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しおりを挟む驚くフラヴィオが隣を見上げれば、口を引き結んでいるクレメントと目が合う。
逸らされることのない漆黒色の瞳は、フラヴィオしか見えていないようだった。
他者の目から見れば、クレメントの態度は随分とわかりやすかったのかもしれない。
そう感じたフラヴィオは、突き上げるような喜びが胸を貫いていた。
(……私だけが、気付いていなかったのか。少しばかり、照れ臭いな)
クレメントは噂を否定しなかった。
そのことを嬉しく思うフラヴィオがはにかみ、ふたりの間で甘い空気が流れた――。
そして、フラヴィオがどんな反応をするのかを試していたステファノは、目を見張っていた。
戦場の鬼神の心を動かす者が現れたことも驚きだったが、まさかその相手と相思相愛だとは思っていなかったのだ――。
『今世紀最大のニュースよ!』と、興奮する弟のシャールから、ジラルディ公爵夫夫は恋愛結婚だと話を聞いていたとはいえ、ステファノは半信半疑だった。
王太子であるステファノの目から見ても、クレメントは無条件で平伏してしまいそうなほどの威圧感がある。
表向きは親しく接しているが、クレメントは気を張る相手なのだ。
そんな相手に対して、フラヴィオは媚びることなく、完全に心を許しているように見えていた。
「互いに信頼しているのだな。まるで長年連れ添った夫夫のように見えるのは、私だけか?」
笑みをこぼしたステファノ王太子殿下に、クレメントは当たり前だとばかりの堂々とした態度だ。
凛々しい夫に見惚れるフラヴィオが微笑み、ぱっと表情が華やいだ。
優艶だが、愛らしさも兼ね備えているフラヴィオは、英雄の後妻の座に収まっていなければ、今頃釣書が殺到していただろう。
誰もが衝撃を受けていたのだが、その中でも会場の隅に集まっていた者たちは、開いた口が塞がらなかった――。
「な、なあ、ミゲル! どういうことだよ!」
「ミゲルの兄貴はどうしようもない暴君で、醜男なんじゃなかったのか!?」
「…………」
誰の話も聞こえていない様子のミゲルの視線は、フラヴィオに固定されている。
ミゲルの切なげな表情は、どう見ても兄を疎んでいるようには見えなかった。
なにがなんだかわからないミゲルの取り巻きたちは、パニックに陥る。
レオーネ子爵夫妻が欠席していることから、察しの良い者たちは皆、フラヴィオの悪評は偽りのものだったのだとすぐに判断していた――。
しかし、軽い気持ちで悪評を流していたものたちは、未だに状況を理解できていない。
取り巻き連中は、レオーネ伯爵家の次期当主と噂のミゲルに気に入られようとしていただけだったが、不味い状況であることだけは把握していた。
なにせフラヴィオが後妻として迎えられたというのに、ジラルディ公爵はミゲルに声をかけるどころか、視線すら合わせないのだ。
親族であるはずのミゲルが気に入られていないことは、一目瞭然だった。
顔面蒼白になるミゲルの取り巻きは、戦場の鬼神の不興を買うことを恐れ、ひとり、またひとりと、ミゲルのもとを離れていった――。
「ヴィオ、疲れただろう。なにか飲むか?」
不敬にならぬよう、公爵夫夫をジロジロと見ることなく、聞き耳を立てている者たちが大勢いる。
そのことに気付いているクレメントだったが、いつものようにフラヴィオに優しく声をかけていた。
噂以上の溺愛ぶりが明らかとなり、固唾を飲んで見守っている人々は、興奮を抑えきれない。
なにせ国王ですらクレメントの顔色を窺っているというのに、当の本人は、まだ十代の後妻に対してこれでもかと気を遣っているのだ――。
「あっ、はい。私が取りに行ってきます」
「いや、私が行く。……やはり、一緒に行こう。ヴィオをひとりにはさせられない」
周囲を牽制するクレメントが、フラヴィオの腰をガッチリと抱いて歩き出す。
豪華な料理が用意されている席に行き、クレメントが皿を手にし、あれこれと自ら取り分ける。
しかも毒見までしているのだ。
フラヴィオにとってはいつもの光景だが、出席している高位貴族は息を呑んでいた――。
王族も出席するパーティー会場で用意される食事は、何名もの毒見役が安全性を確認しているため、毒見の必要がない。
そのことを知っているはずのクレメントが、敢えて自ら先に口をつけたのだ。
フラヴィオが表舞台に姿を現すことなく、そしてその身になにが起こっていたのかも、おおよそ予想がつく行為。
――フラヴィオのために毒見をしたクレメントの行動が、決定打となっていた。
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