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第二幕・花嫁泥棒(後編-08)

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 市中のホテル――

「万莉亜・ブラッドレー様、ミッシェル・アデルソン様。お迎えに上がりました」
「随分急ね?」
万莉亜が涼しい目で応える。

「はい、オリバー・モロウが宝石の偽造工場へ入ったと連絡が入りましたので」
「第三公女・アスカ殿下は御無事なのかしら?」
「どうやら、そこに監禁されているとの情報がありました」
「そう、それじゃ急いで行きましょう」
ミッシェルと万莉亜は互いに目配せをする。

「ところで、マテオさんの姿が見えない様だけど?」
「婚儀の準備に追われておりまして・・・。私共が御案内をさせて頂きます」
「現地の兵力は?」
「【ソンブラ】80名が突入準備を整えております。ささっ、お早く」
「結婚式を見てからじゃ・・・。間に合わないわね」
「事は急を要します! お早く!」
暢気な万莉亜とミッシェルに苛立つ【ソンブラ】の2人。

「分かったわ、ミッシェル!」
「オッケー!」
万莉亜とミッシェルは、互いの拳銃を左胸のホルスターへと仕舞い立ち上がる。

「私達が護衛致しますので、武器は必要ないかと・・・」
「いいえ。【ソンブラ】の方の御手を煩わせる訳には行きませんわ。ワタシ達、自分の身くらいは自分で守れましてよ。ねぇ、万莉亜」
「えぇ、ミッシェル。それにもしもって事もありますでしょ?」
ニッコリと微笑む万莉亜とミッシェルに【ソンブラ】達は仕方ないという顔で頷いたのであった。


 万莉亜とミッシェルを後部座席に乗せると【ソンブラ】の2人が運転席と助手席に座った。

「インターポールのお2方と合流致しました。これより宝石偽造工場へと向かいます」
助手席の男がスマホで誰かへと報告している。
恐らくはマテオであろう。

「先程の連絡はマテオさんへ?」
「はい、仰る通りです」
「いつも細かく連絡をされているのですか?」
「普段はそうですが・・・」
「今回は違う・・・と?」
「マテオ様は婚儀の準備がお忙しいとの事ですので、これよりは連絡を控えます」
「そうね、大切な式ですものね」
そう言うと、万莉亜とミッシェルは軽く笑みを交わし、静かに脇下のホルスターが銃を抜いた。


「車を停めなさい」
カチャリと音を立てて、スライドした2丁のセーフティロックが外れた。

「な、何のマネですっ!」
「冗談はっ!」
後部座席から銃を頭に突きつけられた【ソンブラ】の2人が慌てる。

「大人しくしていれば、何もしない。黙って、車を停めなさい」
万莉亜の目に冷徹な光が宿り、運転席の男が黙って頷いた。


 車は街を少し離れた郊外の牧草地に停まる。

「念の為よ」
車が停まったとほぼ同時に、後部座席から右手を伸ばしたミッシェルは助手席の【ソンブラ】の左脇下のホルスターから銃を抜き取り、シートの下に落とすと素早くドアを開けて外に出る。

「両手を頭の後ろに組んで出て来なさい」
両手で銃を助手席の男に向けながら、命令する。

ガチャッと音をさせて【ソンブラ】の1人が車から降りる。

「そのまま後ろを向いて!」
言われた通りに【ソンブラ】が後ろを振り向いた瞬間、ミッシェルも持った拳銃の銃床が首筋に叩きつけられた。

「グワッ!」
口から泡を拭きながら昏倒する仲間を見て、運転席の男は顔色が真っ青になる。

「貴方も、降りてくれるかしら?」
まるで魔女の様な万莉亜の囁きに運転席の【ソンブラ】は黙って首を縦に振り、車を降りた。

「お、俺は抵抗しない。殺さないでくれっ」
車から降りた男は万莉亜が向けている銃口に全神経を集中させていたのだが――
ガンッ!
「グフッ」
後から回り込んで来たミッシェルに先程と同様に昏倒され、地面へと崩れ落ちる。


「しばらくマテオに連絡を取らないとみたい」
「ナイスなエスケープのタイミング」
「後はこの2人を・・・」
万莉亜とミッシェルは意識を失った【ソンブラ】2人が腰につけていた手錠をそれぞれの右手と左手を後ろ手に掛けた。

「便利なモノが有って好都合。準備が良過ぎるのも考えモノ・・・」
「全くね。じゃあ、これはプレゼントしてあげる」
そう言いながら、それぞれの口にハンカチで猿轡を噛ませた。

「それじゃ、素敵なヒッチハイクを」
「バイバーイ」
哀れな2人の【ソンブラ】を草叢の中へと転がし、万莉亜とミッシェルは車のエンジンを掛ける。

「時間は?」
「ほぼ、予定通り」
「じゃ、行くわよ」
「えぇ」
こうして万莉亜とミッシェルは来た道を戻って行ったのである。


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