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 降爵処分となったものの、レオーネ子爵家は社会的に抹殺されたも同然だった――。

「好きなものを好きなだけ食べていい。残しても構わないからな? 私が食べる」

「ふふっ、はい。ありがとうございます」

 クレメントのいつも通りの行動が、皆の目にはフラヴィオの事情を読み取れるものだったとは気付かなかったフラヴィオは、気遣いのできる夫と仲良く軽食をとっていた。

「どれも美味しそうですね? なにから食べようか迷ってしまいます」

「ああ。基本的に、どれも冷めていても美味しいはずだが……。今度、私があたたかいものを作ろう」

「っ、クレム様は、料理もできるのですか?」

「…………ああ」

 やはりクレメントは、完璧だ。
 そう目で語るフラヴィオは、きらきらとした笑顔である。
 なぜか目が泳いだクレメントだが……。
 いつか一緒に料理をしようと約束していた。

 フラヴィオにあたたかな料理を食べさせたいクレメントは、今日から料理上手な男になった――。

 食事をとることが嫌になっていた時期もあったフラヴィオだが、クレメントが隣にいてくれれば、楽しい時間に変わるのだ。

(クレム様は、魔法使いのようだ……)

 美しい所作で、美味しそうに咀嚼するフラヴィオを、穴が開くほど見つめるクレメントは穏やかな表情だ。
 いつも無表情の戦場の鬼神が、後妻を大切に想っていることは、会場にいるすべての人間に伝わることとなっていた――。



 食事を堪能した後、フラヴィオは高位貴族に囲まれることになる。

 マルティンにエスコートされたシャール殿下が、クレメントよりフラヴィオと親しげに話したことがきっかけだった。
 フラヴィオは戦場の鬼神だけでなく、王太子殿下と、変人との噂はあるものの、王位継承権第二位であるシャール殿下から気に入られている。
 そんなフラヴィオを敵に回せば、間違いなく消されるということは、言われるまでもなかった――。



「心よりご祝福申し上げます」

 何度も祝福の言葉をかけられたフラヴィオは、嬉しい反面、戸惑ってもいた。
 なにせフラヴィオに対し、皆が恭しい態度。
 身分を考えれば当たり前のことなのかもしれないが、それにしても大行列である。
 クレメントというより、フラヴィオに挨拶したいと願う者が後を立たなかった。

(どうして急に集まってきたんだ……? それも、皆が私を歓迎しているようなのだが……)

 不思議に思ったフラヴィオだったが、クレメントの影響力のおかげだろうと思っていた。
 皆の心境を察していなかったものの、フラヴィオは笑顔で挨拶を交わす。
 しかし、クレメントと目を合わせられない女性が多いことに気が付いた。

(とても優しいお方なのだが……。もしかすると、背が高いことが原因なのかもしれない)

 冷静に推察するフラヴィオだが、正解を導くことはできない。
 なにせクレメントが優しく接するのは、この世でフラヴィオただひとりである。
 加えて、皆が畏れる一番の原因は、いかつい顔面だということに、クレメントに心底惚れているフラヴィオが気付けるはずもなかった。

(でも今後、クレム様の隣には私がいる。私が架け橋になればいいのだ)

 笑顔を取り繕ってはいるが、目は怯えている。
 そんな夫人たちには、フラヴィオは敬うような存在ではなく、話しやすい人物であることをわかってもらうために、微笑みを絶やさなかった。


 その判断のおかげで、フラヴィオはより好印象を与えることとなっていた――。


 それにクレメントは、人の名前を覚えることが苦手のようだ。
 フラヴィオは妻として、フォローすべき部分だと判断する。
 クレメントだけでなく、アキレスもそばについてくれているのだが、フラヴィオは挨拶に来てくれた貴族の顔と名前を覚えることに専念していた。

 そして、誰よりもフラヴィオを歓迎してくれている者たちの順番が回って来る。
 フォレスティ侯爵夫妻だ。

「義弟から話は伺っています」

 お会いしたかったと話したフォレスティ侯爵は、パッと目を惹くような美形ではない。
 アキレスとは容姿は全く似ていないが、なんでも話してしまいそうな安心感のある雰囲気だ。
 そして新緑色の瞳をきらきらとさせるリュシエンヌ夫人は、ただフラヴィオを見つめている。

「申し訳ありません。妻は、ジラルディ公爵夫人にお目にかかる日を心待ちにしていたのです」

「そうでしたか……。ありがとうございます」

 フラヴィオが微笑みかければ、侯爵夫人がはっと息を呑んだ。

(クレム様の後妻の座は、随分と長く空席だったのだ。もしかすると、不安だったのかもしれない)

 クレメントが国を裏切ることはないと思うが、任務で国を離れることが多い。
 ロミオのように他国の人間と恋仲となり、ディーオ王国を捨てる可能性を考えたのだろう。

 クレメントの隣だけは、誰にも譲る気のないフラヴィオは、もう安心していいとばかりに優しい笑みを浮かべていた。
















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