上 下
90 / 129

88

しおりを挟む


 驚くフラヴィオが隣を見上げれば、口を引き結んでいるクレメントと目が合う。
 逸らされることのない漆黒色の瞳は、フラヴィオしか見えていないようだった。
 他者の目から見れば、クレメントの態度は随分とわかりやすかったのかもしれない。
 そう感じたフラヴィオは、突き上げるような喜びが胸を貫いていた。

(……私だけが、気付いていなかったのか。少しばかり、照れ臭いな)

 クレメントは噂を否定しなかった。
 そのことを嬉しく思うフラヴィオがはにかみ、ふたりの間で甘い空気が流れた――。



 そして、フラヴィオがどんな反応をするのかを試していたステファノは、目を見張っていた。
 戦場の鬼神の心を動かす者が現れたことも驚きだったが、まさかその相手と相思相愛だとは思っていなかったのだ――。

 『今世紀最大のニュースよ!』と、興奮する弟のシャールから、ジラルディ公爵夫夫は恋愛結婚だと話を聞いていたとはいえ、ステファノは半信半疑だった。

 王太子であるステファノの目から見ても、クレメントは無条件で平伏してしまいそうなほどの威圧感がある。
 表向きは親しく接しているが、クレメントは気を張る相手なのだ。
 そんな相手に対して、フラヴィオは媚びることなく、完全に心を許しているように見えていた。

「互いに信頼しているのだな。まるで長年連れ添った夫夫のように見えるのは、私だけか?」

 笑みをこぼしたステファノ王太子殿下に、クレメントは当たり前だとばかりの堂々とした態度だ。
 凛々しい夫に見惚れるフラヴィオが微笑み、ぱっと表情が華やいだ。


 優艶だが、愛らしさも兼ね備えているフラヴィオは、英雄の後妻の座に収まっていなければ、今頃釣書が殺到していただろう。





 誰もが衝撃を受けていたのだが、その中でも会場の隅に集まっていた者たちは、開いた口が塞がらなかった――。

「な、なあ、ミゲル! どういうことだよ!」

「ミゲルの兄貴はどうしようもない暴君で、醜男なんじゃなかったのか!?」

「…………」

 誰の話も聞こえていない様子のミゲルの視線は、フラヴィオに固定されている。
 ミゲルの切なげな表情は、どう見ても兄を疎んでいるようには見えなかった。
 なにがなんだかわからないミゲルの取り巻きたちは、パニックに陥る。

 レオーネ子爵夫妻が欠席していることから、察しの良い者たちは皆、フラヴィオの悪評は偽りのものだったのだとすぐに判断していた――。
 しかし、軽い気持ちで悪評を流していたものたちは、未だに状況を理解できていない。

 取り巻き連中は、レオーネ伯爵家の次期当主と噂のミゲルに気に入られようとしていただけだったが、不味い状況であることだけは把握していた。
 なにせフラヴィオが後妻として迎えられたというのに、ジラルディ公爵はミゲルに声をかけるどころか、視線すら合わせないのだ。
 親族であるはずのミゲルが気に入られていないことは、一目瞭然だった。


 顔面蒼白になるミゲルの取り巻きは、戦場の鬼神の不興を買うことを恐れ、ひとり、またひとりと、ミゲルのもとを離れていった――。





「ヴィオ、疲れただろう。なにか飲むか?」

 不敬にならぬよう、公爵夫夫をジロジロと見ることなく、聞き耳を立てている者たちが大勢いる。
 そのことに気付いているクレメントだったが、いつものようにフラヴィオに優しく声をかけていた。

 噂以上の溺愛ぶりが明らかとなり、固唾を飲んで見守っている人々は、興奮を抑えきれない。
 なにせ国王ですらクレメントの顔色を窺っているというのに、当の本人は、まだ十代の後妻に対してこれでもかと気を遣っているのだ――。

「あっ、はい。私が取りに行ってきます」

「いや、私が行く。……やはり、一緒に行こう。ヴィオをひとりにはさせられない」

 周囲を牽制するクレメントが、フラヴィオの腰をガッチリと抱いて歩き出す。
 豪華な料理が用意されている席に行き、クレメントが皿を手にし、あれこれと自ら取り分ける。
 しかも毒見までしているのだ。

 フラヴィオにとってはいつもの光景だが、出席している高位貴族は息を呑んでいた――。

 王族も出席するパーティー会場で用意される食事は、何名もの毒見役が安全性を確認しているため、毒見の必要がない。
 そのことを知っているはずのクレメントが、敢えて自ら先に口をつけたのだ。

 フラヴィオが表舞台に姿を現すことなく、そしてその身になにが起こっていたのかも、おおよそ予想がつく行為。


 ――フラヴィオのために毒見をしたクレメントの行動が、決定打となっていた。

















しおりを挟む
感想 156

あなたにおすすめの小説

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎
BL
北の辺境騎士団で田舎暮らしをしていた公爵家次男のジェイデン・ロンデナートは15歳になったある日、王都にいる父親から帰還命令を受ける。 8歳で王都から追い出された薄幸の美少年が、ハイスペイケメンになって出戻って来る話です。 序盤はBL要素薄め。

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした

ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!! CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け 相手役は第11話から出てきます。  ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。  役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。  そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。

処理中です...