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ぎゅー

処方1 泣きたくなる

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 自室の椅子にだらんと座り、ぼーっと目の前の壁を見つめる。

 今日も特に何か変わったことがあったわけでもない。誰かから怒られたわけでもない。それなのに、何故か悲しくなってくる。目の奥が熱くなってツンとする。

 何故だろう、何故だろう。何故かは分からないが悲しい。それだけは分かっている。

 無性に泣きたくなった私は、どうせ誰も見ていないからとその流れに身を任せてみると、すぐにポロポロと涙が溢れてきた。涙で目の前の壁が歪んで見える。

「あれ、れ……」

 すると思っていた以上に涙が溢れる。ポロポロを超えてボロボロと大粒の涙が溢れる。

 どうしたんだろう、どうしたんだろう、どうしたんだろう。私はこんなに泣くくらい悲しかった? 泣きたかった? 辛かった?

 分からない分からない分からない。何故何故何故? 何故涙が止まらないんだ?

「出張、『もふもふ病院』!」

 混乱していた私は、誰もいないはずの自室で声が聞こえてきた恐怖により、無意識的に声がした方を向いてしまった。

 するとそこには……上の方が茶色で下の方が白いナニカがいるようだった。涙でハッキリ目の前が見えないのでそれくらいしか分からなかったが。

 私はゴシゴシと目を擦り、視界がクリアになったところでもう一度目の前のナニカを見る。するとそこに居たのは……

「くまのぬいぐるみ……?」

 白衣を纏った茶色のくまのぬいぐるみだった。

「そうだよぅ、僕はくまのぬいぐるみ、テディーだよ。」

 くるくる、と回って決めポーズを取るテディー。この状況に私の頭は混乱する。何故ぬいぐるみが動いて喋っているのだろう? そして、どこからこの部屋に入ったんだろう? と。

 実際に聞いてみるとテディーはこう言う。

「僕はくまのぬいぐるみであると同時にお医者さんでもあるんだよ!」

 私の疑問に何一つ答えてくれなかった。

「いや、そうじゃなくて……」
「そんな些細なことはどうだっていいよ。それよりも、君のことの方が大事だよ!」

 このくまは何を言っているのだろうか。意味が分からず右に左に首を傾げる。

「君は理由も無く泣きたくなったのだろう? だからお医者さんの僕がモフモフを処方しようじゃないか!」

 そう言って私の頭が追いつかない間にテディーは私の膝によじ登ってきた。

「ほらほら、僕をもふもふして?」

 私に向けて手を広げて待つテディー。どこからかきゅるるんと可愛らしい音も聞こえた気がした。……と、途轍もなく可愛い。

 私は恐る恐るテディーに触ると、モフ、と心地よい柔らかさを感じた。これは癖になる触り心地だ。

「特別にぎゅーも処方してあげるよ!」

 そう言ってテディーは私に抱きつき、私も恐る恐るテディーの背中に腕を回す。少し力を込めて抱きしめると先程までとは比べ物にならない程モフモフを感じられた。ああ、抱き心地最高。ちょうどいい重さ、サイズ、もふもふ感……。テディーに癒されているのが自分でも分かった。

「うふふ、君の涙は止まったね!」

 テディーは自分のことのように嬉しそうにそう言った。確かに涙はもう出ない。

「……ありがとう、テディー。」

 クッと口角が上がったのが自分でも分かった。
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