そのシスターは 丘の上の教会にいる

丸山 令

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ニアミス ⑵

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「つい先日も、別の方がこちらに来ましたが、うちの店に、何か問題があったでしょうか?」


 一人掛けのソファーに、そのわがままボディをぎゅうぎゅうに押し込んだ雑貨店の店長は、目の前に座る、何やらビジュアルが神々しい二人の男たちに、脂汗を流しつつ尋ねた。

 すると、目の前に座る やたら眼光の鋭い眼鏡の刑事、ヴィクトー警部補から視線が向けられ、店長は体を硬直させた。


「おや。我々以外にも誰か来ましたか? これは失礼。この商店街も重点警戒地域になっておりまして、どうやら担当場所が重なってしまったようですね……」


 ヴィクトーは眼鏡を押し上げながら、持っていた地図を開く。


(そんな目つきでおとぼけキャラを演じるのは、流石に無理があるんだよな……ここは、俺が)

 
 ヴィクトーの横で頬を掻いたニコラは、ヴィクトーの持つ地図を覗き込み、すまなそうに声をあげた。


「あ。すんません。俺が大雑把にマーカーで線引いちゃったから。ここの道路が境界だったのかも」

「いえ。漏れがあるよりは、ずっと良いでしょう。店長さんには、何度も申し訳ないことですが」


 ニコラの演技に合わせて、ヴィクトーが返事をしながら店長に視線を向けると、店長は安心したようにため息をついた。


「ああ。『若い女性に対する注意喚起』ってやつですか。怖い事件ですよね。早く犯人が捕まって欲しいです」

「我々としましても、これ以上の被害は食い止めたいですからね。全力を尽くします」


 ヴィクトーが頭を下げると、店長は汗を拭き拭き、ようやく笑顔になった。


「では、前の担当から話はお聞きになりましたかね?」

「はい。その場に女性職員を集めて、直接お話をいただきまして」

「それは、迅速な対応に感謝します。では、我々がすることはなさそうですね」


 頷いて立ち上がるヴィクトーに、ニコラは頭を掻きながら立ち上がった。

 見送りを、と立ち上がる店長にヴィクトーは頭を下げ、ふと思い立ったように言葉を付け足す。


「お時間を頂き、ありがとうございました。
 それにしても、こちらのお店の雑貨は、趣味が良いですね。実は昨晩、うっかりマグカップを落として割ってしまいまして、新しいコーヒーカップが欲しかったんですよ」

「おや。それでしたら、店内をご覧になりますか?」


 思わぬ申し出に、店長は揉み手状態だ。


「そうですね。もう終業の時間ですし……ニコラ君、少し付き合ってくれますか?」

「良いですよ。折角ですから、愉快なのにしましょう」

「君は、私にどうなって欲しいのでしょうね?」


 気の抜けた二人の会話に、店長は吹き出ていた汗を拭い、愛想笑いを浮かべた。


「では、店員を……ああ、今日はロラがいるので、彼女に案内させましょう」

「そこまで、ご面倒をおかけしては……」

「いえ。この店では、彼女が一番センスが良いですからね。警部補殿はお洒落でしょうし、少しお待ち下さい」


 店長は、応接の扉を開けて出ていってしまう。


「おやおや。ある程度の距離から見て、彼女が教会にいた人物で間違いないか、確認するだけのつもりだったのですが……」

「彼女がこっちを覚えていないと良いですけど」

「まぁ、大丈夫じゃないですかね?」


 ニコラの懸念に、のんびり答えるヴィクトー。ニコラは引き攣り笑いを浮かべた。


(この整った顔の刑事。一度見たら、俺は忘れないけどな。ぶっちゃけ、俺だってどちらかと言うと目立つ方だし……ま、最悪、俺が間に入って……)


 ニコラが心中で作戦を立てていると、外から会話が聞こえてきた。


「え? 彼らにコーヒーカップの説明? ロラが? 店長!是非、私にやらせて下さい!」

「いや。しかしだね」

「私の方が、絶対ハイセンスな物をお勧め出来ます」

「だが……」

「私もそうして頂きたいです。私よりルイズの方が、人当たりも良いですし……」

「それは、まぁ。では、そうしてもらうか」


 応接室で聴き耳を立てていた刑事二人は、顔を見合わせて、ほっと息を落とした。
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