49 / 129
48 ミランダ
しおりを挟む「でも、レオーネ伯爵はご存知でしたわよ? 横領が発覚したけれど、取り潰しにはならなかっただけよかったと、友人たちに話していたみたいよ?」
信じられない話に、ミランダは開いた口が塞がらなかった。
(領地を没収されたら、収入がなくなるじゃないッ!! それなのに、なにがよかったのよッ!!)
嘘だと思いたい。
だがミランダは、すぐに人のせいにするフィリッポの性格をよく知っている。
呑気な顔で笑っていそうだと想像出来てしまい、軽く眩暈がしていた。
「レオーネ伯爵は、昔から領地経営に関心がなかったものね?」
「わたくしからしてみれば、到底考えられないことだけれど……。ふふっ、ある意味助かったわね?」
「っ、」
フィリッポが馬鹿にされていることに気付いたミランダは、カッと頬が赤く染まる。
夫は無能である方がいいと思っていたミランダだが、赤の他人から馬鹿にされるのは耐えきれない。
耳を塞ぎたい気持ちを必死に堪え、ミランダはぎゅっとドレスを握りしめる。
(ここで逃げ出してしまえば、社交界の中心人物たちの仲間入りが出来ない……)
キツく握りしめていたミランダの手に、リュシエンヌはそっと柔らかな手を重ねた。
「ずっと陰で支えてくれていたお方がいなくなってしまったんだもの……。横領を見抜けなかったからといって、悲観することはないわ?」
「っ……」
励ましの言葉をかけてくれているようにも思えるが、実際には違う。
ミランダでは、フローラの代わりにはなれなかったと言われたのだ。
伯爵夫人の器ではないと判断されていることに気付き、ミランダは顔色を失った。
領地を任せていた男が、不正を働いていたことは知っていた。
フローラという監視役がいなくなったのだ。
誰だって魔が差してしまうことはあるだろう。
ミランダは咎めることはしなかった。
金の管理に厳しいフローラとは違い、ミランダは慈悲深い伯爵夫人として振る舞っていたのだ。
(でも、四年前からバレなかったのに、どうして今頃になって……)
ミランダの心の問いに答えるように、夫人たちが語り出す。
「ジラルディ公爵が、レオーネ領を荒らしていた賊を一網打尽にしたでしょう? 他の領地に比べて税が高いのに、なぜレオーネ伯爵は対策を取らなかったのだと、不審に思ったみたいなのよ」
「特に自然災害があったわけでもないのにねぇ」
「でも、さらっと賊を捕縛するだなんて、さすがとしか言いようがないわ? あのお方がいれば、ディーオ王国は安泰だわ」
フラヴィオの縁談を持ちかけてきた相手の息子の名が上がり、ミランダは息を呑む。
獰猛な肉食獣のような戦場の鬼神を思い出しただけで、ミランダの全身に鳥肌が立った。
(あのバケモノのせいだったのね……ッ!!)
使用人たちによく思われたいがために不正を見逃していたというのに、ミランダは自分のことは棚に上げていた。
「本当なら、当主として責任を問われてもおかしくはないけれど、陛下もお優しい方よね? まあ、降爵する可能性はあるけれど」
「っ、そんな……ッ!!」
ミランダが口を開こうとすれば、ぎらりと鋭い視線を向けられる。
ここで文句を言おうものなら、国王陛下に楯突いたと集中砲火を浴びるだろう。
ゾッとするミランダは、喉まで出かかった言葉をなんとか飲み込んでいた。
ミランダを慰めるように『よかったじゃない』
と、口々に話す夫人たち。
言い知れぬ恐怖にガタガタと震えるミランダの目には、リュシエンヌたちが綺麗な顔をした化け物に見えていた――。
◇
地獄のお茶会から解放されたミランダは、大急ぎでレオーネ伯爵邸に帰宅していた。
「……ミランダ? へぶ――ッ!」
汗だくになるミランダは、抱きつこうとしたフィリッポに体当たりし、ミゲルを呼んだ。
「ミゲルッ!! 早くフラヴィオを嫁がせないとッ!! 子爵位に降爵してしまえば、フラヴィオを奪われてしまうわっ!!」
「…………」
必死になって探しているものの、愛する兄の居場所がわからず、ミゲルの目は死んでいた。
前々からサヴィーニ子爵家からは、フラヴィオに会わせろと何度も言われているのだ。
その申し出をフィリッポが突っぱねていたが、同格になってしまえば今後はどうなるかわからない。
「見つけ次第、祝福の儀を受けさせて!!」
「…………祝福の儀? っ、そうか!!」
ミゲルの瞳がカッと見開かれる。
今度はミランダが突き飛ばされるが、母親のことなど視界に入っていないミゲルは、神殿に向かって馬を飛ばしていた――。
318
お気に入りに追加
7,096
あなたにおすすめの小説
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
公爵家の次男は北の辺境に帰りたい
あおい林檎
BL
北の辺境騎士団で田舎暮らしをしていた公爵家次男のジェイデン・ロンデナートは15歳になったある日、王都にいる父親から帰還命令を受ける。
8歳で王都から追い出された薄幸の美少年が、ハイスペイケメンになって出戻って来る話です。
序盤はBL要素薄め。
死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!
時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」
すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。
王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。
発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。
国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。
後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。
――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか?
容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。
怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手?
今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。
急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…?
過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。
ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!?
負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。
-------------------------------------------------------------------
主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。
魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます
オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。
魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。
嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした
ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!!
CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け
相手役は第11話から出てきます。
ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。
役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。
そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。
前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか
Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。
無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して――
最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。
死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。
生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。
※軽い性的表現あり
短編から長編に変更しています
無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~
紫鶴
BL
早く退職させられたい!!
俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない!
はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!!
なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。
「ベルちゃん、大好き」
「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」
でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。
ーーー
ムーンライトノベルズでも連載中。
BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました
厘/りん
BL
ナルン王国の下町に暮らす ルカ。
この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。
ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。
国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。
☆英雄騎士 現在28歳
ルカ 現在18歳
☆第11回BL小説大賞 21位
皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる