そのシスターは 丘の上の教会にいる

丸山 令

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神の導き

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「こんにちは。今日いらっしゃるかな?と思って、楽しみにしていたんですよ」


 丘の上の教会の告解室。

 先週と同じようにロラが席にかけると、窓の向こうにいるシスターブロンシュが、嬉しそうに声をかけてきた。


「先週は、本をお貸し下さり、ありがとうございました」


 シスターは礼を言いつつ、窓から本を差し出した。
 ロラは笑みを浮かべると、本を受け取る。


「いえ。お気に召したら良いのですけど……」

「とても素敵なお話でした。数々の苦難を前に、ひたむきに頑張るヒロインは愛おしいですし、それを表になり裏になり 最後まで支え続ける恋人の方の包容力!
 ハラハラドキドキする展開に、夜通し読んでしまうほど。次の日は、朝のお勤めの最中にあくびをして、マザー ポーリンに叱られてしまいました」


 興奮気味で感想を述べ、最後は恥ずかしそうに失敗談を話すシスターに、ロラは嬉しそうに微笑む。


「良かった。私、この作品が一番好きなんです。友人からは、いつまで経っても夢みがちだと、あきれられてしまうんですけど」

「あら。女性からロマンスをなくしたら、厳しい現実リアルしか残らないじゃないですか。
夢のないこと!」

「ふふっ。シスターが味方ですから、心強いです」


 ロラが安心したように言うと、シスターはちゃめっ気たっぷりに返した。


「心配しなくても、同志はたくさんいますよ。実は、シスターの中にも、本の虫と呼ばれる方がいるんです。その方は、幅広く色々読んでいるそうですが、ラブロマンスは別格だと常々仰ってまして」

「そうなんですか?」

「ええ。それでね。お借りした本のお礼に、今日はこちらを貴女に……」


 シスターは、窓からもう一冊本を差し出した。
 ロラは首を傾げる。


「これは?」

「そのシスターの、絶賛お薦め作品だそうでして、是非とも布教したいそうですよ?」

「布教?」


 ロラは思わず笑い出してしまった。


「神ではなく、ラブロマンスを布教するんですか?」

「んふふっ。可笑しいですよね。でも、本人は至って大真面目なんです。折角なので、私も読んでみましたが、これもまた愛だなって感じですかね? ただ……」


 シスターは、そこで一呼吸挟んだ。


「貴女が好きな作品とは、少し趣きが異なりますので、無理に、とは言いません」

「あら。でも、折角ですし、お借りしようかしら……」


 目を瞬きながらロラが言うと、シスターは微笑み、ふぅっと息を吐き出した。


「それは、私が買ったものですので、宜しければ差し上げます。その……眠れない夜は、無理をする必要はありません。本でも読みながら、ゆっくり過ごすのも良いものですよ」


 柔らかく告げる声に、ロラは気持ちが安らいでいくのを感じた。


(不思議。シスターの声を聞いていると、赦された気分になる……)
 

「ありがとうございます。実は、まだ夜眠るのは怖くて、日付が変わってから寝るようにしているんです。不安な夜の時間を、好きなことで埋められるのは助かるわ。綺麗な製本の本ですね。楽しみ」

「喜んで貰えれば、私も嬉しいです。すると、最近少しは眠れているようですね」


 ロラは頷いた。


「明け方、うつらうつらと。時間にして二、三時間くらいですけど」

「まぁ。それでも少ないわ!」

「ええ。でも、シスターにお話しを聴いてもらうようになってから、たまに、まとまって眠れる時もあったり。とにかく、精神的に全然違うんです」

「そんな……私は何もしてないのよ?でも、改善が見られるなら、この後、もう少しお話ししましょう」

「ええ。ありがとうございます」


 二人は微笑み合う。


「そう言えば、ご主人はお元気? 相変わらず、仲良くしていらっしゃるのでしょうね」


 ほうっと、夢見るような声音で、ため息混じりにシスターがささやく。
 ロラは頬を赤らめながら、俯いた。


「それは、ええ。とても幸せ。夜勤が今ほど多くなければ、もっと良いけれど……」

「夜勤は、相変わらずですか?」

「ええ。でも、試験をパスすれば、正社員に採用されさえすれば……来年になれば、きっと変わるわ」

「それまでの辛抱ですね」

「ええ」


 シスターは、安心したように息を吐き、ロラは嬉しそうに笑う。


「因みに、夜勤の時は、相変わらずお茶を?」

「ええ。欠かさず」

「まぁ。羨ましい。あ、でも、そう言えば聞いたのですけど、稀にカモミールティーでアレルギーが出ることがあるらしいですよ?」

「そうなんですか?」

「蓄積による場合もあるそうですので、たまには種類を変えたりしても、良いかもしれませんね」

「そしたら、早速今日、買って帰ろうかしら?」


 それなら、とシスターは微笑んだ。


「中心街の入り口にある『サシェアンジェ』というハーブティー専門店がお薦めですよ。私も、たまには買いに行くんです」

「まぁ。良いお店を教えていただいて」

「いえいえ」


 楽しげに語らっていると、夕刻の鐘が鳴り出した。


「あら。もう、こんな時間。帰らないと」


 ロラは、腕時計を確認して立ち上がる。
 シスターは、微笑む。


「ええ。貴女に、神の導きがありますように。どうぞ、気をつけてお帰り下さい」
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