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第二章

オウジサマとの遭遇

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 何が何だか訳がわからなかった。

 まだ何も始まっていないのに、何故、こんな扱いを受けなければならないの?

 ……って言うか、ローレン准男爵の娘って何者なの?
 小説に出てきたかしら?

 あんな自分の立場をわきまえないような、派手な令嬢がいたら、覚えていそうなものなのに。

 あれ?
 誰かに対して、つい最近感じた感情だわ。
 デジャブ?


「マグダレーン男爵。お元気そうで」

「やぁ、今日はよろしく頼むよ」


 城門を守っていた騎士は、お父様の顔見知りだったみたい。
 にこやかに声をかけて来たので、わたしは一旦思考を中止し、お母様にならって笑顔で頭を下げた。


「今、ローレン准男爵が先に入って来たようですが?」

「そうなんだ。馬車の前にいきなり割り込まれた」

「商人が!調子に乗りやがって」

「こちらに害が無ければ構わないが、妻と娘が、危く怪我をしそうになった」

 普段、庶民を絶対見下したりしないお父様。
 でも、ローレン准男爵に対しては、静かに憤慨しているようだ。
 

「せっかくのお嬢様のお祝いです。嫌なことは忘れて、楽しんで来て下さい!」


 門番の騎士が道を開けると、後方に王宮の従僕が姿を現した。
 全身黒のタキシード、黒のボウタイ。
 背は高く、声が渋い!


「ようこそいらっしゃいました。マグダレーン男爵閣下。奥方様、お嬢様」


 頭を下げた後、そのまま私たちをガーデンへ先導してくれた。
 ドリンクや軽食が置かれたスペースに到着すると、深く頭を下げて言う。


「こちらの不手際で、入場が混乱いたしましたことを、お詫び致します」


 あらら。
 お詫びされちゃいました。
 見ていたんだなぁ。
 それは……見てたよね。


「君のせいではないからね」


 笑いながらお父様がかえすと、従僕さん、再度お辞儀をして、立ち去った。
 今日のガーデンの責任者である彼にとって、先程の出来事は、さぞや肝を冷やしただろう。


 その後、パーラーメイドが飲み物を持ってやって来た。
 式典前なので、アルコールは勿論ない。
 手近にあったお水を頂いて、わたしは周囲を見回した。

 皆様、自由にご歓談されている。

 今日までに、参加者名簿で爵位や噂は確認済みだから、人の動きを見ていれば、何となくパワーバランスが分かりそうね。


 例えば、一際目立つあちらのお洒落な集団。
 そこだけオーラが違う!

 美しく、それでいて上品なご令嬢が公爵令嬢ね。
 その隣に寄り添うように立っているキラキライケメンが、婚約者の侯爵令息。

 この二人が、今日の花形になる。
 両親の仲も良さそうで、一塊りになっている。


 お顔立ちは抜群に綺麗で、身のこなしも素敵なのに、少々チャラい雰囲気をまとって周りのご令嬢とお話されているのが、多分もう一人の侯爵令息。
 その周囲にいる三人の令嬢は、恐らく伯爵令嬢と子爵令嬢ね。

 その他で目を引くのは……仲が良さそうに話している二人のご令息。
 伯爵令息と、子爵令息かな?

 そして、家族ごと固まって、あちこちにいるのが、わたしを含め男爵家の皆さんだ。
 地方出身だから友達いないしね。

 適性検査までの時間潰しなので、大人しく待つことにします。

 そういえば、ローレン准男爵一行は何処に?
 
 振り向くと、背後にいた!

 ローレン男爵御一行は、他の貴族たちとは少し離れた、庭の一番隅に通されていた。

 まぁ、中央から階級順に配置されるから……?
 いや、でも、それにしては、随分と端っこの方に……。
 もしかして、入城時のいざこざで、担当の従僕さんに危険視されてしまったのかも?

 お嬢さんとばっちり目があってしまったので、微笑んで目礼する。

 ん?
 目を逸らされた?
 何かやたらと敵視されてる気がする。


 程なくして、先程の従僕が現れた。
 適性検査の準備が整ったようで、子女は、両親の元から離れて集まり始めた。


 成人になると、適性検査が行われる。

 主に魔法適性を調べる検査で、この検査で才能が認められると、王立の魔導専門学校に通うことを許される。
 勿論、拒否もできるけど、貴族の次男以下で、婿入り先が見つかっていないならば、良いお話だ。
 王宮に仕える魔導士は、人数が少なく、重宝され、何より給料が高いのよね。
 騎士のような鍛錬も、それほどは無いらしいし。


 魔法が使えないわたしには、関係ないと思うでしょ? 
 実は関係おおありなのだ。

 この検査、実は、聖女候補も選出される。

 聖女候補は毎年出るとは限らず、可能性のある人だけ選ばれる。
 どういった基準だかわからないけど。

 ここで、わたしが聖女候補に選ばれる、というのが今日あるイベントの一つなのだ。

 でも、その前に、あのイベントがあるはず。 

 今日一番の難関。
 うまく対処しなければ!


「ちょっと、あなた!」


 拳を握り締めていた私の肩を、誰かが掴んだ。

 え?
 掴んだ?
 ありえないんですけど?

 恐る恐る振り向くと、准男爵のお嬢さん。


「不敬なことは、するんじゃないわよ」

「…………は?」


 それだけ言うと、彼女はスタスタと集団の中へ行ってしまう。

 ちょっと待ってよ!
 誰が誰に不敬よ。
 意味がわからない。
 いーみーが、わからなーい!

 一瞬頭が真っ白になったけど、彼女の後を追って、集団の中へ進んだ。

 その時、それは始まった。

 ガーデンの立木から、小さいな影が踊りだし、成人になる子女の群れに突入した。


「きゃっ」
「きゃっ」
「きゃっ」


 あちこちから令嬢の悲鳴があがる。
 さながら、前世で見たことのある、某オシャレルーペのCMね。

 ここで暴れまわっているセクハラ小僧に、一発平手を叩き込むのが、本来のイベント。

 でもそれは、実は明らかな不敬。

 ここは出来るだけ穏便に済ませつつ、しかし、わたしを記憶して頂かなければならない。
 わたしも武闘派男爵の娘!
 多少護身術の心得はある。

 右斜め後ろから、忍び寄る気配。

 わたしは、昨晩何度もイメージした動きを実行にうつした。

 気配の方に体を向けると、スリット部分から足を伸ばして、襲いかかって来る少年に足をかける。
 ペチコートで隠れている為、少年は、そこに足があることに気づかない。

 体制を崩したところを支えつつ、触られないように、彼の両手をしっかりホールド。
 少し屈んで、耳に顔を寄せると、


「いけませんわ」


 とだけ、囁いて顔を離し、にっこり微笑む。
 そして、すぐに手を離した。

 少年は、一瞬だけわたしを見て逃げ去った。

 金髪碧眼の綺麗な少年。
 顔だけは。


 今回の作戦は、『他の令嬢のお胸は触れただろうけど、わたしのだけは触れない作戦』。

 多少は彼の記憶に残ってくれたかしら?

 何はさておき、やろうと思っていたことはやりきった。
 胸を撫で下ろした、その瞬間。


「きゃーっっ!」


 ばっちーんっっ!!

 一際大きな悲鳴と、頬を叩く大きな音。

 え?
 嘘でしょ?

 みんなが見る先にいるのは、胸を隠してうずくまる、准男爵のお嬢さん。
 殴られた少年は、頬をおさえて尻餅をついたまま、呆然と彼女を見ていた。


「えっち!」


 極めつけに彼女が叫んだ時、にわかにガーデンが騒がしくなる。

 慌てて駆けつけた騎士たちに、場は騒然となった。
 騎士たちは、全員同じ色の腕章をしている。

 あ!
 ちゃんとお兄様もいる!

 年配の騎士が少年に声をかけ、立ち上がるのを手伝っている。


「失礼!続けてくれ!」


 この団の団長らしき人が、従僕に声をかけると、騒ぎはようやくおさまった。

 少年を中心に騎士たちが退場していく。

 あ、お兄様がこちらに目線を寄越しました。
 笑顔で小さく手を振ります。


 さて。
 えぇと……。

 ちょっと違う方向に予想外すぎて、頭が混乱している。
 けど、お気づきの通り、これこそが王子様との遭遇、もとい、出会いイベント。

 小説のヒロインは、少年が式典に王族として出席された姿を見て、殴った相手がエミリオ王子殿下だと知るのだ。
 でも、前世の記憶で『彼が王子殿下だ』ということを、わたしは知っている。

 今年十歳になったばかりの少年を殴るのは、流石に気が引けるし、王子殿下を殴るなんて不敬は、本来許されない。

 そこでわたしが取ったのが、受け流す方法だったわけなのだけど、今、まさに彼を殴ったのは、准男爵のお嬢さん。


 あれ?
 おかしいな。
 彼女のがよっぽどヒロインぽくない?
 もしかして、わたしヒロインじゃないなんてこと無いよね?(歓喜)
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