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39、純潔
しおりを挟む「ッッ・・・――やッ・・・た!!」
細かくなった水滴が、霧雨となってキャバクラの店内に降り注いだ。
オメガセイレーン必殺の一撃、〝水砕龍”。水天使の名に相応しい大技の炸裂に、郁美の歓喜の叫びが響く。
なんとか身体を起こそうとする女子大生を、走り寄った影が抱き締めた。
「え!? ・・・司具馬?」
「今のうちに、逃げるぞ。郁美」
ミニスカから生えた太ももの裏に、突き刺さった酒瓶を司具馬は一気に引き抜いた。
秀麗な美乙女の眉が、奔る激痛に曇る。もちろんこの場合、ガラス瓶を抜くのは郁美のためだ。
「くゥ”ッ!! ・・・どうしたの!? なんでそんな、怖い顏を・・・」
「オレは以前にも、あの〝水砕龍”という技を見たことがある」
両腕で、司具馬は負傷した女子大生を抱き上げた。いわゆるお姫様だっこの態勢。
その表情は沈痛と緊迫に彩られていた。
「さっきとは、まるで威力の違う技だった。すでに絵里奈さんは・・・終わっているんだ。恐らく今のが、オメガセイレーン最後の一撃だろう」
「そんッ・・・なッ!?」
郁美の叫びに呼応するように、なにかが崩れる音色が重なる。
青のスーツとフレアミニ、そしてケープとを纏った水の美神が、カラになったプールの底にうつ伏せに倒れていた。
腰までに届くストレートヘアーが、しっとりと濡れて輝いていた。
「・・・逃げ・・・て・・・」
美貌をプールの底に押し付けたまま。
セイレーンは静かに、言葉を発した。もはや顏をあげる力すら、蒼碧の水天使にはなかった。
「私のことは・・・いいから・・・郁美ちゃん、は・・・逃げるのよ・・・」
「できませんッ!! そんなことッ・・・絵里奈さんも一緒にッ!!」
「残念だが、六道妖のふたりを相手に、郁美と絵里奈さんの両方を逃がすことはできない。オレにできるのは、どちらか一方を守るので精一杯だ」
「だったらッ!! オメガスレイヤーの絵里奈さんを守るのが当然じゃ・・・」
「オレの役目は郁美を守ることだ。そしてなにより、絵里奈さんはもう・・・」
「そうじゃ。オメガセイレーンは、すでに我らの手に堕ちた」
不意に湧いた声に、ようやく郁美は気付いた。そぼ降る水飛沫のなか、横たわる水天使の傍らに、ふたつの影が立っていることに。
骸頭と縛姫。ふたりの六道妖は生きていた。ほとんど無傷で。
本来の〝水砕龍”ならば、この二体を一気に殲滅することもできただろう。しかしオメガセイレーンは、あまりに〝オーヴ”に力を奪われ過ぎた。
「まさか、あの状態から反撃してくるとは驚いたけど・・・所詮、限界だったようねェ」
縛姫のオレンジ色の髪が、意志をもったように長く伸びていく。横臥するセイレーンに、シュルシュルと絡みつく。
セイレーンの全身に絡みついた無数の髪は、青色のスーパーヒロインを頭上高く掲げた。
しなやかな四肢を大の字に広げ、水天使が空中で固定される。
「フン・・・どうやら、オメガヴィーナスの妹を助けるために力を使い果たしたようねェ・・・まあ、構わないわ。二兎を得るのが理想だったけど、私たちの第一目標はオメガスレイヤーの殲滅。当初の予定通り、今回はオメガセイレーンの処刑で満足するとしようかねェ・・・」
「キヒヒヒィッ・・・!! 有効な人質をみすみす逃すのは勿体ない気もするが、〝オーヴ”がオメガスレイヤーに通用するとわかった今は、些末な問題じゃて! ここは確実に、セイレーンを始末するとしようぞ!」
〝百識”の骸頭は、再び魔法使いさながらの杖をその手にしていた。
尖った先端を、宙に浮いたセイレーンの背中にピタリとつける。
「ヌシの最後の抵抗に免じて・・・オメガヴィーナスの妹は見逃してやるわい。貴様の命と引き換えにのう」
「ィッ!! ・・・司具馬ッ! お願い、絵里奈さんを助けてェッ!! このままじゃ、本当にオメガセイレーンがッ・・・!!」
「・・・無理だ。わかっているはずだ。オレの力では、妖化屍二体を相手になにもできない」
極細の髪の網に緊縛されたオメガセイレーンの姿が、郁美には磔にされた救世主にも見えた。
死が迫りながら、藤村絵里奈は美しかった。
表情に怯えはなく、青のスーツに包まれた肢体は、妖艶さを増したかのようだった。大の字に身体に、淫靡さがあった。
もはや抵抗の力はなく、処刑されるのを待つ身であることは・・・オメガセイレーン自身が理解していた。
「・・・いいのよ・・・郁美、ちゃん・・・あなたは・・・逃げて・・・」
虚ろに視線を彷徨わせながらも、しっかりとした口調で絵里奈は言った。
「私の藤村家は・・・『征門二十七家』のなかでも下級・・・私は勉強もできなければ運動も苦手な・・・なんの取り柄もない、ただの女だったわ・・・。けれど、水との相性がよかったおかげで・・・なんとかオメガセイレーンとして、やってこれた。こうして自分の城も・・・持つことができたの」
ギリギリと、オレンジの髪が青色の天使を締め付ける。
全身の骨が悲鳴をあげるなか、微笑みながらセイレーンは語り続けた。
「まあまあの、人生だったわ・・・。私にすれば、出来過ぎかもね」
ナンバー1にまで登り詰めたキャバ嬢は、柔らかに笑ってみせた。
「あなたと、司具馬ちゃんの役に少しでもなれて・・・よかったわ。後悔のない、最期よ」
「あれほど反オメガ粒子・・・〝オーヴ”を浴びても、こやつはなかなか滅びなかった。〝オーブ”だけでは、オメガスレイヤーを絶命させるには至らぬかもしれぬのう」
鋭い杖の剣先をセイレーンに突きつけながら、骸頭はボツリと呟く。
〝百識”の異名を持つ妖魔は、殺菌に対するデータについても調査済みであった。一説によれば、人間の掌に付着した雑菌は、数百万から一千万以上。例えば石鹸で1分間手洗いしてみても、それらの雑菌は半分ほどしか死滅しないという。消毒・殺菌を繰り返すことで、それらの数をゼロに近づけることはできるが、完全な無菌状態というのは、現実には不可能と言われている。
オメガ粒子の正体も菌である以上、同様のことが言えるはずだった。
つまり、抗生物質である〝オーヴ”で、限りなくゼロに近づけることはできるが・・・完全に死滅は不可能。わずかにでもオメガ粒子が残存していれば、今回一時的にセイレーンが復活したように、時間とともに増殖するのだろう。
「オメガスレイヤーを始末するには・・・〝オーヴ”以外の要素も必要ということじゃなあ」
皺だらけの怪老が、クシャクシャに顏を歪ませた。
笑っていた。オメガスレイヤー唯一の天敵ともいうべき〝オーヴ”以外に・・・この妖魔は、打倒究極戦士の手段を知っているというのか!?
「ッッ・・・!! 骸頭、お前は・・・」
無意識のうちに、司具馬は眼を見開いていた。
そんな、まさか。
まさか、そんなことが・・・あるわけがない。当然ではあるが、オメガスレイヤーの秘密は『水辺の者』内でも秘中の秘。司具馬にしても、つい1年ほど前に、実績を認められようやく『五大老』から直接教えられたのだ。
そんなオメガスレイヤーにまつわる重要事項を・・・いくら〝百識”とはいえ、知っているわけがない。
「純血・純真・純潔。それが、オメガスレイヤーになる者の条件だそうじゃのう? さしずめ、オメガ粒子との相性をよくするのに、必須な要素というところか」
衝撃に、司具馬の全身が硬直した。
「逆にいえば、それらの条件を崩してやれば・・・鋼鉄の戦士も脆くなるのではないか? ん?」
人妖・縛姫が紫のドレスの袖口を振る。緑色の大蛇が、波を打って長く伸びた。
大の字で緊縛されたセイレーンの右胸。青のスーツを丸く盛り上がらせた膨らみに、ガブリと噛みつく。二又に裂けた舌先で、チロチロと頂点の突起を舐める。屹立していく乳首に、細かな震動を与えていく。
「ひィう”ッ!? んう”ッ・・・!!」
「純潔というからには・・・やはり処女なのかしらねェ~ッ!? とてもそうは見えないけど」
縛姫の嘲りにあわせるように、大蛇はゴキュゴキュと、右の美乳を吸引する。
「んふう”ゥッ――ッ!! ふああ”ッ・・・あああ”ッ~~ッ!!」
「ふふふッ!! 美味しいわよ、セイレーン! 量は少ないけど、搾りカスのように積もった濃厚な生命の味を感じるわァ! お前たちがやけに性的な攻撃に弱く見えるのは・・・純潔というキーワードに、やはり関係しているのかしらァッ~~ッ!?」
ゴキュウウウッ・・・ゴキュウウッ・・・ゴキュウウッ・・・!!
大蛇が嚥下するたび、宙空に捉えられた肢体が、ビクビクと痙攣した。
生命力を吸われる苦痛のみでなく、バキュームによる快感も、セイレーンの身を焦がしていた。究極と讃えられた戦士が、首を振って悶絶している。叫ぶ口から、涎の飛沫が飛び散った。
「あふうう”ゥッ~~、ふああ”ッ・・・!! くあァ”ッ、す、吸わないッ・・・でェ”・・・!!」
「そして純血というからには、大量の血を失うことは死に繋がるのではないかな?」
ドシュウウウウッッ!!!
骸頭の杖が、背中から胸の中央まで。磔状態のオメガセイレーンを、一気に貫いていた。
焦げ跡で描かれた『Ω』のマーク。その中心に、木製の杖が飛び出している。
「があああ”あ”ッ――ッ!? ア”ッ・・・!!」
一瞬の間を置き、胸と背中から、同時に鮮血が噴き出した。
「ィッッ!! 絵里奈ッ・・・さッ・・・!!」
ブチッ!! ブチブチイィッ!! ビリビリィィッ――ッ!!
セイレーンを串刺しにしたまま、杖の剣が肉を切り裂いていく。『Ω』の模様に沿って、水天使の胸中央を引き裂く。
ブシュブシュと、凄まじい量の鮮血がセイレーンの前後で華を咲かせた。蒼碧の水天使が深紅に濡れていく。
「ぎゃああア”ア”ア”ッ――ッ!! うがああア”ア”ア”ッ~~~ッ!!! ウア”あああ”あ”ァ”ッ――ッ!!」
「いやああアアッ――ッ!!! もうやめてぇェッ~~ッ!!!」
司具馬は己が、何を見ているのかさえわからなかった。胸に抱いた郁美の絶叫さえ、遠くに聞こえた。
眼前の凄惨な処刑ショーだけが、打ちのめすのではない。骸頭が放った台詞が、脳裏から離れない。
純血・純真・純潔。
そう、その3つの言葉こそ、オメガスレイヤーになる者の重要なキーワード。3つの要素が揃わなければ、オメガ粒子は宿る者を選ばないという。
問題は、なぜ妖化屍の骸頭が、その秘密を知っているのか?
知識でどうとか、なるものではない。〝オーヴ”のように、研究の成果として発見した、ということも有り得ない。3つの言葉の並びが、司具馬が『五大老』から教えてもらったものとまるで同じになるのは、不自然すぎる。
考えられる答えは、ひとつしかなかった。
誰かに、教えてもらったのだ。『水辺の者』の、誰かに。
それも、下級兵士などではない。この秘密を知るような、地位のある者から・・・骸頭はオメガスレイヤーの秘密を手に入れたのだ。
裏切り者がいる。『水辺の者』のなかに。
しかし、「純血・純真・純潔」のワードを知る者は、『水辺の者』のなかでも限られたエリートのみだ。
聖家のように家柄も高く、実績を数多く残したような・・・それほどの俊英など、数えるほどしかいないはずだった。
「あッ!!」
閃光が、司具馬の脳裏を貫いた。
青年の大脳にある海馬は、今朝の記憶を呼び起こしていた。四乃宮家の一室で、挨拶を交わした美しき女性。
父親が現『五大老』を務める家柄。そして、最強の破妖師オメガヴィーナスの護衛を任されるほどの実績の持ち主・・・
浅間翠蓮。
「マズイッ・・・!! ならば・・・天音が危ないッ!!」
「フフフッ!! これでお前の純潔を散らせばッ・・・もはや生きる力は残っていないだろうねェッ、オメガセイレーンッ!!」
もう片方の腕から、緑の大蛇が〝妄執”の縛姫より放たれた。
開かれたセイレーンの股間に、ズボリと埋まる。
大蛇は陰唇を割り裂き、膣道の奥へと進んだ。固い鱗が、ピンクの肉襞を摩擦する。
「んひいイイ”ィ”ッ・・・!! くはああ”あ”ッ~~ッ、アア”ッ――んん”ッ!!」
「さようならッ!! オメガセイレーンッ!!」
ガジュウウウッッ――ッ!!
水天使の肉壺を埋めた大蛇が、奥にある子宮にかぶりついた。
噛み砕く。牙を立て、グジュグジュと咀嚼する。
「はぎゅウ”ウ”う”ッ―――ッ!!! ぎゅああア”ッ、ウギャアアア”ア”ア”ッ~~ッ!!!」
セイレーンが絶叫するたび、抉り描かれた血染めの『Ω』マークから、赤い飛沫が噴き出した。
子宮に噛みついたまま、緑の大蛇が挿入を繰り返す。右の乳房から、ゴキュゴキュとエネルギーを吸引していく。
大の字で拘束された蒼碧の水天使は、絶叫を轟かせることしかできなかった。犯され、奪われ、切り刻まれて・・・成す術なく妖艶な美姫は蹂躙されていく。
「あふうう”ッ、くふッ!! ・・・んんあああ”ア”ッ、アア”ッ・・・アアア”ア”ァ”ッ―――ッ!!!」
グボグボと、抜き差しされる大蛇が、淫靡な濁音を放つ。
オレンジの網に捕獲された水天使は、本物の昇天を迎えようとしていた――。
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