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それぞれの思い②

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 ガーガリア妃がユリアレーナに嫁がされたが、帝国はある程度の身の回りを世話するメイドと、相応の資金を持たせていた。だから、後は王宮の隅にでも、捨て置いて、という感じでガーガリア妃は、アルティーナから出された。
「ガーガリア様は、お義父様に膝を突いて懇願しました。帝国に帰してください、と」
 エレオノーラ様が言うお義父様って言うのは、ユリアレーナ王国の先代国王だ。
 だけど、大量の物資や支援を受けた上で、ガーガリア妃がこちらに来たため、そう簡単にはいかない。それに、ガーガリア妃を受けた時に、ある条件が密かに交わされた。受けた支援を返した時に、ガーガリア妃を戻すと。
 返済期間は少なくとも30年はかかる。
 だが、ガーガリア妃には早く帰りたかった。ユリアレーナに来る前から兆候があった。
 妊娠の兆候が。
 嫁いでいた伯爵の子供だ。
 たとえ裕福でなくても、歳が離れていても、自分を大事にしてくれた伯爵を、ガーガリア妃は心から愛していた。
「ガーガリア様の妊娠は本当でした。流石にどうしたらいいかお義父様も悩みましたが」
 その伯爵は、皇帝に逆らえるわけもなく、いわれるがまま、新しい妻を娶っていた。ガーガリア妃の帰る場所が帝国でどこにもなくなってしまった。
 ガーガリア妃は、それが分かった時に絶望した。だが、お腹の子は何としても守りたい。
 ガーガリア妃は床に膝をついて、先代国王夫妻に、当時王太子セレドニオ殿下に、カトリーナ様に、エレオノーラ様に懇願した。

 産ませてください、殺さないでください。
 この子には、いい聞かせます、我が儘にならないように、ユリアレーナの為に生きるようにいい聞かせますから。
 どうか、私から、奪わないでください。

 それから、話し合い、色々な事が行われた。
 どちらにしても、セレドニオ王太子と婚姻している中で産まれるのだ、王位継承権が発生してしまう。
 まず、ガーガリア妃が我が儘言って、正室のカトリーナ様が第二側室になった体にした。ガーガリア妃に問題があれば、そんな妃から産まれた子供に王位継承権は、そのうちそれを理由に剥奪するなり、放棄するにもスムーズになるからだ。
 次に、カトリーナ様の妊娠がほどなくして分かり、出産した日を誤魔化し、フェリアレーナ様が先に産まれた事にした。そうして、第一王位継承権は、フェリアレーナ様にすることができた。
「クレイ3世にもガーガリア妃の妊娠が分かっていましたが、お義父様が我が王室に入れた以上は、私の家族だからと、堕胎する要請を突き放しました」
 ガーガリア妃は、ユリアレーナ王室に守られて、カトリーナ様より4ヶ月先に出産。男の子だ。カルムと名付けられた男の子。
 ガーガリア妃はそれは大事に大事にカルム王子を育てた。
 周囲には我が儘放題、いいたい放題だが、実際は慎ましやかに生活をしていた。表向きカトリーナ様やエレオノーラ様に罵声を浴びせていたが、実際は仲良くしていた。
 我が儘王妃を演じていたガーガリア妃は、いつも謝ってばかりだったと。
 そんな事情を知っているのは、王室メンバーと一握りの人達だけ。
「ガーガリア様がおかしくなったきっかけは、カルム王子の死です」
 エレオノーラ様の綺麗な顔に、更なる影が。
 風邪を引いたカルム王子を看病したかったガーガリア妃は、第二子、つまりセレドニオ王太子の子供を宿していた。ガーガリア妃も何かと気にかけてくれたセレドニオ王太子に、心を許していた。
 妊娠していたガーガリア妃から、カルム王子の看病を請け負ったのは、帝国から派遣されたベテランメイド達だ。彼女達は寡黙に、ガーガリア妃に尽くしていたため、ガーガリア妃も安心してしまった。
 それが、最悪な結果となる。
 メイド達の雇い主は、クレイ3世。 
 彼女達は数年かけてガーガリア妃から信頼を得て、カルム王子の命を救わずに、ただ、細り行くカルム王子を見捨てた。クレイ3世の命に従い。僅か3歳の、子供を見捨てた。
 ガーガリア妃が発狂したように変わり果てたカルム王子に向かって手を伸ばしたが、それは帝国からのベテランメイド達によって遮られた。
 お腹の子に障ると。
 ベテランメイド達は責められたが、顔色ひとつ変えず、こう言った。
「皇帝直々の手の尽くし方でございます」
 暗に、いずれ面倒になる可能性があるカルム王子を、帝国として対応したのだと含ませて。
 カルム王子は、血は繋がらないが、当時セレドニオ王太子妃ガーガリア様の生んだ子供だ。だが、血の繋がらないカルム王子を、ユリアレーナ王家は黙認していた事、マーファの天災から国の食糧事情がアルティーナ帝国の支援に頼っていた事、向こうの武力が大きすぎる事等から、強くも出れず。
 聞きながら、私はガーガリア妃が気の毒で仕方なくなってきた。そこまでして、彼女が追い詰められなくてはならなかったのだろうか? ちょっと父親と会いたかった為についた、小さな嘘のせいで。聞いただけなのに、私は涙が浮かびそうだ。もし、従姉妹の娘が同じような目に遭ったら、私は相手を絶対に許せない。実の娘でもないのに、そう思っただけで、腹の奥底が煮える様なのに。ガーガリア妃はどんな思いをしたのだろう?
 どうして、クレイ3世はそこまでしたのだろう? カルム王子は正真正銘、クレイ3世の孫だろうに。
『ユイ、どうしたのです?』
『動揺しているの?』
 私の内面が感知したのか、ごろりしていたビアンカとルージュが顔を上げる。
「ミズサワ殿。少し、間を置きましょうか?」
 サエキ様が気を使ってくれたが、私は大丈夫だと答える。その代わりに聞いてみた。どうして、クレイ3世はそこまで非情に出来たのか。
「彼には、彼の正義がありました」
 サエキ様が答えてくれる。
「クレイ3世は自分の祖父と父が心血注いで守ろうしていたのを、間近で見て、知っていました。父親が目の前で吐血して亡くなっていますから、余計にね。だから、多少の強行に出ても守り抜こうとしたのです。しかも、苦労はクレイ3世自身もかなりしていますから、そんな中で、ガーガリア妃の嘘です。小さな我が儘でしたが、緊張の糸を張り巡らしたクレイ3世の逆鱗に触れたのです。自身の後を継ぐだろう自身の子供達の戒めにするために、ガーガリア妃が犠牲になったんです。もし、帝国と皇室の顔に泥を塗るような事をすれば、例え実の子でも容赦はしない、と」
 クレイ3世の正義、か。耳に聞こえはいいかもしれないが、私には分からない。理解できない。私には、そこまでの地位も背負うものもないから。
 私はただ、カルム王子を喪ったガーガリア妃が気の毒で仕方ない。
 説明はエレオノーラ様に代わる。
「ガーガリア様は、カルム王子の死後、流産しました」
 やはり、精神的なものだよね。
 ひどく落ち込んだガーガリア妃だったが、それでも必死に我が儘王妃を演じ続けた。それはカトリーナ様とエレオノーラ様にはあまりにも痛々しく見えた、と。プライベートな場所では、隠れるようにガーガリア妃は泣いていたそうだ。
 そんなある日、ガーガリア妃に小包が届いた。
 帝国から、実の兄、現在の皇帝から手紙と甘い果実のシロップ。
 実の兄、ディーン皇子の手紙はガーガリア妃を気遣う物で、それは精神的に追い詰められた彼女の支えになった。そして甘い果実のシロップは、毎日ジュースにして愛飲した。
 一旦それでガーガリア妃は落ち着いた。実の兄が自分を想ってくれている。そう思うだけで、ガーガリア妃は自分の足でたっていられた。
 ディーン皇子からの手紙は、定期的に届いた。果実のシロップと共に。
 落ち着き始めたガーガリア妃を見て、エレオノーラ様も、少しだけ安心した。
 だけど。
 一年、二年、三年、四年、五年。
 ガーガリア妃が少しずつ変わり出していた。始めは、我が儘王妃を演じていたが、更に磨きがかかった様に思えた。それだけだったが、顔付きが、険しく、そして焦点が合わなくなっていった。プライベートな空間では、控えめに笑っていたガーガリア妃が、笑わなくなっていった。カルム王子を亡くして7年が過ぎた頃に、ガーガリア妃は妊娠。それで少し、正気に戻った様だったが、すぐに流産。その時点でガーガリア妃の体は妊娠に耐えられなかった。
 それがきっかけになったのか、更に我が儘王妃の演技が苛烈になった。
 もう、既に演技ではない。
 そう感づいた時には、手遅れ状態。ガーガリア妃がおかしくなりだした頃から、定期的に行われていたカトリーナ様とエレオノーラ様とのプライベートなお茶会にも顔を出さなくなる。このお茶会は、ガーガリア妃がいつも楽しみにしていたのに。ガーガリア妃の周りには、帝国からの使用人に更に固められて、ガーガリア妃との接触が出来ずに近況が分からず。調べるのが大変だったが、破棄されたゴミをかき集め、原因を突き止めた。
 果実のシロップだ。
 僅かに中毒性の薬物が検出された。本当にごく僅か。たまに飲む分なら問題はないが、毎日愛飲していたガーガリア妃の体を徐々に時間をかけて蝕んでいた。何年もかけて。
 もうガーガリア妃に正常な判断力はなく、演じていた我が儘王妃が、本来の控えめな性格を凌駕してしまった。
 そして、フェリアレーナ様の最初の婚約をダメにして、散々邪魔にして、紆余曲折あり、ハルスフォン伯爵家のセザール様と婚約となった。
「ガーガリア様は、流産の後、あっという間に見る影もなくなり。それに伴い行動が派手になりました」
 今まで口を挟むことがなかった国政に口を出したり、重要な会議に乗り込んで中断させたり。とんでもない命令を出したりだ。帝国からの水の輸入も始まり、浪費が激しくなり。
 もう、手がつけられない状態だ。
 ガーガリア妃は、実の兄からも疎まれていたのか?
 私の疑問が顔に出たのか、サエキ様が察してくれた。
「ミズサワ殿、何か分からない事が?」
「はい。ガーガリア妃は実の兄とも確執があったのかと思って」
「シロップの件ですね。おそらくあれはディーン皇帝ではなく、クレイ3世の指示ですよ。始めは普通のシロップでしたが、少しずつ中毒性のある薬物を含ませていったようです。帝国から送られてきた使用人の1人が変わり果てていくガーガリア妃を見ていられず、密かに告発してきたのです。手紙はガーガリア妃が疑いもなくシロップを口にするように仕向けるためです。クレイ3世はもう、自身が長くないと分かり、自分の死後にガーガリア妃を薬物中毒で死なせる気だったのです。生きてアルティーナ帝国の土を踏ませるつもりはなかったのですよ」
 なんてひどい。
「だけど、それが、今回の護衛とどう繋がるんですか?」
 深く息をつくエレオノーラ様とサエキ様。
「次の問題はディーン皇帝です」
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