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 ふたりきりになり、いつまでも青い花畑を眺めていたフラヴィオは、想い人の後妻になれた幸運を、しかと噛み締めていた――。

 運命だ。
 そう思っていたフラヴィオだが、あまりに準備が良すぎる気がする。
 それに、クレメントはフラヴィオの全てを知っているようにも思えた。

 よって、フラヴィオがまずクレメントに聞いたことは、いつから正体に気付いていたのか、だ。

『最初は知らなかった。ただ、ヴィオとの約束を果たそうと、レオーネ領について調べていた時に……偶然知ったんだ』

 約束、とは、フラヴィオが元気になった時に、共にレオーネ領でフローラの好きな青い花を育てようと、話していたことだ。
 クレメントはその約束を覚えてくれており、さらに実行してくれていたのだ。
 その場だけの会話で終わらせなかったクレメントに、フラヴィオは胸がいっぱいになる。

 だが、クレメントはというと、隠し事がバレてしまった子供のように、フラヴィオの顔色を窺っていたのだ。
 その時のクレメントの頼もしい体は、いつもより酷く小さく見えた気がした。



 暖かな腕の中で馬車に揺られるフラヴィオは、緊張していたのか、ごくりと盛大に喉を鳴らしたクレメントの姿を思い出して、小さく笑った。

(なんの力もない十七の私に、怒られるとでも思ったのだろうか? 強面なのだが、とにかく可愛かったな……)

 フラヴィオが戦場の鬼神と恐れられている男を、可愛いと思っていることは、誰も知らないだろう。
 フラヴィオにだけ見せてくれる顔であったらいいのに、と思っていた――。





 以前はレオーネ領だった場所に向かう途中、ジラルディ公爵領にも顔を出したふたりは、仲睦まじく領地を見回っていた。

「領主様が後妻を迎えたと聞いていたけど……。あのお方は、誰だ……?」

「誰かはわからないが……。物凄い美人だな」
 
「ああ、気品に溢れている。他国の王子様か?」

 近頃は、暇があれば領地を訪れていたクレメントだが、初めて馬車で参上したのだ。
 しかも、なんとも美しい人の手を引いて――。
 フラヴィオが他国の王族ではないかと噂が流れてしまうほど、クレメントは丁重な対応だった。
 前妻のロミオといる時ですら、気遣う姿を一度として見たことがなかったのだ。
 領民が騒然となるのも無理はなかった。


 そして領民の声を聞くクレメントだが、すぐには答えられないことも多い。
 そんな時に、フラヴィオがフォローする。
 領民たちは戸惑っていたものの、領地に関して熱心に話しているふたりを歓迎していた――。


 最後に青い花畑を見に行く公爵夫夫。
 仲良く寄り添うふたりの後を、多くの家臣と領民たちがぞろぞろとついて回っていた。
 なにせ普段のクレメントは、突然現れて嵐のように去っていくのだ。
 ゆったりとしていることはないため、皆どこかウキウキとした足取りで、ふたりを追いかけていた。


「私はまだまだ勉強不足だな……」

 今まで領民と真摯に向き合っていたというのに、クレメントがどこか悩ましげに溜息を吐く。
 足を止めたフラヴィオは、遠くを見つめている漆黒色の瞳を覗き込んだ。

「私は、クレム様は誰よりも立派な領主だと思っています」

「…………っ」

 思いがけない言葉に、クレメントは息を呑んだ。

「だって、この国の領主が領民のことを考えられるのは、クレム様が体を張って、国を守ってくださったおかげなのですから……」

「っ、」

 ゴツゴツとした両手を握りしめたフラヴィオが、花が綻ぶように笑う。

 武功を立て、陛下から褒美をもらい、国民からも称賛されてきたクレメントだが、領主として認められたのは初めてだった――。

 ぐっと眉間に皺が寄るクレメントは、温かな言葉をかけてくれる人の手を、傷付けないように……だが、しっかりと握りしめた。

「それに。私もまだまだ勉強不足なのです。これからは、クレム様と一緒に学びたい……」

「…………ヴィオ」


 美しく咲き誇る青い花に囲まれるふたりが両手を繋ぎ、熱い視線を絡ませる――。


 その光景を、あんぐりと口を開けて見ている大勢のギャラリーは、言葉を失っていた。
 後妻に惚れ惚れとしているクレメントの表情は、かつて見たこともないほど柔らかい。
 戦場の鬼神は、恋をしているのだ――。
 誰もが、きゅんとする胸を押さえていた。


 ――その日の夕刻。


 広大なジラルディ公爵領で、号外が発行された。
 英雄の美しく聡明な後妻、フラヴィオ・レオーネの名が、平民の間で広く知れ渡ることとなっていた――。

















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