70 / 129
68
しおりを挟むふたりきりになり、いつまでも青い花畑を眺めていたフラヴィオは、想い人の後妻になれた幸運を、しかと噛み締めていた――。
運命だ。
そう思っていたフラヴィオだが、あまりに準備が良すぎる気がする。
それに、クレメントはフラヴィオの全てを知っているようにも思えた。
よって、フラヴィオがまずクレメントに聞いたことは、いつから正体に気付いていたのか、だ。
『最初は知らなかった。ただ、ヴィオとの約束を果たそうと、レオーネ領について調べていた時に……偶然知ったんだ』
約束、とは、フラヴィオが元気になった時に、共にレオーネ領でフローラの好きな青い花を育てようと、話していたことだ。
クレメントはその約束を覚えてくれており、さらに実行してくれていたのだ。
その場だけの会話で終わらせなかったクレメントに、フラヴィオは胸がいっぱいになる。
だが、クレメントはというと、隠し事がバレてしまった子供のように、フラヴィオの顔色を窺っていたのだ。
その時のクレメントの頼もしい体は、いつもより酷く小さく見えた気がした。
暖かな腕の中で馬車に揺られるフラヴィオは、緊張していたのか、ごくりと盛大に喉を鳴らしたクレメントの姿を思い出して、小さく笑った。
(なんの力もない十七の私に、怒られるとでも思ったのだろうか? 強面なのだが、とにかく可愛かったな……)
フラヴィオが戦場の鬼神と恐れられている男を、可愛いと思っていることは、誰も知らないだろう。
フラヴィオにだけ見せてくれる顔であったらいいのに、と思っていた――。
◇
以前はレオーネ領だった場所に向かう途中、ジラルディ公爵領にも顔を出したふたりは、仲睦まじく領地を見回っていた。
「領主様が後妻を迎えたと聞いていたけど……。あのお方は、誰だ……?」
「誰かはわからないが……。物凄い美人だな」
「ああ、気品に溢れている。他国の王子様か?」
近頃は、暇があれば領地を訪れていたクレメントだが、初めて馬車で参上したのだ。
しかも、なんとも美しい人の手を引いて――。
フラヴィオが他国の王族ではないかと噂が流れてしまうほど、クレメントは丁重な対応だった。
前妻のロミオといる時ですら、気遣う姿を一度として見たことがなかったのだ。
領民が騒然となるのも無理はなかった。
そして領民の声を聞くクレメントだが、すぐには答えられないことも多い。
そんな時に、フラヴィオがフォローする。
領民たちは戸惑っていたものの、領地に関して熱心に話しているふたりを歓迎していた――。
最後に青い花畑を見に行く公爵夫夫。
仲良く寄り添うふたりの後を、多くの家臣と領民たちがぞろぞろとついて回っていた。
なにせ普段のクレメントは、突然現れて嵐のように去っていくのだ。
ゆったりとしていることはないため、皆どこかウキウキとした足取りで、ふたりを追いかけていた。
「私はまだまだ勉強不足だな……」
今まで領民と真摯に向き合っていたというのに、クレメントがどこか悩ましげに溜息を吐く。
足を止めたフラヴィオは、遠くを見つめている漆黒色の瞳を覗き込んだ。
「私は、クレム様は誰よりも立派な領主だと思っています」
「…………っ」
思いがけない言葉に、クレメントは息を呑んだ。
「だって、この国の領主が領民のことを考えられるのは、クレム様が体を張って、国を守ってくださったおかげなのですから……」
「っ、」
ゴツゴツとした両手を握りしめたフラヴィオが、花が綻ぶように笑う。
武功を立て、陛下から褒美をもらい、国民からも称賛されてきたクレメントだが、領主として認められたのは初めてだった――。
ぐっと眉間に皺が寄るクレメントは、温かな言葉をかけてくれる人の手を、傷付けないように……だが、しっかりと握りしめた。
「それに。私もまだまだ勉強不足なのです。これからは、クレム様と一緒に学びたい……」
「…………ヴィオ」
美しく咲き誇る青い花に囲まれるふたりが両手を繋ぎ、熱い視線を絡ませる――。
その光景を、あんぐりと口を開けて見ている大勢のギャラリーは、言葉を失っていた。
後妻に惚れ惚れとしているクレメントの表情は、かつて見たこともないほど柔らかい。
戦場の鬼神は、恋をしているのだ――。
誰もが、きゅんとする胸を押さえていた。
――その日の夕刻。
広大なジラルディ公爵領で、号外が発行された。
英雄の美しく聡明な後妻、フラヴィオ・レオーネの名が、平民の間で広く知れ渡ることとなっていた――。
340
お気に入りに追加
7,013
あなたにおすすめの小説
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした
なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。
「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」
高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。
そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに…
その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。
ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。
かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで…
ハッピーエンドです。
R18の場面には※をつけます。
無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~
紫鶴
BL
早く退職させられたい!!
俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない!
はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!!
なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。
「ベルちゃん、大好き」
「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」
でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。
ーーー
ムーンライトノベルズでも連載中。
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される
秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】
哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年
\ファイ!/
■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ)
■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約
力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。
【詳しいあらすじ】
魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。
優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。
オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。
しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
【BL】こんな恋、したくなかった
のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】
人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。
ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。
※ご都合主義、ハッピーエンド
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる