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しおりを挟む寝苦しくて目を覚ませば、フラヴィオは背後から初恋の人に抱きしめられていた――。
クレメントはまだ眠っているのだろう。
体の上に乗っている右腕が少し重いのだが、その重さが心地よいと、フラヴィオは頬を緩めた。
『ヴィオを妻として迎えたいと願ったのも、レオーネ領のために尽力したのも、ヴィオに同情したからではない。あの頃からずっと……ヴィオを、愛しているからだ』
クレメントがくれた熱い言葉は、今もフラヴィオの耳に残っている。
そしてはくはくとする口を塞がれた時は、信じられない思いだった。
(まさか、クレム様も私のことを想ってくださっていたなんて……。奇跡としか言いようがない)
火照る顔を両手で隠すフラヴィオは、ネモフィラの花畑を全力で走り回りたい気分だった。
昨晩、フラヴィオは想い人と真に結ばれたのだ。
フラヴィオがクレメントを振り向かせると宣言して、僅か一時間後のことだった――。
クレメントを起こさぬよう、もぞもぞと動くフラヴィオは、夫の無防備な寝顔を見つめる。
――愛してる。
そう耳元で囁かれたことを思い出すだけで、フラヴィオは全身の血が沸騰してしまいそうだった。
フラヴィオに触れる手はもちろん優しかったが、目はいつもと違っていた。
今は伏せられている漆黒色の瞳は、肉食獣のようにギラギラとしていたのだ。
その瞳に見下ろされただけで、フラヴィオは胸の高鳴りが止まらなかった。
「クレムさま……」
眠っている時もキツく引き結ばれている唇に、どうしても目が行ってしまうフラヴィオだが、薄らと残る顔の傷跡にそっと触れた。
今は痛みを感じないと話していたが、鏡を見る度に戦場でのことを思い出すだろう。
フラヴィオは戦を経験したことはないが、きっと辛い思い出が蘇ると思う。
(体に残る傷は癒えても、心の傷はすぐには癒えないはずだ)
クレメントにしてもらったように、フラヴィオは愛する人の顔中に優しい口付けを送った。
昨晩はたっぷりと愛してもらったが、恥ずかしくてたまらなかったフラヴィオは、なにもすることが出来なかったのだ。
眠っている時ならばと、こっそりと口付けを送った、が……。
それでも恥ずかしいものは恥ずかしかった。
(っ、こんなに幸せな気持ちになったのは、初めてかもしれない……)
硬い胸元に下りていき、定位置に戻る。
幸せな気持ちのまま、フラヴィオはもう一度目を閉じた。
底なしの深い愛情の海に沈んだフラヴィオは、息が詰まるくらいにクレメントを愛している――。
そしていくら熟睡していたとしても、フラヴィオの気配に気付かないはずのないクレメントもまた、幸せの絶頂にいた。
愛する人と想いが通じ合ったことで、今まで己を律していたクレメントは、フラヴィオへの愛情が大爆発を起こしている。
愛するフラヴィオのためなら、己の命も易々と差し出す所存だ。
「……大好きっ」
胸元から、可愛らしい声が聞こえて来る。
白目で悶絶するクレメントだが、世界一可愛い愛妻を優しく包み込む。
朝から精神統一する羽目になったが、フラヴィオの体調を誰よりも気にかけているクレメントは、『待て』が出来る男なのだ。
とは言っても、初めて愛を教えてくれた人が、クレメントと同じ想いだったことを知ったのだ。
フラヴィオをこの上なく愛したくてたまらないクレメントは、三日間部屋にこもり、フラヴィオを離すことができなかった――。
◇
――そして、四日目の夕刻。
常に行動を共にしているおしどり夫夫は、揃いの衣装を身に纏い、王宮に向かっていた。
本日は、建国記念日のパーティーが開かれる。
そこでフラヴィオは、社交界デビューを果たすことに決まったのだ。
全ての貴族が集まる場となるため、注目を浴びることは間違いないだろう。
奇しくも、フラヴィオの誕生日でもある。
毎年寝台の上で過ごしていたフラヴィオは、未知の世界へと飛び込むことになる。
悪評があるため、不安がないわけではない。
それでもクレメントが隣にいてくれるだけで、たとえ行き先が地獄だったとしても、フラヴィオは安心出来るのだ――。
「緊張するなとは言わないが、なにか嫌なことがあればすぐに教えてくれ。私も目を光らせるが……」
「とても心強いです。ありがとうございます」
にっこりと微笑んだフラヴィオは、赤く腫れた唇がやけに色っぽく見える。
フラヴィオに危害を加えようとする者がいれば、直様剣を抜きそうな勢いのクレメントは、戦場に立っている時のように警戒態勢である。
どれほど厳しい表情でも、凛々しく男らしいと見惚れるフラヴィオは、最強の夫と共に煌びやかな会場に足を踏み入れていた――。
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