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 ジラルディ公爵家は、王族を除けば最後の登場となる。
 しかも頑なに再婚しなかった英雄が、この度後妻を迎えたのだ。
 社交界では、一回りも歳の離れた後妻、フラヴィオ・レオーネの話題で持ちきりだった。
 建国記念日という祝いの場でありながらも、誰も彼もが、興味をかき立てられていた――。


 そこへ、ディーオ王国の英雄に丁重にエスコートされるフラヴィオが会場に足を踏み入れれば、話に花を咲かせていた者たちが、しんと静まり返った。


 皆の視線が、フラヴィオに集まっていると肌で感じ取る。
 しかしフラヴィオは、クレメントの妻として恥を晒すことはできないのだ。
 煌びやかな会場と、大勢の人に圧倒されるフラヴィオだが、凛と背筋を伸ばしていた。

「大丈夫だ、いつも通りでいい。もし、ヴィオが転びそうになったとしても、その前に私が助ける」

「っ、はい」

 頭上から優しい声が降って来る。
 フラヴィオが深く息を吐き出すと、ふたりの前に道ができる。
 緊張で肩に力が入ってしまうフラヴィオだが、なるべく優雅に見えるように歩を進めた。

 後妻になって日は浅いが、療養所にいる頃から、フラヴィオはクレメントにエスコートしてもらっていたのだ。
 皆の目にも不自然には映っていないだろうと思いつつも、フラヴィオは緊張で手に汗を感じていた。

「皆、ヴィオに見惚れているな。……全員始末してやろうか?」

「っ……」

 真っ直ぐに前を向いているクレメントが、真顔で告げるものだから、フラヴィオはたまらず吹き出しそうになった。

(はぁ、危なかった……。クレム様が、私の緊張を解そうとしてくれたのだとわかってはいるが……。いくらなんでも冗談がすぎるだろう)

 心強い味方のおかげで、フラヴィオは自然な笑みを浮かべることが出来ていた。

 もちろんクレメントは本気だったが……。
 唯一、優しく接せられているフラヴィオが、冗談だと捉えても仕方がないのだが、どちらにせよ緊張は解れていた。

(相変わらずお茶目なお方だ。……まあ、そんなところも好きなんだが)

 会場にいる全ての人間が、美しく成長していたフラヴィオに目を奪われていたのだが、フラヴィオの脳内はクレメントのことでいっぱいだった――。

 誰もがジラルディ公爵夫夫に話しかけたくてうずうずしていたのだが、クレメントは依然として周囲を警戒中である。
 愛するフラヴィオを不埒な目で見ている人間を覚えようとしたが、キリがない。
 出席者全員に威圧スキルをぶっかます、三秒前だった。

「閣下、落ち着いてください。フラヴィオ様が気絶したらどうするのです?」

 やれやれ、と肩を竦めるアキレスが、フラヴィオに微笑みかける。
 女性から熱い視線を送られているアキレスは、フラヴィオの目から見ても王子様のようだった。
 そんなアキレスが、いくら上官の妻とはいえ、フラヴィオを異様に気遣っているのだ。
 フラヴィオにとってはいつものことだったが、アキレスを知っている者からすれば、あり得ない光景だった。

(嫉妬のような視線が突き刺さるのだが……。皆、安心してほしい。私の王子様は、クレム様だっ)

 脳内で恥ずかしいことを平然と宣うフラヴィオが、キリッと表情を引き締める。
 しかし周囲の人々は、皆単純に、見目麗しいふたりをうっとりと眺めていただけだった――。

「これはこれは……。弟から話は聞いていたが、想像以上だな」

 突然話しかけてきた若い男性が、爽やかな笑みを浮かべる。
 すらっとした体型で、光の束を集めたような緩くウェーブした金色の髪。
 アキレスに引けを取らない美丈夫は、黄金色の瞳だった。

(っ、ステファノ王太子殿下だ……)

 クレメントの妻でなければ、フラヴィオは視線が交わることもなかっただろう。
 緊張しながらも、挨拶をしたフラヴィオを見る目はとても優しい。
 喜ばしい驚きだった。

「贈り物は気に入ってもらえたかな?」

 親しげに話しかけられたが、フラヴィオが口を開く前に、全てクレメントが受け答えしていた。
 それでも、気分を害してはいないようだ。
 弟のシャール殿下と同じく、気さくな性格なのだろうと、フラヴィオは思った。

(ふたりは仲が良さそうだ。クレム様と親しいのなら、私もステファノ王太子殿下と仲良くなりたい……)

 会話に入って良いものかと悩んでいると、王太子殿下がくつくつと楽しげに笑い出す。
 普段はほとんど話さないクレメントが、愛妻を守ろうと必死だったからだ。

「私も婚約者がいるのだが……。まあ、いいか。珍しいものが見られて楽しかったよ。今度は――」

「お断りします」

「フハッ。まだなにも言っていないだろう? 溺愛じゃないか。こちらの噂は真実だったようだな?」

 揶揄うように告げたステファノ王太子殿下が、ぐっと口角を上げる。
 ジラルディ公爵領の民の間では、クレメントがフラヴィオを溺愛していると知れ渡っていたのだ。

(私ですら数日前に知ったというのに、なぜ領民が先に知っているんだっ)

 














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