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66 ティト

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 重要な任務を終えたティトは、家令のオスカルに報告していた。
 それから続々と商人が訪れ、必要以上に買い物をするレオーネ伯爵夫妻。
 新婚夫夫が部屋にこもっているからと、やりたい放題である。

 しかし、なので、誰も咎めることはなかった――。

 そしてひとり。
 商人を無視する若者が、小刻みに震えていた。
 昔よりも随分と背が高くなり、男らしい顔付きに成長を遂げていた、フラヴィオの異母弟だ。

「あの……大丈夫ですか……?」

 ミゲルだけは危機を察知しているのか、一切買い物をしていなかった。
 食事も喉を通らない様子で、心配になったティトは、こっそりと声をかけていた。

「兄様がっ……僕の兄様が、犯されているかもしれない……っ」

「…………」

 ティトには理解不能だった。
 閣下とフラヴィオは、誰の目から見ても新婚ほやほやのふたりである。
 それがなぜ、犯されることになるのか。
 仮に政略結婚だったとしても、枕を共にするのは普通のことだろう。
 やはりティトにはミゲルの話が理解できないのだが、目の前の男は頭を抱えていた。

「もう、五日だ……。兄様を助けないと……っ。きっと無理やり……ッ、あ゛あああッ!! なぜ、僕は兄様が捨てられると思ったんだ……っ。あんなに魅力的な人なんだから、誰からも好かれるに決まっていたのにッ!!」

 ティトは、狂った男から距離を置いた。
 ミゲルもティトを知っているはずだが、血走った目はティトを認識していなかった。

「なあ、兄様に会わせてくれ……っ。きっと僕の助けを待っているに違いないんだッ!!」

 ちびりそうになるティトの背に、悲痛な叫び声が突き刺さる。
 だがしかし、何度考えてもティトには意味がわからなかった。


 ――そして二日後。


 ミゲルの話が頭から離れないティトは、ぐるぐると考え込んでいた。
 嫌な予感がする、とティトは震えた。

(閣下の愛情が爆発して、フラヴィオ様が……やり殺されるなんてことは――……ッ!!!!)

 一糸纏わぬ姿のフラヴィオが、寝台でぐったりとしている姿を想像して、顔を赤くしたり青くしたりするティトは、気付けば家令のもとへ走っていた。

「そんなに慌ててどうしたんだ?」

 とりあえず水を、と新人の庭師にも気軽に声をかけてくれたピエール。
 角刈り頭でいかにも軍人らしい強面だが、気配りのできる優しい人だ。

(閣下を敬愛している人たちに、すごく失礼なことを話してもいいのだろうか……)

 悩むティトの前には、『フラヴィオ様の安否確認が必要だ』と、集まっていた閣下の家臣たちが、皆ティトと同じ思考に至っていた――。

 ちょうどフラヴィオのもとへ行くところだったようで、安心したティトはごくごくと水を飲む。
 そんなティトを見てくすりと笑ったアキレスは、ティトの頭を撫でた。
 絶世の美人であるフラヴィオと並んでも見劣りしない、とても綺麗な顔のアキレスが微笑む。
 ドキリとするティトは、ぱちぱちと目を瞬いた。

「敵国の捕虜を何千人とぶち犯していそうな見た目ですが。閣下はですので、ご安心を」

「ブフーーーーーーーーッ!!!!」

 ティトはたまらず水を吹き出した。
 狼狽えるティトを見て、くすくすと笑っているアキレスは、綺麗な顔をした悪魔だった。
 揶揄われたことに気付いたが、アキレスが話した内容は真実らしい。

(童貞なら、余計に暴走するんじゃ……?)

「心配いりませんよ。私は遠耳が利きますので」

 確信しているように話したアキレスと共に公爵夫人の部屋に行けば、すぐに閣下が顔を出した。
 ふかふかのブランケットに包まれ、眠りについているフラヴィオを抱いて――。
 寝台を見れば、大きなへこみがひとつ。

(まさか、一晩中抱っこで過ごしていたのか……?! きょ、強靭な精神力の持ち主だっ!)

 尊敬するティトだったが、張本人はフラヴィオの耳に防音用のもこもことした耳当てをつけ、『ふぐぬぅッ!』と悶絶していた――。

(……うん。この調子ならきっと大丈夫。……フラヴィオ様が誘惑しない限りは……)

 閣下が落ち着いたところで、家令がレオーネ伯爵夫妻の話をする。
 ふたりの行動を予想はしていたようだが、閣下は呆れ顔である。

「少し早いが、視察に向かう」

「畏まりました」

 閣下の指示のもと、皆は領地の視察に向かう準備をすることになった。

 留守番担当のティトは、奉仕活動中の犯罪奴隷の待つ領地へ向かう、豪華に着飾ったレオーネ伯爵夫妻を笑顔で見送っていた――。























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