97 / 129
95
しおりを挟む持ち出し厳禁の書物は、フラヴィオのみ閲覧可能なものだった。
しかも、筆者はクレメントである。
「ありのままを書いているから、つまらないかもしれないが……。暇な時にでも読んでみてくれ」
どこか恥ずかしそうに告げたクレメントが、フラヴィオの肩に顔を埋める。
(…………クレム様が、か、可愛すぎるのだが)
いつも醜態を晒さないクレメントが、ふたりきりになるといろんな顔を見せてくれる。
きっと今も、頬を赤らめているのだろうと想像して、胸がきゅんきゅんしているフラヴィオは、たまらず黒髪を撫でていた――。
さすがに本人の前で読むのは気が引けたのだが、気になって仕方がない。
それでもフラヴィオに自分のことを知って欲しくて、書いてくれたのだろう。
(今は、少しだけ読ませてもらおう……)
逞しい体を背凭れにするフラヴィオは、早速書物に目を通した。
学園に通っていたクレメントが、出征することになったきっかけは、父親が戦死したからだった。
まだ十六だったクレメントは、父親の後継者として軍を率いることになる。
その時点で、クレメントはディーオ王国一の強者だった。
(戦場でのことがあまり書かれていないのは、きっと私の精神面を慮ってくださったのだろう)
そして若かりし頃に、何度も婚約していた過去が記されていた――。
しかし、全て破談となっている。
クレメントが戦場を駆け回っている間に、婚約者が他の男性と結ばれていたからだ。
要は、不貞を働いていたのだ。
最初に婚約していた女性は、命を落とす可能性の高い相手より、ずっとそばにいてくれる人がいいと、従者と駆け落ちした。
確かに、いつ死ぬかもわからない相手を、ただ待ち続けるのは辛いことだろう。
しかし元婚約者は、必ず生きて帰ってきてほしいと、クレメントの前で涙していたのだ。
特に好意を抱いていたわけではなかったが、当時のクレメントはショックを受けていた。
(それも一度や二度のことではないのだから、その度に傷付いてきたのだろう……)
そして気付いた時には、クレメントは己の人生から、全ての女性を排除するようになっていた――。
伴侶は、女性でなくとも良い。
クレメントの人生に女性は不要の存在となった。
しかしそうなると、クレメントの近くにいる男性は、大半が部下である。
上官であるクレメントが夜の誘いをすれば、誰も断ることは出来ないだろう。
『戦で気持ちが昂っていたとしても、命懸けで戦ってきた家族に、そんな可哀想なことはさせられない……。それに私だって、相手は誰でもいいわけではないのだ』
顔面凶器と恐れられているクレメントだが、実は誰よりもピュアだった――。
クレメントは、度々登場する部下のことを『家族』と記している。
家臣を大切にしているクレメントを、フラヴィオはとても好ましく思っていた。
そして、神殿で運命の出逢いを果たした――。
女性の顔を判断できなくなっていたクレメントの前に、ひとりのメイドが現れた。
『澄んだ翡翠色の瞳がとても綺麗な人は、私を恐れることがなかった。きっと、私のことを知らなかったのだろう。その時点で、なにか事情があるのだとすぐにわかったが。とても新鮮で、不思議な気持ちになった』
(っ、私のことだ……)
フラヴィオのことは、サヴィーニ子爵家の遠縁の者だと思っていたようだ。
クレメントは、フラヴィオの咄嗟の嘘を信じてくれていた。
そのことにフラヴィオはちくりと胸が痛くなる。
『間者の可能性も脳裏をよぎったが……。それでも私が手を貸そうと思ったのは、この時既に、ヴィオの微笑みに心を奪われていたのかもしれない。直感で回し者ではないと思ったが、ヴィオになら、騙されて腹を斬られてもかまわない』
愛の告白が綴られており、フラヴィオの顔はみるみるうちに真っ赤に染まっていた――。
アキレスからは、何度もフラヴィオの素性を調べるようにと言われていたが、クレメントは決して調べようとはしなかった。
フラヴィオから話してくれる時を、ずっと待っていたのだ。
『どんな時でも最善の道を選んできたつもりだが、ヴィオのことになると迷ってしまう。私が相手の気持ちを考えるようになったのは、ヴィオに出逢ってからだ』
そのことに気付いた時、クレメントはフラヴィオに恋をしていると確信した。
そしてレオーネ領について調べている時に、偶然知ってしまった。
クレメントの恋した相手が、男性だったこと。
レオーネ伯爵家の嫡男だったことを――。
『性別など関係ない。真実を知ったとしても、ヴィオを愛する気持ちは一切変わらなかった。ヴィオを幸せにしたいと思うのに、ヴィオのそばにいるだけで、私が幸せな気持ちになってしまう。ヴィオに会いたくてたまらない。ヴィオが愛おしくて――以下割愛する』
「…………ふっ、ふふふっ」
少し気恥ずかしくなる内容が、何度も割愛されている。
それでも分厚い書物は、フラヴィオへの愛で溢れていた――。
325
お気に入りに追加
7,096
あなたにおすすめの小説
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
公爵家の次男は北の辺境に帰りたい
あおい林檎
BL
北の辺境騎士団で田舎暮らしをしていた公爵家次男のジェイデン・ロンデナートは15歳になったある日、王都にいる父親から帰還命令を受ける。
8歳で王都から追い出された薄幸の美少年が、ハイスペイケメンになって出戻って来る話です。
序盤はBL要素薄め。
魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます
オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。
魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~
紫鶴
BL
早く退職させられたい!!
俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない!
はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!!
なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。
「ベルちゃん、大好き」
「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」
でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。
ーーー
ムーンライトノベルズでも連載中。
嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした
ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!!
CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け
相手役は第11話から出てきます。
ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。
役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。
そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる