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第二幕・花嫁泥棒(後編-07)
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【アリネル王宮】では――
「イリーナ様。お考え直されるには今しか御座いませんよ」
「嫌な相手に嫁ぐなど、何ともお労しや。イリーナ様」
乳母のハンナと侍女のケィティが声を殺して話し掛けている。
「もう、良いのです。私はアスカが無事であれば。それでもう・・・」
キッと唇を噛みしめるイリーナ。
純白のウェディングドレスを身に纏い、眼前には青く大きな宝玉が中央にあしらわれた冠が置かれている。
(お姉様は白の宝玉だったわね)
ふと、姉・エリスの婚儀の事を思い出すイリーナ。
(私の青は、自らを押し殺す色。アスカの赤は、自分らしく燃える色。貴女は強く生きて、アスカ・・・)
古来よりアリネル王家では、直系の女子が誕生すると不思議な事に特に大きな宝玉が採掘されていた。
この生まれた時に採堀された宝玉を冠にあしらい婚儀に望む事が神事とも呼べる通例となっていたのである。
「失礼致しますぞ」
不意に現れたマテオを見て、ハンナとケィティが憎しみの籠った視線を向ける。
「何と無礼なっ! 婚儀前のレディの部屋に不躾に入って来るとはっ!」
「まあ、そう言うでない。大司教様をお連れしたのだ」
マテオの後ろからゆったりとした動作で大司教が歩み寄ってくる。
「おぉ、第二公女殿下。イリーナ様、お懐かしゅう御座います。以前にお会いした時はまだ乳飲み子であらせられた。覚えてはおられないでしょうな」
大司教は懐かしさを身体全体で表しながら歩を進める。
「大司教様。この度は足をお運び頂き、誠に有り難う御座います」
イリーナは立ち上がり、大司教を迎えるとカーテシー(淑女の礼)を取る。
「立派にお育ちになられた。亡きヴラジオ大公もさぞかし喜んでおられるでしょう」
この会話に違和感を覚えたのは、イリーナだけであった。
(お父様は大司教様との面識は無かった筈。それに大司教様をアリネルにお迎えするのは初めてなのに、なぜ幼い私を知ってるの?)
イリーナは生まれてから、アリネル国を出た事は無いのである。
無論、アスカも。
「ほう、これが戴冠の儀の・・・。素晴らしい、正にこの国を象徴しておる」
イリーナの前に置かれた冠を、しげしげと見つめる大司教。
「あの・・・。大司教様」
「何でしょうかな? イリーナ様?」
「それは、蝙蝠ですの?」
イリーナの目が大司教の肩口に留まっているパットに向けられた。
「ここに来る途中、祝福を授けておりましたら妙に懐かれてしまいましてな」
そう言いながら、イリーナに近づく大司教。
「今日はめでたい婚儀の日。第二公女殿下にも祝福を」
大司教が、一瞬の隙を縫う様にイリーナの耳元で囁く。
「ボクは、【暗黒のグリフォン】。アスカちゃんに頼まれて助けに来たよ」
「えっ?」
突然の事に驚くイリーナ。
「黙って聞いて。アスカちゃんもオリバー君も無事。後はボク達に任せて」
「【暗黒のグリフォン】・・・」
イリーナは父が無くなる直前にアスカと共に聞いた事を思い出す。
どうしようもない事が起きた時は、【暗黒のグリフォン】を頼れと――
「本当に・・・」
イリーナが何かを言い出しそうになるのを、大司教は声を大きくして遮る。
「いや、本当にめでたい。神の御加護が有らん事を」
そう言って、大司教は軽くウィンクするとニカッと笑みを浮べた。
イリーナにしか見えない様に――
「では、マテオ殿。次は大聖堂を拝見させて頂きましょうか」
「承知致しました。大聖堂までは私が御案内を、中はムハンマド様が」
「それはそれは、勿体ない。殿下直々とは・・・」
2人並んで、大聖堂へと向かう後ろ姿をじっと、イリーナが見つめていた。
大聖堂――
「ようこそ、お越し下さいました。大司教猊下」
「これはこれは、ムハンマド殿下。本日は誠におめでとうございます」
「では、私はこれで失礼を」
「うむ。マテオ、後の準備を頼むぞ」
「承知致しております」
ムハンマドとマテオが目配せをし、ニヤリと嗤い合った。
「大司教猊下、こちらが・・・」
ムハンマドが大聖堂の説明を始めると、マテオは影の様にその場を離れる。
「マテオ様」
「用意は?」
「万事整っております」
【ソンブラ】の一団が跪く。
「まぁ、こんな所で良かろう」
そう言ってマテオが見たのは、1人の青年と少女である。
「オリバーとアスカに背格好が似て居ればそれで良い。オリバーは逮捕、アスカは救出した時に衰弱が著しかった為に入院。それをあの2人に見せつけておけば当面は何とかなる」
マテオの顔に邪悪な笑みが浮かぶ。
「どうせオリバーもアスカも国内からは出られまい。婚儀さえ終われば、【ソンブラ】を総動員して片っ端から虱潰しに探すだけ。必要なら、懸賞金でも掛けるか」
つまり、万莉亜とミッシェルに偽の宝石偽造工場で、オリバーの逮捕とアスカの救出を目撃させ様と言う算段である。
そして2人が帰国するのを待って、改めて国内を徹底捜索し後で辻褄を合せるのであろう。
「あの2人を迎えに行け。婚儀の時間と重なれば更に話題になる」
「はっ!」
黒いスーツを着た【ソンブラ】2人が万莉亜とミッシェルの宿泊しているホテルへと向かった――
「イリーナ様。お考え直されるには今しか御座いませんよ」
「嫌な相手に嫁ぐなど、何ともお労しや。イリーナ様」
乳母のハンナと侍女のケィティが声を殺して話し掛けている。
「もう、良いのです。私はアスカが無事であれば。それでもう・・・」
キッと唇を噛みしめるイリーナ。
純白のウェディングドレスを身に纏い、眼前には青く大きな宝玉が中央にあしらわれた冠が置かれている。
(お姉様は白の宝玉だったわね)
ふと、姉・エリスの婚儀の事を思い出すイリーナ。
(私の青は、自らを押し殺す色。アスカの赤は、自分らしく燃える色。貴女は強く生きて、アスカ・・・)
古来よりアリネル王家では、直系の女子が誕生すると不思議な事に特に大きな宝玉が採掘されていた。
この生まれた時に採堀された宝玉を冠にあしらい婚儀に望む事が神事とも呼べる通例となっていたのである。
「失礼致しますぞ」
不意に現れたマテオを見て、ハンナとケィティが憎しみの籠った視線を向ける。
「何と無礼なっ! 婚儀前のレディの部屋に不躾に入って来るとはっ!」
「まあ、そう言うでない。大司教様をお連れしたのだ」
マテオの後ろからゆったりとした動作で大司教が歩み寄ってくる。
「おぉ、第二公女殿下。イリーナ様、お懐かしゅう御座います。以前にお会いした時はまだ乳飲み子であらせられた。覚えてはおられないでしょうな」
大司教は懐かしさを身体全体で表しながら歩を進める。
「大司教様。この度は足をお運び頂き、誠に有り難う御座います」
イリーナは立ち上がり、大司教を迎えるとカーテシー(淑女の礼)を取る。
「立派にお育ちになられた。亡きヴラジオ大公もさぞかし喜んでおられるでしょう」
この会話に違和感を覚えたのは、イリーナだけであった。
(お父様は大司教様との面識は無かった筈。それに大司教様をアリネルにお迎えするのは初めてなのに、なぜ幼い私を知ってるの?)
イリーナは生まれてから、アリネル国を出た事は無いのである。
無論、アスカも。
「ほう、これが戴冠の儀の・・・。素晴らしい、正にこの国を象徴しておる」
イリーナの前に置かれた冠を、しげしげと見つめる大司教。
「あの・・・。大司教様」
「何でしょうかな? イリーナ様?」
「それは、蝙蝠ですの?」
イリーナの目が大司教の肩口に留まっているパットに向けられた。
「ここに来る途中、祝福を授けておりましたら妙に懐かれてしまいましてな」
そう言いながら、イリーナに近づく大司教。
「今日はめでたい婚儀の日。第二公女殿下にも祝福を」
大司教が、一瞬の隙を縫う様にイリーナの耳元で囁く。
「ボクは、【暗黒のグリフォン】。アスカちゃんに頼まれて助けに来たよ」
「えっ?」
突然の事に驚くイリーナ。
「黙って聞いて。アスカちゃんもオリバー君も無事。後はボク達に任せて」
「【暗黒のグリフォン】・・・」
イリーナは父が無くなる直前にアスカと共に聞いた事を思い出す。
どうしようもない事が起きた時は、【暗黒のグリフォン】を頼れと――
「本当に・・・」
イリーナが何かを言い出しそうになるのを、大司教は声を大きくして遮る。
「いや、本当にめでたい。神の御加護が有らん事を」
そう言って、大司教は軽くウィンクするとニカッと笑みを浮べた。
イリーナにしか見えない様に――
「では、マテオ殿。次は大聖堂を拝見させて頂きましょうか」
「承知致しました。大聖堂までは私が御案内を、中はムハンマド様が」
「それはそれは、勿体ない。殿下直々とは・・・」
2人並んで、大聖堂へと向かう後ろ姿をじっと、イリーナが見つめていた。
大聖堂――
「ようこそ、お越し下さいました。大司教猊下」
「これはこれは、ムハンマド殿下。本日は誠におめでとうございます」
「では、私はこれで失礼を」
「うむ。マテオ、後の準備を頼むぞ」
「承知致しております」
ムハンマドとマテオが目配せをし、ニヤリと嗤い合った。
「大司教猊下、こちらが・・・」
ムハンマドが大聖堂の説明を始めると、マテオは影の様にその場を離れる。
「マテオ様」
「用意は?」
「万事整っております」
【ソンブラ】の一団が跪く。
「まぁ、こんな所で良かろう」
そう言ってマテオが見たのは、1人の青年と少女である。
「オリバーとアスカに背格好が似て居ればそれで良い。オリバーは逮捕、アスカは救出した時に衰弱が著しかった為に入院。それをあの2人に見せつけておけば当面は何とかなる」
マテオの顔に邪悪な笑みが浮かぶ。
「どうせオリバーもアスカも国内からは出られまい。婚儀さえ終われば、【ソンブラ】を総動員して片っ端から虱潰しに探すだけ。必要なら、懸賞金でも掛けるか」
つまり、万莉亜とミッシェルに偽の宝石偽造工場で、オリバーの逮捕とアスカの救出を目撃させ様と言う算段である。
そして2人が帰国するのを待って、改めて国内を徹底捜索し後で辻褄を合せるのであろう。
「あの2人を迎えに行け。婚儀の時間と重なれば更に話題になる」
「はっ!」
黒いスーツを着た【ソンブラ】2人が万莉亜とミッシェルの宿泊しているホテルへと向かった――
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