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 持ち出し厳禁の書物は、フラヴィオのみ閲覧可能なものだった。
 しかも、筆者はクレメントである。

「ありのままを書いているから、つまらないかもしれないが……。暇な時にでも読んでみてくれ」

 どこか恥ずかしそうに告げたクレメントが、フラヴィオの肩に顔を埋める。

(…………クレム様が、か、可愛すぎるのだが)

 いつも醜態を晒さないクレメントが、ふたりきりになるといろんな顔を見せてくれる。
 きっと今も、頬を赤らめているのだろうと想像して、胸がきゅんきゅんしているフラヴィオは、たまらず黒髪を撫でていた――。

 さすがに本人の前で読むのは気が引けたのだが、気になって仕方がない。
 それでもフラヴィオに自分のことを知って欲しくて、書いてくれたのだろう。

(今は、少しだけ読ませてもらおう……)

 逞しい体を背凭れにするフラヴィオは、早速書物に目を通した。

 学園に通っていたクレメントが、出征することになったきっかけは、父親が戦死したからだった。
 まだ十六だったクレメントは、父親の後継者として軍を率いることになる。
 その時点で、クレメントはディーオ王国一の強者だった。

(戦場でのことがあまり書かれていないのは、きっと私の精神面をおもんぱかってくださったのだろう)

 そして若かりし頃に、何度も婚約していた過去が記されていた――。

 しかし、全て破談となっている。
 クレメントが戦場を駆け回っている間に、婚約者が他の男性と結ばれていたからだ。
 要は、不貞を働いていたのだ。
 最初に婚約していた女性は、命を落とす可能性の高い相手より、ずっとそばにいてくれる人がいいと、従者と駆け落ちした。

 確かに、いつ死ぬかもわからない相手を、ただ待ち続けるのは辛いことだろう。
 しかし元婚約者は、必ず生きて帰ってきてほしいと、クレメントの前で涙していたのだ。
 特に好意を抱いていたわけではなかったが、当時のクレメントはショックを受けていた。

(それも一度や二度のことではないのだから、その度に傷付いてきたのだろう……)

 そして気付いた時には、クレメントは己の人生から、全ての女性を排除するようになっていた――。

 伴侶は、女性でなくとも良い。
 クレメントの人生に女性は不要の存在となった。
 しかしそうなると、クレメントの近くにいる男性は、大半が部下である。
 上官であるクレメントが夜の誘いをすれば、誰も断ることは出来ないだろう。


『戦で気持ちが昂っていたとしても、命懸けで戦ってきた家族に、そんな可哀想なことはさせられない……。それに私だって、相手は誰でもいいわけではないのだ』


 顔面凶器と恐れられているクレメントだが、実は誰よりもピュアだった――。


 クレメントは、度々登場する部下のことを『家族』と記している。
 家臣を大切にしているクレメントを、フラヴィオはとても好ましく思っていた。

 そして、神殿で運命の出逢いを果たした――。

 女性の顔を判断できなくなっていたクレメントの前に、ひとりのメイドが現れた。


『澄んだ翡翠色の瞳がとても綺麗な人は、私を恐れることがなかった。きっと、私のことを知らなかったのだろう。その時点で、なにか事情があるのだとすぐにわかったが。とても新鮮で、不思議な気持ちになった』


(っ、私のことだ……)

 フラヴィオのことは、サヴィーニ子爵家の遠縁の者だと思っていたようだ。
 クレメントは、フラヴィオの咄嗟の嘘を信じてくれていた。
 そのことにフラヴィオはちくりと胸が痛くなる。


『間者の可能性も脳裏をよぎったが……。それでも私が手を貸そうと思ったのは、この時既に、ヴィオの微笑みに心を奪われていたのかもしれない。直感で回し者ではないと思ったが、ヴィオになら、騙されて腹を斬られてもかまわない』


 愛の告白が綴られており、フラヴィオの顔はみるみるうちに真っ赤に染まっていた――。


 アキレスからは、何度もフラヴィオの素性を調べるようにと言われていたが、クレメントは決して調べようとはしなかった。
 フラヴィオから話してくれる時を、ずっと待っていたのだ。


『どんな時でも最善の道を選んできたつもりだが、ヴィオのことになると迷ってしまう。私が相手の気持ちを考えるようになったのは、ヴィオに出逢ってからだ』


 そのことに気付いた時、クレメントはフラヴィオに恋をしていると確信した。
 そしてレオーネ領について調べている時に、偶然知ってしまった。
 クレメントの恋した相手が、男性だったこと。
 レオーネ伯爵家の嫡男だったことを――。


『性別など関係ない。真実を知ったとしても、ヴィオを愛する気持ちは一切変わらなかった。ヴィオを幸せにしたいと思うのに、ヴィオのそばにいるだけで、私が幸せな気持ちになってしまう。ヴィオに会いたくてたまらない。ヴィオが愛おしくて――以下割愛する』


「…………ふっ、ふふふっ」

 少し気恥ずかしくなる内容が、何度も割愛されている。
 それでも分厚い書物は、フラヴィオへの愛で溢れていた――。











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