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第一章
閑話 忙しい朝 ※ メイド ポーラ視点
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その日の朝は、いつもより早く始まりました。
私は目が覚めると、前日、洗面器に用意したお水で、顔を清めました。
栗色の髪を、きっちりと後方でシニヨンにまとめ、お仕着せのメイド服に身を包みます。
年齢は二十代ですが、見苦しくないようナチュラルメイクを施し、最後にホワイトブリムを頭に乗せて、しっかり固定します。
準備が整うと、私は静かにリビングに向かいました。
毎朝、一番最初にリビングにやってくるのは、執事のマーティンで、いつも私は二番手です。
働き初めた当初『先に準備しなければ!』と、焦っていた時代もありました(遠い目)。
でも、どう頑張ってもいつも先におりまして、果たしていつ寝ているのやら?
私が早く起きてくるせいで、逆に睡眠時間を奪ってはならない、と、比較的早い段階で気付き、以降は二番手に甘んじております。
「おはようございます。マーティンさま」
「おはよう」
寡黙な壮年の執事は、分厚い皮の手帳に視線を落としたまま、私に返事を返しました。
朝も早いのに、濃い茶色の髪はきっちり後ろに撫でつけられ、乱れることを知りません。
普段は、影の様にご主人様につき従い、ほとんど存在感を感じさせません。
しかし、私たち使用人に置いては絶対的な存在でございます。
……この度の王都滞在では、使用人は私だけですが。
銀縁のメガネがキラリと輝き、濃い茶色の切れ長の瞳がこちらに向けられたので、私はその場で姿勢を正しました。
「服装の乱れはございませんね?」
お互いの服装を、前後チェックします。
「ございません」
「結構。今日の予定を確認します」
「お願い致します」
マーティン様は、手帳と懐中時計を取り出して、両手に持ちました。
私も手帳を取り出し、重要項目の確認作業を行います。
今日はお嬢様の成人の儀。
貴族の子女にとっては、王宮に招かれる、初めての晴れ舞台でございます。
昨晩のうちに、下準備は全て済ませておきましたが、綻びのない様、キッチリしっかり確認してまいります。
「午前六時。宿の従業員による、朝食の準備。簡単に食べて頂けるような軽食への変更は昨日確認済みです。その前にリビングダイニングを清めて下さい。その後、本日の衣類と装飾品を再確認、各部屋へ配置を頼みます」
「はい」
「ご主人様は早朝鍛錬をなさるそうですので、私はそちらに付き従います。貴女は、奥様とお嬢様の食事のお世話を。」
「はい」
「食事の間、宿の従業員が各部屋の清掃を行いますので、入退場の確認を。八時、美容師が四人来ますので、二人づつに分け、奥様、お嬢様の準備を始めて下さい」
「はい」
「その間、ご主人様のお世話は私がおこないます。同八時、手配済みの馬車の到着時間になりますが、こちらも宿から私に連絡が入ることになっています。九時、皆さまご出発となります。私はご主人様に同行しますので、その後、こちらの事は任せます」
「はい」
「適性検査十時半、式典開始十一時。お披露目のパーティー開催十三時の予定で、こちらへ帰宅するのが十七時ごろを見込んでいます。それまでに部屋を整え、全員の荷物を簡単にまとめて下さい。お夜食は十九時。あとはいつも通りです」
「かしこまりました」
「では、始めてください」
「はい」
お部屋のお掃除は得意です。
ハタキをかけて掃き掃除、そしてテーブル、椅子の拭き掃除です。
調度品は宿の物ですのであえて触れません。
あとで宿の従業員が掃除に見える予定です。
マーティンさまは旦那様がみえたので一緒に出かけられました。
この間に衣類とお飾りを確認します。
ご主人様のお洋服は、大抵の貴族の方がお召しになる、黒のモーニングコートにグレーのベスト。
黒のストライプラインの入った、グレーのパンツ。
純白のウイングカラーシャツ。
全てパリっとプレスし、シワひとつありません。
ありきたりな服装と、侮ってはなりません!
バリバリの現役騎士のご主人様でございますので、この直線的な衣装を身に纏うと、逆に筋骨隆々として色気が凄いのです。
更に今回は保護者ですから、正装から少し崩して、タイは遊び心のあるラベンダーカラーのアスコットスカーフと、ちょい悪風。
隣に、華奢な奥様とお嬢様。
後ろに、スレンダーな執事。
本当にありがとうございます(感涙)。
あとは黒の革靴、光沢傷もなく完璧です。
奥様は、春らしい山吹色と爽やかなレモンイエローのバッスルスタイルドレス。
山吹色の鮮やかな上半身とオーバースカートは、マットな印象の綿素材で仕上げてあるのが上品です。
スカート部分はレモンイエローから白へのグラデーションで、流行に倣い、チュールやレースを幾重にも重ねてあるのが、奥様をよりお若く見せてくれるでしょう。
髪飾りは、シンプルに黄色い薔薇の造花一輪のみ。
大きく開いた胸元には、大粒のパールネックレス。
耳元も同じパールの一粒ピアス。
お靴は白のハイヒールです。
ほつれ、破れ、キズ等問題なし。
小物も多いので、わかりやすく分けて衣装箱が3段にもなりました。
二人分の衣装は、奥様がまだお休みでしたので、音を立てないよう、静かに主寝室へ運びます。
さて、次はお嬢様の分ですね。
お嬢様は淡いサーモンピンクのホルダーネックAラインドレス。
もっと鮮やかなものもお似合いでしょうが、あくまで男爵令嬢。
目立たず、流行を追いすぎず、分をわきまえたシンプルなものとなっています。
普段履き慣れないロング丈のドレスを心配して、スカートのフリルを加工し、足が見えない程度にスリットが入っているのはご本人のリクエストでした。
お飾りは、白のロンググローブ、シンプルなパールのピアスにリボンと芍薬の造花がついたヘッドドレスのみ。
ホルダーネック部分にリボンの装飾があるので、ネックレスは無しです。
靴は淡いピンクのハイヒール。
実にシンプル!
でも、ご本人さまが綺麗な色をたくさんお持ちですので、これでも十分すぎるほど目を惹きますわね。
まったく自覚は無いようですが。
汚れや傷はございませんので、今度はお嬢様の部屋へ。
ドレスをハンガーにかけていて、スリット部分に若干の違和感を覚えました。
昨日の調整で変更されたのかしら?
スリットの上部分に少しドレープをつけてあり、リボンが新しく付け足されたようです。
足は見えませんけど、スリットが目立ちませんかね?
ペチコートが入るので下品では無いですが。
「おはよう。ポーラ」
お嬢様の声に気づき、急ぎベッドへ。
「起こしてしまい申し訳ございません」
「いいのよ?お陰でちょうど良い時間に起きられたわ」
可愛らしく微笑んで、許してくださいました。
そこから出発までは一心不乱に働いて、皆さま無事に宮殿へと向かわれました。
良い一日になりますように!
さて、ブランチを頂いて参ります。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
使用人さんの細かいイメージと式典で着用する衣類の細かい説明を入れたくて閑話とさせて頂きました。
明日は本編に戻ります。
私は目が覚めると、前日、洗面器に用意したお水で、顔を清めました。
栗色の髪を、きっちりと後方でシニヨンにまとめ、お仕着せのメイド服に身を包みます。
年齢は二十代ですが、見苦しくないようナチュラルメイクを施し、最後にホワイトブリムを頭に乗せて、しっかり固定します。
準備が整うと、私は静かにリビングに向かいました。
毎朝、一番最初にリビングにやってくるのは、執事のマーティンで、いつも私は二番手です。
働き初めた当初『先に準備しなければ!』と、焦っていた時代もありました(遠い目)。
でも、どう頑張ってもいつも先におりまして、果たしていつ寝ているのやら?
私が早く起きてくるせいで、逆に睡眠時間を奪ってはならない、と、比較的早い段階で気付き、以降は二番手に甘んじております。
「おはようございます。マーティンさま」
「おはよう」
寡黙な壮年の執事は、分厚い皮の手帳に視線を落としたまま、私に返事を返しました。
朝も早いのに、濃い茶色の髪はきっちり後ろに撫でつけられ、乱れることを知りません。
普段は、影の様にご主人様につき従い、ほとんど存在感を感じさせません。
しかし、私たち使用人に置いては絶対的な存在でございます。
……この度の王都滞在では、使用人は私だけですが。
銀縁のメガネがキラリと輝き、濃い茶色の切れ長の瞳がこちらに向けられたので、私はその場で姿勢を正しました。
「服装の乱れはございませんね?」
お互いの服装を、前後チェックします。
「ございません」
「結構。今日の予定を確認します」
「お願い致します」
マーティン様は、手帳と懐中時計を取り出して、両手に持ちました。
私も手帳を取り出し、重要項目の確認作業を行います。
今日はお嬢様の成人の儀。
貴族の子女にとっては、王宮に招かれる、初めての晴れ舞台でございます。
昨晩のうちに、下準備は全て済ませておきましたが、綻びのない様、キッチリしっかり確認してまいります。
「午前六時。宿の従業員による、朝食の準備。簡単に食べて頂けるような軽食への変更は昨日確認済みです。その前にリビングダイニングを清めて下さい。その後、本日の衣類と装飾品を再確認、各部屋へ配置を頼みます」
「はい」
「ご主人様は早朝鍛錬をなさるそうですので、私はそちらに付き従います。貴女は、奥様とお嬢様の食事のお世話を。」
「はい」
「食事の間、宿の従業員が各部屋の清掃を行いますので、入退場の確認を。八時、美容師が四人来ますので、二人づつに分け、奥様、お嬢様の準備を始めて下さい」
「はい」
「その間、ご主人様のお世話は私がおこないます。同八時、手配済みの馬車の到着時間になりますが、こちらも宿から私に連絡が入ることになっています。九時、皆さまご出発となります。私はご主人様に同行しますので、その後、こちらの事は任せます」
「はい」
「適性検査十時半、式典開始十一時。お披露目のパーティー開催十三時の予定で、こちらへ帰宅するのが十七時ごろを見込んでいます。それまでに部屋を整え、全員の荷物を簡単にまとめて下さい。お夜食は十九時。あとはいつも通りです」
「かしこまりました」
「では、始めてください」
「はい」
お部屋のお掃除は得意です。
ハタキをかけて掃き掃除、そしてテーブル、椅子の拭き掃除です。
調度品は宿の物ですのであえて触れません。
あとで宿の従業員が掃除に見える予定です。
マーティンさまは旦那様がみえたので一緒に出かけられました。
この間に衣類とお飾りを確認します。
ご主人様のお洋服は、大抵の貴族の方がお召しになる、黒のモーニングコートにグレーのベスト。
黒のストライプラインの入った、グレーのパンツ。
純白のウイングカラーシャツ。
全てパリっとプレスし、シワひとつありません。
ありきたりな服装と、侮ってはなりません!
バリバリの現役騎士のご主人様でございますので、この直線的な衣装を身に纏うと、逆に筋骨隆々として色気が凄いのです。
更に今回は保護者ですから、正装から少し崩して、タイは遊び心のあるラベンダーカラーのアスコットスカーフと、ちょい悪風。
隣に、華奢な奥様とお嬢様。
後ろに、スレンダーな執事。
本当にありがとうございます(感涙)。
あとは黒の革靴、光沢傷もなく完璧です。
奥様は、春らしい山吹色と爽やかなレモンイエローのバッスルスタイルドレス。
山吹色の鮮やかな上半身とオーバースカートは、マットな印象の綿素材で仕上げてあるのが上品です。
スカート部分はレモンイエローから白へのグラデーションで、流行に倣い、チュールやレースを幾重にも重ねてあるのが、奥様をよりお若く見せてくれるでしょう。
髪飾りは、シンプルに黄色い薔薇の造花一輪のみ。
大きく開いた胸元には、大粒のパールネックレス。
耳元も同じパールの一粒ピアス。
お靴は白のハイヒールです。
ほつれ、破れ、キズ等問題なし。
小物も多いので、わかりやすく分けて衣装箱が3段にもなりました。
二人分の衣装は、奥様がまだお休みでしたので、音を立てないよう、静かに主寝室へ運びます。
さて、次はお嬢様の分ですね。
お嬢様は淡いサーモンピンクのホルダーネックAラインドレス。
もっと鮮やかなものもお似合いでしょうが、あくまで男爵令嬢。
目立たず、流行を追いすぎず、分をわきまえたシンプルなものとなっています。
普段履き慣れないロング丈のドレスを心配して、スカートのフリルを加工し、足が見えない程度にスリットが入っているのはご本人のリクエストでした。
お飾りは、白のロンググローブ、シンプルなパールのピアスにリボンと芍薬の造花がついたヘッドドレスのみ。
ホルダーネック部分にリボンの装飾があるので、ネックレスは無しです。
靴は淡いピンクのハイヒール。
実にシンプル!
でも、ご本人さまが綺麗な色をたくさんお持ちですので、これでも十分すぎるほど目を惹きますわね。
まったく自覚は無いようですが。
汚れや傷はございませんので、今度はお嬢様の部屋へ。
ドレスをハンガーにかけていて、スリット部分に若干の違和感を覚えました。
昨日の調整で変更されたのかしら?
スリットの上部分に少しドレープをつけてあり、リボンが新しく付け足されたようです。
足は見えませんけど、スリットが目立ちませんかね?
ペチコートが入るので下品では無いですが。
「おはよう。ポーラ」
お嬢様の声に気づき、急ぎベッドへ。
「起こしてしまい申し訳ございません」
「いいのよ?お陰でちょうど良い時間に起きられたわ」
可愛らしく微笑んで、許してくださいました。
そこから出発までは一心不乱に働いて、皆さま無事に宮殿へと向かわれました。
良い一日になりますように!
さて、ブランチを頂いて参ります。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
使用人さんの細かいイメージと式典で着用する衣類の細かい説明を入れたくて閑話とさせて頂きました。
明日は本編に戻ります。
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