94 / 273
第5章:ファレス武闘祭
プロローグ
しおりを挟む
「もっと早くに会いにくればよかったよ」
草原で男と少年が向かい合っていた。片方は老人のような容貌で、もう片方は猛獣のような雰囲気を漂わせている少年だ。両者はお互いに金に近い琥珀色の瞳を向けて睨み合っている。髪の色は白と赤で異なるがどことなく顔が似ている。
片腕の無い男は、それを聞いて鼻で笑う。今更自分を殺しにくる価値などない。死にかけた身だ。覚悟はすでに済んでいる。
「言うじゃねえか、クソガキ。こんな爺の命を奪うためにわざわざ来るとはご苦労なことで」
その言葉を聞いて少し少年はムッとする。折角結界越えという痛い思いをしてまで会いに来たのに失礼ではないかと。
「まあね。でもあんたは必ず僕が殺すって言っただろ?老衰で死なれちゃ困るんだよ」
実際ギリギリだった。あと少し来るのが遅ければ男は死んでいただろう。人界での仕事に予想外に時間が掛かりすぎた上に、あの少年の修行がなかなか終わらなかったせいである。全くもって忌々しい。
「はっ、そんじゃあさっさとやろうぜ」
立っているだけでも奇跡だ。戦えるはずなどない。だが男の全身を青色の粒子が包み込むと見る見ると肉体が再生して行くかのように筋肉が隆起する。『蒼気』という闘気の最終形を身に纏い、強引に肉体を全盛期のものへと活性化させたのだ。
「行くぜクソガキ!」
「あは!来なよ父さん!」
男は猛スピードで少年に迫る。だが少年にとってそれは遅すぎた。戦いは一瞬だった。男の剣が振り下ろされる前に腕がちぎり取られ、両脚が切り飛ばされた。地面に転がる男に片腕を掴んだまま跨ると少年は尋ねる。
「あいつは今どこにいるんだい?」
「はっ、言うと思うか?」
痛みに顔をしかめながらそれでも強い意志を持った瞳を向けて笑う。
「いーや、思わない。それじゃあこれでサヨナラだけど何か言い残すことはないかな?」
「…1つだけ。地獄で待ってるぜレヴィ」
そう言ってウィルは水法術と雷神術の合わせた魔術『水爆』を発動する。周辺に凄まじい音が響き渡り、後には肉片が飛び散っていた。
大きなクレーターを上空から眺めながら、レヴィはゆっくりと着地する。かつて父と呼んだ男は粉々となった。だがレヴィにはかすり傷1つない。
「あは、あはは、あはははははははは!」
涙を流しながら狂ったように笑う少年は手に握っていた男の腕を喰らう。ようやく念願が叶ったのだ。ずっと喰うと誓っていた男だ。愚かにも自分に牙を剥き、死に体の状態で挑んできた。何もしなくても死ぬと分かっていたが止めだけは己の手でつけたいと考えていた。もはや原型を留めていない肉片になったそれに向けて愛おしそうに呟く。
「ごちそうさま」
龍形に戻ると空に飛び立つ。このままこの世界を蹂躙するのも楽しそうだ。だがその前にもう一人。どれぐらい強くなったか確認しておきたい。あのお方を満足させるに足る存在になったか否か、それを知りたい。
「待ってなよ、ジン」
レヴィは凶悪な双眸を人界へと向けた。場所は知っている。自分のプライドを傷つけたもう一人の相手の名を親愛の情を込めて囁いた。
~~~~~~~~~~~
廊下の掲示板に張り出されたポスターによると、再来週からファレス武闘祭の予選が始まるそうだ。
「なんだっけファレス武闘祭って?」
どこかで聞いたことのある名前だ。だがどうしても思い出すことができない。
「おいおいマジかよ。ちょいちょい世間知らず感漂わせてたけど、これも知らねえのかよ」
ジンの言葉にルースが驚愕する。しかしそんな反応をされても仕方がない。ジンの人間界での知識は7歳でストップしている。そもそもスラム時代は外の世界から容姿で疎まれていたため、そんなに表通りに出たこともなかった。
「もー、前に話したじゃん。シオンくんが優勝したってやつ」
「ああ、あれか」
マルシェが呆れたような目を人に向けてくる。そういえばそんなことを言っていた気がする。
季節は夏。燦々と降りかかる太陽の光に辟易としながらも、毎日を過ごしていると、掲示板に面白そうなものが掲載されていた。
「出場条件は、っと」
マルシェとルースから向けられる視線を無視しつつ、読み上げる。
「年齢は13歳~18歳まで、装備は自由、法術使用OK、階級は無し、死亡する危険性もあるのでよく考えて参加するか否かを決めるように、か……これ学校で開いていいやつじゃなくね?」
『死亡する』という表現が含まれている時点で相当危険な大会であるというのが見て取れる。
「まあその文だけだとそんな感じするけどな。でも実際ここ50年で死んだ奴はゼロだったはずだぜ」
「嘘だろ?」
なんでもありで死者数がゼロとは一体どんな大会なのか。
「いや嘘じゃねえって。ただ…」
「大会参加者には事前にタリスマンが配られるんだよー。一定量のダメージとか、絶対に死ぬだろって攻撃に対して防御結界が張られる奴」
ルースの言葉を遮ってマルシェが代わりに説明してくれる。
「はあ、なるほど。それで、ルースは出るつもりなのか?」
「おおよ、ここで活躍して騎士団にアピールするぜ」
拳を握りしめてやる気満々の様子の彼にマルシェが冷めた目を向ける。
「えー、やめときなよ。ルース弱いじゃん。それに予選でシオンくんとかあんたが前に言ってたファルスっていう人とか、あとはアスラン様にぶつかるかもしれないんだよ?本戦に出られるのも16人じゃん。無理無理」
「な!?」
ルースも弱くはないのだが、確かに上のクラスの面々から見れば見劣りするだろう。マルシェにバッサリと切り捨てられてがっくりと肩を落とす。
「それよりジンくんはどう?出たりしないの?」
そんなルースを無視してマルシェが目を輝かせながらジンに尋ねてくる。
「俺?んー、気になりはするけど別にいいや」
「えー、ジンくんなら絶対予選だって突破できるよ?」
「いやいや無理だって」
「いやいやそんなことないって」
「いやいや」
「いやいや」
「お、俺だって…」
「あんたは無理だって」
ルースを再びバッサリと切り捨てる。マルシェに言われてついにルースもいじけ始めた。慌ててジンが慰めようとするも、
「くそぉ、今に見てろよ!」
バッ、と立ち上がって走り去って行った。
「なんなんだろ?」
「マルシェがあんなにはっきり無理だっていうからだろ」
ジンはジト目でマルシェを見る。しかし当の彼女は全く理解できていないようだ。
「え?私のせいなの?」
好きな女に再三弱いと断言された男の気持ちなど、この鈍い少女には分からないのだろう。
「それにしても暑い…」
「ねー」
こんな猛暑の中で戦うなんて馬鹿なんじゃないかとジンは強く思った。一応大会の本戦は秋にあるそうなので気温的にはもっと楽に戦えるだろうが、予選が行われる時期は夏真っ盛りだ。誰が好き好んでこんな大会に出るものか。
「そういえばシオンとかテレサは出るのか?」
「あー、シオンくんは多分出るんじゃないかな。あの子なんだかんだでこういうの好きだし。テレサちんは多分でないと思うよ。暑いの嫌いだから、この時期にわざわざ動きたくないだろうしね」
「ふーん」
~~~~~~~~~~~~
春先より少し伸びた銀色の髪をなびかせて、少し日に焼けた少年、もとい少女が掲示板の前まで歩いてきた。現在身長が167センチを超え、未だに伸び続けている節がある。このままいけば170センチを超えるのではないかと目下不安に思っているところだ。そんな彼女は掲示板に貼られた紙を読んで獰猛な笑みを浮かべた。
「もうそんな時期か」
ぼそりと呟いた言葉を向かい側から歩いてきた二人の少女は、その笑みと言葉を聞いてビクリと体を震わせた。だがシオンはそれに一切気がついていなかった。
『そういえばあいつも出るのかな?』
ふと頭の中にあの赤茶色の髪の少年が過ぎる。忌々しいが確かにあの少年、ジンは強い。そんなことを考えていると先日やらかしたことを思い出して顔を真っ赤にする。なぜあんなことをやってしまったのかと、部屋に帰ってからベッドの中で身悶えした。数日は彼と顔を合わせないように慎重に行動までしていた。
そんな彼女の恥じらう顔を見て向かい側から歩いてきた3人組の少年がポーッと見つめる。唯でさえ美形なのだ。それに少しだけ色っぽさが混じると、男性を誘惑してしまうのはしょうがない。その視線に気がついて威嚇すると蜘蛛の子を散らすように慌てて通り過ぎて行った。
「よう、やっぱりお前も出るのか」
今度は後ろから声をかけてくる男がいた。その声ですぐに誰か分かってうんざりする。
「はあ、そのつもりだよフォルス」
振り返るとワインレッドの奇怪な模様の剃り込みを入れた5分刈りの少年がお供を二人連れて、腕を組んで立っていた。野獣のような荒々しい笑みを浮かべている彼は、入学以来何度もシオンに喧嘩を吹っ掛けてくる。彼曰く、学年最強を決めたいとのことだ。馬鹿馬鹿しいと一笑に付しても何度も何度も言い寄ってくるので、そろそろ本当に決着をつけるかと思っているところだ。
「いいぜ、そんじゃあ本戦でてめえをぶっ潰してやるよ」
「フォルス様にかかればいくら4属性保持者だからってまともに戦えるわけありませんよ」
「そうですって、むしろ女の子なんだから手加減してあげた方がいいですって」
「ふっ、そっちこそ予選負けしたら笑いもんだよ」
フォルスの太鼓持ちをする二人にムッとしたのでつい売り言葉に買い言葉というように言い返してしまった。
「へえ、言うじゃねえか。てめえは俺が直々にぶっ殺すから、それまで待ってろよ。行くぞおめえら」
その言葉に鼻息を荒くしてフォルスは去って行った。シオンはそれを見ながら静まり返った廊下で大きく溜息をついた。井の中の蛙大海を知らずとは彼のことだろう。狭い世界で生きてきた自分同様、あの少年も周囲に隠れている影の実力者に気がついていないのだ。自分もつい最近まで『ああ』だったのかと少し自嘲する。
ふとあの臆病だった少年を思い出す。突然消えて以来完全に消息をたった少年は今どうしているのだろうか。未だに悲しみで苦しみながらどこかで生きているのだろうか。それともすでに死んでしまったのだろうか。考えても仕方のないことだ。だがあの事件が彼女の心に打ち込んだ棘は大きかった。今でも度々思い出してしまう。
頭を振って、それらの考えを吹き飛ばし、もう一度大きく溜息をついて歩き去った。
彼女が掲示板の前を去ると遠くから濃い緑色のソフトモヒカンの一人の少年がコソコソと駆けてきた。彼は掲示された内容の、出場方法の欄を熟読すると事務課に向けて走り出した。二人分の登録をするために。
草原で男と少年が向かい合っていた。片方は老人のような容貌で、もう片方は猛獣のような雰囲気を漂わせている少年だ。両者はお互いに金に近い琥珀色の瞳を向けて睨み合っている。髪の色は白と赤で異なるがどことなく顔が似ている。
片腕の無い男は、それを聞いて鼻で笑う。今更自分を殺しにくる価値などない。死にかけた身だ。覚悟はすでに済んでいる。
「言うじゃねえか、クソガキ。こんな爺の命を奪うためにわざわざ来るとはご苦労なことで」
その言葉を聞いて少し少年はムッとする。折角結界越えという痛い思いをしてまで会いに来たのに失礼ではないかと。
「まあね。でもあんたは必ず僕が殺すって言っただろ?老衰で死なれちゃ困るんだよ」
実際ギリギリだった。あと少し来るのが遅ければ男は死んでいただろう。人界での仕事に予想外に時間が掛かりすぎた上に、あの少年の修行がなかなか終わらなかったせいである。全くもって忌々しい。
「はっ、そんじゃあさっさとやろうぜ」
立っているだけでも奇跡だ。戦えるはずなどない。だが男の全身を青色の粒子が包み込むと見る見ると肉体が再生して行くかのように筋肉が隆起する。『蒼気』という闘気の最終形を身に纏い、強引に肉体を全盛期のものへと活性化させたのだ。
「行くぜクソガキ!」
「あは!来なよ父さん!」
男は猛スピードで少年に迫る。だが少年にとってそれは遅すぎた。戦いは一瞬だった。男の剣が振り下ろされる前に腕がちぎり取られ、両脚が切り飛ばされた。地面に転がる男に片腕を掴んだまま跨ると少年は尋ねる。
「あいつは今どこにいるんだい?」
「はっ、言うと思うか?」
痛みに顔をしかめながらそれでも強い意志を持った瞳を向けて笑う。
「いーや、思わない。それじゃあこれでサヨナラだけど何か言い残すことはないかな?」
「…1つだけ。地獄で待ってるぜレヴィ」
そう言ってウィルは水法術と雷神術の合わせた魔術『水爆』を発動する。周辺に凄まじい音が響き渡り、後には肉片が飛び散っていた。
大きなクレーターを上空から眺めながら、レヴィはゆっくりと着地する。かつて父と呼んだ男は粉々となった。だがレヴィにはかすり傷1つない。
「あは、あはは、あはははははははは!」
涙を流しながら狂ったように笑う少年は手に握っていた男の腕を喰らう。ようやく念願が叶ったのだ。ずっと喰うと誓っていた男だ。愚かにも自分に牙を剥き、死に体の状態で挑んできた。何もしなくても死ぬと分かっていたが止めだけは己の手でつけたいと考えていた。もはや原型を留めていない肉片になったそれに向けて愛おしそうに呟く。
「ごちそうさま」
龍形に戻ると空に飛び立つ。このままこの世界を蹂躙するのも楽しそうだ。だがその前にもう一人。どれぐらい強くなったか確認しておきたい。あのお方を満足させるに足る存在になったか否か、それを知りたい。
「待ってなよ、ジン」
レヴィは凶悪な双眸を人界へと向けた。場所は知っている。自分のプライドを傷つけたもう一人の相手の名を親愛の情を込めて囁いた。
~~~~~~~~~~~
廊下の掲示板に張り出されたポスターによると、再来週からファレス武闘祭の予選が始まるそうだ。
「なんだっけファレス武闘祭って?」
どこかで聞いたことのある名前だ。だがどうしても思い出すことができない。
「おいおいマジかよ。ちょいちょい世間知らず感漂わせてたけど、これも知らねえのかよ」
ジンの言葉にルースが驚愕する。しかしそんな反応をされても仕方がない。ジンの人間界での知識は7歳でストップしている。そもそもスラム時代は外の世界から容姿で疎まれていたため、そんなに表通りに出たこともなかった。
「もー、前に話したじゃん。シオンくんが優勝したってやつ」
「ああ、あれか」
マルシェが呆れたような目を人に向けてくる。そういえばそんなことを言っていた気がする。
季節は夏。燦々と降りかかる太陽の光に辟易としながらも、毎日を過ごしていると、掲示板に面白そうなものが掲載されていた。
「出場条件は、っと」
マルシェとルースから向けられる視線を無視しつつ、読み上げる。
「年齢は13歳~18歳まで、装備は自由、法術使用OK、階級は無し、死亡する危険性もあるのでよく考えて参加するか否かを決めるように、か……これ学校で開いていいやつじゃなくね?」
『死亡する』という表現が含まれている時点で相当危険な大会であるというのが見て取れる。
「まあその文だけだとそんな感じするけどな。でも実際ここ50年で死んだ奴はゼロだったはずだぜ」
「嘘だろ?」
なんでもありで死者数がゼロとは一体どんな大会なのか。
「いや嘘じゃねえって。ただ…」
「大会参加者には事前にタリスマンが配られるんだよー。一定量のダメージとか、絶対に死ぬだろって攻撃に対して防御結界が張られる奴」
ルースの言葉を遮ってマルシェが代わりに説明してくれる。
「はあ、なるほど。それで、ルースは出るつもりなのか?」
「おおよ、ここで活躍して騎士団にアピールするぜ」
拳を握りしめてやる気満々の様子の彼にマルシェが冷めた目を向ける。
「えー、やめときなよ。ルース弱いじゃん。それに予選でシオンくんとかあんたが前に言ってたファルスっていう人とか、あとはアスラン様にぶつかるかもしれないんだよ?本戦に出られるのも16人じゃん。無理無理」
「な!?」
ルースも弱くはないのだが、確かに上のクラスの面々から見れば見劣りするだろう。マルシェにバッサリと切り捨てられてがっくりと肩を落とす。
「それよりジンくんはどう?出たりしないの?」
そんなルースを無視してマルシェが目を輝かせながらジンに尋ねてくる。
「俺?んー、気になりはするけど別にいいや」
「えー、ジンくんなら絶対予選だって突破できるよ?」
「いやいや無理だって」
「いやいやそんなことないって」
「いやいや」
「いやいや」
「お、俺だって…」
「あんたは無理だって」
ルースを再びバッサリと切り捨てる。マルシェに言われてついにルースもいじけ始めた。慌ててジンが慰めようとするも、
「くそぉ、今に見てろよ!」
バッ、と立ち上がって走り去って行った。
「なんなんだろ?」
「マルシェがあんなにはっきり無理だっていうからだろ」
ジンはジト目でマルシェを見る。しかし当の彼女は全く理解できていないようだ。
「え?私のせいなの?」
好きな女に再三弱いと断言された男の気持ちなど、この鈍い少女には分からないのだろう。
「それにしても暑い…」
「ねー」
こんな猛暑の中で戦うなんて馬鹿なんじゃないかとジンは強く思った。一応大会の本戦は秋にあるそうなので気温的にはもっと楽に戦えるだろうが、予選が行われる時期は夏真っ盛りだ。誰が好き好んでこんな大会に出るものか。
「そういえばシオンとかテレサは出るのか?」
「あー、シオンくんは多分出るんじゃないかな。あの子なんだかんだでこういうの好きだし。テレサちんは多分でないと思うよ。暑いの嫌いだから、この時期にわざわざ動きたくないだろうしね」
「ふーん」
~~~~~~~~~~~~
春先より少し伸びた銀色の髪をなびかせて、少し日に焼けた少年、もとい少女が掲示板の前まで歩いてきた。現在身長が167センチを超え、未だに伸び続けている節がある。このままいけば170センチを超えるのではないかと目下不安に思っているところだ。そんな彼女は掲示板に貼られた紙を読んで獰猛な笑みを浮かべた。
「もうそんな時期か」
ぼそりと呟いた言葉を向かい側から歩いてきた二人の少女は、その笑みと言葉を聞いてビクリと体を震わせた。だがシオンはそれに一切気がついていなかった。
『そういえばあいつも出るのかな?』
ふと頭の中にあの赤茶色の髪の少年が過ぎる。忌々しいが確かにあの少年、ジンは強い。そんなことを考えていると先日やらかしたことを思い出して顔を真っ赤にする。なぜあんなことをやってしまったのかと、部屋に帰ってからベッドの中で身悶えした。数日は彼と顔を合わせないように慎重に行動までしていた。
そんな彼女の恥じらう顔を見て向かい側から歩いてきた3人組の少年がポーッと見つめる。唯でさえ美形なのだ。それに少しだけ色っぽさが混じると、男性を誘惑してしまうのはしょうがない。その視線に気がついて威嚇すると蜘蛛の子を散らすように慌てて通り過ぎて行った。
「よう、やっぱりお前も出るのか」
今度は後ろから声をかけてくる男がいた。その声ですぐに誰か分かってうんざりする。
「はあ、そのつもりだよフォルス」
振り返るとワインレッドの奇怪な模様の剃り込みを入れた5分刈りの少年がお供を二人連れて、腕を組んで立っていた。野獣のような荒々しい笑みを浮かべている彼は、入学以来何度もシオンに喧嘩を吹っ掛けてくる。彼曰く、学年最強を決めたいとのことだ。馬鹿馬鹿しいと一笑に付しても何度も何度も言い寄ってくるので、そろそろ本当に決着をつけるかと思っているところだ。
「いいぜ、そんじゃあ本戦でてめえをぶっ潰してやるよ」
「フォルス様にかかればいくら4属性保持者だからってまともに戦えるわけありませんよ」
「そうですって、むしろ女の子なんだから手加減してあげた方がいいですって」
「ふっ、そっちこそ予選負けしたら笑いもんだよ」
フォルスの太鼓持ちをする二人にムッとしたのでつい売り言葉に買い言葉というように言い返してしまった。
「へえ、言うじゃねえか。てめえは俺が直々にぶっ殺すから、それまで待ってろよ。行くぞおめえら」
その言葉に鼻息を荒くしてフォルスは去って行った。シオンはそれを見ながら静まり返った廊下で大きく溜息をついた。井の中の蛙大海を知らずとは彼のことだろう。狭い世界で生きてきた自分同様、あの少年も周囲に隠れている影の実力者に気がついていないのだ。自分もつい最近まで『ああ』だったのかと少し自嘲する。
ふとあの臆病だった少年を思い出す。突然消えて以来完全に消息をたった少年は今どうしているのだろうか。未だに悲しみで苦しみながらどこかで生きているのだろうか。それともすでに死んでしまったのだろうか。考えても仕方のないことだ。だがあの事件が彼女の心に打ち込んだ棘は大きかった。今でも度々思い出してしまう。
頭を振って、それらの考えを吹き飛ばし、もう一度大きく溜息をついて歩き去った。
彼女が掲示板の前を去ると遠くから濃い緑色のソフトモヒカンの一人の少年がコソコソと駆けてきた。彼は掲示された内容の、出場方法の欄を熟読すると事務課に向けて走り出した。二人分の登録をするために。
0
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
捨てられた転生幼女は無自重無双する
紅 蓮也
ファンタジー
スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。
アイリスを疎ましく思っている者たちや一部の者以外は知らないがアイリスは転生者でもあった。
ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。
アイリスは、肌寒さを感じ目を覚ますと近くにその場から去ろうとしている人の声が聞こえた。
去ろうとしている人物は父と母だった。
ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。
朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。
クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。
しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。
アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。
王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。
アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。
※諸事情によりしばらく連載休止致します。
※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる