。と、なれば、高齢の両親を狙うはず。すべて懸念に終われば取り越し苦労になりますが、そちらの方がどれほどいいことか。しばらくあの2人には私の従魔達で監視させます」
「ひいお祖父様、俺がマーファに行きましょうか?」
「いや、彼女の両親は一般人。余計な護衛をつけたら、すぐに彼女にもばれます。できれば、こう言った汚い事を彼女に知られたくありません。貴方は顔が怖いですからね」
「余計ではありません? それ、余計でないです? この顔は生まれつきです」
「ああ、私の可愛いヘルミーナの面影すらない」
ウルガー三兄弟は見事に全員父親似だ。
ちょっといらっとするひ孫達。
「それに、適材適所です。丁度いい人材がいます。彼に依頼します。経験も豊富ですからね」
懸念で終わればと思ったが、結局、懸念は現実となる。
それは秋のグーテオークション、1ヶ月半前の話。
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