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婚約編
24
しおりを挟む今まで息を潜めて生活していた第二騎士団の巨人族が、私たちの前に立ちはだかる。
まさか狩猟大会に参加するとは思ってもみなかったが、最近調子に乗っている男が原因だろう。
第一騎士団の副団長を務める私──ワルモンド・クリプスと同じ爵位でありながら、落ちこぼれのシュヴァリエ・ライトニング。
騎士団で顔を合わせることはあれど、直視できない程の醜さだ。
富の象徴である肉体を得ることも出来ず、パーフェクトヒューマンである私と正反対の容姿。
前世でどれ程の悪行をしたのかと問いたくなるほどの醜男なのだが、不憫にも思っていた。
それなのに……。
「醜い巨人族が、神聖な黒を身につけるなどあってはならないことなのにっ!」
憤慨する私の視線の先には、第二騎士団員の左手首を彩る、黒紐で作られたお守り。
醜男たちそれぞれの瞳の色で、名前が編み込まれていた。
……なんて素晴らしい技術なんだ!!
一目見ただけで、想いのこもったお守りだということが判断出来る。
さすがは、サルース商会を国一番の大商会にまで成長させた貢献者である、秀才なリュセ様だ。
喉から手が出るほど欲しい。
それを新米の巨人族に自慢げに見せつけられて、はらわたが煮えくり返る。
「市販のお守りでも嬉しいのに、リュセ様の手作りだぜ? 最高だろっ」
「ああ! お守りを作っている時のリュセ様は、俺のことだけを考えながら作ってくれていたに違いないっ! 伴侶になれなくたって、幸せすぎるだろうっ!」
「……はぁ。想像しただけで顔が緩んじまう」
お守りを見せ合う巨人族は、もうすぐ狩猟大会が始まるというのに、だらしない顔を晒していた。
私の左手首に巻かれている真っ赤なお守りだって、超高級な紐で作られたものだ。
貰った時は嬉しかったはずなのに、どうしてか私は誰にも見えないように隠していた。
「予定変更だ! いいか。私は例年通りに兎を狩るが、お前たちは猪を狙え」
「っ、猪ですか……」
「そうだ。巨人族に負けるわけにはいかない。そして私の獲物は、リュセ様に捧げる」
難色を示していた部下たちが、息を呑んだ。
リュセ様と醜男が身分差の恋を実らせ、しかも容姿は、世界一の美人と底辺の醜男だ。
おかげで、常に社交界の中心であった私とサマンタの注目度が下がっている。
その状況を打破するべく、サマンタには他の恋人と別れさせ、私だけを愛することを誓わせた。
そのせいで、サマンタにかける金が、とんでもないことになっているが……。
羨望の眼差しを向けられる私たちの人気は、衰えてはいない。
ただ、甘え上手なサマンタを愛してはいるが、知性が足りない。
そんなところも愛らしいと思っていたのだが、リュセ様を目で追うようになってからは、サマンタが幼稚な子供にしか見えなくなっている。
なにより、美しすぎる私と目を合わせることが出来ないのか、リュセ様の恥じらう姿がとても魅力的なのだ。
最近の私は、あのお方を組み敷くことしか考えていなかった。
「猪がダメなら、兎を最低五羽仕留めるんだ。そうすれば、お前たちもリュセ様の伴侶にしてもらえるよう、話をしてやろうではないか」
「っ……ワルモンド様なら、リュセ様を落とせるかもしれない」
「た、確かに……。今の婚約者が醜男だから、余計に美しく見えるはずっ!」
「それに、優勝者の求愛を断る人なんて、この世にいないだろう。もう、捨て身で猪を狩るしかないっ!」
喜色を滲ませた瞳をする部下たちは、今年も私のために獲物を仕留めて献上するだろう。
だが、話をしてやるだけで、リュセ様を独占するのは、この私だ!!
余裕をかましていた私は、貼り出された十一位以下の集計結果を見て、唖然としていた。
「そんなっ、馬鹿なっ!! なぜ私が、三十一位なんだっ!!」
毎年上位に名を連ねていた第一騎士団全員の名前が貼り出されるという、前代未聞の結果。
つまり、上位十名は、全員第二騎士団員が占めていることになる。
見下していた醜男たちが次々と表彰されていき、全員がリュセ様に獲物を捧げる光景を眺めることしか出来ない私は、優勝者があの男でないことだけをただただ祈っていた。
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