上 下
89 / 129

87

しおりを挟む


 ジラルディ公爵家は、王族を除けば最後の登場となる。
 しかも頑なに再婚しなかった英雄が、この度後妻を迎えたのだ。
 社交界では、一回りも歳の離れた後妻、フラヴィオ・レオーネの話題で持ちきりだった。
 建国記念日という祝いの場でありながらも、誰も彼もが、興味をかき立てられていた――。


 そこへ、ディーオ王国の英雄に丁重にエスコートされるフラヴィオが会場に足を踏み入れれば、話に花を咲かせていた者たちが、しんと静まり返った。


 皆の視線が、フラヴィオに集まっていると肌で感じ取る。
 しかしフラヴィオは、クレメントの妻として恥を晒すことはできないのだ。
 煌びやかな会場と、大勢の人に圧倒されるフラヴィオだが、凛と背筋を伸ばしていた。

「大丈夫だ、いつも通りでいい。もし、ヴィオが転びそうになったとしても、その前に私が助ける」

「っ、はい」

 頭上から優しい声が降って来る。
 フラヴィオが深く息を吐き出すと、ふたりの前に道ができる。
 緊張で肩に力が入ってしまうフラヴィオだが、なるべく優雅に見えるように歩を進めた。

 後妻になって日は浅いが、療養所にいる頃から、フラヴィオはクレメントにエスコートしてもらっていたのだ。
 皆の目にも不自然には映っていないだろうと思いつつも、フラヴィオは緊張で手に汗を感じていた。

「皆、ヴィオに見惚れているな。……全員始末してやろうか?」

「っ……」

 真っ直ぐに前を向いているクレメントが、真顔で告げるものだから、フラヴィオはたまらず吹き出しそうになった。

(はぁ、危なかった……。クレム様が、私の緊張を解そうとしてくれたのだとわかってはいるが……。いくらなんでも冗談がすぎるだろう)

 心強い味方のおかげで、フラヴィオは自然な笑みを浮かべることが出来ていた。

 もちろんクレメントは本気だったが……。
 唯一、優しく接せられているフラヴィオが、冗談だと捉えても仕方がないのだが、どちらにせよ緊張は解れていた。

(相変わらずお茶目なお方だ。……まあ、そんなところも好きなんだが)

 会場にいる全ての人間が、美しく成長していたフラヴィオに目を奪われていたのだが、フラヴィオの脳内はクレメントのことでいっぱいだった――。

 誰もがジラルディ公爵夫夫に話しかけたくてうずうずしていたのだが、クレメントは依然として周囲を警戒中である。
 愛するフラヴィオを不埒な目で見ている人間を覚えようとしたが、キリがない。
 出席者全員に威圧スキルをぶっかます、三秒前だった。

「閣下、落ち着いてください。フラヴィオ様が気絶したらどうするのです?」

 やれやれ、と肩を竦めるアキレスが、フラヴィオに微笑みかける。
 女性から熱い視線を送られているアキレスは、フラヴィオの目から見ても王子様のようだった。
 そんなアキレスが、いくら上官の妻とはいえ、フラヴィオを異様に気遣っているのだ。
 フラヴィオにとってはいつものことだったが、アキレスを知っている者からすれば、あり得ない光景だった。

(嫉妬のような視線が突き刺さるのだが……。皆、安心してほしい。私の王子様は、クレム様だっ)

 脳内で恥ずかしいことを平然と宣うフラヴィオが、キリッと表情を引き締める。
 しかし周囲の人々は、皆単純に、見目麗しいふたりをうっとりと眺めていただけだった――。

「これはこれは……。弟から話は聞いていたが、想像以上だな」

 突然話しかけてきた若い男性が、爽やかな笑みを浮かべる。
 すらっとした体型で、光の束を集めたような緩くウェーブした金色の髪。
 アキレスに引けを取らない美丈夫は、黄金色の瞳だった。

(っ、ステファノ王太子殿下だ……)

 クレメントの妻でなければ、フラヴィオは視線が交わることもなかっただろう。
 緊張しながらも、挨拶をしたフラヴィオを見る目はとても優しい。
 喜ばしい驚きだった。

「贈り物は気に入ってもらえたかな?」

 親しげに話しかけられたが、フラヴィオが口を開く前に、全てクレメントが受け答えしていた。
 それでも、気分を害してはいないようだ。
 弟のシャール殿下と同じく、気さくな性格なのだろうと、フラヴィオは思った。

(ふたりは仲が良さそうだ。クレム様と親しいのなら、私もステファノ王太子殿下と仲良くなりたい……)

 会話に入って良いものかと悩んでいると、王太子殿下がくつくつと楽しげに笑い出す。
 普段はほとんど話さないクレメントが、愛妻を守ろうと必死だったからだ。

「私も婚約者がいるのだが……。まあ、いいか。珍しいものが見られて楽しかったよ。今度は――」

「お断りします」

「フハッ。まだなにも言っていないだろう? 溺愛じゃないか。こちらの噂は真実だったようだな?」

 揶揄うように告げたステファノ王太子殿下が、ぐっと口角を上げる。
 ジラルディ公爵領の民の間では、クレメントがフラヴィオを溺愛していると知れ渡っていたのだ。

(私ですら数日前に知ったというのに、なぜ領民が先に知っているんだっ)

 














しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【完結】虐げられオメガ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

初恋の公爵様は僕を愛していない

上総啓
BL
伯爵令息であるセドリックはある日、帝国の英雄と呼ばれるヘルツ公爵が自身の初恋の相手であることに気が付いた。 しかし公爵は皇女との恋仲が噂されており、セドリックは初恋相手が発覚して早々失恋したと思い込んでしまう。 幼い頃に辺境の地で公爵と共に過ごした思い出を胸に、叶わぬ恋をひっそりと終わらせようとするが…そんなセドリックの元にヘルツ公爵から求婚状が届く。 もしや辺境でのことを覚えているのかと高揚するセドリックだったが、公爵は酷く冷たい態度でセドリックを覚えている様子は微塵も無い。 単なる政略結婚であることを自覚したセドリックは、恋心を伝えることなく封じることを決意した。 一方ヘルツ公爵は、初恋のセドリックをようやく手に入れたことに並々ならぬ喜びを抱いていて――? 愛の重い口下手攻め×病弱美人受け ※二人がただただすれ違っているだけの話 前中後編+攻め視点の四話完結です

【完結】白い塔の、小さな世界。〜監禁から自由になったら、溺愛されるなんて聞いてません〜

N2O
BL
溺愛が止まらない騎士団長(虎獣人)×浄化ができる黒髪少年(人間) ハーレム要素あります。 苦手な方はご注意ください。 ※タイトルの ◎ は視点が変わります ※ヒト→獣人、人→人間、で表記してます ※ご都合主義です、あしからず

処理中です...