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始末?③

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 ひどい表現あります、ご注意ください



 バレンティナ達と別れ、テルツォ家に帰ったロベルタは、部屋に監禁された。
 帰ってきたら、使用人達の様子が何時にも増して塩対応だったが、元が常時塩対応だったから気にしなかった。
 ただ、自室に戻った後に、すぐにメイド長に呼び出し部屋に案内されて、鍵をかけられた。
 さすがにロベルタは動揺し、ドアをたたく。鍵は外からしか開けられない仕組みで、どうしようもない。
「開けなさいっ、私はこの家の娘よっ」
『旦那様の指示でございます』
 返って来たのは事務的な返事。
 ロベルタはテルツォ家では、悪童だった。小さい頃から気に食わないことからは逃げて、嘘をついて、気に入らない使用人の悪口を親に吹き込む。まだ、小さい頃は大目に見られていた。明らかに嘘だと親もわかっていたからだ。両親はその嘘をつくロベルタを優しく叱責したが、当の本人はわかっていない。ロベルタの兄や姉達は、厳しく言われて来たのもあるが、末っ子で甘やかされたこのままではロベルタの為にならないからと、両親にもっと厳しくするべきだと、進言したが、両親は曖昧に返したまま、何も変わらず。ロベルタは甘え上手だったからだ。
 ある日、テルツォ家で、事が起きる。
 現在王立楽団に所属し、当時ミーミル学園の弦楽器科に通っていた次女が、定期公演の奏者メンバーに選ばれた。そしてその公演に、セレドニオ国王とご母堂でありミッシェル王太后、第二側室カトリーナ妃が来ることになり、テルツォ家は大騒ぎ。
 王家の方々の前で演奏、なんて誉れなこと。
 テルツォ家は選ばれた次女の全面サポートに回った。
「ビオラ、国王陛下の前だ、恥ずかしい演奏をしてはならないぞ」
「あなた、そんなこと言ってビオラにプレッシャーをかけてはダメよ。ビオラ、貴女が真面目に努力してきたのが認められたのよ。だから、いつものビオラなら大丈夫よ」
「はい、お父様、お母様」
 兄妹達も、ビオラを褒め称え、現役を退いて隠居生活をしていたビオラの祖父は、自分の愛用していた楽器をビオラに渡した。それは同じ名前のビオラだ。
「ビオラ、これは私のおばあ様から頂いたものだ。名器、とまではいかないが、いい音色だ。お前に託そう」
「演奏会が楽しみだわ、ビオラ、頑張って」
「ありがとうございます、お祖父様、お祖母様」
 それが、ロベルタは気に入らなかった。家族や使用人達がサポートをしているのを忌々しく思った。今まで無責任に可愛がっていた両親は、口に出すようになった。
「今、ビオラは練習をしているんだ、静かにしなさい」
「ビオラが先よ。少しでも練習時間を確保しなくてはならないから」
 ビオラ、ビオラ、ビオラ、ビオラ、ビオラ。
 腹が立った。
 だから、ちょっとイタズラしてやった。
 ロベルタは飽きやすい性格で、何をやらせても続かなかった。だから、ビオラのように一つの事に集中している事がどうしても理解できなかった。
 たかが、弓を動かして、音を出しているだけ、そうとしか思えなかった。だから、どの楽器になっても変わりはしないと。
 夕食時、本を読むからと、わざと遅れた。家族や使用人達が夕食時間でばたついている隙に、ビオラの部屋に侵入。ビオラが大事にしまっていた楽器ビオラに、イタズラをした。弦を切り、表面にキズを入れ、床に置いて音を立てないように、体重をかけて踏み続けた。結果、その楽器ビオラは修繕不能なまでに破損した。ロベルタは使用人の誰かがしたことにしようと軽く考えていたが、上手くいくわけない。すぐにバレた。
 ビオラが半狂乱で泣くのを笑っていたのをみつかれば、バレるに決まっている。何より夕食時でバタバタしていた使用人にキズをつける時間はないし、何より理由がない。あっという間にバレた。
 そして生まれてはじめて両親から平手打ちをくらい、祖父はあまりの事で倒れた祖母を抱き抱え、兄は軽蔑し、姉達は泣くビオラを抱き締めてこちらをにらみつけていた。
 ロベルタはなぜ殴られたかわからなかった。
「そんな中古品より、新しいのが欲しいって、ビオラが言っていたから、壊してやったのにっ」
 叩かれながらも嘘をついたが、通じるわけがない。
「まだ言うかっ、あのビオラは形見なのだぞっ。楽器は演奏者にとって命も同然なのだぞっ」
「ばっかじゃない~、それが命なんてあるわけないじゃない~」
 祖父の激昂した言葉は、ロベルタに理解できず、ロベルタの反論は元演奏者の祖父には受け入れがたいものだった。再び、ロベルタは叩かれた。ロベルタにとって、あんな古ぼけた楽器くらいで逆上する家族が分からなかった。新しいのを買えば何もかもすべて収まるのに、と。
 楽器は演奏者の命、それが分からなかった。
 それから、テルツォ家でのロベルタは悪童扱いだ。できるだけ食事は一緒にという考えだったが、ロベルタのみ除外された。食事の質も落とされ、甘いお菓子も、新しい服も与えてもらえない。ロベルタが大好きだった家庭教師ははずされ厳しいものがついた。兄達はいまさら遅いと言ったのが、腹が立った。きちんと勉強すれば、食事の質は戻すと言われて、聞くふりだけしたが、抜き打ちテストをされて、あっさりバレる。そして長時間の叱責。さすがに、きつくて泣いても、誰もそんなロベルタに同情しない。
 だが、周りに味方を失ったロベルタが考え付いたのは寮がある王立学園に入ることだった。実家の居心地が悪くなりすぎたから。ギリギリの成績で入った王立学園。そこでバレンティナ達と出逢い、毎日楽しかった。結婚相手は見つからなかったが、堅苦しい実家に帰る気はなかった。その実家から、しばらく首都を出るように言われた。癪に触ったが、生活に困らない程度の支援を取り付けて冒険者に。
 2年後。
 実家から大切な話がある。お前にとって悪い話ではないので、一度首都に帰って来なさい。詳しい話をする。嫌なら断っても構わないからと。そう手紙にかかれ、馬車代まではいっていた。
 ロベルタはいい嫁ぎ先でも見つかったと思った。なにより生活費の入った冒険者ギルドカードが使用できない為、生活に不安があり、まとまった金が必要だったから。
 他のメンバーも一度首都に戻ることになり、一緒に首都に。そして別れて現状は監禁状態だ。
 嫌な予感がした、マーファでの領主の妻の件は、あれは突っ掛かって行ったバレンティナの責任だと思っていたが、あの黒髪のテイマー女が気になった。後見人があのダイチ・サエキだったからだ。よくよく考えてみたが、口は出したが、手は出してない。逆にこっちがあの化け物に気絶させられた被害者だ。
 そうだ、被害者だ。バレンティナが言うように、私は、被害者。元々が私に話があるから帰って来なさい、と手紙にあった。使用人達が勘違いしているだけだ、後で厳しく叱りつけてやる。そう思いソファーにふんぞり返って座った。
 夕方、やっとドアが開いた。
 2年ぶりの両親と兄、姉達。長女はシーラの子爵に嫁いだためいない、当たり前だが。そして杖をついた祖父。祖母はあの演奏会の後、体調を崩して亡くなった。ビオラは演奏会に、前から使用していたビオラで臨み、無事に役目を果たした。だが、あの一件から、姉ビオラはロベルタと口を聞かない。
 なによりおかしかったのは三女、コルンだった。お妃レースに参加しているため、いつも身綺麗にしていたのに、くたびれた様子だ。顔色は悪く、髪も整えてあるが荒れている。
「なあに~、ジークフリード様から見限られちゃったの~」
 いつも出る悪態。ロベルタはコルンも嫌いだった。お妃レースに参加しているため、家族の全面サポートを受けていたのが、気に食わなかった。
 大した顔でもないのに、私の方が綺麗な顔なのに、と。
 だが、次の瞬間、コルンの形相が変わり、ロベルタに飛びかかった。
「きゃあっ、何をっ、あぐっ、あぐっ」
 バチッ、バチッ、バチッ
 コルンがロベルタを力任せに平手打ちをした、何度も何度も。
 ロベルタは混乱し、必死に抵抗するが、思った以上の力でコルンは叩き続ける。平手打ち、爪で引っ掻き、髪を掴んで引き倒す。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁっ」
 コルンは狂ったようにロベルタに手を上げる。ロベルタは混乱しながらも、抵抗する。
「何をっ、いたっ、痛いっ」
 コルンの暴力は止まない。ロベルタに引っ掻かれようが、突き飛ばされようが、その倍にして返す。鬼のような形相で
 もつれ合いながら、2人は絨毯に転がる。混乱し恐怖を感じながらロベルタははって逃げた。助けを求めようと、両親を見るが、まるで興味のない顔だ。ぞっとした。無表情がコルンより恐ろしかった。
 逃げようとしたロベルタは足を掴まれる。コルンだ。
「やめて…………」
 細やかに声を出したが、目が血走ったコルンには伝わらない。
 馬乗りになったコルンが次に出したのは、平手打ちではない、拳だ、下になっているロベルタの顔を殴打する。必死に抵抗し、やめてと繰り返すロベルタの顔を何度も何度も殴打する。
 ロベルタはおびただしい鼻血をだし、くちびるは切れ、床に頭を打ちくらくらしてきた。
「お前なんか、死んで消えてしまえばいい」
 コルンはそういって、僅かに抵抗するロベルタの首に両手をかける。
 殺される、殺される、実の姉に、殺される。
 ロベルタは必死に足をばたつかせ、コルンの腕に爪を立てる。だが、コルンは一切緩めない。
 苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、怖い。息が、苦しい、苦しい、助けて。
「コルン、それくらいでいいだろう」
 黙って傍観していた兄が、コルンをやっと引き離す。
 ロベルタは激しく咳き込む。苦しい、苦しい、怖い、なんで? なんで? なんで?
 引き離されたコルンは、今度は声を上げて泣き出した。そっと兄、トロンは優しくコルンを抱き締めて、こちらも傍観していたビオラに託す。
「ビオラ、コルンを部屋に」
「はい、お兄様」
 ビオラはコルンの肩を抱いて、部屋を出ていく。出る直前に、ビオラはロベルタに吐き捨てる。
「疫病神」
 まるで汚いゴミを見るような顔で。数年ぶりに吐き出された言葉。
 うるさい、楽器しか出来ない癖に、まだ独り身じゃない、嫁ぎ先もないくせに、女としてみっともないくせに。
 声に出したいが、苦しすぎて、出なかった。祖父もコルンに付き添うように出ていく、無残に転がるロベルタを見ようともしなかった。
 必死に起き上がろうとすると、兄のトロンが手を差し出してきた。ああ、やっぱり、優しいお兄様、きっと後でコルンに仕置きをしてくれるはず。いつだって最後は、仕方ないと助けてくれた。あの楽器ビオラの件までは。
 そう思った瞬間、トロンはロベルタの髪を鷲掴みにして立たせる。
「いたいっ、いたいっ」
 容赦ない力で、強烈な痛みが走る。
「テルツォ家の恥さらしがっ」
 トロンはロベルタを床に叩きつける。
 なんの事か分からない、痛すぎて分からない。ロベルタの涙と鼻血で汚れた顔を上げる。無駄に築き上げてきた貴族のプライドや、どうせ大した事をしていないという無責任な思い上がりが、粉々に粉砕されていく。
「本当にバカなやつだ。説明してやろう。その飾りの頭に」
 それはあのテイマー女の件だ。
 国から注意が言っていたのにも関わらず、そしてギルドからも言われていたことを無視し、あのマーファの屋台街でテルツォ家の名前を出した。
 仮にあの場で、貴族として立っていたら、それは国の命令を無視した事になる。もし冒険者として立っていたら、ギルドからの注意無視となる。しかも、マーファで有りもしない噂を流していたことや伯爵夫人イザベラに対する傷害未遂。
 どちらの立場でも、どうしようもない事をしでかしているのだ。
「お前のせいでどれだけ伯爵家に迷惑をかけたか分からんのかっ、示談金、保釈金、幾らかかったと思っているっ。コルンはな、コルンはな、お前のせいでお妃レースから外されたのだぞっ。どれだけコルンが努力してきたか、お前の空っぽの頭では分からんだろうな」
 トロンは蹲るロベルタの髪を掴んで立たせる。痛みに呻くロベルタを、髪を掴んだまま立たせる。小さく痛いと言うが無視。
 テルツォ家は、古い歴史があるが、飛び抜けて裕福ではない。5人の子供を王立学園やミーミル学園に通わせるだけでも、大変だった。それ以外でも勉強やマナーの家庭教師を雇い、貴族としての教養を身につけさせるのに、惜しみ無かった。古い歴史があるので、あちこちのパーティーやらお茶会に呼ばれることもあり、また、開催もしなくてはならない。なので家計をやりくりしながら生活していた。お妃レースに参加しているコルンは、それに応えるように必死になっていた。一時は諦めそうになったが、両親や兄、姉達が支えてくれたから頑張れた。正室には無理でも側室は確実ではないか、と言われるようになった。それをロベルタが潰した。コルンに注ぎ込んだものは無駄になり、ハルスフォン伯爵への賠償金、テルツォ家の家計が一気に苦しい状況になっていた。当主や兄の昇格も、絶望的だ。そして自分の責ではないのに、コルンはお妃レースから外された。何年も何年もかけて努力したことが、一瞬で水の泡。そして無神経なロベルタの言葉が、コルンが必死に保っていた平常心を破壊した。
 黙っていた父親、テルツォ家当主がゆっくり近付いてきた。
「ロベルタ、お前のその歪んだ性格を作ってしまったのは、親の責任だ。もっと早くしておくべきだった。ロベルタ、トロンはな、目の前にあった助教授の椅子を手放さなくてはならなかった。私もだ、言われたよギルドマスターに、『自分がギルドマスターの席にいる間は、昇格は諦めろ、降格しないだけ、ありがたいと思え。もし、テイマー殿が被害届けを出していたら、辞職してもらう事態だったのだぞ』とな」
 父親の顔に怒りの色が浮かぶ。ビオラを壊した時、いや、それ以上の怒りだ。
「お前に言っても、分からんな。なんせこんなにも浅ましくバカなのだから。お妃レースが終われば適当な所で嫁がすつもりだったが、誰がお前なんぞ欲しがる? 選べ、ロベルタ」
 当主は無表情にポケットから小瓶を出す。透明な液体が入っている。
「これは毒だ、これを飲んで今すぐ自害しろ。それが嫌ならマーランのある商会が、お前を引きうけてもいいとあった。そこは跡取りの息子が死に、奥方は耐えきれずに亡くなった。まだお前は若い、だから、跡取りを産ませる前提で嫁ぐ。相手は51歳だ、お前に文句は言わせん。そして生きてユリアレーナの土を踏ませない」
 久しぶりに見た父親の顔が、まるで重犯罪を犯した人間を見る目だ。娘を見る目ではない。完全に見限られたと、ロベルタは湧き上がる絶望におののく。
 一息つく当主。
「嫁ぐとしても条件がある。期限は5年。その間に跡取りが産まれなかったら。この毒を相手に渡しておく。分かっているな? 毒で死ぬか、跡取りを産んで生き続けるか」
 ロベルタは痛みが増す中で必死に考える。どちらも嫌だ。咄嗟にでたのは悪足掻きの言葉だ。
「しゅ、修道院…………」
「バカかお前? そんな生ぬるい事はせん。修道院なんぞに行けば、口先三寸で楽するに決まっている。さあ、選べ、ロベルタ。今死ぬか、5年の可能性にすがるか」
 どうする、そう、怒鳴った。
 ロベルタは痛みと恐怖に呻きながら言った、5年、と。
 それからロベルタはそのまま監禁された。一度だけ外出したのは、サロンに集まった時だ。別れの挨拶だけしたい、と言ってそれだけは許された。
 コルンに受けた暴力の後は化粧で隠し、首はスカーフを巻いた。
 バレンティナ達に別れを告げて、逃げるようにサロンから出てきた。もし、長居をしたら、なにか良からぬ事を考えていると判断すると、父親に言われたからだ。
 ロベルタは屋敷に戻り、数日後、誰にも見送られず、屋敷を後にし二度とユリアレーナには戻ってこなかった。
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