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第二幕・花嫁泥棒(後編-06)

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 郊外の一角――

「大司教様が来られたぞぉ」
たくさんの人が諸手を振り上げて、大司教の進む道で歓声を上げていた。
大司教はゆっくりと歩きながら、望んで手を差し出す者の前で立ち止まっては、祝福の祈りを捧げる。


「わざわざ愚民の前に姿を見せずとも良いモノを。神に仕える者とは、全くもって下らぬ」
王宮で大司教の到着を待つムハンマドが毒づく。

「全ての人は神の前で平等。それが彼らの考え方で御座います。まぁ、これも良いパフォーマンスとお考え下さい。」
「まだ到着までには時間が掛かりそうだ。大司教が門を潜ったら呼べ。しばらく、別室に居る」
「承知致しました」
苛立つムハンマドを見送ったマテオが恭しく頭を下げる。

(確かに時間が掛かり過ぎる。嫌な予感がするが・・・、気のせいか)
このマテオの予感、実は当たっていたのである。



 大司教の到着前に時間を遡る――

「この角を曲がった所が狙い目だねぇ」
「ちょっと、待って! まさか、大司教をっ?」
ヤミの説明に万莉亜が驚きの声を上げた。

「だぁって、これが一番確実じゃあん」
「でも、よりによって!」
「んじゃあさぁ、これより良い作戦があるのぉ? 万莉亜ちゃぁん?」
「そ、それは・・・」
ヤミの突っ込みに狼狽える万莉亜。

「万莉亜。ワタシ達はヤミの策に乗ると決めたのよ。もう、後戻りしてる時間は無い」
真剣な表情でミッシェルが万莉亜を見つめていた。

(ミッシェル・・・、子供だとばかり思っていたけど。いつの間に・・・)
万莉亜の顔に軽く笑みが浮かんだ。

「ごめんなさい、分かったわ」
「そうこなくっちゃあ! んじゃ、細かい点を説明するね。紅蘭ちゃん、マスクは?」
「ほら、お前用と大司教用だ」
「オッケー、変声キャンディは大司教様バージョンっと」
「衣装は?」
「これ。信頼の【グレート・ソルト社】製。【司教様・引き抜き変化】ってとこかな。丁度良いのが有ったんだよねぇ。偶然」
そう言ったヤミがチラリと紅蘭を見る。

(八郎はオーダーメイドにはとても拘る。こんな短時間で出来る筈は無い。と、するとこの展開を予測して事前発注していたのか。ヤミらしいな)
(やっばり、気付いたみたいだねぇ)
そんな2人の視線を交互に見つめる未羽は――

(やはり、コイツ等といると退屈しないで済む)
微かに笑っていたのである。

「光の屈折効果は?」
「だいたい、5秒。それ以上長いと怪しまれるしねぇ」
「では、手順を確認するわよ」
「オッケー」
果たして、ヤミ達は何を画策しているのであろうか。



 大司教がゆっくりと歩き街角に差し掛かった。

「今だ」
町全体を見下ろせる時計台の上から、万莉亜が小型の双眼鏡で位置を確認して指示を出す。


「大司教様ぁ。ボクの可愛いパットちゃんに祝福を授けて下さぁい」
両手でパットを包む様にして差し出すヤミ。

「おぉ、蝙蝠とは珍しい。じゃが、蝙蝠とて同じく神の御許で生きるもの。神の祝福を授けよう」
そう言って大司教が手を差し伸ばした瞬間――

パットが目を開け、口を開いたかと思うと喉奥から高性能麻酔薬が仕込まれた針弾が発射された。

 プシュッ!
微かな音だった為、周囲の誰も気にする様子は無い。

「うっ!」
麻酔針を撃ち込まれた大司教は瞬時に意識を失い倒れ込みそうになるが――

両脇からミッシェルと未羽が瞬時に支え、同時に手に持っていた筒のキャップを取る。
透明な霧の様なモノが立ち上ったかと思うと、光の屈折を利用した特殊効果で大司教の姿が一瞬、見えなくなった。


バサッ!
大司教の目の前に居たヤミは懐からシートマスクを取り出し、装着すると変声キャンディを口に放り込み、真後ろに居た紅蘭が仕掛けの引き抜きの紐を引く、すると一瞬にしてヤミの着ていた服が、大司教のそれへと変わっていた。

光の屈折効果によって周囲の視覚に捕えられなくなった大司教は、変装したヤミと入れ替わる様に別人のシートマスクを顔に被せられ、両脇から支えられたまま人混みから離れて行く。

「おゃ、何だか私と同じ様な服を着ている方も居るみたいじゃな。コスプレ、大いに結構結構」
声高らかに笑う大司教に周囲の市民達も釣られ、大笑いし大司教とヤミが入れ替わった事に気付く者は居なかったのである。

「さっき一瞬だが、大司教の姿が消えた様な気がしたが・・・。気のせいだったか」
この時、マテオが大司教の肩に止まっているパットを見落とした事、が後に大きく関わって来る――

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