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第二章

奇妙な令嬢

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 その日の朝は、とにかく忙しかった。

 衣装を置きに来てくれたポーラのお陰で、寝坊せずに済んで良かった。

 顔を洗って軽食をとり、口を清めているうちに、突如、部屋に現われる外注の美容師さん。

 毎度のことながら、マーティンの采配には惚れ惚れする。

 従業員を継続して多く雇えない男爵家でも、王都にいる外注業者を利用すれば十分なんとかなるものなのね。

 宿の外には、今日乗る馬車も到着している。

 この宿から出かけるデビュタントは、私以外にも居るようで、何台もの馬車が外で待機し、とっても賑やか。

 因みに、宿をとって王都に滞在するのは、子爵以下の貴族のみ。

 では伯爵以上は? 

 お分かりですよね。
 王都内に邸宅をお持ちです。

 上位貴族は馬車なんかも当然自前だから、下位貴族も今日に合わせ馬車を借りることができる。
 しっかり事前に、予約をいれなきゃダメだけど。


 そんなことを考えていたら、あっという間に支度を整えてくれました!
 わたしは言われるままに体を動かしていただけ。
 魔法みたい!


 今回のドレスや装飾品は、ほとんど領地の地産地消。
 ドレスを縫ってくれたのは、町の女性たちが内職している縫製所。
 そこに布を持ち込んで作って貰った。

 シフォン生地やチュール、レースは近隣の都市で買いつけた物だけど、お母様のドレスには、領地内で作られている綿織物が利用されている。

 他の都市や王都で全部用意するよりは安上がりな上、民も潤う。

 パールはうちの特産品で、ランクの高いものを特別に加工して貰った。
 そこだけは、結構お金がかかっている。

 今、社交界で流行しているのはプリンセスラインのレースやチュール、オーガンジーをたっぷり使った可憐でいて、ゴージャスなデザイン。
 金額が桁違い!

 わたしのドレスは、それに比べてしまうとかなりシンプル。

 でも良いの。

 だって、わたし男爵令嬢。
 不敬にならず、似合ってさえいれば、ちょっとダサいくらいで丁度良いのだ。

 ああ、そういえば……。

 思い出してちょっとブルーになっちゃったよね。
 王子殿下との出会いイベントに、すっかり気を取られていたけれど、今日は殿下以外にも、重要な出会いイベントがある。


 悪役令嬢だ。


 彼女に言われる言葉を思い出すと、少し鬱になるけど、キレたらダメ!

 領地の皆がわたしの為に用意してくれた衣装だもの。
 卑下しない。
 自信を持って行こう!


 準備が終わって部屋から出ると、お母様も丁度主寝室から出てきたところだった。
 お父様は、リビングで待ってくれている。

 お二人とも!
 なんて素敵なんだろう!!

 お父様イケオジ!
 お母様美魔女貴婦人!
 お二人の子どもに生まれて幸せです!


「とても良く似合っているな」

「えぇ、本当に。とっても可愛いわ」


 口々に褒めてくださいました。
 嬉しい!

 でも、お二人の方が、ずっとずっと素敵です!


「では皆さま、馬車へどうぞ」


 おっと、マーティン。
 いつの間にか、しっかりモーニング着ている。
 お父様と被らないように全身黒で、白いシャツに白のボウタイ。
 高身長でスラリとした体つきだから、これはこれでかっこいい!


「いってらっしゃいませ」


 ポーラに見送られて、マーティンに促されるまま階下に降りた。

 宿の玄関脇に付けられた馬車に乗り込む。

 同じ宿の貴族の皆様よりも、少し早めの出発なのね。
 確かに、王宮への入場は混み合うから、早めに出るに越したことはない。
 階級順に入場するから、待たされる事は待たされるのだけど……。







 ただいま、王宮前で入場待ちをしてます。

 公爵家の、煌びやかな装飾が施された紋章入りの馬車を、ぼーっと眺めているところ。

 あんな豪華な馬車もあるのね。
 しかも同じ紋章の馬車が3台。
 一人一台ですか。
 お金持ち凄い。

 うちは三人一緒に乗っている。マーティンに至っては御者台だ。


 今日、式典に招かれているのは、成人になる貴族の子女13名と、その両親26名。

 午後のお披露目会には、有力貴族もご出席なさるけど、その入場は正午からとなっている。

 我が家の登城順位は12番目だから、入場開始から待っている必要もないのかもしれない。
 でも、上位貴族より遅く来るのは失礼にあたるので、玄関ロータリー手前の馬車溜まりで待っている。

 借りた馬車だから、どこのものかわからないかと思いきや、ちゃんと馬車に紋章のフラッグが掲げてあるので、丸分かりなのだ。

 因みにうちの紋章は、イカリとアコヤガイがデザインされた盾の後ろに、下半身が魚の獅子。

 あ!
 よく考えるとマーライオン!
 転生して初めて、ちょっとクスッときた。


 煌びやかな馬車から、徐々にシンプルな馬車へと入場が進み、ようやくうちの番。
 馬車がゆったりとロータリーに入った時、突然、後方の道から凄い勢いで、馬車が割り込んで来た。

 慌てて御者が手綱を引く。
 進行方向にむかって座っていた、わたしとお母様は、急停車の勢いで前方に飛ばされた。


「っと、大丈夫か?」


 前の座席に座っていたお父様が抱き留めてくださったから、事なきを得たけれど、そのままだったら大怪我だった。


「どちらの馬車なの?」


 基本、怒らないお母様が、珍しく憤慨している。

 それもそのはず。
 入場の順番は決まっているのだ。

 前方に停車した馬車は、なかなかに派手な装飾が施されている。
 自前の馬車なのだろうけど、どこか品が無いし、紋章の描かれた旗もない。


「ローレン准男爵だろう」


 父が忌々しげに答えた。

 新参とはいえ、仮にも男爵位を頂いている家の馬車の前に、割り込んでいい道理は無い。


 降車位置に先に入ってしまった准男爵の馬車から、肥えた燕尾服の男性が降り立った。

 では、アレがローレン准男爵。
 次に、真紅の派手なドレスを着た女性が降りる。
 顔は見えないけど、奥方様よね。
 最後に、どこの上位貴族の娘かとみまごうほどの、豪華なドレスや装飾品を身に纏った少女がおりたった。
 ビビットなピンクの一揃えで、とても目立つ。
 薄い茶色のツインテールが、ふわっとひるがえり、青い瞳が一瞬こちらをみた。

 笑っている……ように見えた。
 それは本当に一瞬だったけど。

 そして、当然とでも言うように、そのまま城門を抜けていく。


「我々も行こう」


 騎士故か、一番最初に平常心を取り戻したお父様に促され、わたしたちは馬車から降りて城門へと向かった。
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