93 / 273
第4章:学園編
エピローグ
しおりを挟む
『人殺し』。エルマーに言われた言葉が胸を刺す。友から向けられた憎しみが心を苛む。
いつもの空き地で訓練を終えたジンは仰向けになって夜空を眺めていた。徐々に初夏の兆しも見えるがまだ夜は涼しい。火照った体を冷ましてくれる心地のいい風に体を晒す。
分かっていたことだ。自分がこの復讐をやり遂げればきっと、もっと多くの人々の憎しみを背負うことになるだろう。それでも彼は進むと決めたのだ。どれだけ苦しくても、悲しくても、友を裏切ることになっても、それが彼の心をすり減らしていくとしても、彼はもう止まることができない。
最後に会った時のウィルを思い出す。治療の甲斐もなくベッドから起き上がることもできなくなった彼は、それでも強い意志を秘めた目をしていた。
~~~~~~~~~~~
「行くのか?」
「うん、今日行こうと思ってる。もうさっきマリアにも挨拶してきたよ」
「そうか…」
「うん…」
二人の間を沈黙が流れる。8年間、文字通り自らの命を削ってまで、ジンを育ててくれたウィルともうすぐ別れることになるのだ。そして、おそらくこれが今生の別れになるだろう。もうウィルはいつ死ぬかもわからない状態であると、ティファニアから聞いていた。ウィルもそれを承知していたし、ジンもそれは理解していた。だからこそ二人はそのことについて何も言わなかった。
結局彼らは間に合わなかった。あの強さに、あの高みに到達することはできなかった。最初から分かっていたことだ。たかだか5年の修行で倒せる相手なら四魔人などとは称されはしない。
「…8年か、お前と出会ってから」
「そうだね。あの時俺はまだ7歳ぐらいだったから」
「そうか…もうそんなになるんだなぁ」
ウィルがしみじみと言う。マリアが一緒にいた3年間、ウィルと二人だけで過ごした5年間はジンの中でかけがえのないものになっていた。気がつけば、姉と一緒に過ごした時間以上に、ウィルに面倒を見てもらっていた。
「それで、いつ頃出発するんだ?」
「このまま行こうかなと思っている」
「そうか、そんじゃあ気をつけて行ってこいよ」
ウィルは笑う。もはやまともに体を動かすこともできない。それでもその笑顔は未だに記憶にあるものと変わらなかった。
「ウィル、俺…」
「あー、いいっていいって、そういう湿っぽいのは無しにしようぜ。苦手なんだよ昔から」
「でも…」
「だからさ、愚痴愚痴言ってないでさっさと行っちまえよ。馬鹿息子」
ジンは初めて言われた言葉に驚いて目を大きく開ける。
「ウィル…父さん…ありがとう」
知らず識らずのうちに目から涙が溢れていた。
「まーた泣いてんじゃねえか。いつまでたっても変わんねえなあお前は」
ウィルは鼻声でジンを小馬鹿にする。
「ウ、ウィルだって、鼻声じゃん」
「ば、馬鹿言ってんじゃねえよ。これはあれだ、風邪のせいだよ風邪」
「じゃあ俺も目が痒いからだよ」
お互いに馬鹿なことを言って笑い合う。離れがたい気持ちで一杯になった。だがもう出発しなければならない。
マリアが死んだ後、ラグナから教えられたのは四魔人が目覚め始めたということだった。ここでできることはもう無い。そこでジンはオリジンに向かうことにした。あの街には多くの情報が集まる。とりわけ騎士学校が保有する図書館は王国でも随一の蔵書量を誇る。そこの禁書庫に潜入するためには学生の身分がふさわしい。だから彼はこの後ファレス騎士学校の入試を受ける予定だ。
「そんじゃあ行っちまえ」
「うん、行ってきます!」
顔を涙でくしゃくしゃにしながらジンは家から飛び出した。それを見てウィルは笑う。自分には勿体無いほどにできた息子だ。強さも、そして優しさも。
「悪いなぁジン」
どんどん離れていく彼にぼそりと呟いた。自分の復讐もあの少年に託すことになった。もう彼を守ることができなくなった。側に居てやれなくなった。自分でも逃げ出したくなるような訓練をジンに課してきた。それを乗り越えた彼を誇りに思う。それと同時にあんな子供に過酷な運命を強いてしまったことに強い罪悪感を覚えた。
もうジンはきっと街を出ただろう。おそらく2度と会うことはない。これから彼は多くの絶望に打つかるだろう。それでもきっとジンはそれを乗り越えていくはずだ。なぜなら…
「お前は俺の自慢の息子だからな」
~~~~~~~~~~~~~~~~
ぼーっと夜空を眺めていると誰かが歩み寄ってきた。それに気がつくが無視して星々を眺め続ける。その誰かはジンの隣まで来ると、地面に座って膝を抱えた。
「なんか用か?」
「んーん、別に」
少女の声は少し枯れている。あれからずっと泣き続けていたのだろう。互いに何も話すことなく、静かに時間が流れていく。
「お前さ、いつもここにいるの?」
「まあ、訓練にもってこいな広さだからな」
「ふーん」
「誰かに聞いたのか?」
「うん、ルースが教えてくれた」
「あー、なるほど」
再度流れる沈黙に何となく気まずくなってくる。
「「あの」」
「何だ?」
「いや、そっちからでいいよ」
「いや、お先にどうぞ」
「…分かった。そのお前が僕を助けてくれたって聞いたんだけど」
「別に、お前のためじゃねえよ。ただ誰かを犠牲にして逃げるっていうのが気に食わなかっただけだ」
ジンは気恥ずかしさからぶっきらぼうに返答する。確かにそれも真実なので嘘は言っていない。シオンがそんな彼の顔を覗き込んできたので思わず目を背けた。
「それでもさ、あの、えっと、あ、あ、ありが、ありがと…う」
言い辛そうに何度も吃りながら何とか口にしたその言葉にジンは目頭が熱くなった。彼女を助ける代わりに自分は一人の友人を壊してしまった。未だにエルマーは部屋から出てこない。
「礼なんか言わないでくれ」
「でも…」
「頼むから」
「…分かった」
今の彼にとって感謝の言葉ほど心を苛むものはなかった。ジンは必死になって空を見上げ、涙が溢れないようにする。
「君は強いね」
そんな彼を見てシオンは呟く。ルースからの又聞きではあるが、彼女達が遭遇した合成獣の素体はエルマーの姉のサラだったそうだ。その彼女をエルマーの目の前で殺したのだ。一体どれほどの覚悟を持てばそんなことができるのだろうか、想像もつかない。
「…強くなんかねえよ」
ジンはシオンの言葉を忌々しく思う。自分が強ければもっと良い解決策があったかもしれない。自分が強ければシオンは死にかけなかったはずだ。自分が強ければ…。そんなことを考えていると、ふと顔が翳って額に柔らかい感触が当たった。
「…な、何だよ」
「わ、わかんない。何となく…かな」
シオン自身も自分の行動に驚いている。ジンもシオンからの突然のキスに驚くが、少し気持ちが和らいだことに気がついた。現金なやつだと心の中で自嘲する。
「さてと…」
シオンが立ち上がって伸びをする。
「行くのか?」
「うん、おやすみ。そっちはまだ此処にいるの?」
「ああ、そのつもりだ。おやすみ」
シオンはそのまま歩き去った。辺りが暗かったため彼女の頬に朱がさしていることにジンは気がつかなかった。自分の頬が真っ赤になっているのも、彼は気づいていなかった。
~~~~~~~~~~~~
「エルマーが消えたらしい」
翌日の朝、稽古から戻ってきたジンはルースからそう告げられた。どうやら昨晩のうちに、荷物を持って消えてしまったのだそうだ。
「どっかに出かけたとかじゃないのか?」
「その可能性も無いわけじゃないけど、さすがに可能性は低いだろ」
「そうか」
最後に見たエルマーの顔を思い出す。全てに絶望した顔だ。何も映さない瞳は昔の自分を見ているかのような痛ましさだった。エルマーは自分と同じなのだと強く感じた。自分はウィルとマリアが救い出してくれた。だが彼はどうなのだろうか。
「お前が気に病むことじゃねえよ。仕方なかったんだ」
「ああ、そうだな」
どうやら顔に出ていたらしい、ルースが心配そうに覗き込んでいた。
「まあ、あいつのことは先生達がどうにかするだろうし、俺らにゃ今できることはねえよ。だからとりあえず飯に行こうぜ。今日は一限がガバル先生の授業だからな。力蓄えとかねえと」
「食い過ぎて眠るなよ」
「大丈夫、食ってなくても寝るからよ」
「ははは、違いない」
戯けたルースの振る舞いに心の中で感謝する。自分を慰めるためにおそらく、多分、きっとわざとやっているのだろう…かもしれない。
「よっしゃ、そんじゃあさっさと着替えろ。先行って席とっとくから」
「おう、頼んだ」
着替えながら窓から空を見上げる。澄み渡るような青空は、あの事件がまるで嘘なのではないかと思わせるほどに美しい。
合成獣を作り出した存在がいる。あれは人間を強制的に魔人化させるための実験で、かつて四魔人のうちの一人である、獣魔王が行なっていたものを模したものだったはずだ。失われたその邪法を復活させようとしている。つまりそいつは四魔人に連なる者かもしれない。きっとそいつはこれからもあんな化け物を生み出し続けるのだろう。それならばとジンは誓う。
『そんならてめえの思惑は俺が全部ぶっ壊してやるよ』
ジンはドアを開けて歩き始めた。やることは多い。強くなる。合成獣を生み出したクズ野郎を殺す。神器の行方を探る。そして、レヴィを殺す。まだどれも彼は成し遂げられていない。今できるのは一刻も早く強くなれるように鍛えることだけだ。
だから彼は前を目指す。もうこれ以上失わないために。もうこれ以上奪われないために。たとえそれが茨の道であろうとも。きっと叶えてみせる。
~~~~~~~~~~~~~~~~
少年はボロボロになって道端に倒れていた。ここ数日何も食べていなかった。それに気がついたのは飛び出した後からだ。荷物もいつのまにか誰かに盗まれていた。その上雨まで降り出す始末だ。もう起き上がるのも鬱陶しい。むしろ死ねばこの狂いそうになるほどの苦しみから、憎しみから解放されるのではないか。そんなことを考えていると急に雨が止んだ。否、誰かが彼に傘を差し出したようだ。
「そんなとこで寝ていると風邪を引きますよ?」
顔を上げると美しすぎる女性が微笑んだ。その魔的な美は儚すぎて、却って生きているという雰囲気を感じさせない。綺麗なアッシュグレーの長髪に、茶色の瞳、白磁のような白い肌、薄すぎる胸。歳の頃は20代前半だろうか。
「あ…なたは?」
「私ですか?私はナギ、ナギ・レナウスって言います」
まるで聖女のように優しく笑う彼女はエルマーに向かってそっと手を差し出した。
いつもの空き地で訓練を終えたジンは仰向けになって夜空を眺めていた。徐々に初夏の兆しも見えるがまだ夜は涼しい。火照った体を冷ましてくれる心地のいい風に体を晒す。
分かっていたことだ。自分がこの復讐をやり遂げればきっと、もっと多くの人々の憎しみを背負うことになるだろう。それでも彼は進むと決めたのだ。どれだけ苦しくても、悲しくても、友を裏切ることになっても、それが彼の心をすり減らしていくとしても、彼はもう止まることができない。
最後に会った時のウィルを思い出す。治療の甲斐もなくベッドから起き上がることもできなくなった彼は、それでも強い意志を秘めた目をしていた。
~~~~~~~~~~~
「行くのか?」
「うん、今日行こうと思ってる。もうさっきマリアにも挨拶してきたよ」
「そうか…」
「うん…」
二人の間を沈黙が流れる。8年間、文字通り自らの命を削ってまで、ジンを育ててくれたウィルともうすぐ別れることになるのだ。そして、おそらくこれが今生の別れになるだろう。もうウィルはいつ死ぬかもわからない状態であると、ティファニアから聞いていた。ウィルもそれを承知していたし、ジンもそれは理解していた。だからこそ二人はそのことについて何も言わなかった。
結局彼らは間に合わなかった。あの強さに、あの高みに到達することはできなかった。最初から分かっていたことだ。たかだか5年の修行で倒せる相手なら四魔人などとは称されはしない。
「…8年か、お前と出会ってから」
「そうだね。あの時俺はまだ7歳ぐらいだったから」
「そうか…もうそんなになるんだなぁ」
ウィルがしみじみと言う。マリアが一緒にいた3年間、ウィルと二人だけで過ごした5年間はジンの中でかけがえのないものになっていた。気がつけば、姉と一緒に過ごした時間以上に、ウィルに面倒を見てもらっていた。
「それで、いつ頃出発するんだ?」
「このまま行こうかなと思っている」
「そうか、そんじゃあ気をつけて行ってこいよ」
ウィルは笑う。もはやまともに体を動かすこともできない。それでもその笑顔は未だに記憶にあるものと変わらなかった。
「ウィル、俺…」
「あー、いいっていいって、そういう湿っぽいのは無しにしようぜ。苦手なんだよ昔から」
「でも…」
「だからさ、愚痴愚痴言ってないでさっさと行っちまえよ。馬鹿息子」
ジンは初めて言われた言葉に驚いて目を大きく開ける。
「ウィル…父さん…ありがとう」
知らず識らずのうちに目から涙が溢れていた。
「まーた泣いてんじゃねえか。いつまでたっても変わんねえなあお前は」
ウィルは鼻声でジンを小馬鹿にする。
「ウ、ウィルだって、鼻声じゃん」
「ば、馬鹿言ってんじゃねえよ。これはあれだ、風邪のせいだよ風邪」
「じゃあ俺も目が痒いからだよ」
お互いに馬鹿なことを言って笑い合う。離れがたい気持ちで一杯になった。だがもう出発しなければならない。
マリアが死んだ後、ラグナから教えられたのは四魔人が目覚め始めたということだった。ここでできることはもう無い。そこでジンはオリジンに向かうことにした。あの街には多くの情報が集まる。とりわけ騎士学校が保有する図書館は王国でも随一の蔵書量を誇る。そこの禁書庫に潜入するためには学生の身分がふさわしい。だから彼はこの後ファレス騎士学校の入試を受ける予定だ。
「そんじゃあ行っちまえ」
「うん、行ってきます!」
顔を涙でくしゃくしゃにしながらジンは家から飛び出した。それを見てウィルは笑う。自分には勿体無いほどにできた息子だ。強さも、そして優しさも。
「悪いなぁジン」
どんどん離れていく彼にぼそりと呟いた。自分の復讐もあの少年に託すことになった。もう彼を守ることができなくなった。側に居てやれなくなった。自分でも逃げ出したくなるような訓練をジンに課してきた。それを乗り越えた彼を誇りに思う。それと同時にあんな子供に過酷な運命を強いてしまったことに強い罪悪感を覚えた。
もうジンはきっと街を出ただろう。おそらく2度と会うことはない。これから彼は多くの絶望に打つかるだろう。それでもきっとジンはそれを乗り越えていくはずだ。なぜなら…
「お前は俺の自慢の息子だからな」
~~~~~~~~~~~~~~~~
ぼーっと夜空を眺めていると誰かが歩み寄ってきた。それに気がつくが無視して星々を眺め続ける。その誰かはジンの隣まで来ると、地面に座って膝を抱えた。
「なんか用か?」
「んーん、別に」
少女の声は少し枯れている。あれからずっと泣き続けていたのだろう。互いに何も話すことなく、静かに時間が流れていく。
「お前さ、いつもここにいるの?」
「まあ、訓練にもってこいな広さだからな」
「ふーん」
「誰かに聞いたのか?」
「うん、ルースが教えてくれた」
「あー、なるほど」
再度流れる沈黙に何となく気まずくなってくる。
「「あの」」
「何だ?」
「いや、そっちからでいいよ」
「いや、お先にどうぞ」
「…分かった。そのお前が僕を助けてくれたって聞いたんだけど」
「別に、お前のためじゃねえよ。ただ誰かを犠牲にして逃げるっていうのが気に食わなかっただけだ」
ジンは気恥ずかしさからぶっきらぼうに返答する。確かにそれも真実なので嘘は言っていない。シオンがそんな彼の顔を覗き込んできたので思わず目を背けた。
「それでもさ、あの、えっと、あ、あ、ありが、ありがと…う」
言い辛そうに何度も吃りながら何とか口にしたその言葉にジンは目頭が熱くなった。彼女を助ける代わりに自分は一人の友人を壊してしまった。未だにエルマーは部屋から出てこない。
「礼なんか言わないでくれ」
「でも…」
「頼むから」
「…分かった」
今の彼にとって感謝の言葉ほど心を苛むものはなかった。ジンは必死になって空を見上げ、涙が溢れないようにする。
「君は強いね」
そんな彼を見てシオンは呟く。ルースからの又聞きではあるが、彼女達が遭遇した合成獣の素体はエルマーの姉のサラだったそうだ。その彼女をエルマーの目の前で殺したのだ。一体どれほどの覚悟を持てばそんなことができるのだろうか、想像もつかない。
「…強くなんかねえよ」
ジンはシオンの言葉を忌々しく思う。自分が強ければもっと良い解決策があったかもしれない。自分が強ければシオンは死にかけなかったはずだ。自分が強ければ…。そんなことを考えていると、ふと顔が翳って額に柔らかい感触が当たった。
「…な、何だよ」
「わ、わかんない。何となく…かな」
シオン自身も自分の行動に驚いている。ジンもシオンからの突然のキスに驚くが、少し気持ちが和らいだことに気がついた。現金なやつだと心の中で自嘲する。
「さてと…」
シオンが立ち上がって伸びをする。
「行くのか?」
「うん、おやすみ。そっちはまだ此処にいるの?」
「ああ、そのつもりだ。おやすみ」
シオンはそのまま歩き去った。辺りが暗かったため彼女の頬に朱がさしていることにジンは気がつかなかった。自分の頬が真っ赤になっているのも、彼は気づいていなかった。
~~~~~~~~~~~~
「エルマーが消えたらしい」
翌日の朝、稽古から戻ってきたジンはルースからそう告げられた。どうやら昨晩のうちに、荷物を持って消えてしまったのだそうだ。
「どっかに出かけたとかじゃないのか?」
「その可能性も無いわけじゃないけど、さすがに可能性は低いだろ」
「そうか」
最後に見たエルマーの顔を思い出す。全てに絶望した顔だ。何も映さない瞳は昔の自分を見ているかのような痛ましさだった。エルマーは自分と同じなのだと強く感じた。自分はウィルとマリアが救い出してくれた。だが彼はどうなのだろうか。
「お前が気に病むことじゃねえよ。仕方なかったんだ」
「ああ、そうだな」
どうやら顔に出ていたらしい、ルースが心配そうに覗き込んでいた。
「まあ、あいつのことは先生達がどうにかするだろうし、俺らにゃ今できることはねえよ。だからとりあえず飯に行こうぜ。今日は一限がガバル先生の授業だからな。力蓄えとかねえと」
「食い過ぎて眠るなよ」
「大丈夫、食ってなくても寝るからよ」
「ははは、違いない」
戯けたルースの振る舞いに心の中で感謝する。自分を慰めるためにおそらく、多分、きっとわざとやっているのだろう…かもしれない。
「よっしゃ、そんじゃあさっさと着替えろ。先行って席とっとくから」
「おう、頼んだ」
着替えながら窓から空を見上げる。澄み渡るような青空は、あの事件がまるで嘘なのではないかと思わせるほどに美しい。
合成獣を作り出した存在がいる。あれは人間を強制的に魔人化させるための実験で、かつて四魔人のうちの一人である、獣魔王が行なっていたものを模したものだったはずだ。失われたその邪法を復活させようとしている。つまりそいつは四魔人に連なる者かもしれない。きっとそいつはこれからもあんな化け物を生み出し続けるのだろう。それならばとジンは誓う。
『そんならてめえの思惑は俺が全部ぶっ壊してやるよ』
ジンはドアを開けて歩き始めた。やることは多い。強くなる。合成獣を生み出したクズ野郎を殺す。神器の行方を探る。そして、レヴィを殺す。まだどれも彼は成し遂げられていない。今できるのは一刻も早く強くなれるように鍛えることだけだ。
だから彼は前を目指す。もうこれ以上失わないために。もうこれ以上奪われないために。たとえそれが茨の道であろうとも。きっと叶えてみせる。
~~~~~~~~~~~~~~~~
少年はボロボロになって道端に倒れていた。ここ数日何も食べていなかった。それに気がついたのは飛び出した後からだ。荷物もいつのまにか誰かに盗まれていた。その上雨まで降り出す始末だ。もう起き上がるのも鬱陶しい。むしろ死ねばこの狂いそうになるほどの苦しみから、憎しみから解放されるのではないか。そんなことを考えていると急に雨が止んだ。否、誰かが彼に傘を差し出したようだ。
「そんなとこで寝ていると風邪を引きますよ?」
顔を上げると美しすぎる女性が微笑んだ。その魔的な美は儚すぎて、却って生きているという雰囲気を感じさせない。綺麗なアッシュグレーの長髪に、茶色の瞳、白磁のような白い肌、薄すぎる胸。歳の頃は20代前半だろうか。
「あ…なたは?」
「私ですか?私はナギ、ナギ・レナウスって言います」
まるで聖女のように優しく笑う彼女はエルマーに向かってそっと手を差し出した。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~
放浪人
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、1度目は悪役令嬢として断罪され処刑、2度目は改心して聖女となり国に尽くしたが過労死……という悲惨な最期を遂げた。 記憶を持ったまま3度目の人生が始まった瞬間、彼女は固く決意する。 「もう絶対に働きません! 今世は部屋から一歩も出ず、睡眠と趣味に命をかけます!」
最強の拒絶結界『絶対領域』で部屋に籠城し、婚約破棄イベントも夜会も全て無視して惰眠を貪ろうとするエリザベート。 しかし、彼女の「働きたくない」一心からの行動――適当な農業アドバイスや、安眠妨害への容赦ない迎撃――が、周囲には「国を憂う深慮遠謀」「慈愛に満ちた奇跡」として超好意的に解釈されてしまう!?
ヤンデレ化した元婚約者の王太子、物理で愛を語る脳筋騎士団長、効率厨の隣国王子、さらには古代の引きこもり少年までをも巻き込み、事態は国家規模の大騒動へ。 部屋ごと空を飛んで戦場を浄化し、パジャマ姿で古代兵器を操り、地下牢をスイートルームに変えながら、エリザベートは究極の安眠を手に入れることができるのか? 塩対応すればするほど愛され、逃げれば逃げるほど伝説になる、最強引きこもり令嬢の勘違いドタバタ溺愛ファンタジー、ここに完結!
異世界で神の元カノのゴミ屋敷を片付けたら世界の秘密が出てきました
小豆缶
ファンタジー
父の遺したゴミ屋敷を片付けていたはずが、気づけば異世界に転移していた私・飛鳥。
しかも、神の元カノと顔がそっくりという理由で、いきなり死刑寸前!?
助けてくれた太陽神ソラリクスから頼まれた仕事は、
「500年前に別れた元恋人のゴミ屋敷を片付けてほしい」というとんでもない依頼だった。
幽霊になった元神、罠だらけの屋敷、歪んだ世界のシステム。
ポンコツだけど諦めの悪い主人公が、ゴミ屋敷を片付けながら異世界の謎を暴いていく!
ほのぼのお仕事×異世界コメディ×世界の秘密解明ファンタジー
救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~
ぽんぽこ@3/28新作発売!!
ファンタジー
「ウチの子、可愛いうえに最強すぎるんだが――!?」
魔の森の隣、辺境伯家。 そこで八歳のメイド・マールは、食事も与えられず“要らない人間”として扱われていた。
――そしてある日ついに、毒と魔獣の禁忌領域《魔の森》へ捨てられてしまう。
「ここ……どこ?」
現れた魔獣に襲われかけたその瞬間。
救いに現れたのは――敵国の”イケオジ”傭兵隊だった。
「ほら、食え」
「……いいの?」
焚き火のそばで差し出された“温かいお粥”は、マールに初めての「安心」と「ごはん」を教えてくれた。
行き場を失った幼女は、強面のおじさん傭兵たちに餌付けされ、守られ、少しずつ笑えるようになる―― そんなシナリオだったはずなのに。
旅の途中、マールは無意識に結界を張り、猛毒の果実を「安全な食べ物」に変えてしまう。
「これもおいしいよ、おじさん!食べて食べて!」
「ウチの子は天才か!?」
ただ食べたいだけ。 だけどその力は、国境も常識もくつがえす。
これは、捨てられた欠食幼女が、敵国でお腹いっぱい幸せになりながら、秘められた力で世界を巻き込んでいく物語。
※若干の百合風味を含みます。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる