上 下
48 / 129

47 ミランダ

しおりを挟む


 珍しく高位貴族が集まるお茶会に招待されていたミランダは、いつも以上に張り切っていた――。

(ついにこの時が来たのよ……)

 貴族とは名ばかりの貧乏准男爵家出身。
 しかも次女だったミランダは、四人兄妹の中でも特にお金をかけてもらえなかった。
 服はいつも姉のお下がりで、食事だって兄に奪われていた。
 貴族の令息令嬢が当たり前のように通う学園も、ミランダの場合は両親に必死に頼み込まなければ、間違いなく通わせてもらえなかった。

 そんなミランダが、雲の上の存在である夫人たちのお茶会に参加するのだ。
 第一印象が大切だと、ミランダは好みではない上品に見えるドレスを選んでいた。
 普段よりも濃いめな化粧を施しており、今のミランダは自信に満ち溢れていた。

 浮かれているミランダだが、フローラの喪が明ける前に、ド派手な格好でレオーネ伯爵夫人として登場していたのだ。
 悲しむ素振りすら見せることなく、喜色満面だったミランダは、既に多くの者たちに悪印象を与えていたことを失念していた。

(帰ったら、フィリに自慢しないとね? 人をイラつかせることが得意な男だけれど、わざとじゃないんだもの)

 フィリッポの心を射止めた瞬間から、ミランダの人生は順風満帆だった。
 ある一点だけを除けば、冴えない容姿のフィリッポは、ミランダにとっては最高の男なのだ――。



 派手さはないが、歴史を感じられる格式高いフォレスティ侯爵邸のサロンに案内されると、既に招待客が席に着いていた。

「いらっしゃい。待っていたわ?」

 新緑色の髪と瞳が、森の妖精のように美しい女性――リュシエンヌがミランダに微笑みかける。
 新参者だというのに遅刻してしまったのかと焦るミランダだが、誰からも咎められなかった。

「っ、遅れて申し訳ありません」

「ふふっ、気にしないで? みんなが早かっただけなの。あなたに会えるのを楽しみにしていたみたい。もちろん、私もよ?」

 にこりと天使のように微笑んだリュシエンヌの愛らしさに、ミランダは思わず頬を染める。
 招待客の中では最も低い身分だというのに、主催者の隣の席を用意されていた。

「ミランダは、私のお友達に会うのは初めてでしょう? 心細いかと思って、隣にしておいたわ?」

「っ、ありがとうございますっ」

 親しげに名を呼ぶリュシエンヌは、国の英雄が無事に帰還し、盛大な祝賀パーティーが開かれた際に知り合った女性だ。
 気分が悪くなり、休憩室に逃げ込んでいたミランダを優しく介抱してくれたのだ。

「レオーネ伯爵夫人は、私の友人なの」

 フォレスティ侯爵夫人に紹介されたミランダは、緊張した面持ちで丁寧に挨拶をする。
 いつもは格下の相手ばかりをしていたため、今日は輪の中心にはならないだろうと思っていたミランダだが、皆とても友好的な雰囲気だった。
 それもすべて、社交界では一目置かれているリュシエンヌが、ミランダを友人だと紹介してくれたおかげだろう。

 ただ、普段は自慢話ばかりをしていたミランダは、夫人たちの会話についていけなかった。
 相槌を打つだけで精一杯。
 話を振られたらなんと答えたら良いのかわからず、なるべく気配を消していた。

「でも、災難だったわね? 領地の管理を任せていた男の横領が発覚するだなんて」

 静かすぎるミランダを気にかけるリュシエンヌが、訳のわからぬことを告げる。
 紅茶を口にするミランダに視線が集まっていることに気付き、なかなかカップを手放せない。

「そうよね。今日はよく来てくれたと思うわ?」

「でも、レオーネ伯爵家はフローラ様が遺した資産があるもの。領地を没収されたところで、そこまで痛手ではないのかしら?」

「っ、領地が没収されるですって!?」

 とんでもない話を耳にした瞬間、ミランダは悲鳴を上げていた――。
 ハッとして口を引き結んだが、時すでに遅し。
 扇子で口元を隠しているものの、夫人たちの咎めるような視線がミランダに突き刺さる。

「あら、てっきり知っているのかと……」

 ごめんなさいね、と小声で謝ったリュシエンヌ。
 申し訳なさそうな表情だが、新緑色の瞳はミランダを嘲笑っているように見えた。
 友人だと思っていた相手が、急に敵に思えたミランダの背に、どっと冷や汗が噴き出ていた――。


















しおりを挟む
感想 156

あなたにおすすめの小説

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん
BL
【第2部開始 更新は少々ゆっくりです】ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

婚約破棄される悪役令嬢ですが実はワタクシ…男なんだわ

秋空花林
BL
「ヴィラトリア嬢、僕はこの場で君との婚約破棄を宣言する!」  ワタクシ、フラれてしまいました。  でも、これで良かったのです。  どのみち、結婚は無理でしたもの。  だってー。  実はワタクシ…男なんだわ。  だからオレは逃げ出した。  貴族令嬢の名を捨てて、1人の平民の男として生きると決めた。  なのにー。 「ずっと、君の事が好きだったんだ」  数年後。何故かオレは元婚約者に執着され、溺愛されていた…!?  この物語は、乙女ゲームの不憫な悪役令嬢(男)が元婚約者(もちろん男)に一途に追いかけられ、最後に幸せになる物語です。  幼少期からスタートするので、R 18まで長めです。

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!

黒木  鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。

悪役令息の死ぬ前に

やぬい
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」  ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。  彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。  さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。  青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。 「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」  男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。

秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。 第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。 第十王子の姿を知る者はほとんどいない。 後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。 秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。 ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。 少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。 ノアが秘匿される理由。 十人の妃。 ユリウスを知る渡り人のマホ。 二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。

処理中です...