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67 クレメント
しおりを挟むこの度めでたく想い人を後妻に迎え、昼夜ぶっ通しで見つめ続けていたが、疲れを微塵も感じさせないクレメントは、颯爽と領地へ向かっていた――。
本日は初めて愛馬のヘルムートではなく、馬車に乗っている。
寝不足だからではない。
数多の敵を斬り捨ててきた腕に、愛しき至宝を抱いているからだ――。
長く美しい金色の髪を撫でれば、うつらうつらと船を漕ぐクレメントの愛おしい人が、ふにゃりと頬を緩めた。
『クレメント様……』
フラヴィオ・レオーネという、極めて殺傷能力の高い大砲で、強靭な心臓をぶち抜かれたクレメントは、生死の境を彷徨っていた――。
クレメントのフラヴィオに対する熱い想いは、現在進行形で加速し続けている。
フラヴィオのそばにいるだけで、戦場を駆け回っている時よりも胸が高鳴るのだ。
皆が無条件に愛らしいと思う、産まれたばかりの赤子を見ても、無だったクレメントの心に『可愛い』という初めての感情が芽生えていた――。
(私の硬く分厚い胸板に頬を寄せているヴィオの、安心しきった表情……。更にどこか甘えた声だ。初めて愛称で呼ばれた時も衝撃を受けたが……。今はヴィオがなにをしても可愛いとしか思えない……)
大半の者には無口だと思われているクレメントだが、実際には違う。
己の影響力を理解しているからこそ、不用意な発言を控えているだけだった。
それでも話すことは苦手だ。
ただ、フラヴィオにだけは絶対に嫌われたくないクレメントは、恥も外聞もかなぐり捨てて、一生懸命言葉を紡いでいた――。
熱い初夜を過ごしたと思われているふたりだが、間違ってはいない。
領地に関する熱い討論をしていた。
互いのことを知りたいと思うふたりだが、どちらも相手から話すことを待つタイプだ。
不憫な生活を送っていたフラヴィオは、過去を思い出したくはないだろう。
そう思うクレメントは、本心では知りたいと思うが、無理に話を聞き出すつもりはなかった。
そうなると、必然的に未来の話をすることになる――。
『フローラがいた頃のレオーネ領のように、領民が暮らしやすい場所にしたい』
それがフラヴィオの願いだ。
貴族らしくもあり、純粋ともいえる願い。
フラヴィオが当主になれずとも、その願いは叶えることが出来る。
ジラルディ公爵夫人として――。
フラヴィオの願いを知った時、武を誇るジラルディ公爵家に生まれた者の義務として、若き頃から戦に身を投じなければならなかったクレメントは、初めて公爵家の人間でよかったと思っていた――。
しかし、軍を仕切ることに関しては、慣れもあって有能なクレメントだが、領地関係には知識不足。
今回、死に物狂いで学んだものの、フローラのそばで学んできたフラヴィオの話についていくのがやっとだった。
(だが、ヴィオの生き生きとした顔を見ることが出来た……)
今はあどけない顔で眠っているフラヴィオを、クレメントはうっとりと眺める。
――大丈夫です。
――なんでもありません。
それがフラヴィオの口癖だ。
今まで頼れる人がいなかったのだろう。
他人に迷惑をかけまいと、なんでもひとりで抱え込んでいたフラヴィオが、今はクレメントに甘えてくれているのだ。
クレメントの心は、歓喜に震えていた――。
戦場となれば、誰もが腕の立つクレメントを頼りにするが、プレッシャーを感じないわけではない。
皆の命がかかっているのだ。
(一番頼って欲しい人が、私に迷惑をかけたくないと、距離を置いていたのだ。頼りにされることしかなかった私にとって、ヴィオは稀な存在だ。それでも、誰かを守りたいと願う気持ちは一緒なんだ)
正反対の環境で生きてきたフラヴィオとの共通点が見つかる度に、クレメントは幸福を感じる。
(まずは毒親を始末しなければな。本当ならば斬り刻んでやりたいが、ヴィオが驚いてしまうだろう。それにヴィオは、小僧を弟として大切に思っている……。だから不憫な生活にも耐え続けてきたのだろう)
フラヴィオが望むのであれば、後妻のお披露目パーティーで毒親を断罪する準備もしていたが、クレメントは取りやめていた。
(だからといって、私の愛するヴィオを苦しめた豚共を、平民落ちなどと生ぬるいことをするつもりはないが……)
一刻も早く屑共の額に焼印を押したくてうずうずしているクレメントは、自身の想いがフラヴィオに伝わっていると、信じて疑っていなかった――。
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